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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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それぞれの思惑

「王国側の要求をすべて呑むことになりました」

 中央委員のアリョーシャは、すぐに本題に入ってきた。

「領地分割はもちろんのこと、賠償金の件についても委員会の了解がとれました」

「それは……」

 バグラニウス公子は戸惑いの声をあげた。

「……われわれとしては、有り難いことではありますが……本当に、可能なのですか?」

「可能です。

 ただし、もちろん、いくつかの条件はあります」

 アリョーシャは、笑みを崩さずに続ける。

「まず、領地分割については、部族民を該当地域から退避させるためにいくばかの猶予期間を設けていただきたい」

「当然ですね」

 バグラニウス公子も、頷いた。

「その件については、了解いたしました」

 ここまでは、別におかしな要求でもなかった。

「それから……」

 アリョーシャは、さらりととんでもない要求を突きつけてきた。

「……今すぐにお渡しできる金貨の備蓄は、二十八億枚ほどになるそうです。残りはのちほど分割してお支払いする形になりますね。

 これらの金貨は、この山脈の方々、あちこちの倉庫に貯蔵されています。

 そうですね。

 全部で十七カ所ほどになりますが、これらの保管場所からの運搬作業については、王国側で負担していただきたい」

「……なっ……」

 バグラニウス公子は絶句した。

「われわれ王国民は、ただでさえ山道に慣れておりません。

 そこへもって……重たい金貨を自分たちで運べ、と……そうおっしゃるのですか?」

「つい先日までならば、われわれもそんな無理をいう必要はありませんでした。

 しかし、ご存じの通り、現在のわれわれはルシアナの加護を失い、従来持っていた輸送力をほとんど奪われた状態にあります」

 アリョーシャは、幼子を諭すような優しい口調で説明する。

「これからのわれわれは、自分たちを養うために必要な物資を優先的に運ばねばなりません。

 大変に申し訳ありませんが、五十億枚という途方もない大金を遠い王国の地にまで運ぶほどの余力は、今の連合にはないのですよ」

 要求してきた賠償金は払ってやる。しかし、それを運ぶのは自分たちで行え……というわけであった。

 余剰の輸送能力がない、というのは、事実では、あるだろう。

 しかし同時に、あまりにも過大な賠償金を要求してきた王国に対する嫌がらせの要素も含んでいるはずだった。

 さて、どうするか……と、バグラニウス公子は思案する。

 ただでさえ勝手がわからない山中での輸送事業、そのうえ、始終、近隣国と諍いを起こしている山岳民連合の領内を行かねばならない。

 うがった見方をすれば、事故を装って輸送隊が狙われる可能性すらあった。

「王国の輸送隊にはしかじかのモノを確かにお渡ししました。

 それ以降のことは山岳民連合の関知するところではありません」

 といわれるわけである。

 なにより、運ぶべきものが金貨という重量物であることも、問題をややこしくしていた。

 かなり周到な準備をしても、荷が金の固まりでは、一度で運べる量はどうしても限られてくる。

 仮に、ここで提案されているように、王国側が賠償金の輸送を担当するにしても、すべての賠償金を回収するまでには、かなりの出費を強いられることになるはずだった。


「……どこかの両替商を間に挟んで、手形などで決済することは可能でしょうか?」

 しばらく考えた末、バグラニウス公子は、絞り出すような声でそう提案してみた。

「それはとても魅力的な提案ですね」

 アリョーシャは、笑みを崩さない。

「ルシアナを失い、いくさにも負け巨額な賠償金を背負わされ、これから不景気になっていく一方の山岳民連合をまともに相手にしてくれる両替商が存在すれば、ですが」

 そう。

 遠隔地への大金の輸送。

 通常であれば、手形や為替で決済をするのが一番合理的な決済方法なのであった。

 それも、その手形や為替の額面を保証してくれる機関があれば……のはなしになる。

 峻厳な領土が災いしてか、周辺諸国には普通に店を広げている両替商たちが、山の中まで分け入ることはなかった。そのおかげで山岳民たちの間では、どんな取引であっても、今だに現物取引が当然だとされている。山岳民の間では、どんな巨額な取引であっても、手形で決済をするという習慣がないのだった。

 今回の事例だけのために動いてくれそうな両替商をこれから探す、というのも……これだけの負の条件が揃うと、あまり望みが持てない。


「それでは、山岳民連合におかれましては、賠償金についても支払う意志はある、ということでよろしいでしょうか?」

 思考を打ち切って、バグラニウス公子は確実なところから決定していくことにした。

「具体的な輸送方法については、少しお時間をいただいてこちらでも検討してみます」

 あるいは、結局、「賠償金を減額するから、輸送まで山岳民連合で行ってくれ」と頼むことになるかも知れないのだが……この場では、そのようにいうしかない。

「さきほどから、そのように申しております」

 アリョーシャは、笑みを崩さない。

「すでにこちらは、そのつもりで用意をはじめています」

 だんだん、バグラニウス公子はどちらがどちらを追いつめているのか、わからなくなって来た。

 バグラニウス公子は手を挙げて合図を送り、控えていた文官を呼び寄せ、小声で、

「この賠償金を王国側で輸送する際、どれくらいの人手と費用がかかるものなのか、試算をしてみるように」

 と指示を送った。

 そして、アリョーシャに対しては、

「この件については即答できかねますので、検討の上、返答させていただきます」

 と答えておく。

 そう指示を出しながら、バグラニウス公子は、この試算も実際にはあまり正確な数値は出せないだろうな、とは思っていた。なにしろ、王国側の人員が山岳民連合の領内深く分け入った例はほとんどなく、道中の道の険しさや往還するのに具体的にどれほどの日時を要するのか、といった算出の元となる知識を徹底的に欠いているのだ。


 バグラニウス公子の胸中はともかく、昼餐会はなごやかな雰囲気で進行していく。

 表面的には、山岳民連合側の停戦呼びかけに対して王国側が条件を提示、山岳民連合側もおおむねその条件を呑んだ、という形である。かなり円滑に進行している、といってもよかった。

 交渉の具体的な内容は伝わらないものの、

「どうやら、このまま停戦に移るらしい」

 といった情報はすぐに周囲に広まっていった。

 両軍の将兵や関係者たちも、その知らせを受けて気が弛み、昼餐会の会場は徐々に終戦を祝う雰囲気に包まれていった。

 実際にこのいくさに参加している者にしてみれば、「どちらが勝った負けた」といった判定よりも、「これでようやく戦いを止めることができる」という安堵の気分を感じる者の方が数で勝っていた。

 この地域で紛争が起こるのは珍しいことでもなく、歴代の紛争時には、もっと長期化、泥沼化した例も少なくはないのだが、今回の紛争は交戦期間が短い割には死傷者の数は桁違いに膨大なものとなってしまっている。

 いろいろと例外的な要素が多く、両軍には厭戦気分が広がっていた。

「どんな形にせよ、このいくさの片がつくのなら、それでいい」

 と考える将兵が今ではかなり多くなってきていた。

 そんな風潮を反映してか、実際の交渉の場である長卓から離れた場所にいる一般兵士たちほど、無邪気に酒や料理を堪能し、騒ぎはじめていた。


 ハザマをはじめとする洞窟衆の面々も、両国の首脳部の苦悩からは遠く、この「無邪気な一般兵士」たちの側に混ざっているわけであるが。


「……なあ、ゼスチャラ。

 女衒のズムガってやつは知っているか? てか、お前なら知っているだろう?」

 ハザマは、魔法使いのゼスチャラを捕まえて訊ねているところだった。

「知ってる知ってる。

 ここでも、いろいろ手広くやってるやつだな」

 ゼスチャラは、骨付き肉を手にしたまま、あっさりと答えた。

「なんだ、あんたも女を買いに行くのか?」

「買いにいかなければならないほど、女には不自由していないんだがな」

 ハザマは素っ気なく答えた。

「とにかく、折をみて、そいつに渡りをつけてくれ。

 やつには貸しがあるから、洞窟衆のハザマが呼んでいると伝えれば、すぐに来るはずだ」

 ハザマは、このゼスチャラや最近、洞窟衆を頼ってきた陣借衆に対する謝礼として、宴を設けるつもりだった。飲食の手配は洞窟衆だけでもできるのだが、給仕に相応しい女の手配までは、洞窟衆の内部ではどうにも手が回らない。

 そこで以前、盗賊に捕らえられていたところを助けた形になる女衒のズムガのことを思いだし、そちらを頼ることにした。ああいった人種なら、ホステスの斡旋くらいはしてくれるだろう。女たちにとっても、本業の営業にもなることだろうしな、と、ハザマは思っていた。

「ハザマが呼んでいると、そう伝えればいいんだな」

 ゼスチャラはだらしなく頬を弛めて頷く。

「それくらい、お安いご用だ。

 そのかわり、おれもご相伴に……」

「ああ。

 前にいってた、酒と女の約束はしっかり果たしてやるから、ちゃんと伝えてくれ」

 こいつくらい分かりやすいやつばかりだと、人を使うのも楽なんだけどな……と、ハザマは思う。

 陣借衆も、はなしの持って行きようによってはこれからもつき合いが続くかも知れないのだ。

「勝手にむこうから寄ってきた連中だから」

 といって、粗略に扱うつもりはなかった。

 ましてや、これからの洞窟衆の事業展開では、どうやら「人材」の使い方が大きな鍵となるらしい。今のうちから、使えそうなコネを増やしておくことに越したことはなかった。

 この世界では、馬や武器の扱い方を「ちゃんと」習っている人間は意外に少ないらしい。そういった技能の持ち主にも適切な活躍の場を与えてやれば、それなりの見返りはあるはずなのだ。

 接待でもなんでもして、洞窟衆にいい印象を与えておいた方が長い目でみれば得になる、と、ハザマは考えている。

 すでになんらかのスキルを持っていてなおかつ職にあぶれている者には仕事を仲介するし、それ以外に現状でなんの技能も持たない者に対しても、前貸しとか将来見込まれる収入から天引きという形で教育を施し、個々の資質に見合った技能を与えた上で仕事を与えることも可能になるのではないか。

 むしろ、この王国では人が有り余っているらしいから、それを有効に活用することが大きな商機に繋がるのではないか、と、考えはじめている。

 人は居てもまともな教育機関がなく、経済的にゆとりのある家柄の子弟でなければ読み書きすら習えない、という環境では、人材の生かしようもないのだった。

 社会自体を改革しようとは思わないが、他の組織が手を着けていない分野でなら先行者としてのアドバンテージも生まれるのが道理であり、元いた世界の例で考えても一定数以上の人間に対して継続的に教育を行うことが大きな利益を生むことはわかっている。

 財政的に余裕のある今の洞窟衆ならば実行できるはずだし、財政面や医療法面に強い人材を短期間で育成する、という形で、一部ではすでに実現化もしていた。

 王国や部族民たちが今後、洞窟衆をどのように扱おうとしても、資金なり人脈なりの基盤を固めておけば相応の対処も可能なはずであり、結局はまあ、今までと同じかそれ以上に、真面目に組織経営をしていくしかないんだよなあ、と、ハザマは心中で嘆息する。


 そんなことをつらつらと考えていると、

「洞窟衆のハザマ殿ですな」

 と、身なりのいい中年男性から声をかけられた。

「少々、お時間をいただけませんでしょうか?」

 これは、あれだ。

 名前は聞いていなかったが、さっきゼスチャラやルゥ・フェイの爺さんを押しつけた「周辺諸国の公使」の中にいた人だった。

「ルシアナ討伐についてなら、他の者にお訊ねください」

 ハザマは反射的に慇懃な態度でそう応じた。

「そちらにも興味がないわけではないですが、それよりも今は、将来のことを話題にしたいものですね」

 その男は、にこりともせずにハザマにいった。

「洞窟衆はこれからも、山岳民連合と取引を行うつもりですか?」

「それが利益になる限りは」

 ハザマは、即答する。

「ただ、輸送費の問題がありますから、そちらの解決をする目処がたっていない現在、なんともいえませんね」

 実のところ、ルシアナを倒して得た能力、「魅了」とやらを使用すれば解決可能なのではないか、とハザマは思っているのだが、この能力については不明な点も多く、実際に試してみないことにはなんともいえない点が多い。

 ここでは、適当にぼやかしておく、くらいの慎重さで臨むが正解だろう。


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