言葉の爆弾
昼餐会、というものの起源ははっきりとはしないのであるが、どうも停戦交渉の際、両国が要人暗殺を恐れて日が高いうちから衆人監視の環境下で会談を進めたことに端を発しているらしかった。
回数を重ねるごとに形骸化していって、今ではすっかり「宴会をしながら停戦交渉をすること」と同義となっている。それまで命がけで戦っていた将兵への慰労も兼ねて、両国の首脳部から手を尽くした料理や酒が敵味方関係なく振る舞われることになっている。また、その際に末席にある者が会談に介入して意見を発することも許されていた。
昼餐会とはつまり、政治的意味においても期間限定の無礼講状態でもあり、この状態を保持するため、この前後は直接的な戦闘行為は一切禁止される。どんな身分の者であれ武装を解除されるということもなかったのだが、実際にそれを使うようなそぶりをみせたら末代までの恥とされた。
「……その末席に、おれも出ろ、と?」
「中央委員、アリョーシャ殿のご指名ですからね」
バグラニウス公子は表情を崩さずに頷く。
「彼女がなにを考えているのか、こちらも把握していないことが不安ではありますが……願わくば、ハザマさんにおかれましては、王国側に不利になるような言動は控えてくださるよう、お願いをしたいところです」
この人も、どこまでが本心でいっているのかよくわからんよな、と、ハザマは思う。
「ま、鋭意努力はしてみます」
とりあえず、ハザマは無難にそう答えておいた。
ハザマが昼餐会についての説明を聞いたり会話をしている間に、ゼスチャラとルゥ・フェイの爺さんが相次いで到着し、各国の公使たちにそれぞれの視点からルシアナ討伐のときのことを説明しはじめる。二人とも結構ノリノリで、自分に都合がよい脚色も交えて説明していた。聴衆である公使たちもこの場では正確な情報というよりはよい座興を求めていたのでゼスチャラやルゥ・フェイの脚色を歓迎しているようだった。
しばらくして、「昼餐会の準備が整った」という知らせが届いて、ハザマは使節団の人たちと一緒に橋へとむかう。橋の中央付近に設置されている長卓において、その昼餐会というものを行うのだそうだ。
ボバタタス橋へと移動すると、ハザマにも見覚えのある面々がすでに揃っていた。
ベレンティア公、ブラズニア公、アルマヌニア公の総司令部三公爵に、ムヒライヒ・アルマヌニア、アズラススト・ブラズニア、メキャムリム・ブラズニアなどの大貴族の関係者たち。もちろん、ハザマとはこれまで面識がなく、名前を知らない貴族らしい人々も大勢いた。
山岳民側の人に関してはハザマは当然誰にも面識がなかったわけだが、中央にいるゴツい四人の男を従えた中年女性が、おそらくアリョーシャとかいうお偉いさんだろう。周囲の人々の態度でそうらしいと容易に察しがついた。年齢の割にはなかなかの別嬪さんで、目力を半減してもっと愛想をよくすれば女性としての魅力ももっとますのではないのか、と、ハザマは思った。
その隣に、二十代くらいの若者がいて、服装や態度から見てそこそこの地位にあるやつだろうと見当がつくのだが、こちらの方はなんだか貫禄とか重みを感じなかった。心なしか、周囲の人々もこの若い男のことを軽んじているか無視しているように見える。
その二人の左右に、服装も年齢はまちまちであったが誰もがそれなりのものを背負っているような顔つきをした人々がいた。体の各所に包帯を巻いている者も少なくはない。この人たちがおそらくは、この戦争に参加した山岳民の部族長、ということになるのだろうな、と、ハザマはあたりをつける。
洞窟衆という胡散臭い新参集団の頭目をやっているハザマなどはその長卓につく権利すら与えられず、立ったまま長卓から少し離れた場所で杯だけを受け取った。おそらく、アリョーシャという人から名指しで呼ばれることがなければ、この場に立つことさえできなかったのだろうな、と、ハザマは思う。
給仕が人々の間を縫うように移動しながら、先に手渡していた杯に酒を注いでまわる。
乾杯でもするのだろうか、と、ハザマは予想する。
こんなときの開会の合図は、世界や文化を跨いでもあまり変わらないらしかった。
「これより、昼餐会をはじめたいと思います」
酒杯を掲げたバグラニウス公子は、よく通る声でそう宣言した。
「しかし、その前に……」
山岳民の中央にいた女性が、バグラニウス公子の発言を遮るようにかぶせてきた。
「……本格的な討議に入る前に、皆様に新しい英雄を紹介したいと思います。
われらが大ルシアナを見事討ち果たした英雄、洞窟衆のハザマ殿がこの場にいらっしゃるはずです!
どうか、前に出てそのお顔をお見せください!」
その芝居がかった物言いに辟易しながらも、ハザマは無言で前に進み出る。
この場では逃げ隠れすることは不可能なようだと、そう、判断した。
ハザマが長卓に近づくにつれて、ざわめきが大きくなった。
「あの男が」
とか、
「まだ若造ではないか!」
とかいう声が耳に入る。
敵軍である山岳民側のざわめきの方が、王国側の声よりも一際大きいように感じた。
「……その洞窟衆のハザマという者ですが……」
長卓の直前まで歩を進めてから、立ち止まり、ハザマは名乗った。
さほど大きな声ではなかったはずだが、ハザマが長卓に近づくと周囲が静まりかえったため、ハザマの名乗りは大きく響く。
「わたしのような者に、一体なんのご用でしょうか?」
「あなたが率いる洞窟衆はルシアナを討ち果たし、その他にもさんざんわが山岳民連合の軍を引き回し、大きな損害を与えました。
あなた方がいなければ、こたびのいくさの趨勢も、はて、どうなっていたことか。
まずは、敵ながらその戦功と勇猛さを讃えておきましょう」
その女性の大仰ないいまわしに、ハザマは渋い顔で頷いておく。
「……そいつは、どうも」
この女性がまさか、敵を賛辞するために名指しで呼びつけた、とは、ハザマも思っていなかった。
「それはそれとして……」
その女性は、案の定、先を続けた。
「……ハザマ殿。
あなたの洞窟衆は、まだ王国諸侯のどなたかの配下になったわけではないのですね?」
「アリョーシャ様!」
ここで、何事かを察したバグラニウス公子が慌てて言葉を挟んできた。
「アリョーシャ様も認めてくださったように、こたびのいくさにおいて、彼ら洞窟衆の戦功は決して無視できるものではなく、必ずやのちほどそれに相応しい報償と待遇を王国より下賜されるはずであります!」
この公子には珍しく、感情が籠もった語調だった。
「バグラニウス公子。
あなた方王国が彼ら洞窟衆をどのように遇しようと、それはしょせん王国側の事情です。われら連合が関知するところではありません」
アリョーシャは、バグラニウス公子の方に目線もむけず、まっすぐにハザマの顔を見ながら、続ける。
「あなた方洞窟衆は、今回はたまたま王国側に与して戦ったものの、基本的にはどの組織にも属さない独立集団だと聞いております。
そのことに、間違いはないですね?」
「その通りです」
ハザマは短く答えた。
「間違いはありません」
調べはついているらしいし、誤魔化すべき理由もない情報だと判断した。
「それでは、問題はありません」
アリョーシャは頷いて、言葉による爆弾を落とした。
「今、このときより……ハザマ殿率いる洞窟衆を、中央委員は、新たな部族として認めます!」
「…………はぁ?」
ハザマがそんな間の抜けた答えを返すまで、数秒を要した。
正直、それがなにを意味するのか、このときのハザマは正確には理解できなかった。
ハザマの反応が遅れている間に、周囲の聴衆のうち、特に山岳民側の人々が大きくどよめいた。
「勇士だ!
新たなる勇士の誕生だ!」
「われらはこのいくさでルシアナを失い、洞窟衆を得た!」
「新たな部族、洞窟衆に乾杯だ!」
一方、王国使節団団長のバグラニウス公子は内心で歯噛みしていた。
アリョーシャがハザマと会話をしはじめたとき、ようやくアリョーシャの意図に気づき、慌てて止めようとしたが間に合わなかった。
彼ら山岳民連合の現在の立場を考慮すれば、こう出てくることを予想してもよかったはずなのだが……いくさを優勢に進め、外交で外堀も埋め終わったという慢心がバグラニウス公子の想像力を鈍らせたのだ。そうとしか思えない。
自分の怠慢だ、と、バグラニウス公子は今さらながらに後悔をする。
彼ら連合は、このいくさとは関係なしに洞窟衆という独立勢力を抱き込もうとしているのだ。
それが成功するかどうか、あるいは、洞窟衆側がその動きを歓迎するかどうかは、この際、関係がない。
公の場で、衆人環視の場で中央委員であるアリョーシャが洞窟衆を部族だと、部族民連合の一員だと宣言した事実にこそ、意味がある。
これ以降、洞窟衆がどう振る舞おうが、その裏に部族民連合の意図を認めるような先入観がまとわりつく。今回のいくさで洞窟衆どんなに戦功をたてようが、王国からどんな厚遇をされようが、これ以降、洞窟衆は王国の完全な下部組織とは見なされない……ということを、意味する。
つまり、たったひとことで、中央委員のアリョーシャは洞窟衆の首に紐をつけ、王国が洞窟衆を独占することを完全に阻止したのであった。
これが、年期の違いというやつか……と、バグラニウス公子は苦々しく思う。
軍勢でもなければ金銭でもない。
ただの言葉だけで、ここまで状況を好転させるとは!
今後、洞窟衆が王国側に完全に服従しない、ということになれば、今後ありえるかも知れない部族民連合への経済封鎖も、不完全なものになる。
これまでの実績からいっても、洞窟衆は部族民連合のいくつかの部族に対して、かなり膨大な食料や商品を売っているのだった。
そして、王国側が政治的な必要から洞窟衆に対してその商活動の停止を求めたとしても、洞窟衆、いや、ハザマ商会にしてみればその命令に従わねばならない理由はない。最悪の場合、拠点や商活動の場を王国から引きあげ、完全に撤退するという選択肢さえあるのだった。
独立集団である洞窟衆にはそれが可能であったし、ましてや中央委員によるお墨つきを得た現在、洞窟衆を縛る制約はない。
アリョーシャは洞窟衆を部族と認めることで、結果として洞窟衆の自由度をさらにあげた、ということになる。
もちろん、部族民連合の利益を第一に考えての選択だろうが……結果として、王国側は洞窟衆を完全に従える可能性を、完全に絶たれてしまった。
この事実が今後、王国の治世にどのような影響を与えるのか、与えうるのか、バグラニウス公子は想像力を全開にして考えはじめる。
「それでは、バグラニウス公子」
中央委員のアリョーシャは、余裕のある微笑みを浮かべてバグラニウス公子を即した。
「洞窟衆のハザマ殿に対する用件は、これで済みました。
もしよろしければ、これより昼餐会をはじめましょう。
どうか、公子。
開会の宣言と、乾杯の音頭を」
「あ……そう、ですね」
しょっぱなに毒気を抜かれた形であるバグラニウス公子は、なんとか気を取り直そうと努めながら、酒杯を捧げる。
「……これより!
昼餐会を開始します!
昨夜までの遺恨はひとまず忘れ、ゆるりとご歓談ください!」
『……そんじゃあ、その中央委員ってのがおれたち洞窟衆の独立性を守ってくれたっての?』
当然のことながら、ハザマは、退いていいと合図されてからすぐに心話通信を使って仲間たちに今回のことを相談した。
『むこうの都合が理由で、ではあるがな』
有用な意見をくれたのは、長年諸国を渡ってきて、国際情勢にそれなりの見識を持つファンタルだった。
『山岳民側からすれば、王国派の諸国とは別の通商経路を早めに確保しておきたいという意向が強かったのであろう』
そちらの思惑は理解できる。それに、このまま洞窟衆が王国内部の秩序に組み込まれるのも避けたかったから、今回の部族宣言はハザマたちにとっても悪いことばかりでもなかった。
しかし、……
『一方的に利用されるというのも、これで面白くはないもんだな』
ハザマは、不機嫌そうにそういった。
なんらかの形で、いずれ意趣返しをしたいものだ、と、ハザマは思った。




