貴公子との接触
「やはり、バレたか」
ファンタルの報告を聞いた直後に、ハザマはそんなことをいった。
「ま、長く保った方だろう」
嘘や秘密などというのは、いずれバレる……というのが、ハザマの考えであった。
そうしたものを下手に抱え込もうとするよりも、そうしたものが白日の下に晒されたとき、慌てずに対処できるよう、あらかじめ準備を整えておく方がずっと建設的であるとも思い、洞窟衆においても一貫してそのように対処するよう、指示をしている。
今回の事例でも、例外ではなかった。
「で、次のタグへの移行状況は?」
『エルシムに確認してみたが、実物はまだ数が揃わないらしいな。
暗号化機能つきのは、まだ五百に満たないほどしかできあがっていないらしい』
「なんだかんだで、人手が取られるからなあ、戦争って……」
通信タグのことであった。
特許制度などない世界、魔法の術式など露見してしまえばすぐに真似をされる。
ましてや、現在洞窟衆で使用している通信タグは、術式としてはさほど複雑な物ともいえず、魔法の心得がある者が見たらすぐに内容が理解できるし、模倣も可能である……とは、以前からエルシムも語っていた。現に、何日か前に、軍属魔法使いであるゼスチャラが、一目でどのような機能を持つ代物なのかを喝破してもいる。
当然、コピー品が出回るようになるのなら、その前に……と、アップデートされた次世代製品はすでに用意されているのであった。少なくとも、設計段階までは。
「そっちは、簡単に真似されないんでしょうね?」
『その昔、偏屈なエルフの数学者が編み出した乱数変換を使用した暗号を流用している。
まともに解析しようとしても、ヒト族ならば何世代かかるか……』
「では、折をみて洞窟衆はそっちのタグを使うように移行していってください。
この戦争が終わるまでは、現行の物を使用しても問題はないでしょう」
軍需物資を荷車ごと強奪するお仕事はかなり前にやめているし、現在、王国軍に聞かれて差し障りのある情報はやり取りされていない……はず、であった。
少なくとも、ハザマが知る限りは。
『そうするしかなかろうな』
ファンタルも、ハザマの判断を首肯してくれる。
「ところで、おれ、いつまでも走り続けてていいんですか?」
『おぬしの能力を最大限に生かすには、それが一番効率的なのだ。
もうしばらく走っておけ』
ルシアナ討伐以降、ハザマの、いや、バジルの能力が及ぶ範囲は、ハザマの体感で、半径五十メートル強まで広がっている。詳しい数値は、まだ計測する機会に恵まれていないので、判然としない。
直径にすれば百メートル以上……と書いてしまえばなんでもないようにも思えるが、その面積を想像すれば、かなり、広い。
おかげでハザマは、周囲の修羅場ぶりも関知せず、だだっ広い野営地を走り回っている。
多少のことでは疲労を感じない体になってしまったおかげで、退屈になってくるぐらいだった。
ハザマが無闇に走り回っているおかげで助かった人間も大勢いるはずなのだが、一度も戦闘を経験していないと助けているという実感がいっこうに湧かなかった。
……他のやつらは、今ごろ絶好調で戦っているんだろうなあ……と、そんなことを、ハザマは思っている。
「他の連中の様子はどんな具合ですか?」
『今のところ、特に問題はないな。
他の連中もかなりの成果をあげているが、水妖使いの三人が飛び抜けた成績を収めている』
「まあ……やつらは、持っている能力が能力だから……」
ハザマは苦笑いを浮かべた。
水妖使いとしての能力に加え、サーベルタイガーに変身すれば普通の人間には真似できないような移動力も行使できる。
いろいろと反則級に「強い」存在なのだった。
「……だからなおさら、変に歪まないように育てなけりゃいけないんだけど……」
『そうだな。
あんなのが無軌道な真似をはじめたら、止めるのが一苦労だ』
独り言のつもりで呟いた言葉に、ファンタルが反応してくれる。
『子育ての苦労についてはあとでじっくり語り合うことにして……まだ、予兆らしきものは現れないか?』
「今んところ……おれの周囲には、ないっすねえ……」
『……おかしいな。
これまでのやつらのやり方をみると、この程度で済ませるほどおとなしくはないはずなのだが……』
敵の出方について、である。
今のところ、敵は、夥しい獣を王国軍の野営地へ放って以降、なんの干渉も行っていない。
「まだ、夜明けまで間があるし……これから、なんか仕掛けてくるんじゃないっすか?」
「……トカゲ男の居所はまだ掴めませんか?」
「まだだな。
天幕を出たところまでは確認したのだが……なにしろ、この暗さだ。
その上、やつは異常に足が速い。
一度見失うと、どうにもならんな」
同じ頃、トンネルの内部では、軍師のバツキヤと千里眼のバクビェルがそんな会話をしていた。
「それより、他の連中をどうにかした方がいいのではないか?
この調子でいくと、夜明けまでに全滅の憂き目にあう可能性さえあるぞ」
バクビェルは、バツキヤに対してそういった。
ザーベルタイガーの姿で野営地を高速で移送しながら多数の獣を一度に仕留めている水妖使いを筆頭に、多数の魔法兵や犬頭人を率いた女たち、それに年端がいかない少女たちまでもが単身で強獣を次々と狩っていた。
魔法兵など、王国軍の抵抗があるのはある程度は織り込み済みだったが、それ以外の、特に女たちの活躍は、彼ら山岳民側にとってはまるっきり予想していなかった。
というか、バツキヤはルシアナを倒したとかいうハザマのことばかりに注目していて、その他の洞窟衆の実績や能力について情報を収集する努力を怠って来ていた。
その見通しの甘さが、マニュルの獣たちに予想外の被害を広げつつある、現在の結果を招いていた。
「そのようにいわれても……どこから手を着けていいのやら」
バツキヤは、軽く肩を竦めた。
「……らしくないな」
バクビェルは、軽く顔をしかめる。
「決断すれば何事かが解決するのであれば、どんな決断だってしますがね」
バツキヤの声は、まだしも冷静だった。
「水妖使いとか魔法兵は、手を出すのにはリスクが多すぎます。
かといって、他の兵士や女たちを何人か潰しても、大勢にはあまり影響しませんでしょうし……」
リスクとメリットを考慮して、どの選択もしかねる……と、いったところだろうか?
少なくともバクビェルは、バツキヤの現在の思惑を、そのように解釈することにした。
なにしろ、こちらは動かせる人数が少ない。
「大勢に影響を与える、というと……やはり、あのトカゲ男になるわけか」
「そうなります」
バツキヤが、頷く。
「他の人たちは、何人か始末したところでそんなに結果には響きません。
しかし、あの男の能力だけは……」
確かに、と、バクビェルは心中で頷いた。
あれがいるのといないのとでは、獣たちの損耗は桁違いになるだろう。
「どこいるのか、居所さえわかれば、おれの能力でどうにでもできるぜ」
戦闘伝令師のトグオガが、口を挟んでくる。
「なんだったら、他の連中をそいつを足止めに使ったっていい。
トカゲ男を捜すのが無理なら、その邪魔な女たちってのを片っ端から射殺してもいいんだが……」
トグオガはそういって、クロスボウを構えてみせた。
相手が魔法を使える場合、事前に攻撃を察知された際、なんらかの方法で回避される確率が高い。だから、魔法兵を襲うことは最初から除外していた。
「……夜明けまでまだまだ時間があります」
少し考えてから、バツキヤはそう決断した。
「あのトカゲ男を相手にする場合、下手をすると総力戦になるかも知れません。
もう少し、バクビェルさんに頑張って貰ってから結論を下します」
「……はいはい」
バクビェルは頷いて、千里眼による走査を再開した。
一度に一カ所しか見ることができない。
「視える」範囲が広すぎるため、一度見失ったモノやヒトを再び見つけるのにひどく難儀する。
動きが速すぎるものも、目で追うしかない。見逃したら、再発見まで苦労する。
暗い場所では、「視る」ことはできても、「視えた」物を普通に判別できない。夜目が利くわけではない。
……など、バクビェルの能力は、これで制約が意外と多いのだった。
ある程度、区切りがついたら……いっそのこと、わざと目立つような行動をして、ルシアナの子らをおびき出すのもいいのかも知れないな……と、走りながら、ハザマは考える。
他の連中の相手をされるよりも、ハザマ自身が相手をした方が都合がいいからだが……敵の方もハザマの能力についてはそれなりに把握しているだろうから、こちらの都合に合わせてきてくれるわけにもないか、と、そう、自分で結論を出す。
ともあれ、今のハザマは、少しでも広い場所にバジルの能力を行き渡らせるため、走り続けなければならない。
ハザマ自身が退屈であろうとも、それで助かる人命の数を想像すれば、ここで足を止めるわけにはいかない。
自分自身にそういい聞かせながら、ハザマは走り続ける。
「……もしもーし!」
そんなハザマに、語りかけてきた者がいた。
「ひょっとして、君、洞窟衆のハザマ氏かね?」
かなり大きなハルバートを担いだその男は、そんなことをいった。
兜をかぶっているので、表情までは確認できない。
しかし、声の感じでは、こちらに友好的な感情を持っているように思えた。いや、本音のところまで読みとれるわけではないのだが。
「そうですが……どちらさんで?」
一応、警戒しながら、ハザマは相手の素性を訊ねる。
王国軍の野営地内であるとはいえ、ルシアナの子らがどのような手を使ってくるのか、完全に予測できるわけでもないのだ。
それに、こんな状況下でわざわざ挨拶してくるなんて、なんとも奇矯な……とか思う以前に、相手の速度をハザマは不審に思っている。
なにしろ、今のハザマの脚力は、位階とやらが引き上げられたせいでなかなか凄まじいことになっている。
そのハザマの走りに、生身でついてこれる者がいるとは、ハザマは想像だにしていなかった。
「これは申し遅れました」
そいつは、兜をかぶったままの頭部を、わずかに下げてきた。
「ぼくの名は、アズラウスト・ブラズニアといいます」
血塗れのハルバートを肩に乗せているにしては、なかなか涼やかな声だった。
「ブラズニア……っていうと、あの……」
ハザマは、軽く目を見開いた。
「世間では、八大貴族とかいう人もいるようですね」
アズラウスト、と名乗った人物は、ことなげにそんなことをいう。
「とにかく、そのブラズニア家の一員です。
なんでも、洞窟衆の方々にはうちの妹がたいそうお世話になっているそうで。
うちの妹も、なかなか返しきれない金額の借金ばかりが増えていくと泣いて喜んでいますよ」
間違いない。
こいつは、あのお姫様の血縁者だ、と、ハザマは確信した。
「そのアズラウスト様が、こんな不穏な晩に、なんのご用で?」
ハザマは、これまでとは別の意味で警戒心を強めた。
ハザマが知っている大貴族といえば、メキャムリム姫やムヒライヒ、ブシャラヒムの兄弟、それに、総司令部の公爵くらいなものだ。特に後者には、無理難題を押しつけられる一方であり、当然のことながら、あまりいい印象がない。
「そう、警戒しないでくださいな」
兜の中から響く声が、苦笑いを含んだ。
「まずは、通信タグの術式を使用することを快諾してくれたお礼を。
それと……ここからが本題なのですが、この退屈な戦場を、ぼくたちの力でもっと面白いものにしませんかね?」
……やっぱり、大貴族というのは無理難題をふっかけてくる存在なのだな、と、ハザマは思った。
「こうして走りながらでよければ……」
慎重に、ハザマはそういう。
「おはなしだけなら、お聞きしましょう」
くれぐれも、言質を取られないようにし気をつけなければならない。
そう思うと同時に、ハザマはファンタルとエルシムにむけ、
「今、アズラウスト・ブラズニアと名乗る男が、接触してきた」
とだけ告げて、会話の内容が筒抜けになるように設定する。
「本格的なはなしをする前に……ちょいとお待ちを」
そういって、その男は一度速度を緩め、いくらもしないうちに、またハザマに追いついてきた。
「すいません。
付与魔法をかけ直してきました」
「……付与魔法?
ああ、エンチャントのことか」
ハザマは、一人で頷く。
そうか。この人は、魔法を使うのか、と、ハザマは思った。
一時的に身体能力をあげて、ハザマの速さに追いついてきているらしい。
そんなことが可能なら、肉弾戦でも活躍できそうだな、この世界の魔法使い……と、ハザマは思った。




