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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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158/1089

女たちの闘争

 歓声があがった。

 トエスが、また勝利したのだ。

「ごめんね!」

「いやいや」

 トエスに挑んできた男は、首を振った。

「今のは……そう!

 ちょっと、気が緩んでいただけだ!

 もう一度……」

「こっちは、別にいいけどさあ……」

 トエスはわざとらしく言葉を濁す。

「……次で四度目だから、次は、銅貨八枚になるし……お金の無駄じゃない?」

「そうだそうだ!」

 とか、

「次が詰まっているんだぞ!」

 という声が周囲から降りかかってくる。

 トエスに二度負けた男は、憮然とした表情をみせながらもトエスの前から退いた。

 すぐに、次に並んでいた男が前に出て、樽を挟んでトエスと対峙する。

「どいつもこいつもだらしねえなあ」

 次の男はそんなことをいいながら銅貨一枚を樽の上において、肘をついて右腕を突き出した。

「はいはい。

 毎度あり」

 いいながら、トエスも肘をついてその男の手を握る。

「合図、お願いしまーす」

「……三、二、一……ほい!」

 トエスを囲んでいた男たちが、声を揃える。

 次の瞬間、トエスは男の掌を、樽の蓋に叩きつけていた。

 もちろん手加減はしているのだが、事実上、瞬殺だった。これまでの男たちと同様に。

 トエスに負けた男は、「信じられない」とでもいいたげに目を見開き、

「も……もう一回だ!」

 と叫ぶ。

「いいけど」

 トエスはその男が置いた銅貨を自分の方に滑らせて、これまでに稼いできた賭け金の山に合流させる。

「次の賭け金は、二倍ね」

 今のところ、トエスの連勝記録を止めることができた者はいない。


 マニュルが王国軍野営地に無数の獣たちを放った夜、洞窟衆の女たちの驚異的な身体能力は多数の王国軍将兵に目撃されることになった。目撃された……というよりは、多くの場合、窮地を救われた形となる。

 それまでにも新領地などでは他の兵士たちとともに作戦に参加していたので、一部の兵士たちは知っていたわけだが、大多数の兵士たちもその夜に直に目撃することになっったのである。

 犬頭人の群れを率いて、みずからも武器を取って戦う少女たち、女たちの姿を。

 彼女たちは率いてきた犬頭人に匹敵する速度と力強さを見せつけながら、縦横に野営地を駆け抜けて味方の劣勢を覆していった。

 そうした姿が、強く印象に残らないわけがない。


 それで、こうしてその強さを自分で確認しようと、腕相撲を挑まれる事例が発生した。

 トエスはあの夜、獅子奮迅の活躍をして洞窟衆の中でも一番多くの敵を撃破している。そんな姿は、当然、多くの目撃者を作ることになり、こうした場で声をかけられることに繋がった。

 屈強な男に「力比べ」を所望され、あっさりとそれに勝利したことから、次々と挑戦者が現れるようになって今に至る。

 ま、いいか。

 と、トエスは思う。

 余興にはなるし、こっちも仕送りが増える。

 このトエスという少女は、水妖使いの三人の面倒を積極的にみたり、妙に面倒見がいい一面も持っているが、細かいことを考えるよりは自分の体を動かす方を好む性質も持っていた。

 料理をのせた皿を運びながら聞き耳を立て、細かいことを通信で伝えているよりは、こうして腕相撲をしている方が、気性にはあっていた。


 トエスが連勝記録をのばしている間にも、他の者たちは給仕がてら、聞き耳を立て、多くの情報を集めていた。

 このころ、洞窟衆に所属している女たちは、洞窟衆であることは、次々と性質の異なる仕事をこなすことだと悟りはじめている。

 盗賊狩り、戦争、負傷者の処理、毎日の膨大な調理作業など。

 そうした仕事に必要な技能は、読み書きなどの基本的な知識からはじまって、基本的な武器の扱い方や各種医療技術、治癒魔法……など、かなり専門的なものまで多岐に渡る。

 洞窟衆の女たちの大半は、トエスやリンザと同じく元はといえば単なる村娘でしかなく、ごく普通にそのまま推移すれば、そうした知識や技術を身につける必要もなく、村人として年齢を重ね、同じような村人と結ばれ、子どもを育てて平凡な一生を終えるはずだった者がほとんどだった。

 それがどう間違ったのか、今では結果としてそこいらの貴族の子弟並かそれ以上の水準の、王国でもなかり高い教育を受け、貴族とか部族長クラスがやりとりする情報に聞き耳を立てて、真偽を評価をして今後の自分たちのために役立てようとしている。

 洞窟衆が潤えば、自分たちにも相応の見返りがあるということは今までの経緯から明らかであった。少なくともハザマは吝嗇な首領ではなく、というより、洞窟衆がどれほど莫大な利益を得てもあまり興味を示す様子もなく、ただひとこと、財政方面の責任者であるタマルに対して、

「身内への報酬はケチるな」

 という方針のみを伝えている。

 その結果として、一時的に身を寄せた者も女たちのように恒常的に世話になった者も、かなり高い水準の賃金を得ている。まあ、その報酬に見合うだけの仕事はこなしているわけだが。

 現在の報酬の多寡だけではなく、洞窟衆に所属する者のほとんどが年数を区切った奉公契約を結んでいる。この事実も、大きかった。

 洞窟衆の女たちは、だいたい、三年と設定したわけだが、その期間を終えれば、そのあとは自由の身になれるのだ。洞窟衆との契約を延長してもいいし、多くの知識や技能を身につけた身で、これまでの賃金を持って、独立して自分でなにかしらの事業をはじめてもいい。

 むしろ、ハザマはそうなることを望んでいるような節もあった。


「今、洞窟衆はいくつか村に再入植しているわけだが、あれも、不都合な過去を持つ人材の前歴を洗浄するために必要な装置だから……」

 いつだったかハザマは、そんなことをぽつりと漏らしたという。

 犬頭人に捕らわれていたり、盗賊を生業とした過去があったりする者たちでも、何年か働いて貰えば、前歴を消して社会復帰ができるだろう……ということらしかった。

 ハザマ自身は自分が考えていることを仰々しく開示したりすることを好まない性格なのだが、リンザはほぼつき人状態で四六時中行動をともにしているので、そのリンザ経由でそうした言動は漏れ、通信網経由で洞窟衆全体に拡散していく。

 そうした断片的な言葉をたどれば、ハザマが目指しているところも、漠然と想像できるのだった。


 たとえば、洞窟衆はいくつかの開拓村を擁している。

 一度野生化した土地を再び耕しても、すぐに豊作になれるわけもなく、土が作物に都合のよい状態になるまでは数年から十年以上の年月を必要とする。その間に必要となる費用は、開拓をはじめた側の持ち出しとなる。事業としてみると、「農地の開拓」は利益がでるまでの期間が長すぎるし、仮に成功したとしてもそんなに極端に儲かるというものでもない。

 ひとことでいうと、「そんなにおいしい仕事ではない」のだった。

 にもかかわらず、いくつかの開拓村をあえて抱えているのは……王国の領民はほとんど農民であり、社会制度的にも、ほとんど農本主義的な性格を色濃くしているからだった。

 単純に利益を出すだけなら洞窟衆が手がける他の事業だけでも十分だったのだろうが、ハザマはあえて「村」に出資して抱えることを選択していた。

 それに、個々人が抱える性向や資質というものもある。

 物を加工する、売り買いする、運ぶ。あるいは、土地を耕す。

 内部に様々な部門を作っておけば、どんな人材でもどこかしらで使い所がある。

 洞窟衆は犬頭人の被害者や元犯罪者だけではなく、ドン・デラの貧民層など、都市部の仕事にあぶれた連中にも積極的に働きかけ、仕事を与えている。

 いくつも事業を興し、集めた金を積極的に洞窟衆で働いた者に分配する。

 また、その過程で、やる気のある者に対しては知識や技能も与える。

 ざまざまな事情から無為とされる人材を有為なものに変え、有効活用し、その過程で金銭の再分配も行う。働けば、それだけ見返りがある状態に持って行く。

 あえて言語化すれば、ハザマが目指していることは、そういうことらしかった。

 ハザマ商会の商売も、いくさへの参入も、結局はそういう目的に沿った形で展開していっている。

 巻き込む人数は以前より格段に多くなっているのだが、今のところはその目論見は大きくはずれてはいなかった。


 そして、今、洞窟衆は、その活動領域を王国の外に広げようとしている。

 部族連合という、これまでの「敵国」をも巻き込んで、活動していこうとしている。

 そのためには、事前の情報収集が必須であるし、その事情は部族連合内部の事情だけではなく、王国や他の諸外国についても同じなのだ。

 もはや「無知な村娘」ではない彼女たちは、そのことの意味を理解した上で、それぞれの目の前の仕事をこなしていた。

 彼女たちはまだ、自分たちが商人や医療、兵士、役人……など、外の社会では細分化された職能を身につけた、複合的な技能の持ち主になりつつあることを自覚していない。

 自分にできることは周囲の人たちも同じようにできるので、その水準の高さに気づく機会が少なかった。

 また、こうした人材が数百とか千人単位で輩出するようになったら、それがどのような影響を外の社会に与えはじめるのか……といったことを考察する者も、この時点では少なかった。


 あちこちに松明をかけ、その日の酒宴はかなり遅くまで続いた。

 今度こそ戦争が終わりそうだ……という気配を肌で感じているのか、あえて陽気に騒いでいる兵士が多いようだ。

 なんだかんだで犠牲も多くでているし、負傷している者、身体の一部を欠損した者も少なくはない。

 自分たちで気分を盛りあげていかないと、気が滅入る一方なのかも知れないな、と、ハザマは思った。

 特にベレンティア領の兵士たちは、領主であるベレンティア公を失ってかなり意気消沈している、ということだった。

 ともかくも、客足が途絶えたのを見計らって、ハザマは天幕の中へと退いた。

「……ふぃー……」

 天幕の中に入ったハザマは、肩をおろして太いため息をついた。

 背後についてきたバツキヤに、

「今日はもういいぞ」

 と声をかける。

 どのみち、ハザマ自身も自室に帰って寝るだけである。

 バツキヤはハザマに一礼してから、スタスタと去っていった。

 その後ろ姿を見送って、ハザマは、「なにか物足りないな」と思い、

「ああ、そうか。

 リンザがいないのだ」

 ということに気づいた。

 普段、ハザマには、だいたいリンザとクリフの二人がつき従うことになっている。

 このうち年少者であるクリフには、あまり夜が更けない前に自室にさがり、就寝するようにいい渡してある。侍従見習いということになっているクリフは、もともと、「見学が仕事」的な側面があり、いつ退いても不都合はないのだった。

 しかし、リンザについては……。

「珍しいな」

 とは思ったもの、特に気にとめるということもなく、ハザマは自室にむかう。

 まあ、あいつも忙しいときがあるんだろう。

 くらいにしか、思わなかった。


 ハザマの自室……ということになっている区画に入ると、そこには一人の女性が待っていた。

 一応個室であるとはいえ、実質的には布で区切っただけの空間でしかないのだが……そこに、小綺麗な格好をしたイリーナが簡易寝台に座っていた。

 そういうことか、と、ハザマは思った。

「お待ちしていました」

 緊張しているのか、若干堅い表情をしているイリーナは、そういった。

「体をお拭きましょうか?」

 などといって、ハザマの服に手をかける。

「あ、ああ」

 生返事をしたあと、ハザマは訊ねる。

「……本当に、もう大丈夫なのか?」

 イリーナの男性恐怖症のことであった。

「おそらくは」

 イリーナは堅い声で応じる。

「これまでにも、男性と接触する機会はありましたし……。

 あ。

 変な意味ではなく……」

「わかっている」

 ハザマは短くいって、なにかいいかけたイリーナを遮る。

 イリーナはこれまで戦場で働いていたのだ。

 そら、男性と接触する機会も多いだろう。

 そのたびに硬直していたのでは、戦争にならない。

 だけど、まあ。

「……無理をする必要はないんだぞ?」

「無理なんか、してません」

 そんなやりとりの間にも、イリーナはハザマの服を脱がせて、濡らした布でハザマの肌を拭った。


 その夜、ハザマはイリーナを抱いた。


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