ハザマ直属の試作組
「第一、その、登り窯っての?」
誰にともなく、ハザマはいう。
「そいつを造るにしたって、場所がないだろう」
「新領地を貰えるって聞きましたが!」
クデル、という少女はめげなかった。
「いや、それ、断っている最中だから」
ハザマは即座にいった。
「おそらく、ぐだぐだやったあと、むこうに押し切られる形で拝領することになるとは思うけど……」
「では、そうなったらきっと造ってくださいよ、登り窯!」
クデルは身を乗り出す。
「えっと……」
ハザマは横目で、コキリの顔色を伺う。
「……予算的に、大丈夫そう?」
「十分、いけます」
コキリは頷く。
「じゃあ、造ろうか」
ハザマも、頷く。
「その登り窯ってやつ」
とはいうものの、ハザマ自身はその「登り窯」というのがいかなる代物なのか、知らないのだった。
そこで、
「……ところで、登り窯って、なに?」
と、小声で訊ねる。
「それ知らないで会話してたんかいっ!」
速攻で、コキリとクデルが突っ込みを入れる。
小さくため息をついたあと、クデルはハクカから一枚の紙を貰い、それに略図を書きながら説明をはじめた。
「登り窯とは、焼き物窯の一種です。
こう、斜面上にですね、内部が階段状になっている大きな窯を造って、その中に粘土細工や燃料をいっぱい入れて焼くんです。
すると、熱っていうのは上へ上へと登る性質がありますから、この、閉じこめられた空気はかなり高温になって、ですね……」
ハザマにむけ、熱を入れて諄々と説明を続けるクデル。
「その窯じゃなければ焼けないものがあるわけ?」
ハザマは、何の気なしに口を挟む。
「それはもう!」
クデルはさらに身を乗り出す。
「今は名物ですよ、名物!
陶磁器が熱いんです!
芸術品ですからね!
高いものでは、城一つ買えちゃうような高価な焼き物もどんどん出てきているんですよ! 今は!」
「よくわからんのだが……その名物だか焼き物が、高価なのか?」
クデルの勢いに気圧されながらも、ハザマは聞き返した。
「焼き物がすべて名物といわれるわけではありませんし、高額になるわけでもありません」
コキリは冷静に告げる。
「それどころか、たいていの焼き物は二束三文の生活用品にすぎません。
城一つ分の価値があるようなものは、それこそごくごく一部の作家のものだけで……」
「名物以外の焼き物もそこそこ高価だもん!」
クデルは大声を出した。
そのとき、ハザマの袖を何者かがくいくいと引く。
振り返ると、ハクカと目が合った。
「チェスの駒の形を教えて欲しい」
ハクカは淡々とした口調でいった。
「リバーシと将棋はなんとなく想像つくけど、チェスはちょっと難しい」
「ああ、それな……」
ハザマは、ハクカの方にむき直る。
「……とはいえ、おれもそんなに詳しいってほど詳しくはないんだよなあ……」
「まず、材質は?」
「昔は、石とか象牙とかいろいろあったようだけど……今はほとんどプラスチックじゃね?」
「その、プラスチックっていうのは?」
「あー。
石油から造る、合成樹脂……といってもわからんか。
いや、忘れてくれ。
おそらくこの世界では作れない物質だ」
そういってハザマは頭を振る。
「そうだな。
加工、量産がしやすいもので代用してかまわんだろう」
「このチェスの駒は、かなり複雑な形状をしているのですよね」
コキリが口を挟んでくる。
「型を作ってから、鉛か石膏でも流し込みますか」
「そうだな」
石膏もあるのか、とか思いつつ、ハザマは頷く。
「小さなもんだし、多少、重みがあった方がかえって扱いやすいだろう」
どちらの方が手間やコストを削減できるのか、ハザマには判断がつかなかった。
ま、そういう細かいことを考えるのは、それこそこの場に居る者たちに任せておけばいい。
そのあと、ハクカのスケッチを見せて貰いながら、ハザマは乞われるままにアドバイスめいたことをいった。
「……三面図なんてものもあるんだな」
ある紙を見て、ハザマは呟く。
正面、側面、それに上から見た図。
同じ縮尺で、かなり詳細な各部の寸法を記している。
チェスの駒、という単純な構造物ながら、その紙に書かれていた図は、事実上、設計図としての要件を満たしていた。
「それは、ありますよ」
ハクカの代わりに、コキリが応じる。
「その程度のものも用意できないと、なにも作れないじゃないですか」
「コキリが今書いているものは?」
手元をのぞき込みながら、ハザマが尋ねる。
ハザマはいまだに読み書きができなかったが、文字と数字の区別くらいはつく。
コキリが書いている紙には、ほんの少しの文字と細かい数字が整然と列を作って書き記されていた。
「一種の見積書ですね」
なんでもないことのように、コキリは答えた。
「材料費とか人件費とか、量産した際に必要である予算を書きつけているわけです」
これでも帳簿のつけ方なんかも習いましたから、この程度のことはできますよ、と、コキリはさらりとした口調で述べた。
「帳簿、か……」
ハザマは、軽く眉をひそめてから、質問してみた。
「……この世界には、複式簿記ってやつはあるのか?」
「何式になるのかは知りませんが、自分が習ったものは貸し借り対照表とかを記したものです」
コキリは淡々と答える。
「両替商もあるっていってたよな。
確か」
……この世界には、金融も、ある。
と、ハザマそうは思った。
分野にもよるのだろうが、この世界は、ハザマが予想している以上に進んでいるのではないだろうか?
「前に、活版、ですか?
印刷ってやつのおはなしをしたそうですけど……」
コキリの質問責めが一段落すると、今度はザイスという少女に捕まった。
「その印刷で、ゲームの盤も作れませんかね?」
「……うーん」
ハザマは少し考えてみた。
「そういう用途なら、活字を使うのよりは……もっと単純な版画の方が手っ取り早いと思うけど……」
「版画……すか?」
ザイスは目をしばたいた。
「……わからんか」
そういや、この前まで羊皮紙がデフォルトの世界だったな、と、ハザマは思い出した。
そんな調子では、版画なんてもんが発達するわけもないか。
「ええと、版画というのはだな、凹凸があるもんを用意して、それにインクを乗せてから……」
と、例によって略図を描きながら基本的な原理から説明していく。
「……浮世絵といってな、おれの国では、手仕事の木版画だけで多色刷りのかなり複雑な図版も量産していたから、簡単なものなら十分にいけると思う」
「……木版画、ですか……」
ハザマの説明を一通り聞いたザイスは、そういって考え込んだ。
「それは、面白そうですね。
なにより、すぐに調達できる材料で試せそうなのがいい」
ハザマにそういったあと、ザイスはコキリに顔をむける。
「ねえ、コキリ。
材料調達して貰っていい?」
「いいよ」
コキリは書類を書きながら、顔もあげずに返答をする。
「どのみち、活版とかいうやつのために最適なインクを開発する必要があるんだ。
その前哨戦として、手近なところからはじめられるんなら、かえって都合がいいくらいだ」
「決まり!」
ザイスはそういって、一枚の紙を引き寄せてペンを手にする。
「ええっと、まず……版木になりそうな板材。紙。インク。
それから……版木を掘るための彫刻刀も必要、っと……。
ねえ、コキリ。
優秀な鍛冶ってやつはいつ調達できるの?」
「今、部族民の心当たりに声をかけているところ」
書類を書きながら、コキリが応じた。
「何人か感触がいい人がいたそうだから、そっちが来るまでおとなしく待っておくのね」
「……えー!」
ザイスは大声をあげる。
「それじゃあ、それまでやれることがないんだけどぉっ!」
「同じくっ!」
クデルもその叫びに唱和する。
「……だったら、事務仕事を手伝いなさいよ」
コキリがぼそりと不平を漏らした。
ハザマ直属の試作組は、結構賑やかな連中であるらしかった。
「……ハザマさん、ハザマさん」
試作組の賑やかなやり取りにしばらくつき合っていると、小声で呼びかけられた。
「もう、そちらの用件は済んだのでしょうか?」
振り返ると、神妙な表情をしたルアがいた。
「済んだ……んだろうな、おそらく」
少なくとも、ハザマへの質問は少し前から終わっている。
試作組の少女たちはハザマそっちのけでやり取りをしながら会議室を占拠して騒いでいた。
「そうですか」
ルアは上目遣いにハザマの顔をみながら、小さな声で告げる。
「あの、いきなりこういうのもなんですが、皆さんがどうしてもやれとおっしゃるので……。
わたしもこういうのはあまり好きではないのですが、他に手が空いている者がいないとかいわれちゃいまして……」
「……で、おれになんの用なの?」
ハザマは、単刀直入に訊いてみた。
「は、はい!」
ルアは直立不動になった。
「その……ハザマさんに読み書きをおぼえさせる係になりました!
他に用件がなければ、早速はじめましょう!」
ハザマは、さて、どこからどう突っ込むべきか、と、思案しはじめた。
「……それ、誰にいわれた?」
「えっと……エルシムさん、ファンタルさん、タマルさん、バツキヤ……ですかね?」
ハザマの問いに、ルアは指折り数えて答える。
……あいつら。
と、ハザマは思う。
一体どういうつもりで、この人選をしたんだ?
「……とにかく、皆さん、ハザマさんが読み書きをできない現状を憂慮しています」
ルアがそう続けると、その場にいた試作組の四人が、
「ええーっ!」
と驚きの声を重ねた。
「なになに?」
「ハザマっち、読み書きもできなかったの?」
「いや、それは恥ずかしいっしょっ!」
「……こっちは必死でおぼえたのに……」
「……お前らなあ……」
遠慮のないいい草に、ハザマは声を震わせる。
「こちとら、読み書き以前にこっちの言葉さえおぼつかない異邦人なんだよ!
読み書きができるようになるためには、その前に言葉をおぼえる必要があるの!」
「あー……そういえば……」
「そんなようなことも、小耳に挟んだことがあるような……」
「……異邦人ってなに?」
「ハザマっち、ちゃんと喋れてるじゃん」
「これは心話魔法の効果!
ってか、なんだよのその呼び方!」
「あの……ハザマさん!」
ルアが大声をあげて、ハザマの注意を喚起する。
ハザマが振り返ると、困惑顔のルアが上目遣いで睨んでいた。
「読み書き……お願いしますよぉー」
「……本格的にはじめる前に、ひとつ、確認したいことがあるんだけど……」
少しして落ち着いてから、ハザマはルアに質問をした。
「なんでしょうか? ハザマさん」
ルアは真顔で応じる。
「まず根本的な疑問として……部族民も王国の人たちも、同じ言葉をはなしているよな?」
「はい。
地方によっては多少の訛りが出るところもありますが、大陸共通語は大陸中で使用されています。
というか、他の言語自体がかなり珍しいですね」
「……この大陸って、広いの?」
「とても広い……と、いわれていますね」
ルアは首を傾げる。
「この目で確かめたわけではありませんが、人が一生かけても端から端まで移動できないほどには大きいです」
「そんだけ大きな場所だとすると……おれの世界なら何十という言語を持つ人々が住んでいるんだけどな……」
ハザマは難しい顔になる。
「その共通語ってのは、どれくらい前から使われているのか、わかるか?」
「伝説によりますと、五万年前に制定されてそれ以来、継続して使用されているそうですね」
「……制定されて……。
って、誰が?」
ハザマは、さらに険しい顔になった。
「それに、五万年って……どこかでも聞いたような……」
「五万年前に、大陸統一の偉業を果たした光帝が大陸共通語を制定したといわれています」
ルアは背筋を伸ばしてそういった。
「なにぶん、かなり昔のことなので真偽のほどまでは確認のしようがありません。
光帝の存在自体を疑問視する人も多いですし……」
「光帝……って、あれか」
ようやく、ハザマは思い出した。
「緑の街道を造ったとかいう……」
「緑の五街道だけではありませんよ」
ルアは答える。
「伝説によれば、大陸中の主要な地域を結ぶ八十八の街道を整備し、あらゆる種族が使用する言語を統一し、長さや重さの単位、基本となる貨幣の貴金属含有率を定めました」
「……そいつ全部を、たったひとりでか?」
「ええ」
不審な表情になったハザマに対し、ルアは説明する。
「ですから、学者たちの多くはこの光帝を伝説上の存在としております。
時を経るにつれ、何人かの為政者の伝承が統合されたものであろうと……」




