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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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125/1089

激闘の野営地

 ハザマは、駆けだしていた。

 ルアの持っていた知識が古かったのか欠落があったのか、とにかく、予想以上に、敵の数が多い。

 今のハザマにできる最上の選択は、とにかく広範囲を走り回って一体でも多く敵の動きを封じ、味方の手助けをすることであった。

 目下ハザマは、エルシムの誘導によってカマキリが発生したという地区へとむかっている。

 近づいてみれば、その場所はすぐに見分けがついた。

 地面であること、それに天幕であることを問わず、びっしりと巨大な昆虫が群がり、へばりついている。ハザマは昔、テレビのドキュメンタリーかなにかでみた軍隊蟻の行進を思い出した。相似形の物体が大量に発生して目前で蠢いている様子は、見ただけで全身の皮膚に鳥肌がたった。生理的な嫌悪感、というやつだろうか。

 ハザマ自身は、特にこれまで虫嫌いという自覚も持っていなかったのだが……。

 ともあれ、そのまま放置していくわけにもいかず、ハザマはバジルの能力を解放して周囲のカマキリの動きを止める。

 そのとき、少し離れた場所で、いきなり空が明るくなった。爆竹を大きくしたような破裂音も続いている。

「……なんだ、ありゃ?」

『空中に浮かぶクラゲ状の物体を首尾よく始末する方法を、誰かが見つけたようだ』

 思わず、呟いてしまったら、エルシムから返答があった。

『そのまままっすぐ進み、野営地の端まで到着したら、少し距離をあけて折り返してくれ。

 クラゲの触手が落ちていても、素手で触れたりするなよ。

 あれは毒を持っているらしく、刺されるとその部分が麻痺して腫れあがるそうだ』

「……頼まれても触らねーよ」

 そんなやりとりをする間にも、ハザマは走り続ける。もうずいぶんと全力疾走をしているのに、まったく息苦しくならない。それに、以前のハザマが走るときよりも、ずっと速い。

 バジルに引っ張られる形で位階とやらが引き上げられた結果らしいが、運動が苦にならないのは素直にありがたかった。


 新領地を発った洞窟衆は、浮き橋を中心にして勢力圏を伸張していった。

 犬頭人はもとより挙動が素早いのであるが、バジルの影響下にあって、身体能力が全般的に底上げされている。

 山犬、猪、熊……と、遭遇する敵は多種多様であったが、複数で取り囲んで連携し、一匹が敵の気を引いている間に他の者が死角から回り込んで襲う、という方法で着実に敵を葬っていく。

 ときに犠牲を出すこともあったが、その方法で、どんな巨大な敵も素早く沈黙させることができた。

 十数匹につき連絡係の洞窟衆の女性が一人以上が同道し、その小集団単位で行動していた。小集団の進路については、もっぱらエルシムたちの管制所の判断に一任している。

 管制所は、敵がいない、安全が確保出来た場所を着実に増やしていく方針であるらしく、複数の小集団は放射線状に、それぞれ別方向へと進み続けていた。


 たとえば……。

 大熊が、いた。

 身長は二メートル半ほどだったが、目の当たりにすると一回りも二回りも大きく見える。

 おそらく、周辺にいる中では最強の生物であっただろう。

 しかし、その大熊にむかい、怯むことなく襲いかかる影が数体、存在した。

 一言も発することなく俊敏に動く影……犬頭人の群、だった。その動きは、野生の犬よりも素早い。そして、一匹一匹が、手にはかなり大ぶりな抜き身の剣を持っている。

 そのうちの三匹が大熊の正面にたち、威嚇するように低く唸った。

 正面にいた三匹が、剣を構えて交互に大熊を攻撃する。

 大熊また、巨大さに似合わぬ俊敏さをみせて両腕で剣をはじく。その攻撃を察知して、腕が当たる前に大きく後退する犬頭人たち。

 三匹にあしらわれることになった大熊は次第にいらついた様子をみせはじめた。

 大熊の注意力が正面に集まっている間に、別の犬頭人が大熊を取り囲んでいる。

 いらだちが限界に来たのか、大熊が弾かれたように前へと突進する。

 前にいた犬頭人たちは散開して、それを避ける。大熊の動きも速かったが、犬頭人たちの動きはそれ以上に速い。

 大熊の突進と同時に、その背後や両脇にいた犬頭人たちも大熊へと殺到し、剣を振った。素早く斬りつけて、直後には後退している。大熊が両腕を振りかざして背後を振り返る頃には、かなり距離を取って遠巻きにしていた。

 集団での狩りは犬頭人が得意とするところであるし、その上、ここいる犬頭人たちは多少の個人差があるとはいえ、バジルの影響で身体能力をかなり向上させている。

 小集団で行動している限り、犬頭人たちはかなり強大な個体に対しても優位を保つことが可能であった。


「さて……敵襲がはじまったわけだが……」

 アズラウスト・ブラズニアは、妹を前にしていたときとは異なり真剣な表情をしている。

 アズラウストはこのとき二十七歳。使節団団長のバグラニウス・グラウデウス公子より一歳だけ年長であった。

 痩身、長身、細面の青年で、妹のメキャムリム姫とよく似た面差しをしている。美形、といわれることが多いのもメキャムリム姫と同じであり、外見だけをみて寄ってきた異性のほとんどが奇矯な言動についていけなくて早々に脱落してしまうのも、メキャムリム姫と同じであった。

「魔法兵は、どれほど集められたか?」

「ハメラダス師の計らいにより、予定よりも増えて八十名ほど」

「……もう少し、魔法兵の育成に力を入れた方がよいな」

 アズラウストは露骨に不満げな表情になった。

「ただでさえ、魔法使いの育成には費用も時間もかかります。

 その上、魔法兵ともなると……」

「わかっているよ」

 アズラウストは、片手をあげて軽く振ってみせた。

「要は、財政の問題だ。

 ブラズニアは他領に比べると、それでも魔法の研究に力を入れているのだけどね」

 それから、ふと顔をあげ、

「魔法兵たちは、もう出ているのか?」

 と、問う。

「はっ。

 皆、とうに」

「結構」

 アズラウストは、頷いた。

「このようなときに動かずして、なんのための魔法兵か。

 最低限の護衛を置いて、総員、敵の排除に注力せよ。

 当然、ぼくも出る」

「……わざわざ、公子様が出陣することもなく……」

「なんのためにわざわざ使節団にくっついて来たと思ってるの。

 それに、これでもぼく、魔法兵の端くれだよ」

「端くれとは……お戯れを」

 時期領主となることがほぼ確定しているアズラウストは、領地経営に必要な各種知識の他に、魔法の研鑽にも怠りがなかった。幼少時からそちらの方面への適性を示したこともあったし、当人の意志もあり、現在は王都で魔法の研究をして暮らしている。

 それなりの才覚もあり、それに加え、家の財力に物をいわせて魔法の知識を集め、修得していったいわゆる「魔法オタク」であった。

 武芸全般について一通り習うのは貴族の子弟として当然の素養であったし、軍用の魔法もそれ以外の珍しい魔法も、一通りはこなせる。

 ブラズニア領内の魔法兵たちと競っても、なんら遜色のない実力の持ち主であった。

「それに……」

 アズラウストは、続ける。

「……こんな面白い狩り場は、滅多にない。

 ここまで来て参加しないなんて、そんなもったいないことは出来やしないよ。

 ただでさえ、このいくさではブラズニア軍の出番が少なかったんだもん。

 こういうときにこそ、少しは目立たなけりゃ」

 そういいて、アズラウストは全身に、一時的に身体能力を向上させる付加魔法をかけ、駆け出す。

 魔力の消耗を極力抑えつつ、最大限の効果を引き出そうとするのが魔法兵の本懐である。

 そのため、各種体術の修練も普段から怠らないし、おのれの肉体の性能をぎりぎりまで引き出すタイプの魔法も多く修得していた。それ以外に、各種攻撃魔法も臨機応変に使い分ける。

 適性がある者自体が少なく、なおかつ育成に時間がかかるため絶対数こそ少ないのだが、単体であれば最強の兵士とも呼ばれている。

 ブラズニア領は古くから魔法の研究が盛んであり、八大貴族の中でも一番多くの魔法兵を抱えていることでも有名だった。

 現在、野営地が陥っているような、「いつ、どこに、どんな敵が現れるのかわからない」、不確定な要素が強い状況こそ、臨機応変な対応が可能な魔法兵が得意とする戦場だった。


「……また猿もどきかっ!」

 ファルナリウス・アルマヌニア公子が、吼える。

「いったい、何匹いるというのだ!」

「おそらくは、ヤマワロと称されるやつらかと」

 随行していた兵士が答えた。

 そのヤマワロという獣は、標準的な成人男性より二回りほど大きいくらいの大きさであった。全身を黒い毛皮で覆われ、猿ともヒトともつかない不完全な二本足歩行で移動している。見たことはないのだが、噂に聞く狒々というのたぐいであろうか、と、ファルナリウスは思った。

 ファルナリウスも、その周囲にいる兵下たちも、武装をしていた。動きが制限されることを嫌ってか、せいぜい鎖帷子や革鎧どまりであり、全身を金属で鎧うような極端な重武装をしている者はいなかった。

「名前などはどうでもよい!」

 ファルナリウスが、叫ぶ。

「それよりも、やつら、あの猿もどきをなんとかせぬか!」

「なにぶん、すばしっこく逃げ回り、それに力も強くて迂闊に近寄ることもできません」

「では、槍と弓で対処せよ。

 大勢で取り囲んで、一匹一匹、確実に仕留めよ」

「……はっ!」

 ファルナリウスの指示を伝えようと、兵の一人が去っていく。

 次の瞬間、ファルナリウスの顔をめがけ、大きな物体が飛来した。

 顔面に激突する直前に、危ういところでファルナリウスはその物体を手で受けとる。

 ずしりと重い手応え。

 なにかと思い、よくよくみて見ると……それは、生首が入ったままの、兜であった。

 ヤマワロが、力任せに死体の四肢や首を引きちぎって投擲していたのだった。

「……畜生めが……」

 ファルナリウスが、低く唸った。

「……者ども!

 ついて来い!

 やつらを殲滅せよ!

 一匹たりとも生きて返すな!」

 アルマヌニア軍の兵士たちは狩りにはまったく慣れていなかったが、すでに相当数の犠牲を出していることもあり、不慣れなりに戦意は高かった。

 槍兵が穂先をむけながらそのヤマワロを取り囲み、身動きができない状態にした上で四方から矢を射かける。同時に、取り囲んだままの状態で槍をつきだした。

 ヤマワロは何本かの槍の柄を掴み、へし折ったものの、そのまま何本もの槍の穂先と矢を体中にのめり込ませ、吐血して息絶えた。

「よし!

 者ども、続け!

 次へいくぞ!」

 叫んで、ファルナリウスは踵を返した。

「敵の数は多い!

 だが、落ちついて対処すればなにも問題はない!

 そうだな……勝ち鬨をあげよ」

「勝ち鬨……ですか?」

「そうだ。

 一体葬るごとに、その場にいる全員で大声を出して、周囲に伝えよ!

 このような状況では気弱になることこそ不運を呼び込む。

 野営地中に響きわたるよう、アルマヌニア軍の威勢を示してやれ!」

「……はっ!」

 現在のような混乱した状況では、恐慌が起こした兵が暴徒と化すのが、一番怖い。

 声をあげるようにしていけば、われを失って為すべきことを見失った者も、その声がする方向に集まってくるだろう。

 なにより、冷静に対処し続ける者がいるのだと知らしめれば、味方は心強く思ってくれるはずだった。

「えいえい、おー!」

 と、兵たちが、声をあげた。

「勝ったぞ! ヤマワロを仕留めた!

 アルマヌニア公軍、ここにあり!」

 ファルナリウスは、際だった能力こそなにも持っていなかったが、それでも着実に、その場その場で自分にできることを積みあげていく。


「……今、大槌に付与魔法をかけました!

 しばらくは、威力が倍増するはずです!」

 ヴァンクレスの背にしがみついたスセリセスが叫ぶ。

「あれか? お前がいっていた蟹ってやつは!」

 スセリセスの言葉には直接応じず、ヴァンクレスは別のことをいった。

「あいつらを片っ端からぶち壊していけばいいんだな!」

「そうです!

 あれは全身が硬い殻で覆われ、矢も剣も通らないそうで!」

 わはははは、と、ヴァンクレスは笑った。

「まさしく……おれ向きの獲物というわけだっ!」

 前方に、巨大な物体が蠢いている。

 暗がかりで細部は識別できないのだが、確かに蟹のような形状をしてはいた。ただし、馬よりも大きな、高さだけで二メートルを越える巨大な蟹だが。

 その巨大な蟹の群れにむかって、ヴァンクレスとスセリセスが乗る馬が突進する。

 ヴァンクレスは大槌を無造作に振りかぶって、手前の蟹の甲羅にむかって振り下ろした。

 大槌の頭が甲羅に触れる直前、接触面が白熱し、振り下ろした方向に勢いよく熱風を吹き出した。

 熱風が大蟹の甲羅とその中身を瞬時に乾燥させ、ヴァンクレスの大槌は苦もなくそれらを粉砕して、ほとんど抵抗を感じさせずに振り切る。

 見ると、大蟹の甲羅は大槌の軌道のそのままに太い一文字の亀裂が刻み込まれ、ほとんど胴体を分断されている状態であった。

「……こいつは……」

 ヴァンクレスも、あまりの手応えのなさと威力の大きさに、目を丸くしてる。

「小僧!

 お前の魔法か!」


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