森の中の町
「……これが、新領地の地形図になるな」
エルシムはかなり大判の紙を卓上に広げてそういった。
「一番内側の線が、間伐まで終わった地域。
その外側の線が、罠を仕掛けて定期的に巡回をしている地域。
その他、通信網を犬頭人を先行させて道沿いに延ばしている最中だ。
まだまだ未踏の地も多いわけだが、順調に洞窟衆の勢力圏は拡大している。
現状では、特に森に入る習慣がない平地民の感覚では極めて生産性が低い土地ということになるのだろうが、エルフの感覚でいえば実際には各種薬品や紙の材料、木材、それに獣を無尽蔵に算出する宝の山だ。
これから、どうやら王国はお前様をこの森の主として認めようと動いているらしいが……」
さて、この土地をどう使うかね……と、エルシムは続ける。
「まずは道……通行の利便性をあげたいところですねえ。
今ある道を広げてもいいし、新しい道を切り開いてもいい。
そうして動線を確保した上で、きちんとした建物を大量に建築したい」
ハザマは即答した。
「いつまでも天幕暮らしでもないでしょう。
実用的で快適な居住地は一定量必要ですし、倉庫や商店もそれなりに要ります」
「とはいえ、あまり大きな建物を建てられるような土地でもないぞ。
あまり木を伐採しすぎると、すぐに地滑りを起こすような傾斜地だ」
「では……小さな建物をいっぱい作るしかないでしょうね。
あと、地盤を強化するような土木工事を地道にやっていくしか……」
ハザマはそういって肩をすくめた。
「……しかし、森の中の町か。
おとぎばなしの中にでも出てきそうだな」
「あいにく、現実の計画ですからそれだけのことを実現しようと思ったら、相応の予算を必要とします」
タマルは冷静にそう指摘する。
「特に居留地の普請がはじまりますと、腕のいい職人はそちらに取られると思いますし、下職の人件費も高騰することが予想されます。
人件費もしょせん、需要と供給で決まるものですから……」
そういってタマルは、
「これはまだまだ粗い見積もりですが……」
と前置きした上で、「森の中の町」を造るために必要な費用を計算した紙をハザマに提示してみせる。
その紙を一瞥したハザマは、
「……王国から貰う報奨金が軽く吹き飛ぶな」
と渋い顔をした。
「それどころか、足が出ますよ」
タマルは涼しい顔をして続ける。
「実際には、もっと費用が掛かるでしょう。この手の大規模工事に不測の事態はつきものですしね。
未開の森を一から切り開いて町ひとつを造ろうというのですから、それなりの出費は覚悟しなければなりません。
そうした条件を踏まえた上で、そこまで大規模な町を造る必要があるのですか?」
「必要は、あるよ」
即座に、ハザマは断言した。
「この町は、誰もが安心して住める町にしなけりゃならない。さらに欲をいえば、遠いところから来たお客さんが振り返って、あそこはいいところだった、もう一度行きたいと思えるような快適な場所にしなけりゃならない。
なにも最初からドカンと大規模にする必要もないし、小さいところからはじめて徐々に大きく育てていくのがいいんじゃないのか?
だがまあ……まずは、道だな。
森の中に道を通す。
それに、しっかりとした橋も何本か架ける必要がある。今かかっている急造の浮き橋なんかじゃなくて、雪解けの時期の増水にも耐えられるようなしっかりとした作りの橋だ。
いつまでもボババタス橋ばかりを頼りにしていちゃあ、効率が悪いってもんだ」
「道と橋……ですか?」
「ああ。
将来的には交通量が増大することを見越して、まず最初に複数のしっかりとした動線を確保しておくんだ。その見積もりが甘いと、すぐに万年渋滞ってことになっちまう。
森の中になにか建物を造るにしても、材料や人がこちら側と自由に行き来できないと仕事が滞るばかりだろう。
エルシムさん。
まずは森の中にどれくらいの動線、道を確保できるものか、この地形図に書き込めますか?」
「道幅は太い方がいいのか?」
「できれば。
狭いよりも広い方が、なにかと取り回しがいいでしょうから」
そうさな……と、首を傾げながら、エルシムは無造作に何本かの線を地形図に書き込んだ。
傾斜や地崩れの危険性を回避した考慮した上で決められた線なので、どの線もぐねぐねと曲がり、曲線を描いている。
「とりあえずは、こんなところか?。
ただし、地盤を強化するなどの処置をすれば、もっと多くの道を通せるようになる」
「これ、道幅はどれくらいで考えています?」
「狭い道で幅十ヒロ、広い道で三十五ヒロといったところかの」
一ヒロがだいたい三十センチだから、ええと……道幅は、三メートルから十メートル強、といったところか。
ハザマは暗算をしてから、ひとりで頷く。
緑の街道には及ばないもの、それだけの道幅があればたいていの荷物は搬送可能だろう。
「それでは、まずはこの道を通すことを優先して、木の伐採を行ってください。
それと平行して、土砂崩れを防止するための土木工事も行っていきます」
この土木工事について詳しく聞くと、土を盛ったり石垣を築いたりといった、ハザマの世界でもお馴染みの手法が一般的なようだった。
パワーショベルもなにもないこの世界のことだから、当然のことながら、ほとんど人や家畜の労力のみをあてにした、人海戦術による工事になる。
「ひ……費用が、かなり、かかることになりますが……」
タマルが「かなり」の部分に力を込めて、指摘をしてきた。
「ため込むばかりが能でもないだろう」
ハザマは平然と指摘した。
「工事が完成したら、それなりの見返りも期待できるわけだし、ここは派手にばらまいておこうや。
それに、それだけ大勢の人が働くことになると、食料その他の消耗品もだいたいハザマ商会が運んでくるわけでさ。
ばらまいた資金は、すぐにでも回収できると思うぞ」
工事に必要な人間が多数集まってくるということは、それだけの消費者が一カ所に集まるということでもある。
「……そうですね。
食料や衣服などの必需品だけではなく、娯楽などの消費も盛んにして回収するようにすれば、なんとか……」
タマルは顔を伏せてぶつくさとひとりごとを呟いた。
「それでは、まずは森の中に道を通す。同時に、周辺の地盤も強化するという方針でいいのだな?」
エルシムがハザマに確認をしてきた。
「その線で動く予定ではあるが……まだまだ動かせる人手が少ないし、すぐに成果が出ることはないと思ってくれ」
「どうせ、まだ正式におれが領主になったわけではないですし……現状では、将来的なことも頭にいれた上で、気長に伐採作業を行ってくれれば十分ですよ」
ハザマはそう答えておいた。
実際、この手の仕事は数年は軽く掛かるはずなのである。今から急いでも、あまり意味がない。
それに、新領地の領主についても現時点では「未定」なのだ。このままいけば、十中八九、ハザマが領主になるとしても、完全にそうと決定しているわけではない。
木材の伐採はこれまでやってきたことの延長として許されるだろうが、それ以上に工事を進めるとなると、関係各所に意見を出してお伺いを出さないと円滑に進まないはずであった。
たとえば橋を架ける位置についても、こちらの岸にあたるベレンティア領の意向を無視するわけにはいかないわけであり、意見調整をして計画を立て、それから着工……となると、準備段階だけでもそれなりの時間が必要となる。
「まずは、森の中に網の目のような道を造ることを優先する。
建物だとか橋だとかは、また次の段階になるな」
ハザマはそう宣言した。
この時点での結論だった。
その日、ある男がハザマを訊ねてきた。
「……金貸し?」
来訪の意を取り次いできたリンザから耳打ちをされたハザマは、そう声を出した。
「平たくいえば。
ボズデリック商会といえば、何カ国にも跨がって広い範囲で商いをしている両替商です」
「両替商か」
ハザマは少し考え込む。
ハザマの世界での銀行のような役割を果たしている企業、という理解でいいのだろうか?
「で、そのボズデリック商会の人が、おれなんかになんの用なんだ?」
「なんでも……新領地に出店をするつもりで、当地に下見にきたとか。
ハザマさんに挨拶をしたいそうです」
「挨拶……ねえ」
ハザマは軽くため息をついた。
「……おれなんかに挨拶する必要もないだろう」
ドン・デラに本拠地を置くハザマ商会ならば、決済などの関係で両替商とのつきあいも生じるのであろうが、洞窟衆と両替商とは、今のところそんなに親しい間柄ではなかった。
「ま、門前払いも心証が悪くなるばかりだし、会うだけあってみるか」
軽く頷いて、ハザマはそのボズデリック商会からの使者を招き入れることにした。
「これはこれは洞窟衆のハザマ様。
突然の来訪を快く応じてくださったこと、心より感謝します」
会議室に入る早々、ボズデリック商会のメイダルと名乗った男は芝居がかった口調でそういい、深々と頭を下げた。
「ああ、どうも」
ハザマは気のない調子でそう応じたあと、一応、儀礼的に名乗ってみせる。
「おれが、洞窟衆のハザマです。
それで……両替商の方が、おれなんかになんのご用ですか?」
「いきなり用件に入りますか。はい。
そうでございますね。洞窟衆のハザマ様といえば、無駄な様式よりも実利を重んじる方と聞いております。
それにあわせて、早速当方の用件に入らせていただきましょう」
……どうにもいちいち芝居がかった物言いをするやつだな、と、ハザマは呆れた。
「近く、ハザマ様が新領地の領主になる予定であると聞き及んでおります。
そうなった暁には、新領地での当商会の営業を許可していただきたく……」
「どこでそのような噂を聞きつけてきたのかは存じませんが……」
ハザマは、メイダルの発言を遮るようにいい放った。
「……おれが新領地の領主になるとは決まっていません。
いや、より正確にいうのなら、王国の上層部からそのような打診があったことは確かなのですが、再三、お断りをしているところです。
お役に立てなくて申し訳ありませんが、そのような次第ですのでボズデリック商会のお力にはなれそうにありません」
虚実をとりませぜて、体よくメイダルのお願いを拒絶した形であった。
この先、ボズデリック商会にせよ他の両替商であるにせよ、なんらかの形で洞窟衆が繋がりを持つことも十分にありえるのであるが……そうした関係は、こんなあやふやな口約束ではじまってもらっては、困る。
ハザマは、そう判断した。
虚を突かれた形のメイダルは、一瞬、黙り込んでしまった。
しかし、すぐに体勢を立て直し、口上を続けようとする。
「そうなのですか? いやはや、世間の噂というのはあてになりませんな!
しかし、洞窟衆は他にも、王国から依頼されて部族民連合からもたらされるはずの多額の賠償金を運送する業務を請け負って……」
「残念ですが」
またもや、ハザマはメイダルの言葉を遮る形となった。
「そちらの方も、使節団の方からご依頼があったのは事実なのですが……こちらから見積書を返した段階で、交渉が止まっております。
どうも、洞窟衆が要求する手数料が過分であると判断されているようでして、このままいけば、その運送業務をこの洞窟衆で受注できる可能性はかなり少なくなるでしょう。
こちらについても、どうもお力になれるような状態ではありません」
実のところ、ハザマは、なんだかんだいって、その輸送業務は洞窟衆に回ってくると思っている。
割高になろうが、洞窟衆以外にちゃんとした「足」を持った組織が、現状では見あたらないからだった。
他に競争相手がいない以上、王国は自分たちの手で輸送を行うか、それとも洞窟衆に委ねるかのどちらかしか選択肢がない。
おそらく、最初の一度か二度は自分たちの身内で輸送団を設えて試み、そのあと、道行きの長さと困難さを実感してから洞窟衆に投げてくるのではないか、と、ハザマは予想していた。
多少割高になったとしても、洞窟衆に任せれば、失敗した際の責任も洞窟衆に押しつけられるからだ。




