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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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いわゆるひとつの、別世界

「……やったかぁ?」

 遠眼鏡を頭上に捧げ持った姿勢で、ハザマが、緊張感を欠いた声でドゥに確認をする。

『うん。

 一人は、確実に。

 もう一人は、姿が見えないとこまで逃げていったんで間に合わなかったー』

「そうか、そうか」

 ハザマは微妙な顔をして頷いた。

「ま、首尾よく撃退できたんだから、結果としては上等だ。

 いいか、ドゥ。

 今回のことはおれがやらせたったんだってことを、よくおぼえておけよ。

 将来、なにかあったら、その責任はおれがとる」

『なにをいいたいんだか、よくわからないー』

「今は、それでいい。

 ただ、おれのせいだってことは、その頭に刻み込んでおけ」


 デオドル・ラグンドは、サーベルタイガーにむかって何事かはなしかけている青年を不思議そうに眺めていた。

 特に狂人のようにみえないのだが……まさか、このサーベルタイガーが、人語を解するとでもいうのだろうか?

「あ、どうも。

 これ、ありがとうございいました。

 助かりました」

 その青年、ハザマが、殊勝な顔つきで遠眼鏡を畳んでデオドルに返却してくれる。

 意外に謙虚な物腰だった。

 少なくとも礼節はわきまえているらしい。

 そう思い、デオドルも言葉遣いを改める。

「いえいえ。

 ハザマ殿のお役に立てたらよかったのですが……」

「立ちました、立ちました。

 おかげさまで、敵軍の怪人を撃退することに成功しました」

「それは……誠のことですか?」

 デオドルは軽く眉をひそめて、返却されたばかりの遠眼鏡でさきほどまで怪人たちがいたあたりを確認する。

 騒然とした様子なのは相変わらずであるが……確かに、例の怪しげな敵兵たちの姿は見あたらなかった。

「しかし、まあ……。

 おれは今まで、主戦場であるこの橋付近まで来たことがなかったので知りませんでしたが……実際に見てみると、凄い人出ですな」

 ハザマ周囲を見渡しながら、デオドルにむかってはなしかけてくる。

「いったいどこから、こんな人数が出てくるんだか……」

「今この付近にいる兵士たちは、おおむねベレンティア公の領地から集まってきた者たちです」

 デオドルはそういって胸を張った。

「若干、ブラズニア領から来た兵たちも混ざっているでしょうが、とにかく大部分はベレンティア公の領民です」

 自発的にこれだけの民が集まってくるということは、それだけベレンティア公の治世が良いものであるという証でもあった。

「なるほどねえ」

 デオドルの態度から何事かを感じ取ったのか、ハザマは少し大げさに感心してくれた。

「ところで、ええと……」

「デオドル・ラグンドといいます。

 これでも、ベレンティア公から勘定奉行を拝命している身でして……」

「……勘定奉行……」

 なぜか、ハザマは短い間、釈然としない表情になった。

「翻訳機能が役職名を勝手に理解しやすい単語に変換したのかな……。

 ええっと、おれは、ここでは洞窟衆のハザマと呼ばれている者でして……」

「そのトカゲを見れば、わかります。

 貴殿は有名人ですからな」

「あ、こりゃどうも。

 おれは余所者なもんで、こちらの知識に乏しい。

 それで、デオドルさんを勘定奉行と見込んでお尋ねしたいのですが……」

「何でしょうか?

 わたしに答えられることでしたらいいのですが……」

「昨日、王国軍は十万からの戦死者を出した伝え聞きます。

 その数字は、どこまで正確なものなのでしょうか?」

「……そうですな」

 デオドルは少し考え込む。

 戦没者向けの年金を掠めとるために、戦死者数を水増しして申告する領主などもいないこともないからだった。

 しかし、そんな小細工をしてもすぐにばれるのだが。

「詳しい調査をすれば、実際の数は多少、前後するかも知れませんが……まずは、順当な数字かと」

 どういうつもりでこの新参者がそんな質問をしてきたのか、その意図まではわからない。

 だが、公式見解としても実体としても、昨日の被害者数はそれなりに正確なものだと判断した。

「それだけ戦死者が出ても……まだこれだけの兵士が居るものですか?」

 ハザマは、目を丸くして驚いている。

 その人数に驚いているように見えた。

 このハザマという男、異国の者だと聞いていたが、そうとう辺鄙なところから出てきたらしい。

「ベレンティア公の領地内だけでも、百二十万以上の領民を抱えております。

 なるほど、この場に居る者たちは大軍かも知れませんが、特に多すぎるということもないでしょう」

 デオドルがそう説明すると、

「……百二十万以上!」

 ハザマは、予想通り目を見開いて驚いている。

「ベレンティア公の領地だけで……。

 つかぬことをお聞きしますが、この国では、一袋の種籾から、一年でどれほどの収穫をあげられるものなのですか?」

 ……奇妙なことに興味を持つものだな……と思いつつも、デオドルは答えてやる。

 職務上、その手の知識は持っているのだった。

「そうですね。

 一袋の種籾からですと、一年でおおよそ、八袋前後の麦が収穫できます」

 ベレンティア領内は比較的温暖で、どこの畑でも二毛作が可能となっている。

 最近では肥料や品種の改良も進んでいるので、一回の耕作で種籾は四倍前後の麦に増やすことができた。

「そんなに……」

 なぜか、ハザマは愕然とした表情になった。

「……回復魔法もあるし、以前、ファンタルさんが伝染病を防ぐ魔法もあるみたいなこともいってたし……そりゃあ、人も増えるわ」

 ハザマもぶつくさとなにやら呟きはじめたが、声が小さかったのでその大半はデオドルの耳に入らなかった。


 ハザマは、せわしなく頭を回転させる。

 ハザマが高校の世界史で習ったとき、中世のヨーロッパでは、一回の耕作につき種籾は二倍にしかならない、と習った。つまりは、食べる分を残したら、あとは次に蒔く分の種籾しか残らないということだ。

 本物の中世ヨーロッパは、それほどに貧しかった。

 一口に中世ヨーロッパといっても、期間も地域も広いので一口にはいえないのだが……とにかく、ゲームや小説などによくある、現代風にアレンジされた幻想上の疑似ヨーロッパ風世界とは違い、現実の中世ヨーロッパが酷く貧しい環境であったことは確かである。

 リンザの義父は堆肥を作ることを知っていたし、この世界の農業技術は、中世ヨーロッパなどよりもよっぽど進歩しているのだろう。

 ハザマ自身はまだよく知らなかったが、気象的な条件もあわせて考慮すると、この世界がそれほど豊かであっても、別におかしくはないのだ。

 魔法も含めた医療技術などがあれば、乳幼児の生存率も格段にあがってくるだろうし……。

 そりゃあ、それだけ人口が増える条件が揃えば、人の命も安くなって、人余りになるよなあ……と、ハザマは納得する。

 盗賊が増えたりもするわけである。


 技術的な部分だけに注目すれば、この世界はハザマのいた世界よりかなり遅れているように見えるが……いや、実際に遅れているとは思うのだが……ひょっとしたら、あえて技術の進歩を抑制し、便利な道具を作らないような文化的、あるいは政治的なバイアスとかがかかっているのかも知れない。

 そうして、あえて不便な生活を甘受することで、雇用を生み出す伝統がある……とか。

 さらに穿った見方をすれば、今やっているこの戦争だって、人減らしと雇用創出、賃金のばらまきを兼ねた大規模な公共事業である……という可能性だって、あるのだった。


 この世界は……中世「風」、でもなく、ヨーロッパ「風」でもない。

 いや、魔法が存在している時点で、そんなことは断りをいれるまでもなく明らかなのだろうが……。

 とにかく、ここは……単なる、「ハザマが知らない」、別世界でしかない。

 ゲーム「風」でも小説「風」でもなく、とにかく、未知の世界である。

 と。

 再度、認識を新たにする必要がありそうだった。


「いや……。

 いろいろと、参考になりました」

 数秒間、呆けたような顔つきで何事か考えていたハザマは、急にしゃんとした顔つきになって、デオドルに礼をいってきた。

「いや、こんなことでハザマ殿のお役に立てたのであれば、なによりです」

 一連のハザマの態度を不信に思いつつも、デオドルは慇懃にそう返しておく。

 デオドルはまだハザマの性格を把握していなかったのだが……たった十人で大魔女ルシアナを討伐してきたばかりの英雄ではあるのだ。

 恩を売っておくのに越したことはなかろう。

「役に、ね」

 ハザマは、なんとも形容のしようがない表情になった。

「いや、役には立ちました。大いに。

 いかに自分の認識が甘いものであったのか、思い知らされました」

 その言葉はデオドルにしてみれば、まったく意味が取れなかったが……ハザマにとっては、どうやら重要であるらしい。


 そのあと、ハザマは背中に大きなサーベルタイガーを背負ったまま一礼して、去っていこうとした。

「あの……」

 デオドルが、ハザマの背中に声をかける。

「それは……重くはないのですか?」

「ああ。

 これですか?」

 ハザマは、首だけで振り返り、デオドルに答えた。

「重くないこともないですが……。

 こいつ、行きは自分が背中に乗せてきたんだから、帰りはおれがこいつを運ぶべきだなんて言い出しまして。

 たった今、貸しを作っちまったところだし、多少はわがままを聞いてやってもいいかな、と……」

「はぁ……なるほど」

 デオドルは、ハザマの背に乗り、その上半身をハザマの頭に乗せている巨大なサーベルタイガーに視線をやりながら、不明瞭に呟いた。

 そのサーベルタイガーは、明らかにハザマ自身よりも大きい。

 体の大きさから予想して、体重でいえばハザマの数倍は優にあるのではないか、と予想がついた。

 デオドルが期待していたのは、そんな回答ではないのだが……。

 それほど巨大なサーベルタイガーを背負いつつ、よろめきもせずに意外にしっかりとした足取りで歩き続ける体力も合わせ、ハザマとは、いろいろとつかみ所のない男だな、という印象をデオドルは持った。


『おんぶ、おんぶ、おんぶー』

 ハザマやデオドルと違い、ドゥには悩みがなさそうだった。

「お前は悩みがなさそうで、いいなあ」

 ハザマは、あえて口に出して、そういう。

『あー。

 今、絶対馬鹿にしたぁー』

「馬鹿にしてないって。

 羨ましいな、っていったんだよ」

 そんなことをいいいながら、サーベルタイガー姿のドゥを背負ったハザマはスタスタと歩き続ける。

 当然のことながら、ハザマ以外の者にはドゥの声は聞こえなかったので、ハザマがぶつくさ独り言をいっているようにしか見えなかった。

 周囲の者たちは、そんなハザマを遠巻きにして道を開けた。


「そもそも……なんだっておれは、こんなところに居るんだ?」


「……バリスタと投石機は全機破損。

 しかし、敵軍は押し戻しつつあるそうだ」

 ファンタルは心話通信で入ってきた情報をかなり圧縮してムヒライヒに伝える。

「予想より早い反応ですな」

 ムヒライヒは、眉ひとつ動かさずにそう応じた。

 予想よりも早い、とは……敵軍に対する評価か、それとも自軍に対する評価なのか。

「余力があれば、バリスタと投石機の残骸は回収してください。

 再利用できる資材があるかも知れませんし、それがなくともあの狭い山道に置いたままでは邪魔なだけです。

 それが済み次第、新たに完成した投石機群の搬送を開始したいと思います。

 ……戦線は、維持できそうですか?」

「現在、敵は退却中だ」

 ファンタルは、答える。

「投石機を破壊したことで安心したようだな。

 わが軍も、この機会に敵の数を減らそうとしているようだが……あまり深追いはするなと伝えてはいる」

「それで結構です」

 ムヒライヒ・アルマヌニアの脳裏には、すでに次のフェーズの絵図が浮かびはじめている。

「まだまだこれからというときに……こんなところで無駄に損害を出すのも、考え物ですしね」

 実弟であるブシャラヒム・アルマヌニアの安否を尋ねようもしない。

 冷静にして冷酷、長らく戦場を渡り歩いてきたファンタルから見てもこのムヒライヒは、一流の指揮官たる資質を持っているように見えた。


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