幾つかの再会
「なんか、大貴族の人がハザマさんに用があるとかで」
本格的にバツキヤへの尋問を開始する前に、取り次ぎの者がそんなことをいいながら入ってきた。
「……大貴族なら今さっき来て、ルアを連れて行ったばかりだぞ」
当然のことながら、訝しげな顔をしながらハザマは首をひねった。
「それでは、別の大貴族ではないですか?」
その取り次ぎの者は、淡々と自分の仕事を果たした。
つまり、相手の意向を正確にハザマに伝えたのだ。
「なんでも、至急、ハザマさん自身に足を運んで貰いたい、って。
なんでも、敵軍の一番偉い人がハザマさんの顔を見たがっているそうです」
「……なんだ、そりゃ」
ハザマは、さらに混乱した。
「おれ、この戦場ではそんなに目立ったことはしていないと思うけど……」
少なくとも、敵軍のお偉いさんの目に留まるような活躍の仕方はしていなかった。はずだ。
「……大貴族といってもいろいろある。
大貴族のうち、誰がおれを呼び出しているって?」
「バグラニウス・グラウデウス。
王都から来た使節団の団長さんです」
「それを先にいえ!」
ハザマは慌てて外出の支度を整えはじめた。
使節団の団長といえば、王国の中でもかなりの地位にいる人物であるはずだった。
逆らっていいことがあるとも思えない。
一夜が明けた今、獣繰りのマニュルはハメラダス・ドダメス師の散歩につき合っていた。
騒然とした王国軍野営地の姿は、マニュルの目から見ても昨夜の騒動の傷痕が生々しく残り、痛々しい印象を受けた。まだまだあちこちに焼け落ちた天幕や獣の死骸が放置されており、すれ違う人々もどこかしらに負傷をしているものが多く、完全に無事な者は圧倒的に少なかった。
しかし、行き交う人々の表情は奇妙に明るい。
「ありゃあまあ、どん底の希望ってやつだなあ」
マニュルが訝しがっていることを敏感に察したハメラダス師が、なにかいう前に解説をしてくれた。
「もうこれ以上、どん底になるわけないって状況になると、誰もがみんな機嫌よくなるもんさ。
ま、笑うしかないって状況はあるからなあ」
そういう口調は、淡々としている。
「それで嬢ちゃん。
この場の状況をよく見て、おぼえておくといい。
あんたが放った獣たちが原因で、こうなっているんだ。
わしだって若いことはそれなりにやんちゃしていたから責める気にはなれねえが、だからといって手前が作り出した結果を見つめちゃいけねえってことにもならねえ。
嬢ちゃん。
自分がしでかしたそのあとの光景をじっくりと見聞したことは、あんまりねえだろう?」
猫を抱いたマニュルは、無言のまま頷いた。
「それでどうこうしろってわけじゃあねえけどな。
こういう風情を記憶に留めておくのも、また一興ってもんだぜ」
あくまで飄々とした口振りで、そんなことをいう。
昨夜は、マニュルが戻ることを望めば、山岳民連合に渡る手伝いをしてくれるとさえいていった。
かと思えば、唐突にそんなことをいう。
マニュルは、どうもこの老人のことを掴みかねていた。
そもそも、なんで敵である自分を客人扱いしてくれるのだろうか?
「……こんな格好で、いいんだろうか?」
平民向けの、どちらかといえば粗末な衣服を身につけていたハザマは、そんな疑問を口にした。
「戦場だし、緊急時だからそのままでもいいんじゃないでしょうか?」
クリフはそういってくれたが、いまいち心許ない。
敵軍のお偉いさんにお目通り、ということになれば公式の場ということなのだろうし、ドレスコードみたいなのがあるんじゃないのか?
「……使者の方に確認してきましたが、着の身着のままでいいそうです」
ハザマが首をひねっている間に、リンザが小走りでやってきてそう告げる。
「それよりも、急いでと」
「このままで、ねえ」
ハザマは、その使者がいる場所へと歩き出す。
「……あの」
控えめに、そして冷静な声で、捕虜であるはずの少女がハザマに声をかけてくる。
「待たされるのもなんですし、同行しても構いませんでしょうか?」
「……同行? 君が、か?」
奇妙な捕虜だな、と、ハザマは思う。
いや、さっきも、ハザマの問いかけに答える前に、逆にハザマになぜルシアナを襲ったのか、などと訊いてきた時点で捕虜の態度としては「かなりおかしい」のではあるが……。
「なにを考えてるんだ?」
ハザマは、素直にそう尋ねた。
このようなとき、ハザマは駆け引きなどをせずに単刀直入に尋ねることにしている。
「少なくとも、逃げることは考えていません」
バツキヤは、平静な態度で軽く首を振った。
「もともと、このいくさが終わったら山岳民連合から出奔するつもりだった身ですし、他にいくあてがあるわけでもありませんし。
それに……このわたしを連れて行けば、役にたつ場面があるかもしれませんよ」
先ほどまで、取り乱して哄笑を続けていたのと同一人物であるとは思えないほど、冷静で余裕がある態度だった。
信用した、というわけではないのだが、ハザマはそうした態度の急変に興味を持ち、同行することを許した。
このまま洞窟衆の天幕に留めておいても、逃亡のリスクを減らせるわけでもない。それどころか、ハザマをはじめとして強力な人材が何名か同時に外出してしまえば、結果として逆に逃亡する隙を多くしてしまう。
この捕虜の逃亡を防ぐのにも、一緒に連れて行くという選択は、実は最善手だったりした。
クリフとカレニライナの姉弟にも同行するようにいっておいた。ハザマだけでは貴族社会での行儀作法などまったくわからないので、このような場合、カレニライナの知識は必須なのである。クリフは、侍従見習いとして危険な場所以外はだいたい同行して貰っている。ハザマ自身の都合というよりは、クリフの見聞を広めるためであった。
そのクリフは、かなりの晴れがましい場所へ出ることに若干緊張しているようだった。
それ以外に、護衛兼書記として紙束と筆記用具を携え、武装したリンザとトエスがついてくる。
ハザマだけならたいていの事態には対応できる自信はあったが、もうかなり大きくなった洞窟衆の総領としてそれなりの形式というものが必要なのだそうだ。
女子ども連れではかえって威厳がなくなるような気もするのだが、なまじの男衆よりもこの二人の方が頼りになることは確かであり、それにクリフやカレニライナも同行している場合は、やはり人数がいた方が安心できる。
そう思い、ハザマはこれまで彼女らのやりたいようにやらせていた。
そういったいつもの面子に加え、今回はなぜかドゥ、トロワ、キャトルの三人までもが寄ってくる。
昨夜一晩中暴れ回っていたはずだが、三人の顔色はよく、疲労の色は見えなかった。
どうしたわけか三人は、首輪の両脇に、「繁」とか「間」といった旗をつけている。
「繁」を図案化した旗印はハザマ商会の公式屋号、「間」はこの戦場で洞窟衆の関係者であることを公示するために急遽作られた旗印であった。
後者の字の方が画数が少なくシンプルなので、真似て書きやすかったのだろう。
「……なんだ、お前ら。
それに、その旗は?」
「おでかけー!」
「おいてっちゃやー!」
「夕べはがんばったんだからー!」
三人は、ハザマがいうことなんざ聞いていなかった。
「あの旗は、変身した三人が間違って友軍に襲われないように、急遽つけたものですが……どうやら、気に入ったようですね」
リンザが、そう解説してくれる。
「どうします?
説得して置いていきますか?」
「……時間が惜しいし、したいようにさせとけ。
確かに昨夜は役に立ってくれたしな」
ハザマは、若干憮然とした表情になってそういった。
「その代わり……トエス。
この三人、お偉いさんの前では静かにするようにいっておけよ」
こうして奇妙な一団はぞろぞろと歩き出す。
ボバタタス橋のある方面へと。
「おい! そこにいるのはハメラダスじゃないか!」
「なんだと?
おお! そういうお前はフォスラニ族のゼニクスじゃないか!」
そういって二人の老人が抱き合って、お互いの背を叩き合う。
「ひさしいな。
いや、何十年ぶりか!」
「あんたはちっとも変わってないな!
なんでも、王都で隠居したって聞いてたが……」
「隠居は隠居でもよ。
今回のような騒ぎなると、運び屋として引っ張り出されるのよ」
マニュルが悩む間にも、ハメラダス師はまた捕まって長話をはじめた。
こうしてハメラダス師がたまたま出くわした人間に捕まって長話をはじめるは、いったい何度になるだろう。
ハメラダス師がいうことには、どれも「昔の戦友」ということだった。ハメラダス師はこの場所で過去に行われた国境紛争に何度か従軍しているらしく、古い故知は多いようだ。
こんな経歴も、この老人の「若い頃のやんちゃ」に含まれているのだろう。
「あの頃の知り合いはばたばたとくたばっちまって、今残っているのはあんたとベレンティア公くらいなもんだよ!」
「ベレンティア公なあ。
最近は顔を合わす機会もないが、あの方も息災そうで」
「お元気ですなあ、あの方は!
また、そうでなくては困ります!
わしらの一族がつつがなく暮らせるのもあの方のおかげだからな!」
そういって、老人二人は声をあげて笑いあうのだった。
しょっちゅうそんな様子で声をかけられ、足を止めるので、ハメラダス師の散策はなかなか捗らなかった。
いや、むしろ、そうして昔なじみにあうことを目的として、あてもなくぶらついているのかも知れない。
しかし、過去にもハメラダス師にも強い関心を持たないマニュルにとっては、そうした足止めを食らっている時間は退屈なだけだった。為すすべもなく、その場に突っ立ていなければならないからだ。
他にいくあてがあったら、マニュルとていつまでもこの老人なんかにはつき合わないのだが、いかんせん、ここは敵陣の内部であり、マニュルだけで無事な場所まで逃げ切る自信がない。
所在なげに周囲を見渡したマニュルは、そこで唐突に見知った人間を見つけて全身を硬直させた。
「……バツキヤ」
思わず、小さく、呟く。
マニュルが見間違うわけがない人物が、大勢の同じような年格好の少女たちと並んで歩いていた。
なんでこんなところに……と、疑問に思っていると、
「なんだ、知り合いか?」
耳の横で、声がした。
振り返ると、ハメラダス師がすぐ脇で、マニュルの頭の高さに合わせて身をかがめている。
「嬢ちゃんの知り合いということは……ほほう。
つまりは、あの中にもルシアナの残滓が紛れ込んでいるというこっちゃの」
ハメラダス師はおおきく延びをしながらそんなことをいう。
「いったいどういう経緯でそんなことになったのか、実に興味深い!
これはひとつ、いって確かめてこないことにはな!」
そう宣言し、ハメラダス師はスタスタと早足でその奇妙な一団の方へとむかう。
その場に取り残されるわけにもいかず、それ以前に、マニュル自身も、なぜこの場にバツキヤがいるのか、という疑問を解きたかったので、すぐに小走りでハメラダス師のあとを追った。
「もし、そこの若い方!」
背後からそう声をかけられ、自分のこととは思わなかったが、ハザマは背後を振り返った。
貫禄のある、やけに厳つい顔つきの老人が、ハザマたちを追いかけてきていた。
その老人の風体の既視感をおぼえ、さてどこで見かけたのかな、と思い返して、ハザマはすぐにあることに思い当たった。
この雰囲気は、あれだ。
いわゆる、やっさんみたいな……。
この世界にも、その手のアウトローは存在するのだろうが、などと考えているうちに、その老人は追いついてきて、姿勢を正し、自己紹介をしはじめる。
「わしは、ハメラダス・ドダメスという。
王都で、半ば隠居した魔法使いをやっている者だ。
この地へは、使節団を運ぶ役割を負ってやってきた」
「洞窟衆のハザマというものです」
ハザマは、儀礼的に名乗り返した。
名乗られて素通りというのも感じが悪い。
「それで、その王都の魔法使いさんが、いったいなに用でしょうか?
実は俺たち、大貴族の方に呼ばれている最中でして、ここで立ち話をしている暇はないのですが……」
「洞窟衆のハザマ!」
ハメラダス師の目が、見開かれた。
「それでは……おぬしが、あのルシアナを倒した!」
「ええ、まあ」
いったい、そういわれるのは何度目のことか。これからも延々といわれ続けるのだろうな……とげんなりしながら、ハザマは曖昧に首肯する。
「それよりも、今は時間がないので……急ぎの用件でなければ、あとで洞窟衆の天幕にでも来て貰えばしかるべき対応をいたしますので……」
「用件は、な。
もう済んだ」
そういって、ハメラダス・ダドメスと名乗った老人は背後を指さす。
「ほれ。
そこの連れが、知り合いを見たというのでな」
ハメラダス師が指さした先では、マニュルがバツキヤに抱きついているところだった。




