ハザマの構想
酒肴としてスライスした果物と山羊のチーズが出されていた。そのうち、果物の方をアズラウスト公子とメキャムリム姫はうまそうに食べている。
「昼餐会で出される料理は手が込んでいて、うまいといえば非常にうまいんですが、ちょっとその、特に山岳民側の料理はぼくらにとっては重くてね」
アズラウスト公子はそんなことをいった。
「流石に獣肉の処理については山岳民の方がうちの宮廷料理よりも巧みだったな。
それでも、肉とか乳製品ばかりが出てくると、こういった素朴な、さっぱりしたものが恋しくなる」
「同感ですわ」
アズラウスト公子の意見に、メキャムリム姫も賛同した。
「新鮮な果物類なんて、この戦地ではなかなか手に入りませんもの」
「そいつは、搬送する日数まで勘定に入れて、こっちに着く頃にちょうど食べ頃になるように計算して収穫されているそうです」
ハザマも、その皮をむいてスライスした果物を指で摘んで口に入れた。その果物の名前を聞いたことなかったが、桃に似た味がする。
「ところで、今エルフ紙と呼ばれている紙の原料は森の中にあります。
まだまだ製造法は外に出したくないので詳しいことは伏せておきますが、ある種の植物の繊維を取り出して水にさらし、それを漉いて乾燥させたものです。
このエルフ紙は原料や製造の手間の割には高値で取り引きされるので、洞窟衆の大きな資金源となっています」
ハザマはいきなり、そんな説明をしだした。
「それから、各種の薬草ですね。
これも、その多くは森の中に自生している植物を原料とします。
現在、試験的にそうした薬草類の栽培もはじめていますが、そうした薬草畑から安定した収穫ができるようになるまではまだまだ数年単位の時間が必要になるでしょう。
それに、森とは建材や燃料の供給源でもあります。
王都の方々がどう考えているのかわかりませんが、宅地にも耕作地にもむかない森は、これでなかなかお金になる土地になります」
「われわれ平地民にとっては、人の手が入っていない森など人外魔境もいいところなのだけどね」
アズラウスト公子は、すぐにハザマがいわんとするところを理解して、頷いた。
「しかし、洞窟衆にとっては違う、というわけだ」
「ひとつ、お訊ねしますが……」
ハザマは、アズラウスト公子にある質問をぶつけてみた。
「領主が国王に収めるべき税というのは、どのような形で納税するのでしょうか?
現金でも構わないのですか?」
「うちは領民のほとんどが農民だからね。
税も穀物で収めて貰っているし、王家に上納する税も穀物で収めている」
アズラウスト公子は肩をすくめた。
「だけど、たとえば沿海州なんかは漁業と海運が盛んだから、ほとんど現金で収めていると聞いています。
なにで納税するかは、それぞれの領地ごとの事情を考慮して決められているのでは?」
「なるほど」
ハザマは、頷いた。
「それでは、王都の評価によれば生産性が低いとされる新領地の税は、現金で収めても文句は来ないわけですね」
「まあ、来ないだろうねえ」
アズラウスト公子も、ハザマの考えを首肯する。
「どんな形であれ、王家に税を納めさえすれば、文句のつけようがない」
「だったら、簡単だ」
ハザマは、そういって何度も頷いた。
「農耕にむかない新領地の領主は、むりに領地を農地にする必要もなく、別の方法で稼いでその金を王家に収めればいい」
「仮にその新領地が、これから本当に洞窟衆に与えられたとしたら……」
アズラウスト公子は、率直に質問をぶつけてきた。
「ハザマくんならどのように治めますか?」
「まず、先ほどだした紙や薬品、建材や燃料などの供給源として森を使いますね。
それから……」
ハザマは、新領地の使い道を指折りながら数えていく。
「……山岳民側へと続く輸送路の中継点として、倉庫など多く造ることになると思います。
あとは、王国の法が許すのなら、タックスヘイブンにしますね」
「……タックスヘイブン?」
はじめて、アズラウスト公子の顔に狼狽の表情が浮かぶ。
「なんですか、それは?」
「楽市楽座ですよ」
ハザマは、平然と答えた。
「関税などを撤廃して、商人や職人などを誘致します。
王国民や部族民の他に、居留地経由で多くの国々の人たちも集まってくれるでしょう。
新領地の領主は、それら集まってきた人たちから徴収する地代や家賃収入だけでも、王家へ収める税くらいは集められるはずです。
それ以外に、自分たちでも商売をするでしょうが……」
アズラウスト公子はその可能性について考えてみる。
確かに……関税を撤廃すれば、領主は大きな収入源を失うだろう。
しかし、それ以上に大勢の人が集まり、商いが盛んになれば……それだけで、多くの商機が発生する。
ハザマがいったように、不動産関係の収入だけでかなり大きな財源になるはずだった。
それに……部族民や王国民、その他の国籍に関わらず、恒常的に多種多様な人間が集散するようになれば、それだけでその土地は攻め込まれにくくなる。
多くの民にとって、重要な場所となるからだ。
人や文化が交わる場所には自然と新しい技術や文化が生まれ、商人だけではなくそれらを求める文人や職人も集まってくるだろう。
アズラウスト公子は、笑い出したくなった。
「……しかし、税を撤廃するとは……」
そのような発想は、アズラウスト公子のような生え抜きの王国貴族ではできない発想だった。
「……ずいぶんと、思い切った構想ですね。
その構想が現実となれば、現在王国側が構想している居留地などはたやすく飲み込まれてしまうでしょう」
「実現不可能だと思いますが?」
ハザマは、アズラウスト公子に確認してみる。
「いえ、自領地内の内政については、特に国政の利益を侵害するものでない限り、かなりの自由度が保証されます。
いたずらに領民を害するような領主はすぐに王家からの干渉を受け、最悪、領地の没収や領主一族の国外追放などの措置が取られることがありますが……。
そうした問題がない以上、王家も干渉のしようがないはずです。
特に今回の構想は、国を害するのとは反対に、領民や王国の利益も出すわけですから……」
普通に治めたのでは不毛の地として扱われる新領地が、莫大な財を生む土地に生まれ変わるのだ。その上、経済的な面以外にも、外交的、文化的な波及効果も発生する。
これでは、「上」もケチのつけようがない。
……と、アズラウスト公子は、そのように考える。
ことによると、このハザマが治める新領地は、国境を越えた一大商圏の中心地にさえ、なりかねない。
「領地を治めるためには文官や官吏が欠かせません。
ことに、今の構想にあるような治世を実現するためには、かなり優秀な人材を意識して集める必要があると思います」
アズラウスト公子は、次の質問に移る。
「そのあたりは、どのようにするおつもりですか?」
「……人材、ですか?」
ハザマは、ほんの少しだけ考え込み、すぐに顔をあげる。
「そうですね。
まずは筆記試験で最低限の知識を持つことを確認して、そのあと、まとまった資金を貸しつけ、半年とか一年の期間を区切って、その資金を倍増できれば合格とします。
この世界には契約魔法というものがあるから、持ち逃げとかをされる心配をする必要もないし。
あるいは、おれの領地を改良するための計画などを提出させてみてもいいかな?
そうした求人を行う際には、洞窟衆内部の者が応募することも可とします。
おれたちが必要としているのはどんな事態にも柔軟に対処できるタフな人材だし、その点、洞窟衆で今までやってきた連中はいろいろと鍛えられている上、高い学習能力も持っているし……うん。
下手をすると身内だけでかなり枠を埋めちゃう可能性もあるけど、そうなったらそうなったでそれもまたよし、と。
とにかく、おれたちのところで欲しいのは自分の頭で考え、判断を下せて、行動に移せるやつなんで、この王国のお役人たちがこっちにやってくればそのまま勤まるかというと、これはもう怪しい。
少し前にアズラウスト公子がいっていた、王家の息のかかった者、ですか?
そうしたやつらでも、おれたちは歓迎しますよ。現場で使える人材であるのならね。
情報なんて、好きに見聞して王家に送って貰ってもいっこうに構わないし、そもそも、本当に部外秘な情報は本当の身内にしか回さないし……。
うん。
やっぱり、心配する必要はないな」
ハザマは長々といったあと、ひとりで何度も頷いていた。
独言をしながら思考を外に漏らしている、という風情だった。
アズラウスト公子は、堪えきれなくなって、とうとう軽い笑い声をあげた。
「……お兄様」
メキャムリム姫がテーブルの下でアズラウスト公子の脇腹をつつき、公子の不作法をたしなめる。
「いや、失敬失敬」
アズラウスト公子はそういって、目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。
「いやあ、ハザマくんは、実に期待を裏切らない人だ。それ以上に、こちらの想像の上をいってくれた。
今のを聞いたかい? キャム」
「確かにお聞きましたけど……」
メキャムリム姫は、肩をすくめた。
「……まだ王都からなんの通告もない段階で、新領地の治世について語り合うのは、少々早計かと……」
「それもそうだね」
アズラウスト公子はあっさりと頷いた。
「それでは、新領地のことはいったん脇におくことにして。
ハザマくん。
それ以外に、今後、洞窟衆はどういうことをしでかすつもりかね?
差し障りがない程度に教えて貰えないかね?」
「どういう……事業展開、ってことでいいのかな?」
ハザマは少し首をひねり、すぐに言葉を紡ぐ。
「先ほどいいました、製紙や製薬。
それに、細々とした道具類の開発も行うことになるかと」
後者は、ハザマが前の世界で知っていた便利な道具をこちらの技術で再現できないかという試みである。
完全に、は無理だろうが、たとえば、火薬を扱っていた部族民ならば導火線くらいは使用しているわけで、以前にハザマが欲しがった「火縄式のライター」というものも多少の試行錯誤を経た上でなら、作れそうな気がする。
その他に、金属加工の技術は王国よりも部族民の方が遙かに上をいっているそうだから、そちらで製造可能なものがあるかもしれない。
先ほど話題に出ていた活版印刷機なども、これに含まれる。
「……道具類、ですか?」
アズラウスト公子はここにも興味を持ったようだが、ハザマは、
「ここで詳しい説明をしはじめても際限がないですから……」
と、軽く話題を逸らした。
「それ以外には、従来やっていた交易や運輸業。
これに関連して、緑の街道沿いに馬車の休憩所を作り、水や馬の飼料、食事などを提供する事業。
それに変わったところでは、通信術式を有効活用した盗賊狩りを事業化できないかといった案も出ています。
あとは……これは、今まで洞窟衆の誰にも相談してない案になります、通信術式そのものをなんらかの形で事業化できないか、と思っています。
たとえば、村と村、あるいは都市と都市を通信網で結んで、通信術式の使用料を徴収して時間あたりいくらで貸す、とか……」
このときハザマの脳裏にあるのは、「電話ボックス」のような形態であった。
固定電話や携帯電話のような形で通信網の機能を提供するのには、こちらの世界の住人にはまだまだ敷居が高すぎる気がしたし、それ以上に、実現可能かどうか、ハザマ自身だけでは判断できない。
場所を固定した通信基地を各所に設け、それを洞窟衆が管理して、有料で使わせる……という形ならば、管理という点でもさほど混乱は起きないだろう。
「……なるほど!」
アズラウスト公子は少し大きな声をあげる。
「運輸と通信かあ!」
「事業と休憩所の事業だけでも、かなりの財産が築けますわね」
微妙な表情をしながら、メキャムリム姫もそういって頷いた。
「その……通信術式、というものがどういうものなのか、よくわからないのですが……」
このときのメキャムリム姫は、ハザマが次々と披露する構想を完全に理解しきれないで、若干、混乱の中にいる。




