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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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情報戦の開始 

「あと、例の洞窟衆が、また……」

 ガイゼリウス卿が一枚の報告書をレタリウス王子の目前に差し出す。

「……また彼ら、ですか?」

 レタリウス王子は軽く眉根を寄せる。

「いや、彼の仕業のようですね。

 ふむ。

 敵反動勢力を、ほとんど単身でその場に留めた、と……」

「アズラウスト公子の一時報告ですから、まず間違いはないかと」

 ガイゼリウス卿はそういって頷いた。

「この件については、軍監役からも今以上の報奨を用意すべきとの書面も届いております」

 軍監役とは、兵士たちの戦いぶりを見届け、報奨金の多寡などについて意見を行う役職である。役目柄、賄賂などが横行する可能性があるので、実際にその職務に就いている者は自分が軍監役であることを隠すことが慣例となっている。

 実際には、この軍監役と司令部内での評価などが王都に送られ、他者の戦功の兼ね合いなども考慮した上で、慎重に吟味されて報奨の多寡は決定される。

 その際に、

「より大きな戦功をあげた者が、低く見積もられる」

 ようなことは、あってはならないのだった。

 そうした不公正さが公然のものとなれば、次からは誰も王国のために戦わなくなる。これをおろそかにしたら、場合によっては、国の基盤さえ危うくなる。

 だから、

「こうした報奨は徹底的に審査され、公正を期さなくてはいけない」

 というのが前提となる。

 今回の場合、仮にハザマが「ザメラシュの私兵」をあの時点で止めなかったとしても、大勢はさして変わらなかっただろう。その場合、「ザメラシュの私兵」たちは、まだ現地に多数残っていた王国軍に追い立てられ、時間はかかるものの、いずれはすべて捕縛されたはずである。

 しかし、その間にも周辺住民は「ザメラシュの私兵」による略奪などの被害を、まず被る。その被害が事前に回避できただけでも、十分なお手柄であり、それを評価しないわけにはいかないのであった。


「……どうやら、彼らへの報奨金を追加する必要がありそうですね」

 渋い顔をして、レタリウス王子は呟く。

 別に報奨金をケチりたいわけではなく、これ以上、洞窟衆に力をつけて貰っては困る、という意識があるため、どうしても不機嫌な口調になってしまう。

「しないわけには、いかぬでしょうな」

 表情も変えずに、ガイゼリウス卿は応じた。

「どのみち、あの地にはこれから多数の官吏を派遣することになっております。

 それに乗じて、あの洞窟衆という輩どもともそろそろ直接交渉の窓口を作ってみてはいかがでございましょうか?」

 戦後処理、実現する可能性が高くなってきた居留地計画、それに、領主不在となったベレンティア公領。

 確かに、洞窟衆の件がなくても、あの土地には中央から少なからぬ人員を派遣する必要に迫られている。

「そうですね」

 レタリウス王子はあっさりと頷いた。

「内示の反応も確認する必要がありますし、洞窟衆専任の係員を選定して、他の官吏とともに現地へ派遣してください」

 ガイゼリウス卿は、

「御意に」

 とのみ返答して、レタリウス王子の執務室から退出した。


 洞窟衆関連の案件は、本来であればレタリウス王子が直々に判断を下すような重要時とは見なされない。

「すでにその洞窟衆が、部族連合の一員とみなされている」

 という一事がなかったら、ガイゼリウス卿もレタリウス王子に裁決を仰ぐこともなかっただろう。

 王国の国政全体からみれば、洞窟衆関連の事項はさほど重みを持っていなかった。

 少なくとも、この時点ではそのように見なされていた。


 その日、夕刻から夜半にかけてハザマがなにをやっていたかというと、

「挨拶」

 の一語に尽きる。

「接待」

 といい換えてもいい。

 とにかく、次から次へと誰かしらが挨拶に来て、その対応に追われていた。

「陣借衆のための慰労会」という名目ではじめた洞窟衆主催の宴会は、いつの間にやらなし崩し的に乱入者歓迎目的不明の社交場と化し、昨今興隆著しい洞窟衆とその主であるハザマの知己を得ようとする有象無象が集まるための格好の名目となったのである。 

 最初のうちこそ、

「陣借衆の誰それである」

 とか、本来の対象者が順番に酒宴を催してくれたことの礼をいいに来て、ハザマもそれを適当に捌いていたのだが、そのうち無関係の王国貴族、将兵、内外の商人、国外の公使やらまでもが「個人的に」よしみを通じたいとかでハザマに挨拶に来だし、どんどんグダグダになっていった。

 ハザマにしてみても、今後の取引相手とか情報源になりそうな人々を粗略に扱うわけにもいかず、表面上は愛想良く対応していくしかない。

 もちろん、そのひとりひとりの姓名を記憶するほどハザマが律儀な性格をしているわけではなく、例によってそれら膨大な人々に関する情報管理については、一切合切を他人任せにすることにした。

 ちょうどバツキヤが、

「記憶力には自信があります」

 といいだしたので、バツキヤを背後に従えて、そちら方面の仕事はすべて丸投げにする。

 ハザマ自身は「相槌人形」と化して、適当に目前の相手に応対することだけに専念をすることにした。

 商談を求めてきた者はタマルに任せ、 

「ルシアナ討伐の際には……」

 という話題を出してきた者には、

「同行していたやつらを呼びましょう」

 とかいって、水妖使いの三人やルゥ・フェイの爺さん、あるいは、例によって酒目当てでやって来ていたゼスチャラに引き合わせて任せたり、

「そのルシアナの殻がまだ残っていますよ」

 といって大蜘蛛の殻を置いてある場所に案内させたりする。

 とにかく、極力、自分自身では対応しないように工夫をした。

 もう少し人数が限定されていればハザマも真面目に情報収集をしようという気になったのかも知れないが、ハザマへの面会を求める人が次から次へとやって来る現状では、現実問題として身動きすらままならない。


 その代わりにといってはなんだが、他の洞窟衆の者たちに、

「いい機会だから、商売や今後の洞窟衆の動向に関係しそうな情報を聞き出すように」

 という指示を与えておいたが、他の洞窟衆たちもそれなりに忙しそうにしていたので、その指示を与えられた側がどこまで内容や重要性を理解し徹底できるのか、かなり心許なかったわけだが……現状では、信じて任せるしか方法がなかった。

 この辺の、

「情報の収集や選別、整理」

 に関しても、今後の大きな課題だよなあ、とハザマは思う。

 洞窟衆の立ち位置的にも、情報の扱い方はかなり重要なポイントになりそうだし、場合によっては早々に専任の人材も養成する必要がありそうだ……と、ハザマは考えはじめていた。


 ときには、

「ハザマ殿におかれましては、此度の戦功によって王都から領地と爵位を下賜されるそうですが……」

 とか、

「昨夜のザメラシュの愚行を留めたのもハザマ殿と聞きましたが……」

 とか、とにかく、挨拶に来た人たちから、さりげない雑談を装ってそんな風に探りをいれられることもある。

 どこから漏れたのか、その手の噂はかなり広まっているらしかった。

「ええ、まあ」

 しかたがなく、ハザマはうなずく。

 自分から喧伝する気もなかったが、否定しても仕方がない。

 昨夜の件については、

「アズラウスト・ブラズニア公子からの要請がありまして、それに従っただけです」

 と事実のみを簡単に伝えるだけにしておいた。

 領地と爵位に関しては、

「確かに王都から内示はありましたが、断るつもりでいます」

 と否定しておく。

 すると、貴族とか、そちら側の地位についている者たちは決まってかなり驚いた様子をみせた。

「王都から下賜されるものを、お断りになられるというのですか?」

「畏れ多いというか、一介の異邦人に荷が勝ちすぎます」

 ハザマは平然とそういう。

「余所者のおれはこの国の制度や法にも明るくありませんし、洞窟衆の商売とか増えすぎた配下の身の振り方のことを考えるだけで手一杯です。

 爵位とか領地なんて、とてもとても」


 こうしたハザマの態度は、「なに、虚勢を張って謙遜のポーズを取っているだけだ」とか「案外本音かも知れないな」とか、受け取る側によって様々に解釈されることになるわけだが、とにかく、

「ハザマが、王国が提示した条件を蹴るつもりらしい」

 という情報は周辺に居た者たちの間に速やかに広がった。

「ハザマがこのように考えている」

 ということが周囲に広まり、既成事実化することが、今後行われるはずの王国中央との交渉に対する洞窟衆からの一手、というわけであった。


 タマルをはじめとした商売人たちは洞窟衆と取引を望む人たちの対応に追われている。それまでの王国軍関係の顧客ではなく、国外や部族民たちが多数、押し寄せてくるようになっていた。

 特に部族民たちは戦争が一段落したことと、昨夜の騒動以来、ボバタタス橋の警護が事実上放棄されていること、それに、一部の部族民たちに近く撤退命令が出されそうな気配があること……などの理由により、

「ここから去る前に……」

 食料や薬品、その他の雑貨など洞窟衆から買い求めようと訪ねてきているようだった。


 戦時であっても国境を越えた取引に制限はなかったし、戦意さえがなければ敵国の人間でも自由に行き来して、敵対した陣営の兵士同士がごく普通に気軽に挨拶を交わしていたりする。

 今、この場でも、敵味方の将兵がなんの警戒心もなく、いっしょに肩を並べて酒を酌み交わしていた。

 この辺の切り替えというか心理、戦争というものに対する感覚は、ハザマとしては戸惑いをおぼえるところではあったが、

「この世界では、そういう文化、風習なのである」

 と納得するしかなかった。

 ハザマにしてみても、恨み骨髄とか、重たく後々まで遺恨を残すよりは、これくらいの軽さで割り切って貰うくらいの方が、よっぽど気が楽ではあるのだが。


 案ずるよりも産むが易しというか、ハザマが心配した割には、「情報収集」の任務についても洞窟衆の者たちはうまくやっているようだった。

 心話通信のおかげで、客たちに知られることなく、

「どういう情報を集めればいいのか」

 あるいは、

「どうすればうまく必要とする情報が引き出せるのか」

 といった情報が速やかに周知されていく。

 現在、洞窟衆の中核を担う者は、だいたい、トエスやリンザのようなそこいらの村娘であった者たちなのだが、リアルタイムで対応を相談できたり経験を共有したりできるという事実は大きかった。

 警戒心を刺激しない外見の小娘たちが、目前の客たちには知られないまま、実況中継や井戸端会議をしながら、さりげなく聞き出していく。

 高価な衣服をまとった、偉そうなおっさんたちをいじって油断させ、

「この程度のことなら」

 と口を滑らせる。

 ジグゾーパズルのピースを集めて全体図を完成させていくように、ごくごく断片的な情報でも、他の断片とつなぎ合わせればそれなりの意味を読み取れるようになる。

 たとえば、王国軍内の各貴族へ対する戦功報奨の多寡、部族民たちのかなり具体的な撤退スケジュール、今後、普請される予定の居留地に対し、どの国がどのくらいの出資をしているのか……といった情報を、かなりのところ、ハザマたち洞窟衆はかなり正確に把握できるようになってしまった。

 そうした作業を、洞窟衆の娘たちはゲーム感覚で、楽しんでやっていた。

 こうして集めた情報は、商売はもとより、今後の洞窟衆をどのような方向に持って行くのか、という指針を決定する際にも大きな影響を与えていくことだろう。 

 もちろん、部外者が立ち入らない天幕の中では、専任の者たちが書記役を務めてそうやって収集した情報を片っ端から書き留めていた。


 そんなわけで、その日の酒宴は、洞窟衆にとってもそれなりに有意義なものとなった。


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