アイスクリームの顛末
アイスクリームができあがるまで、ハザマが予想した以上の時間を必要とした。
例によって身体能力全般が向上しているハザマは疲労などは特に感じなかったのだが、そのうち退屈し、リンザやクリフと交代で攪拌作業を行うことにした。
せっかく試作班に来ているわけだし、このときこの場でハザマができることも実は多かったりする。
「……チェスの駒の試作品ができたんで、見て貰いたいんですが……」
「将棋の駒、表面に駒の動きを矢印で示したものを考案してみたんですが……」
「活版の方の文字デザインについてですが……」
などなど、ハザマに確認しておくべききことは、それなりに多かった。
せっかくの機会だということで、手が空いたハザマのところにどっと試作班の面々が押し寄せてきて、質問責めにされた。
ひとつひとつの質問に対して、ハザマは順番に捌いていく。
「チェスの駒は……うん。
これで、問題はないと思う」
木を刻んで作ったチェスの駒を手に取り、ハザマはもっともらしい顔をして頷いてみせた。
そうはいっても、ハザマ自身、チェスの駒の造形を克明におぼえているわけではなく、なんとなくそれっぽいデザインで見分けがつけばいい、くらいにしか認識していない。
その朧気な記憶を参照する限り、
「こんなもんだろう」
とハザマが納得できる程度のできにはなっている。
ちゃんと白と黒に塗装されたものが揃っており、市松模様のやはり木製の盤面も用意されていた。
「あとは、ルールの説明をどうするかだなあ。
駒ごとの動きとか、はじめにおぼえなけりゃならないことが多いから……そのあたりで敷居が高くなるんじゃないのか?」
「その辺については、こちらが考えても仕方がないかなあ、と。
一応、手引き書というか、簡単にルールを説明した冊子もつけるつもりですが……」
「リバーシは、ルールが単純な分、普及するのも早かったな。
野営地のあちこちでゲームしているのをみかけるし」
「あれは、あっという間に広まりましたね。生産が追いつかないほどです。
中にはお金を賭けてやっている人たちもいるようですが……」
「どうせ小遣い銭程度だろ。そんなの好きにやらせとけ。
ところで、こいつの量産はどうするつもりなんだ? 結構複雑な造形だから、ひとつひとつ手製で作るのは骨だと思うけど……」
「やはり型を取って、錫かなにかを流し込むつもりです。
手製の生産ラインも、高額商品として残しておくつもりですが……」
錫とその合金とは、金属としてはかなり融点が低い。いいかえれば、溶かすのに少量の燃料しか必要としない。
製造費もそれだけ安く済むのであった。
「そっか。
それじゃあ、引き続き大量生産にむけて準備を続けてくれ。
将棋は……」
「駒は、やはり木製の方がいいんですよね?」
「木の方がいいだろう。
こう、駒を置くときの音とか感触とかが……って、ここで説明してもわからんか」
「表面の印は、本物に近いものと矢印の二種類を用意してみました。
チェスに負けず劣らず、これもまず駒の動きをおぼえて貰わなければゲームが成立しないので……」
「まあ、入門向けとしては、この矢印もいいんじゃないのか?
ルールをおぼえたら、こんなものもかなり煩わしく思えるのかも知れないが……」
「そうでしょうね。
では、試験的に二種類を発売するということで進めていきます。
こちらは、すでに駒の製造ラインを作って量産体制に入っています。結局、人手を頼りにした人海戦術になりましたが……」
「まあ、最初のうちはしかたがないだろう。
それよりも、はやめに普及させるための方策とかをよく考えておいた方がいい」
「活版の方の文字デザインについてですが、文字ごとに幅が違ってきますので、組み版の段階でかなり苦労することになるかと……」
「あー……こちらで文字といえば、筆記体だもんなあ。
それを活字で再現しようとしたら、それなりに苦労するか……」
日本語のように一文字の幅が揃っていないし、組み版規則も印刷用のフォントデザインもまだない状態から手探りでたちあげなければならないのだ。
「……当面は、単語間の空白をうまく調整するような仕組みをつくって対応するしかないな」
少し考えた末、ハザマはそう答えた。
「空白……ですか。
なるほど……」
それを聞いた活版関連の責任者は、なにやら考え込む顔になる。
「進行状況はどうなんだ?」
「活字の模型は何種類か作ってみました。
最初から金属では敷居が高いので、まずは木で形だけをしっかり作って、何度か試し刷りをするところまではいっています。
木版画の方がかなりうまくいっているので、こちらはあまり必要ないのではないかとも思うのですが……」
「うーん。
木版画は、版木を作るのにそれなりに技能がいるからなあ。
その点、活版は文字を拾えることができれば、基本的に誰でも組み版はできるわけだし……それに、大量に刷る場合は、木版よりも金属活字の方がむいていると思う」
「……大量に……ですか?」
「おう。
木版の方が小回りは利くんだけどな。ペラ一枚のチラシとか少部数で済む冊子とかなら、木版画でも十分だ。
要は、適所適材ってことだろう」
「大部数の印刷物って……たとえば、どんなものがあるんです?」
「……そうか。
この世界には、本もないんだよな」
「ありますよ、写本くらい。ただ、高価で庶民は滅多にお目にかかれませんし、専門になにかを研究している人とかでないと用もありませんけど……」
「その写本がな、それまでとは比較にならないほど低廉に作れるようになる。
そうすると、潜在的な需要もいろいろと掘り起こされるのよ。
でもまあ、さし当たって必要となるのは……教科書だな」
「……教科書?
なんですか、それは?」
「学問の手順書というか……あー。
各種教本、だな。
文字の読み書きからはじまって、医療やら魔法やら、それまで一部の専門家が独占していたような知識を本という形で売りに出す。
こういう知識というのはそれなりに枯れているから、基本となるところはほとんど変わらない。ただ、最新の研究成果なんかはそれなりに蓄積されていくから、その辺は補遺していかなければならないわけだが……。
とにかく、毎年とか数年に一回、コンスタントに一定数が出回る出版物というのはそれなりにあるわけよ。
そういう種類の印刷物だと、大部数に強い活版の出番になるな」
何度か交代でボウルの中身を攪拌し続けた末、ようやくアイスクリームが固まった。
皿とスプーンを用意させ、配膳してまずはその場にいた試作班の面々に試食をさせてみた。
こちらでは、冷たい食べ物というのがほとんどないので、実際に口にするまでは目に見えて怖々としていたが、一度口の中にいれると、みんな、一様に目を見開き、
「冷たいのに、甘い」
「口の中で溶ける」
とかいいながら、競うようにして残りのアイスを食べはじめた。
少しだけボウルに残っていた分も、先に食べ終わった者が次々とおかわりをしたため、あっという間になくなってしまった。
「……あーあ」
ハザマはぼやいた。
「ドワーフの人たちにも分けるつもりだったのに……」
「これ、もっと作れませんか!」
コキリが勢い込んで、ハザマにそんなことをいってきた。
「作れるよ、材料がある限り。
基本、材料を冷やしながら根気よく混ぜあわせるだけなんだから、やる気があれば誰にでも作れる」
ハザマは、つまらなそうな顔をして答えた。
「ただ、この分だと……同じ量を作っても、あっという間になくなっちまいそうだけどな」
「これ、量産する方法はありませんか!」
やはり勢い込んで、コキリがハザマに迫った。
背後で、他の試作班の面々も、コキリの言葉にうんうんと頷いている。
「……さっきもいったように、冷やしながら材料をかき混ぜりゃあいいわけだから……」
そういって、ハザマは例によって略図を描きはじめた。
「こう、二重構造にして、だな。
外側に氷、内側にアイスの材料を入れて、多少なりとも外気を遮断するための蓋もつけて……あとは、中身をうまく攪拌するためのプロペラ……あー、羽根、な。
これを手回しのハンドルと直結させて、できあがるまでぐるぐるーっと回し続けるような仕掛けをつくれば……」
「……なるほど!
これなら、材料さえあれば誰にも作れるようになりますね!」
コキリは勢い込んでそういったあと、ハザマが描いた略図をひったくり、そのまま、
「早速、鍛冶屋さんに発注してきます!」
といって、駆けだした。
「……帰るか」
しばらくコキリが去っていった方をぼんやりと眺めていたハザマは、ポツリとそういった。
あの分なら、いくらも待たないうちにアイスクリームの量産と販売がはじまることだろう。
実のところ、料理関係についてはもういくつかの腹案がハザマにはあったのだが、あんまり試作班に宿題を与えすぎてこれ以上の負担をかけるのも得策ではない。
そう判断し、あとの試作は後日の機会に譲ることにした。
ハザマとコキリがそんなやり取りをしている間にも、他の試作班の者たちが残った材料をボウルに入れ、泡立て器でかき回しはじめていた。
「……そんなに甘味に飢えているもんかなあ……」
帰り道、ハザマはそんなことを呟く。
「確かに、砂糖は高級品かも知れないが、蜂蜜にはそんなに反応しなかったのに……」
「砂糖や蜂蜜は、それなりに高級品ではありますが、普通に暮らしていても口にする機会がありますから……」
クリフは、そんな説明をしてくれる。
「それよりも、あのアイスクリームっていう食べ物は、誰にとっても初体験でしたから。
冷たくって甘くて、クリーミーで……」
「……材料が若干違っていたせいか、おれが知っているアイスとはまたちょっと違っていたんだけどな」
「本物はもっとおいしいんですか?」
驚いた表情で、クリフはハザマを振り返る。
「いんや。
本物ってか、おれが知っているアイスはもっと……その、安っぽい味だった。
今日作ったものの方が濃厚で、うまいと思う」
牛乳と山羊の乳の違い、という根本的なものもあるのだろう。
が、ハザマが知っているアイスは、香料やら添加物が入った大量生産品でしかない。
新鮮な食材が持つ風味の方が鮮やかに思えた。元の世界では、今朝に絞ったばかりのミルクを原料とし、できあがったばかりのアイスクリームをその場で食べることができる機会など、そうそうなかっただろう。
会議室に帰ると、ひとり居残って判子をつき続けていたカレニライナに文句をいわれた。
今までなにをしていたのかと問われ、クリフが素直にアイスクリームのことをはなしたため、カレニライナはさらに機嫌を損ねた。
「……自分たちばかりおいしいものをいただいて、わたしは書類に埋もれて……」
「……すぐに次の試作品も作っていたから、それを少しこっちに持ってこさせよう」
カレニライナが涙声でそういったので、ハザマは慌てて試作班に通信をして、その旨を伝えた。
「……そんなにうまいのか?」
「それはもう。
口の中で溶けるんですよ! ふわっと!」
コキリはアイスクリーム製造機についての説明を発注をしたあと、ドワーフのムススム親方に力説していた。
「とにかく、大至急、これを作ってください!
作っただけ責任をもって買い取らせて貰います!」
「たいした細工ではないし、作るのは簡単なのだが……」
ムススム親方はコキリに気圧されれながらも、そう返した。
「そんなに大層なものなら、一度口にしたいものだな。その、アイスクリームというものを」
「そうですね」
コキリは真剣な面もちで頷く。
「今、次のを作っていますから、こちらにお分けする分も確保しておきます。
一度味わっていただければ、このお仕事にも一層身が入るでしょう。
それから、こちらに魔法使いのゼスチャラさんがいらしているはずですが……」
「ああ。
あいつなら今し方打ち合わせを終えて、うちの若い衆の酒盛りをはじめておる」
「今すぐ呼んできてください!
あの人には、また新しい氷を作って貰わなければなりません!」
そのあとゼスチャラはコキリに襟首を掴まれ、引きずられるようにして試作班の天幕へと移動した。
「とりあえず、新しい氷をまた作ってください。
前のはかなり溶けかかっていますから」
試作班の天幕で、コキリはゼスチャラにむかってそう宣言した。
「それから、水を凍らせる魔法を教えなさい!」
「は……はいっ!」
コキリの勢いにすっかり呑まれたゼスチャラは、すっかり縮こまってそう答えた。
「材料の確保は?」
ゼスチャラの返答を確認したコキリは、すぐに次の確認を行う。
「新しい山羊の乳は、今、絞っています」
「蜂蜜は、まだまだ在庫分が残っていますね」
「なにか見栄えのする、密閉する容器も用意して!
ドワーフの人たちに分ける約束をしてきたし、総司令部とか使節団の方々にも献上したいと思います!」
「至急、手配します!」
いつになく殺気だった試作班の様子を目の当たりにして、ゼスチャラは困惑するばかりだった。
「はい、そこの魔法使い!
早くこの水を凍らせて!」
「は、はい!」
「あとその魔法について、初歩から応用までじっくりと説明して貰いましょうか!」
「さあ、キリキリ吐くんだ!」
「は、はい!」
すっかり気圧されたゼスチャラは、縮こまって唯々諾々と試作班の命令に従った。
そのときの試作班は、とてもではないが逆らえるような雰囲気ではなかった。




