領地運営の要項
その他、細かい物資の供給願いなど数件の雑用をいいつけられて、ハザマは使節団の天幕を辞した。
酒や料理の材料の取り寄せ程度のことなら即答できるのだが、それ以外の重要事項に関しては、
「独断では決定できませんので、持ち帰って仲間と相談してみます」
で押し通す。
実際、大量の賠償金輸送業務など、現在の洞窟衆の体制で受けてもいいものかどうか、子細に検討してみなければ回答できないのだった。
「……なんだかどんどん面倒なことになってるよなあ」
洞窟衆の天幕に帰り着くなり、ハザマは使節団で貰った書類一式を会議室のテーブルに放り出してそんなことをいった。
「……領地だのなんだのいわれても、わけわからないっつーの」
「とりああず、一度おもだった皆さんを集めて会議をしてみてはどうでしょうか?」
リンザがそんな提案をして来た。
「これだけの大事になってくると、流石に独断で決めるのも……」
「ま、そうだな」
ハザマは、あくび混じりに頷く。
「そんじゃあ、その手配をしておいてくれ。
おれは、少し寝る。
またなんかあったら、叩き起こしてくれ」
横になった次の瞬間には叩き起こされた気がしたが、聞けばすでに昼を過ぎているという。
「皆さんがお集まりなりました」
シーツを持ったリンザが、床に転がったハザマを見下ろしてそういった。
「ああ、そうかい」
ハザマはあくび混じりにそういって、床の上から身を起こす。
リンザはそんなハザマに着替えと洗面に必要な物を手渡した。
「こちらに着替えて、ちゃんと顔も洗ってくださいね。
あ。それから、寝癖がついてますよ」
「はいはい」
生返事をしながら、ハザマは身支度を整えていく。
「まあ、来るべきものが来たって感じだな」
集まった面々に、ハザマはそういった。
今回は、洞窟衆の未来を大きく決定することにもなりかねないので、無理をいってエルシム、ファンタル、ムムリムのエルフ三名にも来て貰った。
今となっては通信術式も外部の者に傍受される可能性があるので、直接対面して相談したかったのだった。
まず、領土と爵位について、バグラニウス公子に手渡された書状の封を切って、リンザに読みあげて貰った。
ほぼ、昨夜、アズラウスト・ブラズニア公子が予想していた通りの内容だった。
「それにしても、騎士を通り越して、いきいなり男爵から開始か」
内示が書かれた羊皮紙をみて、ファンタルがそんなことをいう。
「王国も、なかなかに気前がいい」
「爵位を与えるだけなら、あまり金もいらないそうですからね」
むしろ、なにかと体裁を取り繕わなければならない分、爵位を受けた側の経済的な負担が恒常的に増える……と、いうことだった。洞窟衆に経済的な負担を強いるためにあえて最初から高い爵位を提示しているという見方も可能なのだが、これは穿ちすぎだろう。
「……それで、受けるつもりなのか?」
エルシムが、ハザマに尋ねてくる。
「辞退すると、洞窟衆に不利な状況になるそうです。
少なくとも王国内部では、とても動きにくくなる」
ハザマは、そういって肩をすくめる。
「せいぜいゴネて条件をつけてから、ようやく受けてやろうかと」
「その条件とは?」
「再入植をした開拓村の権利確保。
街道沿いの休憩所の権利確保。
通信網整備への協力体制。
盗賊狩りへの協力体制。
それから……そうそう。
肝心の、新領地での自治権も確保しておかなけりゃいけないだろうな。
たぶんこれまでに例がない法とか統治の方法を試すことになるので、場合によっては王国側から反発がでてくるかも知れない。
だから先手をうって、こちらの自由度を保証するという言質を取っておきたい。
あと……他になんかあったかな?」
「意外とまともですね」
リンザが、ぽつりと感想を述べる。
「もっと突飛な内容かと思っていました」
「その自治権というやつが癖ものだな」
エルシムが指摘する。
「どうせ、王都の言質をとってから、こちらの好き勝手にするつもりなんだろうが」
「否定はしませんけどね」
ハザマはあっさりと認めた。
「でもその好き勝手っていうのだって、せいぜい活版印刷とか風呂とかを作る程度で……そんな大げさなことでもないんですけど」
ハザマが知る便利な道具などをいくつかこちらの技術で再現しようとする試み。
いつか落ち着いた状況になったら試そうと思っていたことなかりであった。多少の資金は必要とするものの、いずれも個人の道楽からそんなにはみ出したことでもない……はずだった。
少なくとも、領地運営がどうのこうのとかいう大げさなことではない。
「そのフロとかいうのがなにかは知らんが、お前様は自分の思いつきを過小評価する傾向があるからな」
エルシムは相変わらず遠慮がない物言いをした。
「なんでもいいが、新しいことをはじめる前にはちゃんと相談しろよ」
「あと、タックスヘイブンとかラクイチラクザとかいっていましたか?
昨夜いっていたことも、改めてこの場でちゃんと説明しておかなければ、あとで揉めることになるかと」
リンザが、容赦なく指摘をする。
「ハザマさんは、自分の思いつきの非常識さをもう少し自覚するべきだと思います」
「別に大したことじゃあないんだけどな」
非常識さうんぬんの部分には大いに異論があったが、ハザマは改めて自分の構想について説明をした。
「その新領地は、領民という概念をすべてなくそうと思う。税も、可能な限り取らない。
王都への上納金は、別の事業の収益から払う」
ハザマの言葉が、その場に居た全員に浸透していく。
「そんなの……できるわけがないじゃん!」
まず最初に、カレニライナが反発した。
「そんなの、もはや領主でも領地経営でもなく……」
「だからこれから、しばらく辞退させてくれるようにゴネるんだよ」
そうした反応を予想したハザマは、淡々と応じる。
「でも、王国としてはそれでも押しつけてくるそうだから……。
ま、おれみたいにイレギュラーないやつに領主なんて仕事を押しつけてくるんだから、まともな統治にはならないことくらいは覚悟して貰いましょうや。
ええっと……土地とかは領主のもんだと仮定して構わないのかな?
その領地を有効に活用して、おれたちの商売の中継基地とする。
宿泊施設とか商品の倉庫とかもしっかりとしたものを建造する。王国と部族連合、両方へ用事がある商人とか旅人たちも利用できる宿もな。
実質上、あの森の中に町を造る……という感じになると思う。規模は、対部族連合との取引がどれくらいのものになるかで変わってくると思う。
商人や職人の中には、その新しい町に店を構えて自分で商売をはじめようって人も出てくるはずだ。
そういう人たちからの土地の利用料金や家賃とかだけでもそれなりの実入りになる」
「これから建造する町の規模にもよりますが……今回のいくさの報奨金だけでも、相当なものができますね」
王国が発布した内示書に目を通しながら、タマルが答える。
「……資金的に無理のない範囲で設備投資をして、あとから余裕をみながら規模を拡大していくのがいいと思います。幸いなことに、土地だけはたっぷりあるようですから。
というか、そういう大事なことは、事前に相談してください。
構想としては、それなりに魅力的だとは思います。
正直、徴税権をほとんど放棄してしまうに等しいのは、かなり勿体ない気もしますが……」
「だから、今相談している。
それに、損して得取れとかいうだろ?」
ハザマは抗弁する。
「王国と部族連合の国境、それに、これから建設される居留地……って条件が重なると、十分にいけそうじゃないのか?」
「……いけるでしょうね」
しばらく考えてから、タマルは頷く。
「しかし……自分の領地を単なる不動産としか考えない領主というのも、前代未聞だろうなあ……」
「でも……本当に王国がそこまで自由にやらせてくれるかしら?」
カレニライナが、疑問を口にした。
「王国としては、本当なら洞窟衆にこれ以上、力をつけさせたくはない。
だけど、先に部族連合が洞窟衆を部族扱いしちゃったから、それに対抗するために、仕方がなく今回のような処置をしたのでしょ?
だとすれば、今後はかなりうまく立ち回らないと……なんやかんやと口実を設けて、こちらの動きに掣肘を加えようとすると思うけど」
「共存共栄……って線では、駄目なのか?」
ハザマは、軽く顔をしかめた。
「洞窟衆が儲ければ、王国にもそれなりに見返りがいくはずなんだがなあ……」
「一度成功例を作ってしまえば、それと同じやり方をすれば誰でも同じように成功ができる……と、そういう風に考えるものよ、上の人たちは」
カレニライナは断言する。
「最悪、黙っていても儲かるような仕組みを苦労して作りあげたところで、なにかと難癖をつけてすべて没収することもできるわけだし」
領土を下賜するは王国だから、その領地を召しあげる権力も、王国は持っていることになる。
もちろん、なんの理由もなくそんなことをすれば、他の貴族たちの不安や反発、猜疑心を煽り、王国の社会基盤自体を危うくする結果になるわけだが……なんらかの不祥事や醜聞を仕込んでそれを口実に領地を没収することは、十分に可能なのだ、と、カレニライナは指摘した。
「ただでさえ、新しいことを試みようとすれば、周囲の反発や誤解を招きやすいんだから……」
王都や他の貴族たちとの交流を活発にし、普段から情報を収集して、つけいる隙を少なくするべきだ……と、カレニライナは結論を述べた。
なんというお子様だ、と、聞いていたハザマは呆れる。
十代の少女の発想ではない気がした。
「……まとめると、これからは、外交や諜報も必要となる。
そういうことだな」
ハザマは、そのように総括した。
「まあね」
カレニライナは軽く頷く。
「王国に対しても、だけど、それ以上に、部族民連合に関しては気を払わないと……」
王国の内情はそれなりにわかることも多いのだが、部族民連合に関して洞窟衆が持っている情報は、あまりにも少なかった。
「対王国むけの情報戦略についてはあとでまた考えることにして……」
ハザマは、続ける。
どのみち、今、洞窟衆内部に居る人材だけではフォローできない領域なのだ。
考えるだけ時間の無駄だ、と、ハザマは判断する。
「それじゃあ……部族連合の内情とやらに詳しそうなやつを連れてこよう」
「……それで……わたしたちですか?」
一通りの説明を聞いたあと、バツキヤは半眼になった。
連れてこられたのは、バツキヤ、マニュル、ルアの三名だった。
「ルシアナの関係者」というよりは、それ以外の要因によって呼び出されたことは、今の説明で理解できた。
「一応、何人か部族長クラスの奴隷も確保しているし、そっちからの情報収集も改めて行うつもりだけど、それよりも今は部族連合全体を俯瞰した視点で発言できるやつが欲しいんだ」
なんでもないような口調で、ハザマはそういった。
「あんたらが無理なら、協力してくれそうな人を紹介して貰えないか?」
……このハザマという男は、いったい何を考えているのだろうか……と、バツキヤはかなり呆れた。
たかが捕虜を呼びだして、おそらくは現時点では数人しか知らない情報をべらべらとしゃべり、なにくわぬ顔をして「協力してくれ」とかいう。
よくよく考えてみれば、バツキヤやマニュルは、まだ洞窟衆による尋問をされていない。彼らは、バツキヤやマニュルが何者であるのかさえ、今の時点では知らないはずだった。
軍師をしていたバツキヤにしてみれば、
「この緩さは、どうしたものか……」
と感歎したくもなる。
「……いえ。
協力自体は、できると思います」
肩を落としながら、バツキヤは答えた。
なんだか、こんなのを殺そうと肩肘を張っていた自分の過去が、急速に馬鹿馬鹿しくなった。
「ただ、その前に……一応、わたしに対してなんらかの契約を結び、秘密の口外とか逃亡を防止する策を講じておいてからの方がいいと思いますが」
「……おお!
そういや、その手の契約がまだだったな!」
ハザマはそんなことをいいながら、平手をあわせた。
「タマル。
なんでもいいから、逃げたりできないような契約を結んでくれ」




