軽妙の幕間劇
ルアとバツキヤ、ルシアナの一部であった女性と次代にルシアナの一部となるを期待されていた少女は、無言のまま見つめ合う。
当然のことながら、この二人は面識があった。
奇しくも、今では二人とも洞窟衆の捕虜という立場にあるわけであるが……その二人がこのような特異な場所で、このような形で再会する。
そのことを、わずか数日前に予想できる者は誰もいなかっただろう。
わずか数日で……大蜘蛛のルシアナは巨大な殻だけを残してこの世から去り、この二人の人生も以前に予想されたものから大きく逸れてしまった。
「おれは、この二人をそのアリョーシャさんの前に出すためのだしですか?」
ルシアナを討ち果たし、二人の運命を狂わせた張本人であるハザマは、苦笑いを浮かべながらそんなことをいう。
「それならそれでかまわないんですが」
「中央委員のアリョーシャがハザマさんに興味を持っているのは、紛れもない事実です」
バグラニウス公子は、真面目な表情で念を押す。
「ハザマさんと対面したいと、はっきりといわれましたからね。
なぜハザマさんに会いたいのか、その理由までは存じあげませんが……」
「……おれを罵倒しても、ルシアナは帰ってこないんだけどな……」
ハザマは、ため息混じりにそうぼやく。
「そういう可能性が皆無であるとまではいいませんが……おそらく、ごくごく少ないでしょう」
バグラニウス公子はあくまで真面目な表情を崩さずに応じた。
「中央委員やアリョーシャとは、そうした感情によって動く存在ではありません」
「ええっと……バグラニウス様は、アリョーシャさんがおれを呼んだ理由を想像できませんか?」
「さて、いっこうに」
バグラニウス公子は、首を横に振る。
「なにしろ、百戦錬磨のアリョーシャ様に比べれば、わたしなどは一介の若輩者に過ぎませんからね。
ただ、この重要な時期にわざわざ呼びたてたことには、なんらかの意味があるはずだとは思います」
「……ぶっつけ本番で対応するしかないってわけかあ」
ハザマは、大仰な動作で天井をあおいで、そう嘆いた。
「そういうの、おれ、苦手なんだよなあ」
なんなんでしょう、この男は……。
そんなハザマの様子を見て、マヌダルク・ニョルトト姫は失望する。
得体の知れない洞窟衆という集団の首領。大ルシアナを討伐した張本人。このいくさを王国の勝利に導きつつある立役者。
そういった情報から想像していた人物像とはかなり異なり、このハザマという男は、かなり軽薄な、ごく普通の若者であるように見受けられた。
年端もいかない女子どもをぞろぞろと連れていることも、マヌダルク姫の心証を悪くする一因となった。
戦場に、このような子たちをわざわざ連れ歩くなんて……と、自分自身の年格好を度外視してマヌダルク姫は思う。
あまりにも、責任感が欠如した行為ではないだろうか。
マヌダルク姫が受け取った報告書には、洞窟衆の成立事情やリンザやトエス、それに水妖使い三人の特異な体質や能力については書かれていなかったので、ある意味では常識的な反応といえた。
「……ときに、ハザマ殿。
昼餐会がはじまるまで、まだ少し時間に余裕があります。
よろしければ、各国の公使たちの前でルシアナ討伐のことなどをおはなし願えませんか?」
バグラニウス公子は話題を変え、ハザマに誘いをかけた。
「……各国の大使たち?
そんな人たちが、この戦場に来ているというんですか?」
ハザマは、軽く眉をひそめる。
王国側は、もう戦後処理の段階にまで踏み込んでいるらしい。
「いずれにせよ、おれはその手の自慢話は得意としません。
こちらにいるリンザとトエス、それに水妖使いの三人がその場に居合わせているので、詳しいことは彼女たちから聞いてください。
なんだったら、他のルシアナ討伐に参加したやつらも呼び寄せてはなしをさせましょう」
軍属魔法使いのゼスチャラとルゥ・フェイの爺さんは、呼びつければ来る……と、思う。
そこまで考えて、ハザマは、その場にいる洞窟衆の関係者に対して、
『あ。
念のため、心話通信のことはまだ秘密にな』
と、言葉を使わずに念を押しておいた。
ブラズニア家のアズラウスト公子に通信タグを押さえられ、通信の秘密はもはや洞窟衆だけのものではなくなった、とみるべきだが、そのアズラウスト公子がどこまで心話通信の秘密を漏らしているのか、ハザマたちは把握していない。
まだ秘密が保たれているものと仮定して動いておく方が、無難なはずなのだ。
心話通信で、ばらばらに「了解する」旨の答が返ってくる。
ここにいる洞窟衆の関係者たちは、通信タグを持っているはずだった。
「そうですね。
そうしていただけると、助かります」
ハザマたちが通信によって意志の疎通を図っていることも知らぬ様子で、バグラニウス公子は鷹揚に頷く。
「実のところ、公使たちをもてなすための余興に事欠いておりまして……」
「それでは、早速ゼスチャラとルゥ・フェイという者を呼びにやりましょう」
ハザマも軽く頷いて、通信によってその二人を呼び出す。
同時に、
「誰か、足が速いやつ、ひとっ走り洞窟衆の天幕まで使いにいって来てくれないか?」
「はいはーい!」
ドゥが元気よく片手をあげる。
『往復して、呼んでくるふりをすればいいんだよね?』
『そういうこと』
通信のことを隠すための擬態であった。
そのままドゥはハザマの返事も待たずにボキガキゴキと骨を鳴らしてサーベルタイガーに変身しはじめる。
室内にいた大貴族様とか召使いたちが、目を丸くしてその様子を見ていた。
「えー……彼女たちはこういうことが可能な種族だそうで、別に体に異常があるわけではございません」
ハザマは、平坦な口調でそう説明をした。
『それじゃあ、いってくるね』
『少しくらい、寄り道していってもいいからな』
先ほどの様子を見る限り、洞窟衆の旗印を首輪につけたサーベルタイガーを害しようとする者は、今の王国軍にはいないようだった。
むしろ、あちこちで食い物を貰える可能性の方が大きい。
「……洞窟衆は、人材に恵まれているようですね」
ドゥが出ていったあと、バグラニウス公子は微笑みを浮かべながらそういったが……その顔は、若干ひきつっているようにも見えた。
『ただ酒とただ飯がしこたま飲食できるぞ』
『いくよいく。
今すぐいくから』
通信をいれると、ゼスチャラはすぐに応じてくれた。
『水妖使いたちにいいところを見せるいい機会だぞ』
『そ、そうか?
それでは、いかなくてはな』
ルゥ・フェイの爺さんも、すぐにこちらにむかうということだった。
そんなわけで、ハザマたちは今度は各国の公使が集まっている場所へ案内される。
青天井の下にテーブルを出し、その上に上等な料理を並べた立食野外パーティ形式だった。
集まっていた公使たちは、酒杯を片手に歓談している最中だった。
「……大ルシアナを討伐した洞窟衆のハザマ殿が来てくださいました」
マヌダルク・ニョルトト姫が簡潔にそう告げてハザマを紹介すると、公使たちの間にどよめきが走った。
「あー、どうも。
ご紹介に預かった洞窟衆のハザマというものです」
ハザマは軽く頭をさげ、挨拶をする。
「なにしろと遠い異国から来た者なので、こちらの風習や礼儀作法に詳しくありません。
知らず知らずのうちに無礼を働いていることがあるかも知れませんが、そのときは平にご容赦のほどを……」
などという挨拶が終わらないうちに、ハザマは公使たちに囲まれて質問責めにあった。
緊急の議題があるというわけでもなく、公使たちは皆ほろ酔い状態にある。
「ええっと……そんなにいっぺんに訊かれても、どの質問に答えればいいのか……。
おい、そこの……バツキヤっていったか?
ちょっとこっち来て!」
ハザマは背後をざっと見渡して、バツキヤのことを名指しして手招きをする。
「……え?
わたし……ですか?」
戸惑いながらも無視するわけにもいかず、バツキヤは公使たちに囲まれているハザマに近づこうとする。
「はいはい、ちょっと開けて通してくださいねー。
今、この子に司会をさせますから」
「……司会って、なんなんですか?」
公使たちの体をかき分けながら、バツキヤはハザマに聞き返した。
「そんなこと、聞いていませんよ」
「おれも、ついさっき思いついたばかりだし」
ハザマは、しれっとした顔でそう答える。
「ざっとここにいる仲間を見渡した限り、君が一番冷静そうで適任だと思った」
だからといって、まだ尋問も済んでいない捕虜にこんなことをやらせる人間がどこにいるのか。
バツキヤは、本気で呆れはじめていた。
この洞窟衆のハザマという男は、どうやら悪い意味で破格な男であるらしかった。
「……えー、皆さん。
お静かに。どうか、お静かに!」
内心は不平と不満で溢れかえっていたが、それでも仕事を振られてしまえば全力でそれに対処してしまうバツキヤであった。
「ご質問はあとで、あとでお願いします。
まずは、そうですね。
こちらのハザマさんに、どういう経緯でルシアナ討伐を思いたち、実行に至ったのか、説明して貰いたいと思います」
公使たちの関心事は、実はかなり集中している。
順を追って説明させていけば、質問もすぐに少なくなっていくはずだ、と、バツキヤは思った。
「……渡川作戦が成功した晩、今度はせっかく架けた浮き橋が襲撃される事件が起こりまして、そこでおれは水妖使いが使う分身、水妖と接触したわけです……」
バツキヤが水をむけると、ハザマを意外と要領よく要点をまとめながら説明をはじめた。
「……というわけで、おれたち十人は無事にルシアナを討ち果たし、おまけに水妖使いの三人もゲットして帰路についたのでした。
おしまい」
真面目なのかふざけているのか、ハザマは容易に判断がつかない口調で説明を終える。
「それでは、次は……」
「質問の前に、その場にいたリンザとトエス、それに水妖使いたちがこの場にも来ています。
彼女たちのはなしも聞いてみましょう」
なにかいいかけたバツキヤの言葉を遮るようにして、ハザマは一方的にそんなことをいって公使たちの輪から抜け出した。
……自分で仕切るのなら、わざわざ司会なんか指名することはなかったんじゃないかな……と、バツキヤは思った。
「……ふぅ」
ようやく人の輪から脱出したハザマは、これ見よがしにため息をついた。
どうにも、ああいう晴れがましい空気は苦手だ。
ハザマの姿を目ざとくみつけた給仕がハザマに杯を手渡す。
所在なげに周囲を見渡していたクリフとカレニライナが、近寄ってきた。
リンザとトエス、それに水妖使いたちは、さっきまでのハザマの代わりに公使たちに囲まれていた。
まあ、公使の人たちも、おれなんかよりも若い女の子に群がった方が気分がいいよなあ、と、ハザマは思う。
『おぬしもたいがい、癖の強いご仁であるようだの』
不意に、心話ではなしかけられる。
首を巡らせて声の主を捜すと、ハメラダスという老人と目があった。
『癖が強いことは否定しませんがね』
ハザマは、やはり心話を使ってそう返す。
この老人は魔法使いだといっていたし、心話通信の仕組みを理解していても不思議ではなかった。
それに、さきほどバグラニウス公子と気安い口調で声を掛け合っていたから、案外、高い地位にある人なのかも知れない。
『ときに、ハザマさんとやらよ』
ハメラダス老人は、ハザマにはなしかける。
『あのバツキヤって嬢ちゃんは、あんたの洞窟衆の捕虜だってこったが?』
『そうなりますね』
『それで、今、わしが客人としているマニュルという嬢ちゃん、な。
ありゃあ、バツキヤという嬢ちゃんに懐きすぎだ。
このままだと、もう少し経って状況が落ち着いたら、十中八九、あんたのところに転がり込むぜ』
『……洞窟衆は、来る者は拒まず去る者は追わずという方針でやってきております。
そうなったとしても、特に問題があるとは思いませんが』
『そう聞いて安心した』
ハメラダス老人は、目尻を下げた。
『一度だけでもこのわしが客人として遇した嬢ちゃんを手荒に扱うようなことがあれば、それ相応の扱いをせにゃならんからの』
『……うちは、捕虜も奴隷も従業員にも、待遇がいいと評判がいいんですけれどね。
これでも』
ハザマは、憮然とした表情でそう答える。




