無自覚の火種
ハザマに声をかけてきた公使は、「トメルナギアのオーセイン子爵」と名乗り、ハザマを公使たちの集まりへと招いてきた。
ルシアナ討伐ではなく、未来のことを……というのだから、おそらく洞窟衆になにかしら期待することがあって、探りをいれてくるのだろうな、と、ハザマは思う。
なにしろ、あのアリョーシャというキツそうなおばさんから、「洞窟衆=部族」認定されたばかりである。ハザマたちの自認は余所に、これからは洞窟衆もひとつの政治単位として扱われることだろう。面倒なことになったな、とは思うものの、かといっていまさら周囲の認識を改めることもできず、現実にはとにかくその状況の変化に対応していくしかない。
とりあえず、他の国のお偉いさんたち、一人一人に名乗られたわけだが、ハザマ自身はいちいち顔や名前をおぼえる気もないしなにしろ人数が多かったので、心話通信で、リンザとクリフにむかって、
『お前ら、分担しておぼえておけ』
と命じておく。
内密でこういうことがいえる心話通信は、便利といえば便利だった。
『……あんたね』
予想通り、カレニライナが呆れながら突っ込みを入れられそうになったが、ハザマは最後までいわせず、
『この全部がおれたちにとって重要な人になるとは限らないだろう。
仮にこの中に、将来、洞窟衆のお得意さんになる人が混ざっていたとしても、洞窟衆にとって重要な人物になった時点で顔と名前をおぼえ直せばいいだけのこった』
などと強弁する。
もちろん、これは詭弁であって、実際にはハザマが面倒くさがっているだけであった。
「……それで、おれのような新参者をわざわざ呼び出して、いったいなんのご用でしょうか?」
自己紹介が一通り済んだあと、ハザマはそう水をむけてみる。
「そう、それなのだがね」
トメルナギアのオーセイン子爵が答える。
「先ほど、中央委員のアリョーシャ殿が洞窟衆の部族宣言をしてわけだが、あれについては事前の示し合わせがあったのかね?
洞窟衆は、最近、連合の部族民と少なからぬ取引をしているそうだが……」
「いえいえ」
ハザマは、あっさりとその疑惑を否定した。
「こちらにとっても寝耳に水、晴天の霹靂。
とにかく、予想外の出来事でした」
心話というのは、日本語の慣用句もちゃんと翻訳しているのだろうか、とか思いながら、ハザマは答える。
ハザマの態度をみて不自然さがないと判断したのか、各国のお偉いさんたちは頷きながらハザマの言葉を聞いていた。
「確かに連合に属する方々との取引はありますが、それも、今の時点では部族民連合全体からみればごく一部の方々に限定されています。
第一、そうした商売はおれは部下に丸投げしておりますので、これまでおれ自身が部族民の方々と直接接触するのは、この戦場でのみということになります。
事前に打ち合わせや内通ができる状況ではありませんでした」
「……やはり、連合側のパフォーマンスでしたか」
オーセイン子爵は腑に落ちたような顔をしている。
「あそこは、そのような行為を頻繁に行いますからな」
「そんな行為でも、外交の場で効果があることは確かだ」
別のお偉いさんが、オーセイン子爵をたしなめる。
「現に、王国主導の経済包囲網に穴があき、制裁時の効果が薄れてしまうこととなった」
経済包囲網、制裁……なるほど。
王国と周辺の国々は、そんなことを考えていたのか、と、ハザマは納得をする。
連合は食糧自給率が低いそうだから、実際にそれをやられたらかなりキツいことになるわけだが、洞窟衆を部族民に指定することで、最悪の場合でも洞窟衆を通してなんらかの商行為が可能となる。
むろん、何事もなく、経済制裁などされないようにするのが一番なのだろうが……。
ともかく、洞窟衆が複雑怪奇な国際関係に、いよいよ本格的に巻き込まれたのは確かなようだった。
……あー、面倒くさいなー……と、ハザマは思う。
早めに、そうした外交面の専門家を養成して、とっとと丸投げするべきだな、と、ハザマは思う。
ほぼ同じ頃、王都には停戦交渉の第一報がもたらされていた。
転移魔法を使用可能な魔法使いを伝令に使えば、距離に関係なく時差もほぼなしで情報の伝達は可能だった。
平時はともかく、今回のような国家の重要時にはそのような魔法使いが召集され、自然と報告のやりとりは活発なものになった。
「洞窟衆を部族に認定、か……」
その知らせを受けたゼレタリウス・メレディラス王子は、感心したような呆れたような、なんとも複雑な表情をしている。
「妙手といえば妙手ではあるんですが……んー。
部族連合も、随分と奇矯な手段をとってくるもんですねえ」
王国側の包囲網を破るための手段としては、有効。
しかし、洞窟衆という得体の知れない集団を、いきなりそこまで重用するのか、という驚きがある。
いや、この場合、実際には重用せずとも、いざとなったら、洞窟衆がある……という突破口を設定し、内外に知らしめただけでもよかったわけか。
食えないな、と、ゼレタリウス王子は思う。
とはいえ。
部族連合それ以外の国々の思惑はともかく、これで王国側も対抗上、洞窟衆に対してそれなりの地位を用意しないわけにはいかなくなってしまった。
このまま無位無冠のまま放置しておけば、洞窟衆はなし崩し的に部族連合の身内になってしまう可能性が大きいのである。あれだけの経済力と軍事力を持つ集団を、むざむざ敵に渡すことは、可能ならば避けたいところだった。
この洞窟衆という新参の集団は、いろいろと胡散臭いところもあるわけだが、今回のいくさとルシアナ討伐で示した通り、戦闘能力だけを取り出しても敵に回したくはない集団なのだった。
どの道、何らかの手段で懐柔する必要はあるわけだし、無視できない軍功もある。
その洞窟衆の首領が喜ぶかどうかはわからない。だが、やつらにつける首輪として、領地と爵位を与えてもいいのではないか……とゼレタリウス王子はそう思い、傍らにいた国務総長にその意志を告げてみる。
「……まことに、結構なことですな」
本心でそういっているのかどうか、判断には迷うところだったが、ガイゼリウス卿はそう答えた。
「そういうことでしたら、とびきり治める甲斐のある領地を用意することにいたしましょう」
とびきり治める甲斐のある領地、とは、この場合、「統治するのにかなり苦労しそうな、問題のある土地」と同義であった。
それなりの戦功もあり、洞窟衆の働きに対して報償なしで済ませることはできない。
が、かといって、いろいろと黒い疑惑のある洞窟衆に対して素直に報償を与えてやるほど、王国首脳部もおめでたくはなかった。
「……この戦争がこのまま終息するのだったら、おれは商売に精を出すだけですけど」
今後はどうするつもりか、と問われたハザマは、正直にそう答えた。
「いくつかの村で行っている入植事業やハザマ商会としての商行為、その他、手工業品の開発と販売なども行っていますし、それ以外にも今後予定している新事業も控えています。
なにしろ、食わせなけりゃならない口が増える一方で、休む暇がありません」
これはハザマの素直な感慨でもあった。
むしろ、今回のように戦争に駆り出されるのはあくまで余技である、という感覚もある。
なにが楽しくて切ったはったの世界に自分から飛び込まなけりゃあかんのか。
「それは……お盛んなことですな」
「いや、なに。
おれ自身は、あれをやれ、これをやれとやれそうなやつに仕事を割り振るだけですので、楽なもんです」
本当に苦労をするのは、そうして仕事を割り振られた側だろうな、と、ハザマは他人事のように思った。
「では、洞窟衆は人材に恵まれているということになりますな」
「……人材、ねえ」
ハザマは、微妙な表情になる。
実体は、犬頭人の被害を受けた女性と盗賊、盗賊の被害者、それに捕虜のごった煮だ。
そうした内実を知っていれば、素直に自慢をする気持ちにもなれない。
「まあ、自分たちの食い扶持をどうにかする程度には稼げています」
謙遜でもなんでもなく、そんな言葉が自然と口をついて出る。
「それにしても、ルシアナを失っただけで、部族連合がこれほど弱体化してしまうとは……」
「強獣はおろか、運搬に使っていた家畜までが散逸したということですからな。
いかに連合といえど、今後は動きを控える他、ないでしょう」
「部族民が精強無比だといっても、兵站がおぼつかないようでは気軽にいくさも起こせませんからな」
「とはいえ、連合にはまだまだ連弩や火薬がありますから、あまりことを構えたくはありませんが」
「連弩はともかく、あの火薬というものの原料は今だによくわかりませんな。
大部分は木炭をすりつぶしたものであるようですが……」
「黒色火薬の原料は、確か、木炭と硫黄と硝石だったような……」
公使たちの雑談を受け、ぼそりとハザマが呟く。
ハザマが以前に読んだ戦国時代を題材にしたマンガに、鉄砲用の火薬を作る場面があって、そこからの知識であった。
各国の公使ははっとした表情になって、ハザマの顔を注視した。
「ハザマ殿!
そのはなしは、本当でございますか?」
「……信じられん。
火薬の製法は、部族連合が長年外部に漏らすまいとしていた秘中の秘。
それをこうもあっさりと……」
「やはり洞窟衆は、連合と内通していたのではないか?」
「いや、それにしては、あっさりと口にしたような……」
「いずれにせよ、正否は実験をしてみれば明らかになろう」
「……そうだな。
早速本国に使いをやって……」
「ハザマ殿。
木炭と硫黄はわかりますが、硝石とは……」
「……あー。
どう説明すればいいかな。
糞尿とかを放置していると、そいつが分解する過程で発生する物質です。
……って、この説明でわかります?」
「わかるとも!
うちの国では人糞を集めて発酵させ、肥料として利用している!」
お偉いさんの一人が叫ぶ。
「そんなものでよかったのか!」
「硫黄の入手先が難航しそうだが……」
「連合以外となると……諸島の中に、火山があったろう!」
「おお、それだ!」
「ハザマ殿。
原料はその三種としても、詳しい配合比はわかりませんか?」
「そこまでは、おぼえていません。
木炭が大部分で、その他は少量だとしか……」
「ふむ。
うちで入手した報告内容とも合致しているな」
「とりあえず、試してみればよい。
これでうまくいけば、今後、火薬も部族連合の独占物ではなくなる!」
公使たちは慌ただしく取り出したエルフ紙になにやら書きつけ、おつきの魔法使いに持たせてそれぞれの本国に送り出した。
「……なに、この騒ぎ……」
自分の発言が起こした予想外の騒動に驚き、ハザマは、呆然と呟く。
「……なに、ってあんた……」
カレニライナが、ゆっくりと頭を振りながら答えた。
「……またひとつ、部族連合の優位を崩したところなんだけど……」
無自覚でやっていることが怖い、と、カレニライナは思った。
「いや、あの程度の知識、おれの国では小学校の理科レベルの知識だぞ」
「そのショウガッコウとやらがなにかは知らないけど、今後はもう少し発言に気をつけた方がいいと思う」
カレニライナは半眼になってハザマの顔を睨む。
「ただでさえ、割合に微妙な立場になっているっていうのに……」
バグラニウス公子はその報告を中央委員のアリョーシャとの会談中に受け取った。
捕虜の解放とそのための条件など、話し合うべき内容はいくらでもあるのだ。
控えの文官がそっと手渡してきたメモを一瞥し、一瞬、顔をこわばらせる。
そしてそのメモを、長卓の下で、副使であるマヌダルク姫にそっと渡した。マヌダルク姫の反応も、バグラニウス公子のそれと似たようなものだった。
「……なんであの人は、こんな重要な情報を知っているんですか……」
と、バグラニウス公子は内心で頭を抱えていた。
「なんでこんな重要なことを、なんの取引にも使わずにあっさりとお歴々の前で披露しちゃうかな……」
と、マヌダルク姫はハザマの無神経さに呆れていた。
どんな条件をつけるにせよ、王国側にだけそっと知らせてくれればいいものを……というのが、両人の素直な感想であった。
だがハザマの知識がこの世界にもたらす騒動は、まだまだはじまったばかりなのであったが。




