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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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瞬火のマイマス

「……なにをやっているんだ、あいつは……」

 千里眼のバクビェルは額に手をあてて嘆いた。

「服を脱ぎながら、逃げまどっていやがる」

「どうやら、油をぶつけられた上、火矢を射かけられたようですね」

 バクビェルの能力によって同じ情景を覗き見ているバツキヤがハダットの行動について弁護を試みた。

「傍目にはともかく、本人は真剣だと思いますが」

「マニュルといい、ハダットといい、なまじ自分の能力に自信を持つやつほど、慢心して足元を掬われる傾向があるな……」

 バクビェルは、渋い顔をして呟く。

「オデオツは……一目散に逃走中、か」

「賢明な判断です」

 バツキヤは、頷いていた。

「彼らの目的はすでに果たされていますから、これ以上長居をしても得るところがありません。

 他の兵士たちも、首尾よくあの場から逃れることができればよいのですが……」

「そいつは敵軍に頼んでくれ」

 短くいって、バクビェルは千里眼の能力を別の場所へむけ直す。

 バクビェルの千里眼は、距離とは関係なしに遠くの情景を見ることができるが、一度に二カ所以上の場所の出来事を探知することはできないのだった。

「……こいつは!」

「どうしました?」

「いつの間にか……あのトカゲ男が川の縁まで移動してきている!」

 いつの間にか……というより、バクビェルが千里眼の能力を他の場所にむけている間に、に違いないのだが……バクビェルが洞窟衆の天幕から注意を逸らしたのは、わずかに数分足らずの短時間のことである。

「やつは……あの獣か」

「獣?」

「大型の猫……いや、サーベルタイガーを連れている。

 いつの間に、あんなものを……」


 なんだか騒がしい……と思い、振り返ったデオドル・ラグンドの視界に妙な連中の姿が目に入った。

「……なんだ、ありゃあ?」

 褐色の毛皮のサーベルタイガーに跨がった、若い男が猛然とこちらに突っ込んでくる。

 たまたまその場に居合わせた者たちは、その猛獣を避けて道を開けていた。

 先ほどから耳に入ってきた騒ぎの現況は、どうもそいつららしかった。

 デオドルは冷静に周辺の様子を確認する。

 そのサーベルタイガーから逃れようと右往左往する者は多かったが、肝心のサーベルタイガーは周囲の人間には目もくれず、まっしぐらにこちらへとむかってくる。

 どうやら、人を襲うつもりはないらしい。

 第一、背に乗った男はひどく落ち着いた様子をしている。

 ……ビーストテイマー、猛獣使いというやつかな?

 そういえば、頭の上にトカゲを乗せているし……。

 と、そこまで観察して、デオドルはようやく一つの名前に行き当たった。

「あれが……洞窟衆のハザマか」

 面識はなかったが、風貌などは聞いたはなしと一致している。第一、トカゲを頭に乗せた男など、そうそういるものではない。

 その洞窟衆のハザマが乗ったサーベルタイガーは、デオドルのすぐ横まで突進してきて、そこで足を止めた。


「落ち着いてください、バクビェルさん」

 バツキヤはいった。

「確かに、あのトカゲ男と洞窟衆の周辺については、欠落している情報が多いのですが……。

 それでも、トカゲ男の能力は、そんなに遠くへ届かないはずです。

 川岸からベツメスさんたちがいるところまではかなりの距離がありますし、橋の上は現在、逃げまどう王国軍兵士たちで混雑しています。

 容易に彼らに近づけるものではありません」


「いや、念には念を入れて、やつらにも警告いれておこう。

 どうにも……胸騒ぎがする」

 バクビェル自身にも、その胸騒ぎの原因がどこにあるのか特定できなかった。

 川のむこう岸からベツメスやマイマスを攻撃できる者がいるとすれば、それは極端に射程が長い能力の持ち主だけだ。

 たとえば、つい先頃、バクビェルと組んですぐそこで破壊工作を行った水妖使いたちとか。

 やつらの能力は、ほとんど視界に入る限りは距離に有効。水を媒介にし、バクビェルのような視覚情報系の能力と組み合わせれば、ほとんど無限大に等しい射程を誇る……と、そこまで考えて、バクビェルはある可能性に思い当たる。

『ベツメス、マイマス!

 すぐにその場から逃げろ!

 可能な限り川から遠ざかれ!

 水妖使いがその近くにいる可能性がある!』

 バクビェルは即座に、その思考を二人に伝えていた。

 バクビェルは水妖使いの三人については知っていたが、彼女たちの変身能力については知らされていなかった。

 だが……もしも、あの唐突に出現したサーベルタイガーが、水妖使いの変化した姿だとしたら?

 何十年か前に絶滅した種族に、そんな変身能力を持った者たちがいたという噂を、バクビェルはかつて小耳に挟んだことがあった。

 可能性は、ごくごく小さいものでしかなかったが……それでも、危険性はあるのだ。


「異変が起こっているとかいうのは……あそこかあ。

 ここからじゃあ距離がありすぎて、なにが起こっているのかよくわからないなあ……」

 ハザマはサーベルタイガーから飛び降りて川の淵にぎりぎりまで近寄り、そこで橋の一点を凝視して、そう呟いた。

 驚いたことに、そのハザマの頭上にサーベルタイガーの巨体がのしかかってきた。

 ハザマの頭上にいたトカゲが、身軽に上からのしかかってくるサーベルタイガーの体を避けて、素早くサーベルタイガーの手から肩、肩から頭上へと移動する。

 体重に換算して、ハザマ自身の数倍はあろうかというサーベルタイガーの巨体をものともせず、ハザマは平然と立ち尽くしていた。

「重いぞ、ドゥ」

 そう呟いただけで、肩にのしかかっているサーベルタイガーの体重を苦にしている様子も見られなかった。

 サーベルタイガーは前肢をハザマの両肩にかけ、下顎をハザマの頭上に乗せた状態で喉を鳴らしている。そのサーベルタイガーの頭の上に、さらにトカゲがちょこんと乗っかっている状態だった。

 外見からはそう見受けられないのだが、この男、力は、普通以上にあるらしかった。

「あそこを見たいのかい?」

 デオドルは、ハザマに声をかけてみた。

「ええ、まあ」

 ハザマは、デオドルの方を見もせずに生返事をする。

「遠眼鏡、貸してやろうか?」

 そういって、デオドルは懐中から筒状の物体を取り出した。

「こっちの世界にも、そんなもんがあるのか?」

 ハザマは、初めて首をこちらにむけ、デオドルの顔をまともに見返す。

「そりゃあ、あるさ。

 珍しくはあるんだが……」

「きっと高価なんだろうな。

 レンズとか、こっちなら全部手製だろうし」

「まあ、遠眼鏡といったら、普通はあつらえる物だな」

「ってことは、あんたはそれなりのお偉いさんってわけだ」

「いうほど、偉いわけでもないがね。

 あんた、洞窟衆のハザマさんだろ?

 なんでも、敵軍中の異能者狩りを命じられたばかりだって聞いた。

 王国軍の一員としては、協力するのにやぶさかではない」

「そういう理屈か」

 ハザマは、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「ご協力、感謝する。

 そいつをお借りしよう」


「……んー……倍率的に厳しいが……ぎりぎり、見えないこともないか……。

 敵は、二人組。

 ん。

 どういう能力かはわからんが、あの二人の周囲で人がばたばた倒れている。

 だけど……逆にいえば、やつらの能力の有効範囲は、今人が倒れているところまでが上限ってことだろう。

 せいぜい、数十メートル。

 これなら、水妖使いの能力なら、余裕でアウトレンジ攻撃が可能だ……たったったっ!

 こら! 揺らすなドゥ!」

 ハザマに多い被さっていたサーベルタイガーが、がくがくと乱暴にハザマの体を揺さぶっていた。

「見たいっていっても……お前、今の姿じゃこれ、持てないだろう!

 え?

 あ。ああ。

 おれが持って、支えるのね」

 万歳をするような姿勢で、ハザマはデオドルから借りた遠眼鏡を捧げ持って、サーベルタイガーの顔の前に安置した。

「位置は……こ、こうか?

 もうちょい左……少し下にむけるの?

 で……見えた?

 見えたか。

 ああ。いいぞ。

 もう、やっちまっても」

 このハザマという奇妙な男は、物言わぬ獣に対して、まるで人に接するかのように語りかけていた。


 バクビェルは、遠くの情景を探知する千里眼と、見たことや自分の声を任意の相手に伝える能力を持つ。どちらかが先天的な、ルシアナによって与えられた能力であり、もうひとつが後天的な、物心ついてから努力して獲得した能力だと聞いている。

『ベツメス、マイマス!

 すぐにその場から逃げろ!

 可能な限り川から遠ざかれ!

 水妖使いがその近くにいる可能性がある!』

 そのバクビェルの能力により、そう伝えられた瞬火のマイマスは弾かれたように反応した。

 内容を理解するよりも先に、切迫した調子に危機感を持った。

 ベツメスの腰に腕をかけて、強引に運ぶ。

 マイマスの能力はおおよそ速度に関わるものでしかなかったが、バクビェルが後天的な努力によりもう一つの能力を獲得したように、マイマスも日頃から鍛えて身体能力を強化していた。

 小柄なベツメス一人くらいは造作もなく運べるし、また、そうでなくてはベツメスの護衛など務まらない。

 その水妖使い、とかいう者がどのような能力を使うのか、マイマスは知らなかった。

 少なくとも、魔法使いから襲撃されたときに感じるような、周辺の空気がざわつく様子をマイマスは関知していなかった。

 しかし、ベツメスは……マイマスの腕の中で、唐突に大量の血を吐いた。

「……ベツメス!」

 マイマスが、叫ぶ。

 それでも、ベツメスの身に起きた異変は収まらない。

 全身が小刻みに揺れ、口だけではなく、鼻や目からもとどめもなく大量の血が吹き出す。

「ベツメス!

 ベツメス!」

 叫びながら、マイマスは血塗れのベツメスを抱えたまま走り続ける。

 バクビェルは「川から遠ざかれ」といった。

 そうすれば、ベツメスに起こった異変は収まるのかも知れない。

 なにより、今のマイマスにできることは、それしかなかった。

 幸い……早く走ることは、特殊能力と鍛えあげた身体能力とがあいまって、マイマスが得意とするところだった。


「……ベツメスがやられた」

 バクビェルが、バツキヤに告げる。

「まだ確認したわけではないが……あの様子では、おそらく駄目だろう」

「ええ。

 あの出血量では……おそらく、助かりませんね」

 バクビェルと同じビジョンを共有していたバツキヤも、静かに同意する。

「そえれはともかく……バクビェルさん。

 あのサーベルタイガーが、水妖使いなのですか?」

 ルシアナの子ら、その最後の一員である「水妖使い」たちが、ハザマ率いる洞窟衆に取り込まれたことは、バツキヤも他ならぬこのバクビェルから聞かされて知っていた。

「ああ。

 この結果を見ると、まず間違いはないな」

 顔色をなくしたバクビェルが、答える。

「お前も聞いたことはないか?

 牙の一族の噂を。

 おれもまさか、今の今まで、水妖使いがその牙の一族だとは思いもしなかったが……。

 くそっ!

 おれがもっと早くにそのことに思い当たっていれば!」

「事前に、そこまで想像力を飛躍させることは、誰にとってもほとんど不可能でしょう」

 バツキヤは、冷静に指摘する。

「ベツメスさんは残念なことになりましたが……。

 その犠牲を無駄にせず、今後は、水妖使いの三人はすべて牙の一族だという前提で作戦を組み立てましょう」

「……そうするしかないか。

 敵の手の内が、またひとつわかっただけでも……」

「ええ。

 そう思うわないと、やっていられません。

 ところで、マイマスさんは無事なのですか?」

「無事ではあるな。

 だが……今は遠くで、子どものように声をあげて泣いている。

 やつら、長いつき合いだったからな」


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