夜の会議
「餌はどうするんですか! 餌は!」
「人を襲いかねない肉食動物をこんなに集めてどうするんですか?」
「ちゃんということ聞くんですか? こいつら!」
とりあえず、ワニは大不評だった。
餌はまだ以前、野営地が襲われたときに返り討ちにした獣たちの死骸がかなり余っていたし、「魅了」の能力が効いている間は人を襲わないようにと指示をしてある。
見かけほど危なくはないのだが、それでも洞窟衆の者たち、それ以上に王国軍の兵士たちの心証は悪かった。
しかたがないのでハザマは、集めてきたワニたちに十分な餌を与えてから、
「お前ら、元いた場所に戻れ」
と命令するしかなかった。
ワニたちは水辺に投げ込まれた餌を競うようにして食い散らかすと、悠々と泳いですぐに姿を消した。
これ以降、王国軍兵士たちの間でまた一つ、ハザマに関する不穏な噂が流れはじめたのも無理からぬはなしであった。
「……せっかく、役に立ちそうな動物集めてきたのにな……」
天幕に帰ってからも、ハザマぶつくさとそんなことを呟いていた。
「どうせなら、もう少し御しやすい、それに印象がいい動物にしなさいよ」
即座に、その場に居合わせたハヌンがハザマをたしなめる。
「今では、わたしたち洞窟衆も注目の的なんだから」
「ハザマ商会のイメージ的にも、もう少しこう、配慮して貰えるとありがたいのですが……」
タマルもハヌンの発言に便乗しだす。
「……で、お前ら。
揃ってなんの用?」
ハザマは、そんな二人に対してそう切り返した。
この二人も、なんだかんだいって多忙な身だ。
なんの用事もないのにここまで足を運んでくるわけがないのであった。
「あんたが留守にしている間に、ベレンティア家とブラズニア家から使いの人が来てね」
ハヌンがいった。
このハヌンは、開拓村関係の交渉を完遂させた実績を周囲に評価され、役所や貴族関係の窓口役の責任者のような立場になっていた。
「まず、ベレンティア家からは、居留地建築作業などで必要となる人員仲介なんかの協力をして欲しいって申し出があった。
居留地だけではなく、場合によってはベレンティア家領内の整地や土木工事なんかもやることになるかも知れないから、工事用の人足や技師を融通して欲しい、とかいっていた」
なんだかんだで、洞窟衆の人数は膨れあがる一方である。
そうした人材を派遣してくれ、という申し出があっても別におかしくはなかった。
「……ブラズニア家からは、なんて?」
ハザマはその案件については即答することを避け、次の用件を聞くことにする。
「次に盗賊退治業務を行う際、アズラウスト公子の私兵を同行させてくれれば、領内での通信タグの架設工事を正式に許可する、って」
そういって、ハヌンは肩をすくめる。
「うまく行き過ぎな気もするけど、ブラズニア領内のドン・デラにはハザマ商会の本拠地もあるわけだし、悪いはなしではないと思う」
「……なんだって、そんな申し出を?」
ハザマは軽く顔をしかめた。
ハヌンがいうとおり、洞窟衆にとっては都合がいい申し出ではあるのだが、そこまで親切にしてくれる理由に思い当たらず、少し気味が悪かった。
「なんでも、実戦での心話通信の運用法を参考にしたいとかいっていたけど……」
ハヌンはブラズニア家からいわれたことを伝えてくれる。
「それも、どこまで真に受けていいのやら」
確かに、なんか別の下心、計算が働いていていそうな気もするよな……と、ハザマも思う。
だが……。
「それくらいのことで通信網の拡充をできるのなら……」
ハザマが、そういいかけると、
「……むしろ、安いくらいですね」
タマルが、あとを引き受けてくれる。
「ブラズニア家が前例を作ってくれれば、他の王国内もかなりやりやすくなります」
「それじゃあ、決まりだな」
ハザマはいった。
ブラズニア家がどういう考えを持っているのか、それが判明するまでは用心をする必要はあるのだが、王国八大貴族の一角が通信網の架設を受け入れた、という実績を今の時点で得ることは、洞窟衆の世間的な信用面としてもかなり大きな前進になる。
プラス面の方が大きいのであった。
「申し出を受ける方向で、はなしを進めてくれ」
「では、この件は終わり」
ハヌンは続ける。
「それで、さっきいった、ベレンティア家からの協力要請にはどう答えておく?」
「タマル。
人の方は……」
「どちらかというと、余り気味になるのかな?」
タマルは真顔になった。
「いや、人数的には余るほどいるんだけど、特にここ数日集まってきたような連中に関していうのなら、役に立つ技能を持っている人ってほとんどいない。
ほとんど、地元の村や都市からあぶれてきたような連中ばかりだし。
単純な肉体労働力としてなら扱えるけど、少し高度な仕事は任せられないのばかりが増えている、って感じになるのかな?
使えるようになるには、少し時間をかけてなんかしらの技を仕込む必要があると思う」
「そういうのをベレンティア家に貸すことは賢明だと思うか?」
ハザマが、重ねて問う。
「……難しいところですね」
タマルは思案顔になった。
「日銭が入ってくるのと、ベレンティア家に貸しを作れるのはメリットだと思います。
だけど、貸し出している期間、その人たちを鍛えることもできなくなりますので……ハザマさんがいう、集中教育、ですか?
そういった方針からは、その人たちを除外することになります」
「……こちらにしてみても、教える準備が十分に整っているわけでもないしな……」
ハザマは少し考えたあと、
「具体的にどの程度の人数を要求させるのかわからないが、できるだけ協力するようにしておいてくれ」
と、ハヌンにいった。
新領地の扱いがどうなるのか、今の時点ではなんとも予測がつかないが、部族連合領との交易が活発化すれば、どうしたってベレンティア領を通過する機会が増えるのである。
下手に機嫌を損ねるよりは、多少なりとも貸しを作っておいた方が得だ、と、ハザマは考えた。
「しかし、大変だよなあ。ここの人たちも。
ベレンティア公が戦死したばかりだというのに、休む間もなく公共事業の準備をしなけりゃならないわけだ……」
ハザマがそういうと、
「王国中央へ、威勢を示す必要もありますしね」
タマルはそう応じた。
「逆に、そういいうところで今のベレンティア領閣僚の無能さを印象づけちゃうと、今後の進退問題にも関わってきますし……」
与えられた仕事をうまくこなせないとなると、中央からやってきた役人に取って代わられる。
現在のベレンティア領の情勢では、あながち杞憂ともいいきれないのであった。
「……それはそれで、シビアな状況だなあ……」
ハザマは、天井を仰ぐ。
「うちみたいなポッと出にまで、協力を要請するわけだ」
ベレンティア領を切り盛りしている連中にしてみれば、自分たちの権益を守るためにも、今は失敗ができない時期なのだろう。
貴族もいろいろな事情があるのだなあ、と、ハザマは思った。
「そこまで方針が固まっていれば、あとは適当に返答できるから」
といってハヌンは去っていく。
「貴族に対する方針はそれでいいといして……」
タマルはハザマの前にドサリと紙の束を置く。
「……今度は、部族民対策になりますね」
「……部族民、対策……ねえ」
目の前の紙の端をパラパラと指でめくって、ハザマはいう。
「具体的には、撤退していく部族民に随行する形でこちらからも人や運搬用の動物を出して、販路と通信網を開拓します。
こちらの隊商が撤退する部族民についていく形ですね」
道案内をしてくれることにもなるし、部族民たちの親交を盛んにすることにも繋がる。
行く先々で通信用のタグもつけていく。
一挙に何通りもの効果がある施策である、と、タマルは説明をする。
「そのための人員選抜も終えて、あとは運搬用の動物を確保するだけ、というところまで準備が終わっているのですが……」
そこまでいって、タマルはじっとハザマの顔を見つめた。
「……悪かったよ。
即戦力になるような動物を引っ張って来れなくて」
ハザマは、憮然とした顔をしてそういう。
「でも、水路は水路で絶対にメリットがあるって!」
「いえ、即戦力ということでは、マニュルさんが頑張ってくださったので、当面はなんとか間に合いそうです」
タマルは淡々とそういった。
「それに、長期的な展望を考えると、試行錯誤をすることもそれなりに必要です。
ハザマさんは、そのまま我が道を行ってください」
そういってから、タマルは、
「というか、ハザマさんに即戦力の助けになることを望むのは、もうあきらめました」
とぶっちゃけた。
「長いスパンでみてメリットになることをしようとしている、ということは理解していますから、どうぞそのまま突き進んでください。
十の施策のうち三つか四つ、モノになれば大成功の部類と判断します」
「……そこはかとなく、おれのことを馬鹿にしてないか、お前」
ハザマは半眼になってタマルの顔を見る。
「そんなことはありませんよ」
タマルはひらひらと自分の顔の前で手を振った。
「明日かせいぜい明後日のことを考えるのはわたしたち凡人に任せてください。
その代わり、五年、十年先のことを考えるのはハザマさんにお任せします、ということです」
……なんとなくいいように誤魔化されているような気もしたが、ハザマはそれ以上追求しないことにした。
「それでは、そのハザマさん直属のなんでも屋さんを紹介しますね」
そういって、タマルは通信で誰かを呼び出す。
いくらも経たないうちに、数名の少女たちが会議室に集まってきた。
「責任者、各計画の進捗状況を管理するコキリ。
デザイン関係全般を統括するハクカ。
細工物担当のザイス。
焼き物担当のクデル……」
などと、タマルは次々に少女たちを紹介していく。
「……全員の名前をおぼえるのが面倒くさいときは、リーダーのコキリだけしっかりとおぼえておけばいいと思います。
ハザマさんと直接やり取りをする機会が一番多いのは、この方になるわけですから」
と、つけ加えることも忘れなかった。
「早速ですが、ハザマさんに確認して置きたいことが幾つかあります」
ハクカと紹介された少女が、紙の束をハザマの前に置く。
「このゲームの駒というのは、元々はどれくらいの大きさでどういった材質だったのでしょうか?」
スマホの画面だけしか知らないハクカとしては、是非とも確認しておきたいところだった。
「それと、将棋やリバーシの駒の形は予想がつきますが、チェスの駒の形がよくわかりません。
教えてください」
「まず、材質だが、将棋は、駒も盤も木製。五角形の駒に文字を書いただけの代物だ。
大きさは、これくらいで……まあ、実際に手に持って、指しやすい大きさであれば問題はないと思う」
ハザマは、順番に説明していく。
「実際に作るとなったら、これは特に苦労することもなく再現できるだろう」
「この、駒の表面に書かれている記号に意味はあるのですか?」
ハクカが質問を重ねる。
「記号というか、おれの国の文字なんだが」
苦笑いしながら、ハザマはハクカのスケッチを指さして、順番に説明していく。
「これが、王様。
ええと、金の将軍に、銀の将軍。
飛車は……車だな。飛ぶ車という意味だ」
「……これは?」
ハクカが、「角」の文字を指さす。
「これは……角だ」
「……カク?」
「スミとかカドという意味だな」
「マンマ、ですね……」
ハクカは角の動きを思い出しながら、感想を述べる。
「いわれてみると……マンマ、だなあ」
「なんか、含むところとかはないんですか?」
「ない……と思う」
「これは?」
今度は、ハクカは「香車」を指す。
「これは……香る車」
「車が香るんですか?」
ハクカは首を捻った。
「なにか、由来とか意味が……」
「あるのかも知れないが、おれは知らない」
ハザマは正直に告白する。
「駒の動きさえしっかりしておけば、ゲームとしては成立する。
あとの部分はこっちの世界なりにアレンジした方が受けいられやすいと思う」
「……ハザマさん!」
クデルという少女が、片手をあげてハザマの注意を引いた。
「登り窯を作りましょう、登り窯!
チョークでもいいんですが、その他にも陶器とか磁器……うまくすれば高額な商品が作れますよ!」
「おれには異存はないんだが……予算はあんの?」
「それなりに多めに貰っていますので」
コキリという少女が、そういった。
「もともと、その手の窯は作るつもりではありましたが……。
ただ、最初から規模を大きくするとそれだけ予算も圧迫するわけで、統括の立場としては積極的に賛成できませんが……」




