王都の方法
「……できれば、その契約には完全にそちらに服従するような内容は盛り込まないでください」
バツキヤはまず、そう宣言しておいた。
バツキヤは、このハザマという男は、放置しておいたらだ駄目だ。いろいろな意味で……などと、思いはじめていた。
妙に抜けたところがある癖に、現在の自分の立ち位置や影響力についてはいまいち自覚していないように思える。
こんなのをこのまま放置しておいたら、周囲が迷惑をこうむるばかりだ……と、バツキヤは思う。
そのためには、諫言や直言なども、数え切れないくらいに必要になるだろう。
自分の持つ知識を認めさせ、対等以上の存在だと認めさせることからはじめなければならない。
前に仕えていた馬鹿王子よりは、仕え甲斐はありそうだとは思うがのだが……。
「あ。
じゃあ、あたしもいっしょに契約する」
すかさず、マニュルもバツキヤの契約に便乗してきた。
おずおずとルアも、
「同じように」
といいだし、とりあえず、この三人は「三年と期間を限定した年期奉公」の契約を洞窟衆と結ぶことになった。
個人同士でしか効果を発揮しないという契約魔法の制約により、実際には名義人であるハザマと契約を結ぶことになる。契約上の扱いとしては、トエスやハヌンなど、初期から居る洞窟衆の娘たちと同等ということになった。
「身分が不確定だと、なにかと心細いですからね」
と、契約書に署名したあとに、ルアがいう。
「今さら部族連合に戻れるわけでもなし、なんらかの後ろ盾は欲しかったところですし……」
「後ろ盾が欲しいだけなら、別に洞窟衆でなくてもいいんじゃないのか?」
ハザマはそういって首を傾げた。
「うちは新興もいいところだし、かなり不安定な部分もあるぞ」
「だからといって、貴族とかの奴隷になるよりはましです」
ルアは、きっぱりといった。
「少なくとも待遇面では、この洞窟衆の方がよそよりもよさそうですし」
ここ数日、内部から観察してそう結論したらしかった。
「ま、下っ端でも公然と首領のトカゲ男を悪し様にいえるのは、ここくらいなもんでしょうね」
マニュルも、ルアの意見に賛同する。
「王国や部族連合はおろか、大陸中を探してもここほど気楽に上を扱き下ろせるところはないと思う」
「ここでは、兵士や奴隷までも表情が活き活きしていますしね」
バツキヤまでもがそんなことをいいだす。
「少なくとも身内への待遇は、他よりもかなりいいと思います」
「なんでもいいけどな」
ハザマは賛辞ともとれる内容をあっさりと流した。
ハザマにいわせれば、週休二日制の一日八時間労働……という日本の基準に近づけようとしただけなのである。もちろん、戦闘時などの緊急時は除いて、ということになるわけだが、余暇を増やすのは各種需要を促進するための方策でもあり、単純に使用者を配慮しただけの結果でもなかった。
「とにかく、まずは部族連合の情報だ。
なんでも片っ端から知りたいんだが……まずは、道だな。
道路をすべて、書き出して貰いたい。
主だった町や村まで、どういうルートで何日くらいの道程なのか……」
「それを書き出すのはかまいませんが……」
バツキヤは、ハザマの顔をまじまじと眺めていった。
もちろん、その手の情報はすべてバツキヤは頭の中に収めている。
「……紙がかなり必要となりますよ。
何十枚か、なん百枚か……」
「……そんなに、広いのか?」
一瞬、ポカンとした表情になったあと、ハザマはそう聞き返した。
「大小あわせて無数の部族民が棲息しているのです。
どうして狭いなんていうことがありましょうか」
バツキヤは冷静に告げた。
「広大とはいえ大半が山地ですから、平地民の基準からいえば生産性が低い土地という事になるのかも知れませんが……」
「……あー……」
ハザマは言葉を失いかけたが、すぐに気を取り直して、こう指示をした。
「紙はいるだけ用意させるから、とにかくなんでも片っ端から書き出してみてくれ」
まずは、情報だ。
それがなくては先へ進みようがない、と、ハザマは改めてそう思った。
「……そろそろ準備ができましたけど……」
少し時間が経ってから、トエスがハザマに声をかけてきた。
「準備、って、なんの?」
「やだなあ。
忘れちゃったんですか?」
トエスは呆れた表情をする。
「陣借衆を集めて慰労会をするとか、自分からいいだしたんでしょうに」
「ああ、それか」
そういって、ハザマは立ちあがる。
「でも、少し早くないか?
時間的に」
「なんだか、予想以上に人が集まって来てまして……」
トエスがのんびりとした口調で答える。
「……来た人全員の分を用意するとなると、お酒も料理も全然、足りなくなりそうなので、その確認もしたくて声をかけました」
「……そんなに足りないのか?」
不審に思いながらも、ハザマは確認する。
「いったい、どれくらい来ているんだ?」
「総数はとても勘定しきれませんが、ざっと、千人以上は……」
トエスは、軽い口調で答えた。
「……それ、陣借衆だけじゃなくね?」
ハザマが把握している限りでは、陣借衆を末端まで含めてもそこまでの人数にはならないはずなのだ。
「そうみたいっすね」
トエスは、あっさりと頷く。
「なんだか、洞窟衆が戦勝祝いをやる、みたいな伝わり方をして、あっちこちから人が押し寄せてきているような状況でして、せっかく集まってきたのに無碍に帰すのもどうかなーって思って、判断を仰ぎに来たんですが……」
「それを早くいえ!」
ハザマはすぐにタマルにむき直り、緊急時につき、追加予算を要請した。
こと財務面のことについては、ハザマの一存で予算を消費することはできないのであった。
「……ここでいい顔をしておけば、それなりに見返りがあると思う。
王国内の人脈とか、洞窟衆の評判とか……」
と、つけ加えることも忘れなかった。
「いいでしょう」
タマルは偉そうな表情になって頷く。
「投資する意味はあると思います」
そしてその場で、洞窟衆の各所に手紙を書きはじめる。
洞窟衆の一部では、司令部支給の兵糧の調理とかを担当している部署もあり、そちらとか流通部門へ酒を追加したりとか、そんな伝言をすぐに飛ばしはじめた。
「……来たばかりのときは、ずいぶんと胡散臭い目で見られたもんだが……」
エルシムが感慨深い表情になって、そういった。
「……いつの間にやら、洞窟衆もいっぱしの顔になったの」
「無理もなかろう」
ファンタルは、そう応じる。
「あれだけ派手に暴れればな」
「ただ……暗いニュースもあるから、それを吹き飛ばそうという人も多いはずよね」
ムムリムの表情は少し曇っている。
「ベレンティア公とか、それに、ブシャラヒム卿の戦死とか……。
特にベレンティア公は、この地元ではかなり慕われていたから、そちらの方面では完全にお通夜状態だし……」
「……え?」
ハザマは驚きの声をあげる。
「ベレンティア公はともかく……ブシャラヒムさんも戦死したの?
いったい、いつ?」
ハザマがブシャラヒムについて最後に聞いたのは、
「負傷して戦線離脱した」
という報告だった。
「昨夜……というか、今日の早朝未明、公式に発表がありました」
ムムリムは真顔になって、そう告げる。
「……あんなに必死になって治療したこちらが、馬鹿みたいな死にざまでした」
「……そうか……」
今日の早朝、というと、ハザマが夢もみずに眠っていた頃だ。
「ということは、怪我をした身で、昨夜の敵軍に……」
確かにムムリムのいう通り、かなり馬鹿な死に方だった。
少なくとも、意味はない。
あの数の敵軍に、怪我人が一人でむかっていっても与えられる損害はたかが知れている。
ハザマにしてみればベレンティア公の行動もかなり謎だったが、ブシャラヒムの行動も正気の沙汰ではないように思えた。
いや、正気ではない、というよりも……合理的な判断の外に、動機があったんだろうな。
しばらく考えたあと、ハザマはそう予測する。
愛国心とか国土愛とか、あえて言葉にしてしまえばそんな陳腐ないい方になってしまうのだろうが、利害を超えて即座に行動を起こすような衝動が、その二人を突き動かしていた……のかも、知れなかった。
いずれにせよ、そうした感情とは無縁な性質の上、余所者であるハザマには理解できない範疇の心理なのだろうが。
「……それじゃあ、アルマヌニア家のところにも、お悔やみに行かないといけないのかな……」
ハザマは、そう呟く。
一応、洞窟衆は王国軍の命令系統上、「アルマヌニア家軍の下部組織」として位置づけられている。洞窟衆が手を入れた開拓村のほとんどがアルマヌニア家の領地内に存在するためだった。
現に、新領地内ではファンタル率いる手勢がアルマヌニア家の軍勢と綿密に連携を取っていたし、アルマヌニア家と洞窟衆とは、それなりに関係が深いのだった。
「……そんな心配をするまでもなく、むこうの準備が整ったらその旨、連絡が来るわよ」
カレニライナは、そう指摘してくる。
「いくさの最中にそんなことをやりはじめてもきりがないし、案内が来ない限りは勝手に動かない方がいいと思う。
それに、ブシャラヒム卿はルシアナ討伐の功労者でもあるから、ベレンティア公と併せて国葬扱いになるという噂も立っているし……」
「……国葬?」
ハザマは露骨に機嫌の悪い顔をした。
「なんだ、そりゃ?」
「昼餐会の会期中とはいえ、ボバタタス橋を敵軍に抜かれたことは事実」
カレニライナは年齢に似つかわしくない表情で説明しはじめる。
「その不祥事の印象を少しでも小さなものにするためには、国土防衛の英雄をでっちあげる必要があるの」
「……それで、その二人を祭りあげるってわけか……」
ハザマがみるところでは、その二人、ベレンティア公とブシャラヒムとは、「死ぬ必要もないのに勝手に死地に赴いた」結果の戦死、あえてきついいい方をするのならば、犬死にもいいところなのだが……。
「……馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように、ハザマはそういう。
「どうせ、その二人がどういう状況で戦死したのか、実際に目撃した人は少ない」
カレニライナは冷静に指摘する。
「だったら、そのときその場で戦死したという事実だけを有効活用しようとするのが、上のやり口でしょうね。
それ以外に……そう。
ベレンティア公爵領の今後については、今頃、王都では大騒ぎになっているのでしょうけれども……」
「……ベレンティア公が、戦死……ですか?」
その日の早朝には、王都にその知らせが届いたという。
レタウリス・メレディラス王子がその報に接したのは、朝一番の政務の際であったという。
「なぜ彼が、こんな時期に……」
「なんでも、敵軍の反動勢力が暴発した際に、自分から勇んでその場にむかっていったとか」
ガイゼリウス卿は淡々と説明した。
「思えば、ベレンティア公らしい最後ではありますな」
「嫌味ですか、これは」
レタリウス王子は顔をしかめた。
「いいや、後継者をあえて指名しなかったことも含めて、絶対に中央への意趣返しに決まっています。
これは、ベレンティア公による、命懸けの王都への意趣返しです!」
そう叫んだあと、レタリウス王子は不意に真顔になる。
「しかし……困りましたね。
この時期に、ベレンティア領が不安定になるとは……」
「ベレンティア家の主要な臣下と閣僚たちに、至急、連絡を取ります」
すかさず、ガイゼリウス卿は事後策を進言してくる。
「中央と綿密に連絡を取り合えば、しばらくは現状維持が可能でしょう」
「半年、いや、一年くらいはそれで行けるかも知れませんが……」
レタリウス王子は神妙な顔つきでいった。
「……いずれ、あの領地をどうすべきか、決めなくてはなりません。
これは、ちょっと面白くない事態ですね」
国が割れる、というところまではいかないだろうが、王国内部の貴族社会に亀裂が入り、足並みが揃わなくなることは十分に想定できるのであった。
「そちらの領分は、臣の職務からは離れますな」
ガイゼリウス卿はにべもなくそう答えた。
「上流貴族の方々の間に入るなど、いかにも畏れ多く……」
「この点について、貴公にはなにも期待するところがありません」
レタリウス王子は苦笑いを浮かべる。
そもそもこのガイゼリウス卿の身分では、大身の貴族たちはその言葉に耳を傾けることさえしないであろう。
「今のは独り言だと思ってください」
そういったあと、レタリウス王子はベレンティア領の人事について、めまぐるしく脳内の情報を参照しはじめた。




