正しい洞窟衆への対処法
「……文字はもう、だいたいおぼえているんですねえ……」
ハザマが文字を一通り書き出した紙をみて、ルアがさも不思議そうに首を傾げた。
「お前はおれをなんだと思っているんだ」
ハザマは弱々しく抗議をする。
「発声とかがなかったら、それなりのもんだぞ、おれは。
単語とか日常的に使うフレーズなら、もうほとんど書き出せるし……」
実のところ、主としてクリフに書かせたものを暗記していただけなのだが、その手の丸暗記でいいのならハザマもそれなりにこなすことができた。
伊達にこれまで受験勉強で鍛えられてきたわけではないのだ。
「それでいて、契約書とかはあまり読めないというのが不思議ですね」
ルアはそういってため息をついた。
「いや、ああいうのは、専門的ないい回しも多いから、こっちの言葉をほとんど知らないおれには難しいのだよ」
ハザマは、口をとがらせてそういった。
「……ちょっといいですか?」
背後に控えていたリンザが、口を挟む。
「エルシムさんがハザマさんに用があるようですが……」
「エルシムさんが?
珍しいな」
そういいながら、ハザマは通信術式でエルシムにはなしかける。
「ええ、こちらハザマですが……こんな時間に、緊急の用件ですか?」
『緊急ということもないのだがな』
即座に、エルシムは返答してくる。
『ただ、お前様の能力があると問題を円滑に解決することができる』
「……というわけで、一晩かけて蜂の巣狩りをしてきたところでして……」
王都から訪ねてきたというお役人に対して、ハザマは不在だった理由をそう説明した。
「あ。
これ、食べます? 虫食いに抵抗がなければ、是非どうぞ。
思いっきり甘いですよ」
そういってハザマは、木皿に盛った蜂の子をオルダルト・クロオルデルに勧めてみた。
なにしろ蜂の子といえば見た目はまんま蛆であるわけだから、無理強いをするつもりはなかったが、実質には蜜の塊みたいなものだから、口の中で潰すとどろりと甘い液体が口の中に広まる。
砂糖が高価なこの世界では、貴重な甘味ではあった。
「いえ、それはまたの機会に」
オルダルトは真顔で断りを入れてから、すぐに本題に入ってきた。
「これまでに何度か要請が来ていたはずなのですが……この度のいくさにおける洞窟衆の功績に報いるため、王国はハザマ殿に爵位と領地を用意しています」
「そのおはなしは、確かにありましたね」
ハザマも、真顔で応じた。
そういいながらもハザマは、オルダルトに断られた木皿を卓上に置き、そのそばにバジルを置いて蜂の子を食べさせる。
「二度ほど、ここまでわざわざ貴族の方々がいらして、そして二度、お断り申しあげました」
「報いるのであれば、現金に換算して報奨金で……という洞窟衆の意志は承っております」
オルダルトは頷く。
「しかし、それでは王国側の面目が立ちません。
それと、このいくさに参加した将兵に対する報奨の度合いというものもあります。
さらにいえば、部族民連合からの賠償金を受け取るための準備が整わない今、現金だけで洞窟衆の働きに報いることは、王国の財政を考えてもかなり難しい。
ハザマ殿には、是非とも領地と爵位を受けていただきたい」
ここに来る前に、オルダルトたち王国の洞窟衆対策班は司令部と使節団に挨拶にいっていた。
司令部にいたブラズニア公には、
「帰る前に、うちの陣地に寄って行きなさい。
うちの者たちは洞窟衆と交渉があるから、なにかの参考になるかもしれない」
といわれた。
ブラズニア家はこのいくさで輜重の管理を一任されていたというから、物資の補給面で洞窟衆の手を借りることは十分に考えられるし、実際にそうだったのだろう。
使節団のバグラニウス・グラウデウス公子は、
「そうですか。
洞窟衆専任の交渉役ですか」
と前置きしたあと、
「では、どうか彼らに、よりよい条件で賠償金の運送役を引き受けるように交渉してください。
以前に頼んで見積もりを貰ったのですが、これでは、いくらなんでも……」
といって首を振ったたと、その見積書の実物を見せて貰った。
オルダルトの感覚でいえば破格ともいえるかなり大きな金額が記載されており、いや、それでも運ぶべき賠償金の額が額だから、赤字にはならないのであろうが……。
それでも、少しでもその経費を安く抑えたいというバグラニウス公子の意見には、大いに賛同したくなったものだ。
そして今、オルダルトは洞窟衆のハザマと対峙している。
これまで集めた資料などから察するに、このハザマは、王国の権威を歯牙にもかけていない。
領地にしろ爵位にしろ、
「這いつくばって甘受しろ」
といわんばかりの態度で攻めたところで、いい結果は得られないだろう。
なんというか、異邦人だけあって、このハザマは常人とは異なる価値観を持っている節がある。
そこで、オルダルトは考えてみた。
「……王国の沽券や面目だけではなく、先に洞窟衆を部族として認定した部族民連合への牽制の意味合いもあります。
洞窟衆も王国の一部であるという、そのような証を外部にも明示する必要があるのです」
「ですが……」
ハザマは、皮肉げな笑みを浮かべて、こう応じた。
「……それらはすべて、あなた方王国の都合でございましょう」
そら来た、と、オルダルトは思った。
「そうですな」
と、頷いたあと、
「それでは、取引といきましょう。
王国は、ハザマ殿に爵位と領地を与え、洞窟衆が王国に属することを対外的にアピールしたい。
しかし、洞窟衆はそれを避けたいとの意志を明示している。
ここには、利害の不一致があります」
ここで少し間を置くと、ハザマは、黙ってオルダルトが次になにをいいだすのか、待っている風であった。
「その利害の不一致を埋め合わせるため、王国は洞窟衆に対してどんな事物を提供すればいいのか、それを教えてはいただけませんか?」
相手は、王国の権威を権威とは認めていない連中だ。
しかし、損得の勘定を判断する能力はある。実際に、手広く商売をしているのだ。
だったら……相手にとっての損害を、別の手段で埋め合わせればいい。
それが、洞窟衆の情報からオルダルトが導き出した、洞窟衆に対する正しい対処法であった。
「……それについてお答えする前に……」
ハザマの表情が、笑みの形に変わった。
かなり皮肉げな笑みではあったが、先ほどよりは硬さが取れたことは確かだった。
「どうしてそのような結論に至ったのか、そうした対応法は誰かに教えて貰ったのか……。
それを、教えてはくださいませんか?」
「……誰に教えられたのでもなく、各種の情報から自分で結論いたしました」
その表情をみて、オルダルトは、まず最初の難関を抜けたことを直感した。
「洞窟衆は、利に聡い集団であると。
であれば、爵位や領地が洞窟衆に取って荷物になりかねないのであれば、それを我慢して貰うかわりに別の利益を差し出すことで不利益を相殺することも可能であろうと……」
「……なるほど」
頷いたあと、ハザマは、
「そういう結論に至った道筋については、理解ができました。
それはいいとして……失礼ですが、オルダルト様にわれわれが望むものを用意するだけの権限がありましょうか?」
「洞窟衆がなにを望むのか、その内容を実際に聞いてみないことにはなんともいえませんね」
オルダルトはそういって、ゆっくりと首を振る。
「むろん、小官の権限が及ばない内容であったとしても、洞窟衆の意志を上層部に伝え、しかるべき運動はさせてもらう……ということくらいしか、保証できませんが」
「ずいぶんと正直なものいいですね」
ハザマは、苦笑いを浮かべている。
「こういう場では、もっとはったりというか、安請け合いをしてもいいだろうに……」
「ようやく一昨日に役職を得たばかりの下っ端役人ですよ、おれは」
オルダルトはそう答えた。
「権限とか影響力なんてものはないに等しいし、この交渉が不首尾に終わればその場で罷免されかねない木っ端役人です。
ですが、その木っ端役人にできることであれば全力を尽くします」
そのあと、心の中で、
「それくらいしか武器がないしな」
とつけ加える。
オルダルトの、本心からの言葉だった。
「……失礼ながら、オルダルト様はみずから苦労を背負い込む性分のようですな」
にやにやと笑いながら、ハザマはそういった。
そのあと、
「われわれ洞窟衆が王国に望むことといえば……まず、通信術式網を拡張するため、通信タグを各地に架設する必要があります。
これのため、王国内の各領地に洞窟衆の者たちが出入りできるように手配をしていただきたい。
この通信網は王国に取っても利益になる事業ですし、まず最初にブラズニア領内に設置することがアズラウスト・ブラズニア様との内約が取れております。
通信網の便利性が知れ渡れば、放っておいても各地から誘致が来るものと見込んでおります。
しかし、今の時点ではその見込みを共有できる者も少なく、われら洞窟衆などという得体の知れない連中が領内をうろつくことを快く思わない領主様も多いでしょう。
そのため、必要なときに各領主様に許可を取る際、便宜を図って貰いたい。
次に……」
滔々と語り出すハザマの言葉を、オルダルトは背後に控えていたガズワスたちに合図して書き留めさせた。
幸い、ハザマがあげた要求のほとんどは、オルダルトたちの手に負えそうなものだった。
ごく少数の例外は、あったのだが。
「……最後に、これからおれたちがやることによって、王国……いや、王国だけに留まらず、周辺地域全体の価値観を毀損されることが予想されます。
いや、おれたち洞窟衆の活動が広がれば広がるほど、旧来の習慣や価値観と競合、あるいは、それらを破砕する結果になる可能性が大きくなります。
なんというか……おれは、この世界では異質なようですから」
一見して謙虚にも思える提言ではあったが……いや、実際には、むやみに王国上層部と摩擦を起こしたくないから、予防線を張っているだけだろう。
これまでのハザマの言動を鑑みて、オルダルトはその言葉について、そのように解釈した。
王国が駄目なら、自分を受け入れてくれる土地を探す……くらいのことは、平気でいってしまえる男なのだ。
爵位や領地を固辞したのも、ひとつは、
「再三断ったのに、王国側が無理矢理押しつけて来たのだからな」
という姿勢を内外に示すためのポーズなのかも知れなかった。
むろん、あとで、
「なんであんな男を貴族にしたのか!」
という声が出てくるのを想定してのことなのだろう。
つまり、このハザマという男は、爵位や領地を受けようが受けまいが、遠慮するつもりはないのであった。少なくともオルダルトは、その発言からそのような姿勢を読みとった。
「その異質なハザマ殿に爵位や領地を与えると判断したのは、あくまで王国上層部の判断でありますから……」
オルダルトは澄ました顔で、そう答える。
「……その責も、王国上層部が負うべきでありましょう。
ハザマ殿や小官のような木っ端役人が憂慮すべきことであるとは思いません」
自分は仕事でやって来ただけだし、ハザマは再三に渡る王国の要請に負けた形で、領地と爵位を受けることになる。
その結果、この王国が、今後、どのような混乱に巻き込まれようとも……まず最初に洞窟衆を内部に引き込もうとした王国の責任である。
と、いった意味の発言だった。
自分自身の責任を見事に回避しているあたり、実にお役人らしい見解といえた。
「オルダルト様は、実にはなしがわかる方でいらっしゃる」
ハザマは笑みを崩さずにそういった。
「できれば、末永くおつき合いいただきたいものですね」
「人事の判断については小官よりももっと上の人たちの職分に属することなので、小官にはなんともいえませんが……」
オルダルトは慎重に、そう応じておいた。
「……在任中は、誠心誠意、職務に邁進する所存でございます」
表面的には実に優等生的な返答であったが、その実、以後は洞窟衆の潜在的な共犯者になることを宣言したのに等しい。
いや、オルダルトにいわせれば、過度に洞窟衆に肩入れをするつもりもないのだが……洞窟衆ことを理解し、その代弁者として王国上層部との利害調整をしようと思えば、自然にそういう要素が発生してしまうのである。
そうでなければ、たとえば、これまでに王国側がやってきたように、一方的に王国の都合を押しつけるだけでは……まともな交渉など、できるはずもないのであった。
オルダルトたち洞窟衆対策班は、まず最初の交渉において、洞窟衆からよい感触を引き出すことに成功した。
しかしこれは、以後延々と続くオルダルトたちの苦労のはじまりに過ぎなかった。




