錯綜の邂逅
「いつの間にやら、結構な人数になっちまっているな……」
背後を振り返って、ハザマは呟く。
ここまでハザマたちを案内してきた使節団の使者が怪訝な顔つきをしているのも無理からぬところであった。
ハザマ本人に護衛ということになっているリンザとトエス、従者の見習いということになっているクリフとカレニライナ、水妖使いのドゥ、トロワ、キャトル。新しく捕虜にした、ルシアナの子らの一員である少女と、なぜか途中でその少女に抱きついてきた少女。その少女についてきた、ハメラダス・ドダメスと名乗る魔法使いの老人。
彼らは今、天幕の入り口で待たされているところだ。
リンザとトエスはレザーアマーや兜で武装している姿だし、水妖使いの三人は体全体を覆うマントを着用して、旗印二本をつけた首輪までしている。
おまけに、成人しているのはハザマと途中から合流してきた魔法使いの老人の二名のみであり、あとは年端もいかない女子どもである。
どうこからどうみても珍奇な組み合わせであるこの一行は、野営地の中を歩いている間も否が応でも目立ってしまっていた。
野営地は、基本、戦場だけあってほとんどごついおっさんばかりであり、女性や子どもの存在自体が珍しい。それをこれだけまとめて連れて歩いているとなれば、目立たないわけがなかいのだ。
途中、そのことに気づいたトロワやキャトルがその場でゴキグキガキなどと骨を鳴らして変身したことで、ハザマたちはますます注目を浴びるようになった。
ドゥの毛皮は褐色であったが、トロワの毛は赤みがかった黄色、キャトルの毛皮は明るい灰色で、体の大きさも年長者に比べると少しづつ小さくなっている。
「おい、あの牙猫は……」
「昨夜、おれはあいつに助けられたんだ」
「助けられたときは暗くてなんの旗印かわからなかったんだが……」
「そうか! あいつらも洞窟衆の仲間だったのか!」
などと騒がれはじめ、サーベルタイガー姿になったトロワ、キャトルの前に焼いた肉や煮物の入った椀を差し出す者が現れた。
食材となる肉類は、昨夜、野営地を襲ってきた獣たちのなれの果てであり、ふんだんに有り余っていた。
「お、おい!
今は、急いでるからそういうのはあとにしてくれ」
ハザマは抵抗してみせるのだが、
「いいじゃないか、これくらい」
ハメラダス・ドダメスという老人は葉巻をくゆらせながら、鷹揚にそんなことをいう。
「命を助けられた礼だというのだから、ありがたく受け取っておけばいい」
トロワとキャトルは、止めるまもなく差し出された食物を片っ端から平らげはじめている。
唯一、水妖使いの中で変身していなかったドゥも手を伸ばし、旺盛な食欲を満たしはじめていた。
「……こいつら、バジルよりもがっついていやがるな」
ハザマは、唖然としてそう呟いた。
それから、案内をしている使節団からの使者にむかって、軽く頭をさげた。
「すいませんねえ。
こんなことで足止めをくらってしまって……。
いやなに、この調子なら、やつらもすぐに満腹して、先に進むことになると思いますので……」
「い、いえ。
特に、急げともいわれておりませんし……」
「するってえとそっちのマントの三人は、本来ならば嬢ちゃんたちの仲間ってわけだ」
「おれたちがルシアナに介入していなかったら、そうなっていたんでしょうね」
ハメラダス・ドダメスという老人に、ハザマ答える。
「今となっては、すっかりこっちの境遇に慣れちまっていますが」
それが彼女らにとっていいことなのかどうか、ハザマ自身には判断がつかなかった。
自分たちと一緒にいるよりも、もっと平穏な生き方があるような気もするのだが……水妖使いの三人は、とりあえず、自分たちを取り巻く状況についてあまり疑問を持っていない。
ハメラダス老人が連れていた少女の名前は、獣繰りのマニュルというらしい。
昨夜、野営地を襲った獣たちは、このマニュルが出現させたものだそうだ。そういえば、以前、ロック鳥に乗っていた人影をちらりと見たような気がするが、それがまさしくこの少女だったのかも知れない。
そのマニュルは、合流してからこっち、ハザマ連れてきた捕虜の少女にべったりとくっついてあれこれとしゃべっている。ハザマが連れていた方の少女はバツキヤという名で、結局、敵軍の中でどういう働きをしてきたのか、などということを訊く余裕もないままここまで来てしまった。
幸いなことにこのバツキヤは、ハザマたちに対して反抗的な態度を示すこともなく、今のところ従順な態度で接しているので、焦って聞き出すこともないか……と、ハザマは思う。
それよりも今は、なぜハザマが使節団に呼び出されたのか、その理由の方が気にかかった。
王国と山岳民との交渉の場にハザマが顔を出しても、貢献できることなどほとんどないように思うのだが……。
いくらも待たされることなく、ハザマは天幕の中へと案内された。
「こちらにいる全員で入ってもよろしいのですか?」
と、ハザマは確認する。
案内の者は一瞬、難しい顔つきになったが、ハメラダス老人が、
「まあ、いいではないか」
というと、諦観した顔つきになって、即座に、
「そのまま、お入りください」
といった。
案外この爺さん、偉い人なのかもな、と、ハザマは漠然とそんなことを思う。
ハザマが通された部屋には、三人の貴人が待ちかまえていた。なぜ彼らが貴人であると判断がついたかというと、この三人だけいかにも豪奢で金がかかっていそうな服装をしていたからだ。
二十代半ばくらいの青年が一人に、あとは十代半ばの少年と少女が一人づつ。このうち、少年の方は、洞窟衆の天幕にルアを借り受けに来たヒナアラウス・グラゴラウス公子その人だった。
「洞窟衆のハザマ殿、ですね?」
青年の貴人が、ハザマの顔をまっすぐに見てそういってきた。
「このたびの使節団長を務める、バグラニウス・グラウデウスといいます」
「洞窟衆のハザマといいます」
ハザマも、一応名乗っておく。
「その使節団の団長様が、おれのような下っ端に一体どういったご用件で?」
「下っ端などとご謙遜を。
洞窟衆とハザマ殿の令名は、今や王都にまで鳴り響いております。
これまで山岳民連合の侵攻に泣かされてきた周辺諸国に取っても、大ルシアナを破ったハザマ殿の一行の名は永遠に刻まれることでしょう」
バグラニウス公子はそう前置きをしたあと、本題を切り出してきた。
「実は、ハザマ殿に興味を持ったのはわれわれだけではないらしいのです。
敵勢力の首脳部も執心があるらしく、本格的な会談になる前に、是非、ハザマ殿と対面したいと申し入れてきました」
「……一体なんの用なんでしょうね?」
当然のことながら、ハザマは怪訝な顔つきになった。
「恨み言でもいわれるのかな?」
「恨み言は、いくらでもいいたいことでしょうね。彼らの立場になってみれば」
バグラニウス公子は、笑みを絶やさずにそう返す。
「ですが、実際問題として、交渉の場にわざわざハザマ殿を呼び出したその意図が、われわれにも予想できていません。
そうすることで交渉が山岳民連合のとって有利に進むというのならば、恨み言でもなんでもいくらでもいうはずですが、実際にはそんな行為はまるで意味を持ちませんから」
「つまり……王国の方々にも、相手の意図が掴めていない、と……」
ハザマは、ますます難しい顔になる。
「それ、辞退できませんか?」
「しかるべき理由がなければ、難しいでしょう」
バグラニウス公子は、ばっさりと答えた。
「王国としては、できるだけ拒否をしてほしくないところです。
どんなに小さなことでも相手の要望に応えておけば、これからの交渉でも主導権を握りやすくなりますから」
「……では、応じることにしますか」
少し考えてから、結局、ハザマはそういった。
気持ちとしてはそんな面倒そうなことに関わりたくはなかったのだが、強く拒絶するだけの理由もなかった。
「それは、いつはじまるのですか?」
「もう少しすると、昼餐会というものがはじまります」
バグラニウス公子は、そう答える。
「それまでここで寛いで、歓談していきませんか?
ルシアナ討伐のこと、その他、洞窟衆という目新しい集団のこと、われわれはあなた方の存在を興味深く思い、注視しています」
……結構、想像していたよりもハードな展開になりそうだなあ……と、ハザマは思う。
物腰や語調こそ柔らかいものの、このバグラニウス・グラウデウスという青年の言動には、逆らうことを拒絶させるような気迫が込められているような気がした。
「……それで、ハメラダス師」
バグラニウス公子は今度はハザマから視線を逸らし、別の人物に問いかける。
「なぜ、老師のような方が、洞窟衆の皆さんと行動をともにしているのですか?」
「まあ、理由をしゃべりだすと長くなるんだが……」
ハメラダス師は悪びれることなく、葉巻をふかしながら答える。
「……そもそもの発端は、昨夜、そこの猫と少女を拾ったことからになるな」
「……あれ、ルシアナだよね?
討伐されたって聞いたけど、なんだってこんなところに……」
「討伐されたのは、おそらく大蜘蛛の方のルシアナ。
あちらにいる方は、無害とみなされたのか、それともなんらかの理由価値があると判断されたのか、とにかく洞窟衆の捕虜になった……と考えるべき」
バグラニウス公子がハザマとはなし、続いてハメラダス師がマニュルとチュシャ猫を保護した経緯を説明していたとき、マニュルとバツキヤは身を寄せ合うようにして小声で会話を交わしていた。
二人の視線は、少年と少女、二人の大貴族のそばに立っていたルアに注がれていた。
二人の視線に気づいた少女の方の大貴族が華やかな笑みを浮かべ、ハメラダス師の説明が一段落したのを見計らって、マニュルにはなしかけた。
「それで、そちらの猫を連れた方。
マニュルといいましたか。
よろしければどうか、ハメラダス師に捕まるまでにどういったことを経験したのか、はなしてはくださいませんか?」
「……あ……あたしは……」
いきいなり名指しではなしを振られたマニュルは、狼狽して落ちつきなく視線を周囲に動かした。
「かわりに、わたしがお答えします」
そんなマニュルを手で制して、バツキヤが口を開く。
「マニュルもわたしも、それに、その他のルシアナの子らも、直前まで行動をともにしていたからです」
そしてバツキヤは、昨夜、ルシアナの子らだけで王国軍野営地を襲撃する計画をしたところから、夜中に予想しなかった襲撃をされ、ごく短時間のうちにルシアナの子らが制圧されたところまでの出来事を的確に要点だけを抜き出して説明していった。
「……ふむ」
バグラニウス公子は書類の束に目を走らせながら、バツキヤの説明を聞き終えた。
「君たちを襲撃したのは、どうやらブラズニア家のアズラウスト公子の部隊のようですね。
早朝に提出された報告書の内容と、だいたい一致します。
バツキヤさん、といいましたか。
あなたのおはなしは、実に興味深い部分がありました。
確認しておきますが、あなたは、中央委員のアリョーシャ様とも面識があるのですね?」
「実際に対面したのは、このいくさの最中に、せいぜい数回といったところですが」
バツキヤは、素直に頷く。
それを確認して、バグラニウス公子は、今度はルアの方に顔をむけた。
「それから、ルアさん。
あなたも、ルシアナだった時代に、中央委員の方々と会ったことはないですか?」
「あります」
ルアは控えめな声で、しかし明瞭に返答した。
「しかし……そのアリョーシャという方だったのかどうかは、よくわかりません。
中央委員の人たちがルシアナに会いに来るときは、常に集団で行動していましたし……その一人一人の顔と名前までは、おぼえておりません」
「結構です」
バグラニウス公子は、大きく頷いた。
「いずれにせよ、軍師として連合の内情をよく知るバツキヤさんとつい先日までルシアナであったルアさん。
この二人が揃ってアリョーシャ様の面前に姿を現せば、それだけでよい示威効果がありましょう。
お二人には、是非、洞窟衆のハザマ殿のともとして昼餐会に出ていただきたい」
バグラニウス公子の関心は、これからはじまる昼餐会において、どれだけ王国側の立場を強化できるのか、という、ただその一点にのみ絞られていた。




