ザメラシュの暴走
「ところで、ハザマくん。
そのドン・デラでは、現在大きな問題を抱えておりまして……」
アズラウスト公子は、さらに続ける。
「……先ほどハザマくんは、事業展開の一例として通信術式を多用した盗賊退治を挙げましたね。
あれの延長だと思ってください。
ブラズニア家の兵を直接出すのが憚られる相手がいて、どうにも手を焼いているのです」
「ドン・デラは……」
ハザマは、軽く眉をひそめた。
「確か、有力な方が裏から表から牛耳っていると聞いていましたが」
「その、ドン・トロという老人ですよ。今、問題になっているのは」
アズラウスト公子はゆっくりと首を横に振った。
「もともとは沿海州出身の方なのですが……裏で塩賊と結びついていているので、よほどのことがなければこちらも手を出せないのです。
困ったことに、この方の跡目争いが最近になって激化する傾向にあります」
「……塩賊?」
ハザマは首をひねる。
聞いたことがない単語だった。
「賊と称されてはいますが、必ずしも非合法な活動ばかりをしているわけではありません。
古来、塩を専売制とすることに反対し続けてきた勢力、組織……その名残とでもいいましょうか」
アズラウスト公子の説明をまとめると、以下のようになる。
人間の、いや、生物の必需物質である塩の流通がときの権力機構に統制されることにあらがい続けてきた組織、というものがあって、この歴史はかなり古い。特に内陸部では塩の流通路を押さえられることは生命線を握られるようなものであるから、強固に抵抗するのは当然であった。
だからこそ、世代や時代を越えてその塩賊のコネクションは綿々と受け継がれている。
「……その塩賊とかいうコネクションが、ドン・トロって人の背景にあるってことですか?」
ハザマは、アズラウスト公子に確認した。
「公然の秘密、というやつですね。
彼が一代であそこまで成りあがることができたのも、塩賊の資金とバックアップを受けてのことだといわれています」
アズラウスト公子は平然とした顔をして説明を続ける。
「そして、われわれ貴族は、いや、おそらくは王家でさえも、その塩賊と正面からことを構えることを良しとはしません。
なにせ相手は、王国なんかよりも古い歴史を持ち、国境を越えた、おそらくは全大陸的な規模を持つ、大規模な勢力なわけですから、迂闊に手を出すと大火傷をしかねない」
「……そんなご大層な組織の相手を、新参者のおれたちにさせようっいうんですか?」
ハザマは、かなり呆れた。
そんな危ない橋をあえて渡ろうとするのは、よほどの馬鹿か命知らずしかいないのではないだろうか?
当然のことながら、ハザマも断るつもりだった。
「いえ、その塩賊に、いや、ドン・トロ老に逆らえとか、そういうことではありません」
アズラウスト公子はハザマの思い違いを訂正した。
「ブラズニア家としては、領内でも屈指の大都市であるドン・デラの治安が回復しさえすればいいわけでして……。
しかし、ドン・トロ老の背後にいる塩賊を刺激するので、公式にその跡目争いに介入することもできない。
現在は、そういう状況なわけです」
「おれたちみたいなぽっと出の勢力がウロチョロする分には、その塩賊とやらもさほど目くじらをたてないだろう……ってことですか?」
げんなりしながら、ハザマは確認する。
どのように言葉を飾っても、「塩賊の怨みを買う」というリスクを洞窟衆に押しつけようとしているのは明白だった。
「ブラズニア家が直接手を出すのよりは、刺激が少ないかと思います」
ハザマが考えそうなことぐらいは想定しているであろうアズラウスト公子は、涼しい顔をしてそういい切った。
「その件については、謹んでお断りさせていただきます」
ハザマは即座に断言する。
迷うまでもなかった。
説明を聞いた限りでは、その塩賊とやらを相手にすることは、そこいらの食い詰め者であるぽっと出の盗賊を駆除するのとはわけが違う。そんな大きな組織を相手にして間違って逆縁を作ったりしたら、多少の報酬を貰ってもまるで割に合わないのだった。
「……どうしても、駄目、ですか?」
アズラウスト公子は、上目遣いにハザマの顔をみつめる。
「駄目……っていうか……」
ハザマは渋い顔をして答える。
「……そんな危ない橋を好んで渡りたがる人は、そうそういないと思いますが」
「……それもそうですね」
今度は、アズラウスト公子はあっさりと引き下がってくれた。
「ドン・デラの治安が悪化しているのは事実ですし、早々になんとかしないといけないのは事実なんですが」
そんなこと、おれにいわれてもな、と、ハザマは思う。
このアズラウスト公子も、今のところ、洞窟衆に対して友好的な態度をみせてはいるが、それもどこまで本気なのか判断できないあやふやさも残していた。いまいち、信用しきれないというか、腹がみえないというか……。
貴族が相手なら、そんなもんか、とも思うのだが、とにかく信用しすぎず、慎重に接していていく、程度のスタンスでいくのが間違いのないところだろう。
「……たかだか三十騎、だと?」
そう聞いて、ホマレシュ族のザメラシュの顔つきが険しいものとなった。
「いただいた報酬では、それが精一杯ですな。
むしろ、破格の条件になるかと」
黒旗傭兵団団長ダドアズ・ドズアは、平然と答えた。
「こちらは、生還する可能性がほとんどないことまで織り込んだ値づけになります。
今、志願してきた者たちは郷里へ残してきた者たちへ手紙を書いているところですよ」
傭兵になる者は、金が必要となる事情を抱えた者が多い。これは文字通り、自分の命に代えても金を欲している者、という意味だった。
これらの兵に、よく戦場に慣れた軍馬をつけるとなれば、むしろかなり良心的な価格設定といえた。
「……むろん、それだけでは不意をついたとしてもすぐに王国軍に呑み込まれてしまいます。
そちらからも、相応の兵数を用意していただきませんと、此度の出兵自体が無意味なものになります。
そちらの準備の方は……」
「……いわれずとも、やっておる」
ザメラシュは憮然とした表情を作る。
「停戦に不満なもの、今回、戦場で満足な成果をあげられなかった部族などはそれなりに居る。
そうした者どもを、糾合している最中だ」
部族連合内の不満分子を集めている最中だ、という意味だった。
それも、他の者たちには気づかれないうちにはなしを伝え、出撃の準備を整えなければならない。
さて、そのような器用な命令を徹底できるだけの器量が、この若者にはあるだろうか……と、ダドアズは思いかけ、そしてすぐにその想念を打ち消した。
すでに仕事を受けることに決してしまった今では、雇い主の事情まで勘案しても仕方がないのだ。
とにかく、この分ではかなりの少勢でボバタタス橋を渡り、まだまだ十分な数が残っている王国軍のまっただ中を突破していくことになりそうだった。
勝ち目が酷く薄い……それどころか、まず無謀といってもいい用兵だ。
公正な目でみても、まともな判断能力を持った指揮官なら、想像すらしないような拙い作戦であるといえる。
「……先陣を切って敵中を突破する姿を目の当たりにすれば、必ずや、他の部族の民も奮起し、あとに続くであろう」
血走った目をして、ザメラシュは呟く。
自分の発案した作戦がいかに拙く、無謀なものであるのか。
この若者は、その程度のことも判断できないくらいに血迷っているらしかった。
ハザマがスマホの表面をタップすると、
「はいやいやいや、はっはっはっ」
三線の伴奏を背に、陽気なお囃子が周囲に響きわたる。
ハザマが着メロに使っていたゆんたを再生してみせたのだった。
いきなり鳴り響いた音に驚いて逃げ腰になる者、好奇心に顔を輝かせる者、反応はそれぞれだった。
「その板は、ある種の楽器なのですか?」
後者の代表格であるアズラウスト公子が、ハザマに訊ねた。
「楽器として使用できるアプリをインストールすれば、楽器として使用することもできますが……現状では、楽器ではありません」
ハザマは、真面目な顔をして答えた。
「今のは、メモリーに残っていた着メロを再生しただけです。
あー。
音を記録して、それを再生する機能も、この板にはあるのです。
このスマホは、なんといっていいか、ひどく多機能でして……」
本来の主機能である通話やメール、ネット接続などの機能は、通信インフラがないこの世界では使用できない。
現実問題として、内蔵されたオマケ的な機能やアプリしか使いようがないのだった。
「音を記録……ですか?」
アズラウスト公子が、不審な表情になる。
うまく想像できないのだろうな、と、ハザマは思う。
「録音といいます。
それに、録画もできますね。静止画も動画もどちらもいけます」
そういってハザマは動画アプリを起動し、ゆっくりと周囲を見渡して撮影していった。
そして、録画したばかりの画面を液晶に表示させた状態で、アズラウスト公子に示してみせる。
いつの間にかアズラウスト公子の背後にハメラダス師が忍び寄っていて、いっしょになって液晶画面を覗き込んでいた。
「……これは!」
「その板は、見聞したものをおぼえることができるというのか!」
アズラウスト公子とハメラダス師が、そんな声をあげる。
他の者たちも、興味をおぼえてスマホに群がった。
「……ここを指で押すと、何度でも再生できます」
ハザマは、動画の再生法方を教えただけで、あとは放っておくことにする。
正直、光量が足りないためかなり不鮮明な画像になってしまったし、撮影時間も数十秒程度の短いものであったが、それでもこの場の光景をそのまま撮影したものだということは明瞭に判断できる内容にはなっている。
それは、この世界の人々にはかなり衝撃的なようだった。
「……ハザマ殿。
このような道具を、あんたの国ではみなが普通に使っていたのか?」
しばらくしてから、ハメラダス師が押し出すような口調でそういった。
しばらく観察して、魔法を使用していないと判断したのか、あえて「道具」と称しているらしい。
「そうなりますね」
ハザマは、頷く。
「そのスマホは、別に特別な道具ではありませんでした」
大量生産について説明したとしても、果たして理解してくれるかどうか。
この世界では、人為的な製作物はすべて手工業の成果なのである。
そこまで考えて、ハザマは、
「あ。
分業とか流れ作業とかを工夫してシステム化したら、こっちでもその大量生産ってのをやれるんじゃね?」
と、思いあたった。
大量に作っても売れなければ不良在庫になるだけだし、こちらの技術で製造可能であり、なおかつそこそこの商品価値を持つ工業製品を選択するのが大変そうだが……。
将来の課題として、頭の隅にとどめておくことにしよう。
「……ハザマ様の故国は、ずいぶんと進んだお国だったのですね」
これまでハザマのはなしを聞いてもアズラウスト公子のように関心してくれなかったメキャムリム姫が、感極まったような声でいった。
……電卓のアプリも入っているのですよと説明したら、この人はどういう反応するのかな?
と、ハザマは思ったのだが、それは想像するだけに留めておいた。
むこうの世界の数字や演算子を説明するのが一苦労だと思ったからだった。
電卓だけではなく、インストールしただけでほとんど使用していない、スマホ用の簡易オフィスアプリなどもそのスマホには入っているはずだが、そうした各種アプリの使用法などはあとでゆっくりと考えることにしよう。
「……ちょっと待ってください」
唐突に、真剣な面もちになったアズラウスト公子が、少し大きな声を出した。
「たった今、部下からの報告が入りました。
部族民の軍勢が、ボバタタス橋を越えてきたそうです」
「……今になって……ですか?」
ハザマは、どう判断していいものかわからず、かなり狼狽した声を出してしまった。
「今は、停戦交渉をやっている最中じゃなかったのですか?」
「……物の道理をわきまえない、無粋な輩はどこにでもいるものですよ」
アズラウスト公子は、ゆっくりと首を振った。
「今回の停戦に納得しかねる不穏分子が、損益を考えずに暴発したのではないでしょうか?
とにかく、王国軍側はこのままいくさが終わるものと油断していたので、むざむざと突入を許してしまったそうです。
彼ら反動勢力は、目下緑の街道を驀進中です」
「……あの、考えなしの馬鹿王子の仕業だ!」
バツキヤが立ちあがり、荒い口調でいった。
「あいつなら、やりかねない!」
「……敵さんが何者か、なにを考えているのかなんて詮索はあとでもいいんじゃね?」
ハザマは呑気な声でいった。
「それよりも、そいつらをはやくどうにかした方がいいんじゃねーの?」
ハザマにしてみれば、「所詮、他人事」なのであった。
「はなしが早くて助かります」
アズラウスト公子はにこやかに笑ってハザマの肩に手を置いた。
「ハザマくんには、是非とも、ご協力いただきたい。
ハザマくんの能力ならば、犠牲を最小限にして彼らの暴走を止めることができます。
それに……ここでうまく立ち回れば、王国にも部族民にも、恩を売れますよ」




