洞窟衆の経営会議
「……まず、街道沿いの休憩所の件ですが……」
タマルの説明が延々と続いている。
「本格的な食堂や売店を設ける工事は、まだまだ着工したばかりです。
休憩所ごとに敷地の大きさや周辺の環境が異なりますから、一斉に着工するというわけにもいかず、実際に形になるのはもう少し先になるでしょう……」
領地や爵位の件はどう転がるのか、この時点では不明な部分が多かった。
が、洞窟衆の事業そのものはその他にも多数、同時進行で行われており、最高責任者であるハザマはそれぞれの現状を把握しておかなければならない、というのがタマルの方針だった。
「おれたちの活動ももうかなり多岐に渡っているわけだし、部門ごとに責任者を決めて事業部制にしようよ」
そうした煩雑な行為を嫌うハザマは、これまでにも何度かそんな提案をしている。
もちろん、自分の負担を少しでも減らしたいからだった。
「いずれはそうなるんでしょうけど、今はまだ、洞窟衆に所属する人たちの適性を探っている段階ですから」
そのたびに、タマルは素っ気なくそんな答え方をした。
よくよく考えてみれば、洞窟衆という名の組織がこの世に登場してから、まだ一月あまりしか経過していない。
その間に起こった出来事の密度と濃度が濃すぎてその何倍もの時間が経っているかのように錯覚してしまうのだが、冷静に振り返ってみれば、たかがその程度の時間でしかないのであった。
「むしろ、各人の個性や適性が露わになってくるのはこれからでしょうね。
そうしたら、適材適所、適性に合わせて人材を適切に配置し、本格的な組織作りをはじめていきます」
戦争などもあり、この短期間に様々な仕事を押しつけられ、多数の技能を会得して汎用的に「使える」人材となった者は洞窟衆の中にも数多くいる。
それぞれの個性に合わせた仕事を仲介し、有効に活用できるような環境作りをするのはこれからの課題である……というタマルの意見は筋が通っていたので、ハザマもそれ以上はなにもいえなくなるのだった。
ハザマは、署名が必要な契約書に片っ端から筆を走らせながら、タマルによる展開事業についての説明を聞いていた。
そうした契約書類は例によって契約魔法がかかっているわけだが、最後にその内容を理解した上でハザマ自身が署名をしなければ効力を発揮しない。こればかりはハザマも他人任せにするわけにもいかず、毎日数十枚から場合によっては百枚以上の書類に自分の名前を書き続けていた。
ことにここ数日は、洞窟衆に名を連ねたい、と希望する兵士たちが多く集まってきているようだ。
以前は、「はぐれエルフのファンタル」の名声目当てに集まってくる者が多かったが、今は「洞窟衆に所属しさえすれば、人外の力を得ることができる」という噂が広まって、腕をあげ名を売りたい者たちが集まってくるようになっている。
この戦場で洞窟衆の女たちがその実例をさんざん見せつけていたために信憑性があり、若い男を中心として毎日多数の人間が集まってきているという。
いくら集まってきても洞窟衆としては「手頃な労働力」として活用するだけだし、契約を結ぶ前にその旨も説明しているのだが、なかなか人は減らなかった。
そのおかげでハザマも、署名しなければならない書類と毎日格闘する羽目になるのだった。
「次に、通信用のタグを次世代の暗号化機能つきのものに取り替える作業の進捗状況についてですが……」
これについては、アルマヌニア公領内の森の中に居る洞窟衆の者たちが力を貸してくれ、かなり急ピッチで進めてくれているようだった。
そちらの森の中と緑の街道沿いについては古いタグが新しいものに取り替えられ、事実上、アップデートが完了している。
あとは量産した通信タグをこっちまで持ってきて、部族連合の領内まで延長していく作業と、洞窟衆が足をまだ踏み入れていない王国内へと敷設する作業が残っている。
このうち、前者については特に問題はないのであるが、後者についてはその土地土地の領主に了解を取っていかなければならないので、時間も手間も必要になってくるだろう、と、タマルは予測している。
「……それでもまあ、勝手にやってあとから文句をいわれるよりは、事前に許可を取っておいた方が面倒がないんでしょうけど……」
その件について説明を終えたタマルは、そんな言葉をつけ加えた。
「とりあず、その許可ってやつ、次はブラズニア家に打診してみてはどうかな?」
ハザマは署名をしながら、そんなことをいう。
「メキャムリム姫かアズラウスト公子を窓口にすれば、どうにかなると思うし」
本来なら、洞窟衆が出資している開拓村を抱えているアルマヌニア家領の方を先にするのが筋なのかも知れないが、あちらは今、三男であるブシャラヒムが戦死したばかりなのである。
なにかと落ち着かないであろうし、こちらも声を掛けづらいのだった。
「そうですね。
考えておきます」
ハザマと同じようなことを考えていたのか、タマルも素直に頷いた。
「次に、ハザマ商会からは、穀物の買い入れはまだまだ行っていいのかという確認を求められました。
いくさは終わっても部族連合向けの輸出があるので、今後、よほどのことが起こらなければいくら送られてもその手の荷がタブつくことはないと思いますが……」
「それでいい」
顔もあげずに、ハザマはそういう。
「……しかし、今までだってかなり大量の食料をこっちに送ってきているんだろうに……いったいどこからそんなに物を引っ張ってきているんだ?」
「南の方では、もう十年以上も豊作が続いていますからね」
そういってタマルは肩をすくめる。
「国外から仕入れた麦を、沿海州を経由して水路でドン・デラまで運んで、そこからは陸路です。
船倉をいっぱいにするほど大量に買いつけないと採算割れになる手段ではありますが、今回の場合、大量に仕入れても捌けるあてがあるのでなんとかいけています」
「……それって、輸送費なんかも含めても、ちゃんとペイできんの?」
ここではじめて、ハザマが顔をあげる。
「ご心配なく」
タマルはあっさりとそういって、頷く。
「輸出用の穀物などは、備蓄用の古い物から順番に送り出されます。
ここみたいな品質を問わない場所以外ではまず売り物にはなりません」
戦場むけとかと品質を問わずとにかく食料が欲しい部族連合が相手なら、まだしも商売になる……ということらしかった。
「もう一、二年古くなれば家畜の飼料に回されるような代物ですから、仕入れ値がそもそも安いので……」
輸送費込みでも、それなりになんとかなるらしい。
「で、その輸送費の問題なんですが……」
「部族連合領内の販路、な」
タマルとハザマは、顔を見合わせて頷きあった。
「その話題は、バツキヤを呼んでじっくりと煮詰めよう」
通信術式で呼び出すと、バツキヤはすぐに会議室にやってきた。タマルが持参してきた以上の、大量の紙束を持って。
「……とりあえず、ここから近場の主要な部族の居場所までの道のりを一通り書き出してみました」
やって来るなりバツキヤは、一気にまくしたてる。
「ですが、どう考えても陸路を人力だけで運搬するのは不可能だと思います。
距離的にも、荷物の重量的にも。
やはりどう考えても、運搬用の家畜を多数、どこからか調達する必要があるかと……」
「一応、そっちはそっちでちゃんと考えているんだけどな」
そう前置きしたあと、ハザマはバツキヤに確認してみる。
「以前はどんな動物を使っていたんだ?」
「何種類かの家畜を使役していたのですが、一番多かったのは山牛です」
牛に似ているが遙かに体が小さく、あまり飼料を必要としない割にはかなり重たい荷物を背にのせたまま、かなりきつい坂道を軽々と登っていくことができる。
そんな動物が、いるらしい。
「ただ、山牛をはじめとする、以前、部族民たちが飼い慣らしていた家畜はそのままでは気性が荒く、人にも慣れず、扱えたものではりません。
ルシアナの影響下にあって、はじめて人のいう通りに動いてくれたようなもので……」
「全部が全部以前の通り、とはいわないが、そのルシアナが果たしていた役割を、ある程度はこちらでまかなえると思う」
ハザマはバツキヤにそう告げる。
「いや、実際に試してみないと、確かなことはわからないけど……」
「それは……どういう意味ですか?」
バツキヤが、怪訝な表情を作った。
「ルシアナを討伐した際、このバジルはルシアナの体の大部分を食った。
どういう理屈なのかはおれにもわからないんだが、そうすると、このバジルはルシアナの能力をある程度自分のものにできるらしい」
ハザマは、淡々と説明する。
「今までに試したところ、蜘蛛とかハチドリとかの小動物ではうまくいった。
それ以外の動物に関しては、実際に試してみないとなんともいえない」
「……あ……ああ」
バツキヤは、虚を突かれたような表情になる。
「そういう……ことですか。
ですが、すでにマニュルには、山岳部で運搬に使用できる動物を確保してくるように伝えています。
それで、問題はありませんね?」
「……マニュルが?」
ハザマは軽く目を見開いた。
「あの娘に、そんなことができるのか?」
「彼女は、獣繰りのマニュル。
たいていの動物を飼い慣らすことができます。
ただ、今回のいくさでその動物もほとんど失ってしまったので、どのみち、補充する必要がありましたし……」
勝手にマニュルを動かしては、いけませんでしたか?
と、バツキヤは首を傾げる。
「いや、それはいい。
どのみちこっちは、君たちの相手をしている余裕もなく、放置していたような状態だったしな。
自発的に動いてくれるのなら、かえって好都合だ」
ハザマはそう答える。
「それでは、そのマニュルが集めてくるのとおれのとで、運搬に使う動物をかき集めて何とかする、ということでいいのかな?」
「それしか方法がないでしょう」
バツキヤも頷いた。
「ハザマさんも、そんな能力があるのならば、すぐに動いて貰わないと……」
山岳むけの商業活動はこれからかなり活発になると予想される。
その手の動物は、いくらいても足りないくらいになるだろう。
「おれもそうしたいのは山々なんだが、その他の用事が山詰みで動きようがないんだ」
そういってハザマは、自分の前に積まれた紙の山を指さす。
「おれだって書類と格闘するよりは、あっちこっちに出て回りたいよ」
「出て回るといえば、ハザマさんもそうですが、洞窟衆の活動範囲もかなり広くなってきています」
バツキヤはそんなことも指摘する。
「そろそろ、転移魔法の使い手を複数、養成するべきなのではないでしょうか?」
王国内だけならば馬と通信網だけでもなんとかなるのかも知れない。
だが、国土の広さだけでいえば山岳民連合は王国の何倍もある。通信網を構築すれば情報の伝達は可能になるのだろうが、それだけではやはり不足するところも出てくるのではないか?
そういう、問題提起だった。
「魔法についていえば、治癒魔法を中心として簡単なものから順次教えていっていますが……」
タマルは現状を説明する。
「……どちらかというと、必要に迫られて最低限の知識を伝えているだけだそうです。
つけ焼き刃的な知識しか伝えていないそうですから、いずれ余裕ができたら魔法に関する知識を整理して伝えたいと、エルシムさんなんかもおっしゃっていました。
ただ、エルフの魔法には転移などの空間を操作する系統の魔法はないそうで、そういう用途に関しては別の講師を招く必要が出てくるかと」
「アズラウスト公子からちらりと聞いただけだけど、転移魔法を使えるようになるためには、それなりの体質とかなり複雑な魔法理論を理解する頭がないと無理なんだそうだ。
習えば誰にでも使えるようになる、というほど単純なものでもないらしい」
ハザマは、そう指摘する。
「ただ、まあ……魔法も含めて、希望者や適性があるやつに必要な知識を与えていくっていうのはいいなあ。
それで、こういうもんを作って貰いたいんだが……」
そういってハザマは、タマルやバツキヤにむかってしかじかと細かい説明をする。
「暗い色に塗装した、表面がなめらかな板と……」
「石灰と貝殻を砕いたものを小さな棒状に整形し、焼いたもの、ですか……」
タマルとバツキヤは顔を見あわせる。
二人とも、そんなものをハザマがどうするつもりなのか、まるで見当がつかなかった。
「おれの国では、黒板とチョークと呼んでいた」
ハザマはそう説明する。
「少数の講師が多人数の生徒に知識を伝えるためには、重宝する道具だ」




