無作為の邂逅
「……くそっ!」
ザメラシュは小さく叫んで、軽く椅子を蹴った。
ホマレシュ族のザメラシュは荒れていた。
「どいつもこいつも、馬鹿にしやがって!」
「しかしそれも、しかたがないのではないですかな?」
傍らに侍していた黒旗傭兵団団長、ダドアズ・ドズアが冷静な声で応じた。
「尚武の気風をお持ちのお国の方々は、基本的に実力主義者が多い。
血筋に関わらず、実績を重んじると聞いております。
にもかかわらず、あなた様の実績は、こういってはなんですがあまり芳しいものでもなく……」
この男にとってザメラシュは直接の雇用主に当たるわけだが、まるで言葉を飾ろうとはしなかった。
「貴様までおれを馬鹿にするのか!」
「事実を指摘したまでのことですよ」
ダドアズは表情を崩さずに応じた。
「それよりも、わたくしども黒旗傭兵団はあなたの身の安全を守るという契約を遂行しました。
中央委員まででてきて停戦交渉が本格化した現在、もはやその護衛も必要ないでしょう。
ここまでで契約終了とみなしてもよろしいですかな?」
ダドアズは、この雇い主を馬鹿だとは思わない。
ただ、視野が狭く、この世に自分の思い通りにならないことがあるのだという事実をその身で学習する機会に恵まれなかった、というだけのことだ。
一言でいうのなら、ザメラシュ・ホマレシュは「若かった」。
戦場ではその手の了見の狭さはまず確実に自分の命を縮める原因となるわけだが……この若者がこれまで生きてきたのは、そこまで過酷な世界ではなく出自やはったりがいくらでも通用すれ「甘い」世界だった、というだけのはなしだった。
だからダドアズは、この雇用主を見くだしも見あげもせず、冷徹な目でまっすぐにみ据える。
「……ああ、そうだな」
ザメラシュは掠れた声でいった。
「護衛の仕事は完了した。
それでいい」
「それでは、こちらの契約書に署名をお願いします」
ダドアズは懐中から一枚の羊皮紙を取り出し、ザメラシュの目前に突きつけた。
「契約金はすでにいただいておりますので、われらはこのまますぐに兵を引く予定です」
数万単位の兵を養い続けることは容易なことではない。
このいくさでこれ以上稼ぐことができくなりそうだと踏んだら、すぐに別の戦場へと移動していかなければならなかった。
「……いいだろう」
ザメラシュは少し考えてから、ゆっくりと頷く。
ザメラシュが契約書に署名をしたことで、ダドアズはその契約魔法から解放された。
「その代わり、別の、新しい依頼をしたい」
「新しい、依頼……ですか?」
ダドアズは露骨に眉をひそめてみせる。
停戦交渉がはじまったこの戦場で、今さら傭兵が必要となる仕事があるとしたら……それは、かなり危ない橋を渡らなければならない、ということを意味する。
「失礼ながら……危険に見合うだけの報酬を、あなたは用意できるのですか?」
率直に、ダドアズはそういった。
この若者は……このいくさのせいで、実の母親であるアリョーシャから見限られたと、もっぱらの噂だった。
「これまでの報酬は軍費から出している。
これからの報酬はおれの私財から出す」
ザメラシュは酷薄そうな笑みを浮かべて、ある両替商の小切手帳をみせた。
「これで、最大金貨三百枚まで引き出せるはずだ。
これで、何人の兵を動かせる」
「それは……仕事の内容によりけりになりますが……」
ダドアズは憮然とした表情で答える。
「その前に、そちらの小切手が本当に使用可能なのか、確認させて貰ってもよろしいですかな?」
口先三寸で空手形を切られたらたまったものではなかった。
「その前に、新しい契約だ。
契約の条項に、罰則として小切手が使用できなかったとき、おれの首がちぎれるとでも添えておけばいい」
血走った目で、ザメラシュはダドアズの目を見据えた。
「おれはもはや、金も命もいらぬ。
ただ、敗戦の将として名を残したくはない」
その目をみて、壊れているな、と、ダドアズは判断した。
所詮、この若者は将器ではなかったのだ。冷静な判断力を欠いているし、なにより、いくさの勝敗よりも自分の自尊心を重んじている。
今さら、多少状況を掻き回したところで、部族連合全体を覆う苦境がひっくり返ることはあり得ないというのに……。
「報酬を目の前に出されたら、傭兵の長として素通りするわけにはいきませんな」
しかし、ダドアズは、口に出してはこういった。
「いったい、どのような戦果をお望みなのか、お伺いいたしましょう。
その内容により、必要となる兵種や人数が違ってきます」
誰もが理性的な判断で動くわけではない。特に、戦場においては。
そして、傭兵とは金次第でどのような狂気の沙汰にも荷担することで糧を得ている存在だった。
ブラズニア家の人々を出迎えたハザマは、一応、
「……ようこそ」
と、いっておいた。
相手の地位を考えれば粗略に扱うわけにもいかないし、しかし、なんの目的を持っての来訪かも検討がつかない。
内心ではかなり警戒もしていた。
「やあ、どうも」
アズラウスト公子は片手をあげて軽い口調でそういってから、
「……って!
ハメラダス師!
なぜここにいるのですか!」
と、叫び声をあげた。
「なんだ。
誰かと思えば、ブラズニア家の小倅か」
ハメラダス師は椅子の背もたれに体重をあずけて、盛大に葉巻の煙をふきあげる。
「お前さん、確かチビのナイジャメスの弟子だったろう?
ナイジャメスはわしの弟子だったから、お前さんはわしの孫弟子ということになるな」
……やっぱりこの爺さん、それなりに偉い人だったのか……と、ハザマは納得した。
以前から、言動の端々からひょっとしたら……とは思っていたわけだが、それが確認された形である。
大貴族の御曹司を手ずから教える魔法使いの、そのまた師匠が偉くないわけがないのであった。
「わしはなあ、今、ここにる娘たちと愉快に歓談しておったったとこだ。
お前さんの先客ということになるな」
ハメラダス師は半眼になってアズラウスト公子の顔をまじまじと見つめる。
「小倅。
貴様こそ、なんだってこんなときに、こんな場所に来たんだ?
ああん?」
「それは……その、ハザマくんと、是非、歓談したいと思いまして……。
ちゃんと、事前に約束も交わしてますよ!」
「……ハザマ殿。
そいつは本当か?」
「ええ、まあ」
ハザマは、小さく頷いた。
「通信で、ちょこちょこっと」
「……はん」
ハメラダス師はまた、葉巻の煙を噴きあげる。
「どうせまた、生臭い相談事でも持ってきたんだろうよ」
「失敬ですね、老師」
アズラウスト公子はリンザに勧められた席に座り、代わりに持参した酒瓶をリンザに預けた。
「老師こそ、これまでいったいなにをはなしこんでいたやら……」
「主として、若いモンの人生相談と、それにそこのハザマ殿の故国のはなしとかをゆっくりとな」
ハメラダス師は涼しい顔をしてそう答える。
「……老師のようなお方が、他人の人生相談だって?」
アズラウスト公子は露骨に顔をしかめた。
「実際のところは、どうなんでしょうね。
それと、ハザマくんの故国のはなしですか。
……それもまた、興味深い」
「お兄様」
メキャムリム姫が、ここではじめて口を挟んできた。
「それよりも先に、こちらにいる方々にご挨拶をするのが筋かと」
「ああ、失礼」
アズラウスト公子は一度立ち上がり、優雅な挙動で一礼をする。
「老師がいたことで少々取り乱してしまいました。
ブラズニア家のアズラウストと申します。
お嬢さん方、以後、お見知りおきを」
王国八大貴族の家名をごく自然に名乗られて、ルア、バツキヤ、マニュルが硬直する。
国外の者であっても、八大貴族の家名くらいは自然と耳に入ってくるものなのだ。
そのあと、メキャムリム姫や侍女のリレイアが名乗っていく。
すると、
「……ねえねえ」
マニュルがバツキヤの袖を引いて、小声で囁いた。
「こんな貴族がお客に来るなんて……このトカゲ男って、ひょっとして、思っていたのよりも大物?」
「……わかりません」
バツキヤも、小声で応じる。
「昨夜からなにもかも、予想外の連続で……」
「……わたしなんか、捕まってからずっと驚きの連続ですよ」
ルアまでもが、そんなことをいいだす。
「ここではこんなことぐらいで動じていたら、やっていけないと思います」
「……おーい。
お前らー」
半ば呆れ顔になったハザマが、そう促さねばならなかった。
「内緒話はそれくらいにして、名乗られて名乗り返さないってのもどうよ?
ましてや、お相手はお偉い大貴族様だぞ」
ハザマの言葉にはっと我に返り、元連合側に組みしていたルシアナの関係者三名は、慌てて自己紹介をはじめた。
今度は、ブラズニア家の人々が呆れる番だった。
「……ええっと、ハザマ様」
メキャムリム姫が自分の眉間を人差し指で押しながら、いった。
「ルア様は、まだわかりますよ。ええ。
ルシアナ討伐の際にとらえた方ですし。
ですが、他のお二方は……いったい、どのような経緯で……」
「バツキヤは昨夜、新領地の森の中で、うちの手の者によって捕まえた。
そちらのマニュルって子に関しては、おれにもよくわからない。
詳しいことはそこのハメラダスって人に訊いてくれ」
「……老師!」
アズラウスト公子がテーブルに身を乗り出した。
「この程度のことで騒ぐなよ、若造。
今、一から説明をしてやるから……」
そしてハメラダス師は、昨夜、マニュルの身柄を押さえたときのことを丁寧に説明しはじめた。
一通りの説明が終わったとき、アズラウスト公子は頭を抱えたくなった。
半ば失われた術式である投影魔法をあっさりと使ってみせたハメラダス師の魔法使いとしての破格さも去ることながら、その後、マニュルを捕らえた経緯というのが、その……もろに、自分が仕立てあげた魔法兵団がもたらした結果、その続きであった。
このマニュルという少女は、それではあの場にいた一人だったわけか……。
「……ま、戦場での勝敗と生死は紙一重」
誰にともなくハメラダス師は、にやにやと笑いながら、そう続ける。
「過ぎたことをいまさら蒸し返しても、どうにもならんものよなあ……」
アズラウスト公子の目からは、それが昨夜の自分の所行を見通した上でいっているように思え、なおさら頭を抱え込みたくなった。
まさかこの場で、
「昨夜、あなたを殺そうとした集団の頭目です」
と自己紹介するわけにもいくまい。
「……ブラズニア家のアズラウスト様というと……」
バツキヤはなんでもないような口調で、ぼそっと指摘してきた。
「確か、王国軍に所属して、かなり画期的な魔法兵の運用方法を研究しているとか。
そのような噂を小耳に挟んだことがあります」
バツキヤは記憶力を強化された存在だった。
いや、人間から「忘れる」という機能を取り去った、そんな異常な存在だった。
過去にちらりと耳にしただけの断片的な情報も、即座に取り出してみせることができた。
「……よく、ご存じで……」
アズラウスト公子は、若干、げんなりした表情になりながらも白状した。
「昨夜、そこのマニュルくんたちを襲ったのは、ぼくが率いた実験部隊です」
「やはりそうでしたか」
バツキヤは驚きを露わにせず、それどころか、微笑みを浮かべながら頷いた。
「実はわたしも、その場にいたんですよ」
そして今度はバツキヤが、自分の目線から昨夜の襲撃事件を淡々とした口調で説明しはじめる。
すべてを説明し終えたあと、バツキヤは、
「でも、これもいくさというものですしね。
洞窟衆の捕虜となった今では、やはり過去のことをとやかくいうのはやめておきましょう」
と、結んだ。
これは紛れもなくバツキヤの本心からの言葉であり、だからこそ、バツキヤは朗らかといってもよい表情でいい切ることができたわけだが……いわれた側であるアズラウスト公子は一気に胃が痛くなった気がした。
その様子を観察して、ハザマはこのバツキヤという少女に対して、
「……なかなかいい性格をしているなあ」
と評価した。
「……なあ、洞窟衆の嬢ちゃん」
ハメラダス師が、リンザに声をかける。
「この小倅が持ってきた酒、開けちまおうや。
あいつはなかなかの上物だ。
死蔵するよりも皆で飲んでやるのがいい」




