国務総長との対面
翌日、オルダルトは仲間たちとともに王宮へとむかう。
報告書の三通の写しをそれぞれ別の部署へ提出しなければならないため、三人で行くしかない。報告書を提出する際に、内容について質問されることも十分に考えられるので、返答するための打ち合わせも入念に行っていた。
オルダルトが貴族人事管理委員会、ズワイスが国土省、ダミドスが国務省という分担であった。
三人は門兵たちに用件を告げて正門を潜り、それから別々の方向へと進んでいく。王宮内は広く、建物も省庁別に分かれていた。
これから、オルダルトたちは王国と洞窟衆との利害や意見のすり合わせをしなければならない。今回だけではなく、今の役目に就いている以上、ずっと継続してそれを行わなくてはならない。
王国と洞窟衆との仲介をするとはそういうことであり……実に、胃が痛くなることなだな、と、オルダルトは思った。
内心ではそう思いつつも、基本的に脳天気なところがあるオルダルトは、
「失敗しても、そのときはそのときさ」
くらいの気持ちでいるのも事実なのだが。
オルダルトの場合、報告書の提出自体は、特に問題なく終わった。
提出先が貴族人事管理委員会、すなわち、称号の授与を管理する部署であったせいか、
「洞窟衆のハザマが爵位と領地を受けることに前向きな姿勢をしめしはじめた」
という結果だけを口頭で確認されただけで、オルダルトを出迎えた係員はオルダルトが拍子抜けするほどあっさりと報告書を受け取る。
これで解放されるかな、とオルダルトは思ったのだが、その係員は報告書を受け取ったあと、即座に、
「あちらでお待ちになっている方がおります」
といい、オルダルトを別室へと案内した。
逆らうわけにもいかず、オルダルトはおとなしく案内に従い、別室とやらへ移動する。
「……君が、今度、洞窟衆専門になったとかいう者かね?」
案内された先には、初老の男性が待ちかまえていた。
その男性は、「ま、座りたまえ」とオルダルトに勧めてから、
「わたしは、ガイゼリウスという。
洞窟衆について、君の心証などを含め、率直なところを訊きたい」
と、とんでもない名を名乗った。
国務総長のガイゼリウス卿。
文官の最上位職にあり、現在の国政も、最後にはこの男の判断で決定されるという。
顔は知らなくても、この国で政務に携わる者なら知らぬ者はない名前であった。
いちきなり大物が出てきちまったなあ、と、オルダルトは他人事のように思った。
普通であれば、オルダルトのような着任したばかりの官吏が直接面談するような相手ではないのだ。
これは、上が洞窟衆のことをオルダルト以上に気にしているということでもあり……。
「……洞窟衆のハザマは、われわれとは異質な価値観の持ち主だと思います。
本人もそのことを自覚している様子ですし、その異質な者が王国内の序列に収まることで、好ましくない影響が出ることも予想し、憂慮さえしています」
くだらないことをつらつら考えても仕方がないので、オルダルトはその場で洞窟衆ついて感じたことを正直に述べることにした。
報告書にも書いた内容なので、今さら口にすることを躊躇う理由もなかった。
「……彼ら洞窟衆は、基本的に自分たちの利益を最優先に考えています。
彼らの利益を損なわない限り、彼ら洞窟衆と敵対することはないでしょう。
新奇な製品や術式を次々と開発しているようですが、そうしたものもどちらかといえばこの王国にとってもよい影響を与えるのではないかと予想します。あくまで、今までの様子を見るところでは、ですが……」
「オルダルトくん。
君は、なぜハザマが爵位を拒否しようとしたのか、その根拠となる動機を予測できるかね?」
しばらくオルダルトの説明を聞いたあと、ガイゼリウス卿はそんな質問をぶつけてきた。
「推測でよろしければ」
オルダルトがそう前置きすると、ガイゼリウスは小さく頷いた。
それを確認してから、オルダルトは先を続ける。
「彼らが爵位や領地を拒否した理由は、いくつか考えられます。
まず第一に、洞窟衆の頭領たるハザマが、それらをたいしたものではないと評価していたことが大きいでしょう。
小官の前任者たる方々とのやり取りからも、そのことは予想できます。
次に、一度官位を受けてしまえば、以後の言動になんらかの掣肘を受けねばならず、これを嫌ったということもあるかと思います。
つまり……」
「彼らはこの王国で相応の地位につくことによる利益よりも、不利益の方が大きいと判断した……と?」
「……そうですね。
どうも、彼らはそのように考えていたようです」
オルダルトは、そういって頷いた。
「洞窟衆のハザマは異邦人だといいます。
彼の言動を思い返してみても、まず嘘ではないでしょう。
そしてその洞窟衆のハザマは、必要以上に今後の言動を縛られることを嫌っているようです」
「そのハザマが、今回に限りこちらの要求に対して前向きな姿勢を見せた理由は?」
ガイゼリウス卿は、さらに問いを重ねる。
「すでに二度ほど、こちらの申し出を拒否している実績があることが大きいかと」
オルダルトは淀みなく答えた。
「こういういい方もなんですが……二度も拒否しているのに、それでもまだ王国側から申し出が来たのだから……彼ら洞窟衆の側は、領地も爵位も欲しくはなかったのだと公言することができます」
「……表向きの理由だな、それは」
ガイゼリウス卿はそういって、目を細めた。
「他の者……貴君の前任者たちが何度足を運んでも、同じ結果になったとも思えん。
オルダルトくん。
君は、彼らにどう対応したのだ?」
「あー……それは、ですね」
はじめて、オルダルトはガイゼリウス卿の前で言葉を濁そうとした。
しかし、ガイゼリウス卿にまともに目を見据えられている状態では……半端なごまかしは利かないようだ。なにせ相手は、長年に渡って国政を左右する立場にいた怪物なのだ。
諦めて、オルダルトは素直に自分がしたことを説明した。
「……どうすれば洞窟衆が爵位と領地を受けてくれるのか、交換条件となりそうなものを直接に訊いてみました」
「なるほどな」
オルダルトの説明を聞いて、ガイゼリウス卿はあっさりと頷いた。
「さもあろう。
王国の権威が通じぬ相手には、実利で釣りあげるしかない、か。
前任者たちも、そのことを思いついていればここまで長引くこともなかったろうに……」
とりあえず、ガイゼリウス卿の機嫌を損ねるような回答ではなかったらしい。
そこのとに、オルダルトは内心で安堵した。
「……そういうことであれば、洞窟衆の要求は通さねばならんな。幸い、やつらは王国に対して、大したことは望んでおらんようだ。
こちらからも、関係各所に手配をしておこう」
続いてガイゼリウス卿は、そんなことをいいはじめる。
「……やつら洞窟衆には、これからもこの王国のために働いて貰わねばならないからな」
その他にいくつかのやり取りをしたあと、オルダルトはようやく解放された。
基本的に楽天的なオルダルトは、臆したということもないのだが、生きた心地はしなかった。
なにせガイゼリウス卿といえば、オルダルトが生まれる前からこの国のトップにいたような人物なのである。
そのガイゼリウス卿と差し向かいで問答するのに、緊張しないわけがないのであった。
対策班の執務室に戻ると、ズワイスとドミダスはすでに戻っていた。その二人は、特に足止めをされることもなく、報告書を提出してそのまま帰ってきたという。オルダルトが帰ったときは、のんきにリバーシに興じていた。
「なかなか奥が深いな、このゲーム。
王都でも売りに出さないかな」
「そのうち来るんじゃないのか?
洞窟衆も、最近では国境方面だけではなしに、王都方面へも販路を広げようとしているみたいだし」
「緑の街道のこちら側にも、ぼちぼち洞窟衆の旗を翻した馬車が出入りするようになってきたからな。
まだまだ散発的だが、定期便が来るようになるのも時間の問題か」
「なかなか興味深い話題だが、それはそれとして……」
オルダルトはそう仲間たちに指示をする。
「……時間があるのなら、情報収集だ。
今日は野営地だけではなく、ドン・デラのハザマ商会にも聞き込みにいってくれ。
二班に分かれての行動になるな」
まずは情報収集。
洞窟衆の動きを十分に把握しないことには、オルダルトたち対策班も思うように身動きがとれないのだった。
「……おれは、今日は求人の手配をしてくる」
オルダルトは、そう続ける。
なにをするにせよ、人手も、ぜんぜん足りない。
「当商会の今後の予定、ですか?」
ズワイスが身分を名乗ると、ハザマ商会の会長にはすぐに会うことができた。
ゴグスという中年男だった。
「特に秘密にしているわけでもないので、おはなしをするのは構わないのですが……なぜお役人が、そんなことを?」
「今はとにかく、洞窟衆の動きをなんでも把握しておきたいのです」
ズワイスはそんな説明をした。
「そちらの事業に差し支えない範囲内で、どうかよろしくお願いします」
「当商会が今、主として扱っているものは穀物になりますな。
国外から買いつけて、沿海州から運河経由でここドン・デラまで、それ以降は陸路で国境、あるいは今後は山岳まで……運んでおります。
継続的な取引になりますし、取引する金額でいえば、やはりこの商いが一番大きい。
それ以外に、戦地むけに紙や矢や、その他の諸々の雑貨類も運んで売っております」
「通信術式用施設の架設とかは?」
「いや、そちらの方は、商会の担当ではないので詳しくはわかりません。
ただ、いよいよ大々的に洞窟衆以外の方々にも通信網を解放するようになれば、受付窓口のような役割は当商会でも代行するようにはなるでしょう。
現在、当商会は国内の販路を拡充している最中でありまして、これと通信網の拡大とがうまく同調すればかなりうまい商機となり得ますな」
「なるほど。担当、ですか」
ズワイスは少し首を傾げた。
「ハザマ商会と洞窟衆は、完全に同一の存在というわけでもないのですか?」
「いえいえ。
ごもっともな疑問だとは思いますが、微妙に異なりますな」
ゴクスはそう答えた。
「ハザマ商会は、あくまで独自の判断で動いております。
発足者兼金主があのハザマ殿になりますから、できるだけその意向にも沿うようには心がけておりますが……儲けが薄い仕事は受けつけません。
幸いにして、これまで洞窟衆経由で持ち込まれた商売は、規模の差こそあれ、どれもみな利益を産むものばかりでしたから、これまでのところは協力を拒否するような事態には至っておりませんが……。
それに、当商会は洞窟衆とはまるで無縁な取引もそれなりに行っており、そちらの部門でもそれなりの利益を生じております」
「つまり……ハザマ商会は、洞窟衆からは独立した商会であり、今後、場合によっては袂を分かつ可能性さえある……とおっしゃるのですか?」
「まあ、可能性だけでいうのならば、そういうこともありえるでしょう」
ゴグスはそういって肩をすくめる。
「ただ、現状では当商会も洞窟衆と歩調を合わせておいた方が得るところが多いので、つかず離れずの関係を保っているわけです。
遠い未来のことまでは予見できませんが……少なくとも今の時点では、洞窟衆と袂を分かたねばならない理由など、どこにもありませんな」
「それでは……ええっと、緑の街道沿いにいつの間にか点在している、あの休憩所については?
あれについては、ハザマ商会はどこまで関わっておいでですか?」
「ああ、駅のことですか」
ゴグスはそういって頷いた。
「あれについては、完全に洞窟衆の仕事ですね。
駅……休憩所によって、経営の主体はまちまちです。
大部分は洞窟衆の仕切ですが、近隣の村と共同で経営しているところも少なくはない。
当商会でやっていることといえば、それらの駅に必要な食料や雑貨、飼料などの消耗品を定期的に卸しているくらいです。こちらも、一軒一軒での商いは高が知れたものなのですが、すべてをひっくるめるとそれなりの売り上げになります」
これでなかなか、馬鹿にできない商いですよ……といって、ゴグスはまた肩をすくめるのだった。
「ハザマ殿のいう、チェーン店、というのですか?
遠く離れた場所でも同じような商品が同じような値段で買える環境を構築し、そこで売る商品も一カ所で大量に生産することで単価を抑える……というのは、これでなかなか合理的な商法であると証明されつつあります」




