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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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123/1089

嵐の前の静寂 

 スセリセスは決死隊に与えられた天幕の中で手書きの説明書を読んでいる。

 すでに何度か目を通しているのだが、文章量が多いのでなかなかおぼえ切れない。スセリセスは早い時期から魔法をおぼえはじめたため、暗記にはそれなりに慣れてはいるのだが、呪文をおぼえるときと膨大な敵の特徴をそらんじるのとでは多少勝手が違った。

 そして、なにより……。

 スセリセスは封書の中に入っていたタグを手に取って、そこに記された呪文を読み解く。

 オーソドックスな心話の呪文に多少のアレンジを加えたものだが、その効果のほどは魔法の心得があるものなら一目瞭然であった。同じようなタグを経由して遠距離まで心話を伝える、「通信タグ」とでもいう存在だ。誰が記述したのか知れないが、シンプルでありながらも高機能。誰もが知っている基本的な呪文の組み合わせだけでこれほど多様な機能を実現できる例には、滅多にお目にかかれるものではない。

 一言でいえば、そのタグに記された呪文はかなり洗練されていた。

 スセリセスはそのタグを手にしたまま厩舎へと移動する。

 厩舎の中で、スセリセスはそのタグを実際に使用してみた。


「……あの……誰か……」

『ヴァンクレスか?』

 女の声が、即答した。

「いえ。

 代理、みたいなものです」

『代理……か。

 ふっ。

 あいつも偉くなったものだ。

 こちらは、ファンタル。

 あいつの相手をしているほど暇ではないのだが、他の者ではあのたわけを仕切れきれぬと踏んで担当を回してもらっていた。

 だが、代理の者がいるというのなら、他の娘に管制を任せても問題はなかったのかな?』

 若く聞こえる癖にひどく落ち着いた、不思議な声だった。

『代理の者よ。

 おぬしとあのたわけの関係は聞かぬ。聞いている暇はない。

 ただひとつ確認しておくが、今夜、あのたわけに指示を与える際にはおぬしを経由して伝えれば問題はないのであるな?』

「え……ええ」

 スセリセスは、ファンタルと名乗った相手にそう答えていた。

「それで問題はありません。

 おそらく、ぼくはヴァンクレスさんといっしょにいるはずです」

『ならば、問題はない。

 ときにおぬし、名はなんという』

「えっと……スセリセスといいます。

 魔法使いです」

 それが、今のスセリセスにかろうじて名乗ることが許された、ただひとつの肩書きであった。

『魔法使い、か』

 声が、笑いを含んだ。

『そいつは、重畳。

 戦略の幅が、かなり広がる』


 さて、許嫁ということになっているブシャラヒム・アルマヌニアが重体を負ったという。

 許嫁といっても数えるほどしか顔を合わせたことがないし、正直、なんの思い入れもない。当事者同士の意志などすっぱり無視し、家同士の思惑と利害がたまたま合致した結果に成立した縁組みであり、典型的な政略結婚であった。

 それでも、許嫁といえば許嫁であった。

 世間体を考慮すれば、見舞いのひとつでも行っておくべきか……とか、メキャムリ・ブラズニアが決戦の夜にはあるまじき悩みを抱えていたとき、

「やっはっはぁっ!

 お姫ちゃぁーんっ!」

 とかいう脳天気な声がブラズニア家の陣屋に響いた。

「……お」

 メキャリム姫は戸惑った声を出す。

「お兄さまぁ!

 え? あれ?

 王都にいらっしゃるはずなのに……なんでこんなところにぃ」

「あーははははぁっ!」

 ブラズニア家の長子、アズラウスト公子は腰に手を当てて高笑いをした。

「この度の使節団に便乗してついて来てしまったんだねえ!」


 陣屋の内にいたブラズニア家の幕僚たちは、騒ぐ兄妹たちをスルーして黙々と事務仕事に勤しんでいた。戦場であろうが決戦の夜であろうが、いや、そうした状況であればこそ、事務仕事は山積みとなる。とめどなく到着する戦略物資とその受注報告、必ず数が合わなくなる備品、配送の途中で目減りしている兵糧、報告と実態が合わない戦死者数、遺族年金の手続きを終えた直後にひょっこりと生還してくる将兵。などなど。

 戦場での事務仕事とは際限のない例外処理の連続であり、つまりは放置すれば仕事が増え続けるということでもあった。内心ではどのようなことを思おうが、布一枚を隔てた天幕の外でどんな死闘が繰り広げられようが、彼らの仕事には関わりがない。彼らはただ、常に目前の仕事を片づけるのに夢中であった。

 一言でいえば、「やってもやっても終わらねー!」、ということである。

 彼らの戦場は、常に書類の上にあった。ハイテンションな兄妹がどんな漫才を繰り広げようが、それで彼らの仕事に影響がわけではない。なにより、この兄妹の言動がときとして常軌を逸することがあるのはブラズニア家に出入りする者にとっては秘密でもなんでもない常識に属したていた。

 だから、彼らは兄妹のやりとりを華麗にスルーして黙々と自分の仕事をし続ける。


「……ふん」

 洞窟衆から総司令部に提出されたルシアナの子らに関する報告書を一読したハメラダス・ドダメス老師は、その冊子を放り出して酒瓶から直に火酒を煽った。

「先に逝きおったか、大蜘蛛が……」

 国境をまたぎ種族は違えど、同時代を生き魔法によって名を馳せた者同士、なんらかの感慨があったのかも知れなかった。

 王国魔法庁の重鎮であるハメラダス・ドダメス老師は、古くから魔法の研究が盛んであったブラズニア公領の出身であるといわれている。しかし、生家は身分のある家だったわけではなく、ドダメスの家名も功なり名を遂げたあとに王家から下賜された一代限りのものであった。ハメラダス師は、魔法使いは自らの研鑽と技量のみで身を立てるもの、との信念の持ち主でもあり、そうしたみずからの境遇に満足しているように見える。

「……まさかあいつに、先を越されるとは思わなかったな。

 どいつもこいつも、先に逝きやがる」

 厳つい顔つきに体つき、口髭、綺麗に撫でつけた頭髪はすっかり白くなっている。

 若い頃にはチンピラに見間違われることが多かったし、今でも道を歩けば黙っていても素人衆が避けて通るほどには威圧感がある。

 ハメラダス・ドダメス老師は、外見だけならば筋者に近い雰囲気を漂わせている魔法使いであった。

 ハメラダス師は酒瓶を手に使節団に与えられた天幕から出て、周囲を囲んでいた衛兵たちに声をかける。

「おい! お前ら!」

「はっ!」

 衛兵たちは声を揃えて直立不動になった。

 今回の使節団など、王宮の外部で王国の貴人を警護する際、多様な状況に対応できるよう、魔法兵を採用する傾向がある。

 そして、師弟制度の繋がりが強い王国魔法使い社会の中では、キャリアの長いハメラダス師の影響力は絶大であった。王国の魔法使いのほとんどは、ハメラダス師の弟子か孫弟子か曾孫弟子にあたるのだ。

「敵の襲撃とやらがはじまったら構うことはねえ。

 この場はおれに任せて迎撃にむかえ」

「……は?」

「あ、あの……。

 お言葉ではありますが、それはその、命令違反、職務放棄にあたり……」

「うるせぇっ!」

 衛兵たちの戸惑いと反駁を、ハメラダス師は大声で制する。

「それともなにか?

 このおれでは、お前らひよっ子どもの代わりは勤まらんと思うとんのかぁ? ……ああんっ!」

「し……失礼しましたっ!」

「なに、司令部にはあとでおれが直々にはなしを通しておく。

 おれはなあ……大蜘蛛の忘れ形見とおれの弟子、どちらの力が勝っているのか、その結果をこの目で確かめてぇのさ。

 それともなにか?

 お前ら、よりにもよって王国精鋭の魔法使いさまが、だ。たがたかだか蜘蛛の忘れ形見どもに遅れを取るとか、ふざけたことを抜かすんじゃねぇだろうなあ!」


 総司令部内、アルマヌニア公に与えられた控え室でのことである。

「……そうですか。

 ブシャラヒムが……」

 アルマヌニア公を前にして、ファナルリス・アルマヌニア公子がしきりに呟いた。

「ああ。

 一命は取り留めたが、かなりの重体らしい。

 見舞い客も一律に断っている状態だそうだ」

 アルマヌニア公の表情は複雑だった。

「そうでなくても、今の医療所は負傷者があふれかえって足の踏み場もない状態らしいからな。

 われらが出向くとなると現場の者たちの手を煩わすことにもなろうし、もう少し様子をみてからどうにかしようと思っている」

「それが賢明でありましょう」

 父の言葉に、ファナルリスも頷いた。

「ブシャラヒムは、幼少時から体だけは丈夫にできていた。

 回復が可能な負傷であれば、かならずや恢復するものと思います」

 ファナルリス公子は四十をいくらか越えている。すでに王都で家庭を持っていて、息子と娘が一人ずついた。

 アルマヌニア公が引退したら国元に帰って公爵位を継ぐ予定であるが、今は王都で国の政務を手伝いながら領地経営について学んでいる身分であった。

 このアルマヌニア家の長兄は、次男ムヒライヒの怜悧さも三男ブシャラヒムの豪放さも持たなかった。

 実直な性格と内面の木訥さが自然と外に滲みでたような風貌を持ち、初対面の者から無条件に信頼を得てしまうような誠実な性格をこの年齢まで損なわずに来た。飛び抜けた才覚も持たない代わりに暗愚でも凡庸でもなく、大抵のことはそこそここなせてしまう。

 なにより、周囲の協力を自然と引き出す雰囲気を纏っていた。

 平時の統治者としては、理想的な人物といえた。

「ムヒライヒの方は……あれは、化けたな。

 今回のいくさで」

 父であるアルマヌニア公は、次男のことをそう評した。

「もともと、そうしたことにむいているとは思ったが……あれはこれから、軍務で頭角を現していくかも知れん」

 貴族の子弟が国軍に入ることは珍しいことではない。

 生まれついた家の位が高い者ほど栄達も保証されているわけだが……そうした軍人貴族も無能であるよりは有能であった方がいいに決まっている。特に、部下としてその下につく者にとっては。

「ムヒライヒは、家を出て国軍に入りますかね?」

「まだ、当人の意向は確認しておらぬがな。

 いつまでも国許に置いて腐らせるよりは、国軍に籍を移した方が当人のためになると思うておる」

「……そうですか……」

 ファナルリス公子は、しきりに頷いていた。

「あの、ムヒライヒが……」


 十の字を想起する。

 横の棒がタバス川で、縦の線が緑の街道。交差する部分がバボタタス橋である。

 むかって右手、十字の右下、東側の部分に王国軍の野営地がある。

 なぜ東側なのかというと、街道の西側は勾配がきつい傾斜になっていて、野営地としては不適切だったからだ。東側もそれなりに傾いてはいるのだが、西側ほどはきつくない。

 タバス川に近い順に、ベレンティア公軍、ブラズニア公軍、アルマヌニア公軍の野営地が配置されている。

 ちなみに、ハザマら洞窟衆の天幕は、比較的あとになってからこの戦場に来たこともあって、アルマヌニア公軍が陣取っている場所の最語尾近く、主戦場であるタバス川からもっとも離れた場所になっていた。洞窟衆は、頻繁に、というかほぼ一日中荷物の上げ下ろしをしているので、野営地のはずれにあたるこの位置をあてがわれて、かえって都合がよかったが。

 ベレンティア公軍の野営地とブラズニア公軍の野営地の境界線あたりに総司令部の天幕が置かれていて、ヴァンクレスら決死隊はバボタタス橋にもほど近い、緑の街道の際にあるベレンティア公軍の馬場に隣接した場所をあてがわれていた。敵軍が橋を越えて攻めてきたら真っ先に攻撃されるであろうという位置であり、決死隊の立ち位置をそのまま反映しているような布陣であった。

 

「それで、どう攻める」

 軽佻のハダットが、軍師のバツキヤに確認してくる。

 彼ら、ルシアナの子らは、千里眼のバクビェルの能力により、鳥瞰した視点から王国軍野営地を見下ろしていた。

 といっても、この闇夜では野営地の灯りしか見えないわけだが。

「今から砦や投石機を破壊するのは、意味がありません。彼らはすぐに新しいものを作り、差し替えるだけでしょう。これだけの人数がいれば、大抵のものは造作なく作り出せます」

 バツキヤは、淡々と説明した。

「司令部や使節団、あるいは要人を襲撃することも、かえって逆効果です。明日に昼餐会を控えたこのときにそんなことをしても、交渉の場で王国側の態度を硬化させるだけでしょう」

「それでは……最初の案通りでいくかあ」

「ええ。

 それでお願いします」

「トグオガの旦那、頼むあ」

「ほいよ」

 次の瞬間、戦闘伝令師のトグオガとハダットの姿は、戦場からも人里からも遙かに離れた岩だらけの場所に移動していた。

 ハダットは、そこが具体的にどこなのか知らない。知る必要もない。

「……こいつでいいかな?」

「大きさは、手頃じゃないのか」

 ハダットが指さしたのは、ちょいとした小屋ほどもあろうかという大きな岩だった。

「問題は、持ちあがるかどうかだが……地中にまで延びていたら、掘り出す術はないぞ」

「なに、楽勝楽勝」

 そういってハダットはその岩に手を突き、そのまま無造作に、ひょい、と片手で持ち上げて見せた。

「ほれ、この通り」

「いつも思うが、お前さんの能力は無茶なもんだなあ」

「なに、旦那の転移能力ほどではありませんぜ」

 ハダットは、「触れたものの重量を自在に操る」という能力を持つ。

 トグオガは、戦闘訓練も積んだ伝令師であると自負して「戦闘伝令師」と名乗っていたが、その実、伝令師としての能力も卓越している。

 通常の伝令師は自分自身と手荷物くらいしか同時に転移させることができないのだが、トグオガは「武装した騎兵を人馬もろとも」とか「屈強な四人の男に担がせた輿に乗った貴人」を丸ほど転移させるだけの容量を誇っていた。

 それでも、あえて数値化すれば、一度に転移させることができるのは一トン半から二トンくらいまでが限度だろうか。

 いずれにせと、このハダットとトグオガの能力を組み合わせれば、理論上、重量の制限をほぼ気にせずに転移能力を駆使することが可能なのであった。

「それでは、投石機の意趣返し、この大岩を王国軍野営地の上に降らせることにいたしましょうか」

「それも、できるだけ篝火が密集しているところがよかろうな」

「そうですね。

 トグオガの旦那。

 できるだけ上空からお願いします」

「落下の衝撃もあるだろうからな。

 一度お前さんごと空中に放り投げ、様子をみてお前さんだけを回収する。

 それでよいな」

 トグオガの目には、今、現実に目にしている光景と、少しずれた角度からハダットの姿を見ている映像とが二重写しになっていた。

 千里眼のバクビェルが能力によって視ている映像を、トグオガも共有しているためだ。

 この状態であれば、遠く離れた王国軍野営地上空に移動したハダットの姿も、まるでその場にいるかのように確認することが可能なはずだ。 

「ええ。

 いつでもどうぞ」

 いい終えるか終えないかのうちに、ハダットの姿は抱え上げていた大岩ごとかき消えていた。


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