情報戦の開始
「そりゃ、前提となる初期のパラメーターが違っていれば、全体像もまったく違ったものになるはずだよなあ……」
相変わらずサーベルタイガー姿のドゥを背中に担いだまま、ハザマはそんな独り言をいいながら歩き続ける。
「本当なら、魔法とか不思議生物とかビシバシあるって時点で相当変わっているものと思わないといけなかったんだけどな。
ステレオタイプなイメージで適当に理解したつもりになっていたけど……正直、異世界を舐めてたわー」
『ハザマがなにをいっているのか、まるでわかんなーい』
背中のドゥが、そんなことをいってくる。
「お前らが変身すると体重ががっらと変わることの不思議について、つらつらと考えていただけだよ」
『姿とか重さが変わっていても、ドゥはドゥだよ?』
「いや、そういうことをいいたいんじゃないんだが……」
「たっだいまー」
洞窟衆の天幕に帰ってくると、
「無事でしたか、ハザマさん」
珍しくトエスが出迎えてくれた。
「珍しいな、お前が出迎えなんて」
「鳥の解体作業がてら、帰りを待っていただけなんですけど……。
それよりも、味方からの情報提供で敵の正体がある程度特定できました」
「ええっと……ああ。
そういや、お前、ルアの尋問を担当していたっけか……」
「そう、それですよ。
ファンタルさん率いる人たちが担当している山道に現れたのが豪腕のオデオツと軽佻のハダット、橋の方に現れたのが破滅のベツメスと瞬火のマイマス。
そのどれもが一筋縄ではいかない曲者揃いです」
「そのうち、橋の方に出たやつは、一人倒した。
このドゥがな」
「……なんでドゥちゃんを背負っているんですか?」
「ええっと……ご褒美?
まあ、この程度で満足してくれるんなら、安いもんだろう。
ほら、ドゥ。
もう着いたんだから、降りて自分の足で歩け」
『……はぁーい』
がるるるる、と唸り声をあげ、褐色のサーベルタイガーがハザマの背中から飛び降りた。
「トエス。
やつらの詳細についてはあとでいいから、まずはこいつの服を用意してやってくれ。
このまま人間の形になって貰っても、いろいろと支障がある」
「この子たち、本当に変身できたんですね。
さ、ドゥちゃん。
こっちに来て」
サーベルタイガー姿のドゥが、喉を鳴らしながらトエスのうしろをついて行く。
「なんだかんだいって、順応性が高いよなあ、あいつも……」
そのうしろ姿を目で追いがら、ハザマは呟いた。
天幕内でのハザマの定位置である会議室まで戻ると、クリフとリンザが待ち構えていた。
「どうでしたか?」
「ドゥの能力で一人は撃破。もう一人は逃げた」
ハザマの顔をみるなり、クリフがさっそく訊いてくる。
「リンザ。
訊きたいことがあるから、ハヌンを呼んできてくれ」
なぜか微妙に不機嫌そうな顔をしていたリンザに、そう指示を出す。
「……はい」
返事をして席を立つまで、微妙な間があった。
「……なんだ、あいつ」
リンザの姿が完全に見えなくなってから、ハザマは小さく呟く。
「声をかけられることもなく置いていかれたことで、機嫌を損ねているみたいです」
そんなハザマの耳元に口を寄せ、クリフが小声で教えてくれた。
「そりゃ……お前。
さっきのはどうしたって、緊急事態だったし……仮にあいつがついてきても、できることはなにもないし……」
ハザマは、なぜかいいわけがましくそんなことをいう。
「二回連続で置いていかれましたからね。
あとでフォローしておいた方がいいと思います」
クリフは、澄ました顔をしてそんなことをいった。
「お、おう」
実のところよく理解できていないのだが、なんとなくハザマは頷いた。
「それで、なに?
この忙しいのに、急に呼び出したりして……」
呼び出されたハヌンは、リンザよりもずっと不機嫌に見えた。
「今、忙しいのか?」
「あんたねえ!
なにを他人事みたいに……もとはといえば、お役人との交渉をあんたが丸投げしてきたからこっちも忙しくしているんでしょうに……」
「……ああ、あれかぁ」
ハザマは、大きく頭を振った。
そういえば、ルシアナ討伐に出る前、洞窟衆で新たに入植した村関係の手続きをこのハヌンに任せたような気がする。
「で……難航しているの? そっち」
「難航というか、とにかく煩雑なの。
今、洞窟衆が使っている場所の多くは、廃村。
いいかえれば、放棄されるまでは誰か住んでいた人たちがいたってわけで、そのかつての住人たちがいつからいなくなったのか、過去の記録を調べて明らかにしないといけないし……」
「見つけたときには、すでに誰もいなくて荒れ放題でした……ではいけないのか?」
「それをしっかりと証明しておかないと、村ごと乗っ取った嫌疑がかけられるの!
まあ、これは、何年か放置されてるところに関しては、過去の納税状況を調べてもらえればすぐにでもはっきりするんだけど……。
問題なのは、例のワニに荒らされて全滅したばかりの村がいくつかあるってことなのよね。
これなんかは、ついこの間まで普通に村人たちがいたわけで……」
「おれたちがみつけたときには絶滅していました、ってことを証明するのが……」
「そ。
割と、難しいの。
運良く絶滅以後に巡視官が立ち寄った村なんかについては、問題はないんだけど……」
「……なるほどなあ」
「で、訊きたいことって、なに?」
「あ、ああ。
さっき、ベレンティア公の勘定奉行とかいうおっさんと偶然会話する機会があって、そこで……」
ハザマは先ほどの会話の内容をかいつまんで説明し、
「で、こっちの開拓村でも同じような感じなのか、確認をしたかったんだ」
ハヌンは村長の娘であったから、その手の事情にも通じているはずだった。
「なにかと思ったら」
そういってため息をついたあと、ハヌンは教えてくれた。
「一年で一袋の種籾が八倍になるというのは、少々控えめな見積もりね。
今は肥料の改良も進んでいるから、条件がよければ十倍以上にはなるはず。
あ。
でも、たまに、運が悪くて妙な病気が広がって畑が全滅するようなときもあるから……平均すれば八倍くらいにはなるのな?」
「乳幼児の死亡率は?
生まれた赤ん坊は、どの程度成人まで育つ?」
「ええっと……だいたい、全員。
子どものときに大きな病気をして、とか、事故とかで、成人する前に亡くなる人がまったくいないということもないけど……。
そういうのを含めても、十人中八人から九人は大人になると思うけど」
それでは、ハザマが知る先進国の現状とたいして変わらないレベルである、ということになる。
医療だけではなく、その他の社会保証やインフラなどが整っていないと実現できない水準である。
やはり、この世界は……表面的に中世を模してはいても、中身は限りなく現代に近い別世界である、と理解していた方がいいらしかった。
「それだけの人が育ちきると、村では養いきれないだろう?」
ハザマは、さらに疑問を口にする。
「余ったやつは、どこに行くんだ?」
ひとつの村の耕作可能な面積は、限定されている。
必要とされる労働力にも、それなりに制限があるはずだ。
「都会に出たり、傭兵になったり。
村の暮らしに飽き足らなくなって、外に出て行く若者は昔っから多いけど。
みんな一旗揚げにいくとかいって出て行くけど、実際に成功して凱旋してきた人のはなしは聞いたことがなかったり」
横行する盗賊、ドン・デラで見かけた多数の浮浪者たち。
あいつらの出所は、やはり、そうした余剰人口か。
ハザマは、そう納得した。
都市部でも吸収しきれないくらいに、慢性的に、雇用件数よりも労働可能人口の方が剰っている状況だ。
こんな状況が長く続いているのなら、そりゃ……為政者の側から見れば、規模や戦場地域を限定、制御できる限り、戦争はむしろ歓迎するところなんだろうなあ……と、ハザマは考える。
「よくわかった」
珍しく真面目な顔をして、ハザマは頷いた。
「今までやっていた仕事に戻ってくれ」
「もういいですか?」
ハヌンが下がると入れ替わりに、トエスが入ってきた。
ルアと、それに人間の姿に戻って服を着たドゥを背後に従えている。
「さっきいいかけた、敵の詳しい情報についてなんですけど……」
「ちょっと待て」
ハザマはトエスを制止した。
「ドゥの服にみおぼえがあるんだが……」
ドゥは、なぜか男物の服を着用していた。
それも、サイズが大きいものを無理に来ているようで、手足の丈が余って、何重にも裾を捲っていた。
「ああ、これ」
トエスは、なんでもないことのように頷く。
「この子、ヒラヒラした女物の服はお気に召さないようでして、仕方がなくハザマさんのをお借りしました」
「ヒラヒラしていない女物の服だっていくらでも調達できるだろう」
ハザマは、指摘する。
洞窟衆は女性の方が多いくらいの集団だ。
それに、戦闘時や野良仕事の時までスカートを着用しているわけでもない。
「この子がどうしてもこれがいいっていって、リンザが用意してくれました」
トエスはなんでもないことのようにいった。
「なんでも、匂いが気に入ったとか」
ドゥら牙の一族とやらは、人間形態のときも、常人よりもよほど鼻が利く体質であるらしい、とは聞いていたのだが……。
「よりにもよって、匂いフェチか」
「別に減るもんじゃないし、構わないじゃないですか」
「減るもんじゃないかも知れないが、なんとなくいやだ」
ハザマは、きっぱりと答える。
「えー」
ドゥが不満そうな様子を隠さずにいった。
「せっかく頑張って殺してきたのにー」
「本人もこういってますので、これもご褒美の一貫として認めてもいいんじゃないでしょうか?
むしろ、こんなことくらいであれだけの働きをしてくれるんなら安いもので……」
トエスは表情を崩さずにそんなことをいう。
「……お前ら、結託しておれに嫌がらせをしたいだけだろう」
ハザマは、そう指摘したあと、
「好きにしろ」
としぶしぶだが、認めることにした。
そうでなければ、いつまでも肝心の本題に入れそうになかったからだ。
「それで、敵について、だったか?」
「ええ。
ルアが知る、ルシアナの子らの情報と、戦場にいた洞窟衆の目撃証言をつつき合わせた結果、新たに判明した敵の情報を知らせておいた方がいいと思いまして……。
っていうか、ハザマさん。
さっさと読み書きをおぼえてください。
ハザマさんが報告書を読めるようになれば、こうしてわざわざご説明を申しあげる手間も省けるはずなんですが……」
「そっちはぼちぼち、暇をみて善処する。
今は、知っての通りお勉強なんてしている余裕がない」
ハザマは適当にあしらってから、先を促す。
「いいから、続きをいえ」
「では……まず、山道の方に出た二人は、どうやら豪腕のオデオツと軽佻のハダットというやつららしいです。
オデオツは筋力特化型。
力が強いということの他に、発達した筋肉はとても硬くて刃物や矢も跳ね返すくらいだそうです」
「バトル物の少年マンガに出てきそうな設定だな」
「……なんすか、それ?
次に、ハダット。
どういう理屈でかは知りませんが、自分自身と自分が触れた物の重さを制御する能力があるそうです。
これにより、驚異的な移動力を得て、飛び道具や直接攻撃の類もかなりのところ、無効化するとか」
「触れた物の重さを、か」
ハザマが、難しい顔になった。
果たしてこの世界の人々は、質量と重量の区別がついているのだろうか?
その能力により、攻撃をかなりのところ軽減できるということは、経験的に「質量×力」が実効的な打撃力として作用することは、わかっているらしいが。
使いようによっては、かなり応用が利きそうな能力だとハザマは思った。
「それで、その二人をどうやって撃退したんだって?」




