豪腕のオデオツ
ザメラシュ・ホマレシュはその頃、警護の者に囲まれて逃走の途上にあった。
仮にも一軍の総司令という身がうしろもみずに逃走中というのもなかなか情けないのであるが、本人にはその自覚がない。なにより、中央からザメラシュにつけられた軍師に「今は逃げよ」と指示されたのだから、今はその指示に従うのが一番の選択なのだ。そのはずだ。うん。
内心で自己完結して、ザメラシュは小走りに戦場から遠ざかり続ける。
「しばらく」
そのザメラシュら一団の前に突然現れた人影があった。
「そこにおわすのは、ホマレシュ族の次期頭領とお見受けする」
黒い軽甲冑に身を固めた小男が、膝を折って頭をさげていた。少なくとも、追手ではないようだ。
「いかにも、余がザメラシュであるが……」
得物を構える警護の者たちを手で制して、ザメラシュが前に出た。
「貴公の名は?」
「手前、黒旗傭兵団の斥候。
イリイチと申します」
その小男は顔を伏せたまま、そういった。
「軍師のバツキヤさまの手配により、これより黒旗傭兵団五万、山岳民連合に加勢いたしたく存じます」
山道での衝突はいまも続いている。
いや、まさしく修羅場の最中であった。
ブシャラヒム・アルマヌニア率いる重装歩兵部隊が前衛として山岳民兵士の侵攻を防ぎ、そのあとに続く軽歩兵たちが弓矢によって弾幕をはる。
狙撃による森の中からの援護射撃もはじまったようだ。
この時点までは、山道の狭い立地を生かして、数の劣性をどうにか互角に持って行くことに成功していた。
「急げ! 急げ!」
そんな中、前線司令官の一人であるドルバル・バスコスは、バリスタを運ぶ人夫たちを叱責して急がせていた。
この場にいる人数が多く雑然としすぎているので、馬は使えなかった。それでなくても狭い山道でのことである。
投石機ほど巨大ではないが、バリスタもまた、大きく重い。一応車輪はついているのだが、基本的に一カ所に据え置いて運用すべき兵器であった。
それだけに、一撃の効果は絶大なわけであるが。
なにしろ分類でいえば、本来なら投石機と同じく「攻城兵器」に分類される。間違っても人間にむけるべき代物ではない。
そのバリスタを、人数にまかせて半ば無理矢理、ここまで運んできていた。
以前、防衛戦を経験していたドルバルは、このバリスタの対人運用法について、「状況によってはまだまだ有効に使えるのではないか」との感触を得た。
その可能性を確かめるべく、わざわざこの重たいバリスタを運ばせているのであった。
「いくさとは、しょせん、効率だ」
というのが、以前の防衛戦を経験してきたドルバルの持論となっていた。
いいかえれば、いかに味方の消耗を防ぎ、敵に消耗を強いるかで決まる。
ドルバルにいわせれば、「山岳民どもが爆弾や連弩を開発したのも道理」、なのであった。
しばらくして、ドルバルは二機のバリスタを重装歩兵隊の直後に安置することに成功した。
その二機でほとんど山道をふさぐような案配になったが、これはしかたがないと割り切るしかない。
交替で前線に出入りする重装歩兵隊の面々と相談して、バリスタを使用するタイミングを調整する。
流石に疲れが見えてきた重装歩兵隊は、ドルバルの指示に唯々諾々と従った。
「……他の敵は?」
『あくまで今のところだが……見あたらないようだな』
ハザマが低く呟くと、すぐにエルシムの心話通信が入ってきた。
『上空を飛び回っていた不審な鳥も、すべて水妖使いたちが落としたようだ』
「もっとしつこく攻めてくるかと思ったけど……拍子抜けするな」
『まだまだわからんがな。
案外、ここまでが小手調べ程度で、これから本格的な侵攻を考えているのかも知れない。
いずれにせよ、引き続き警戒を続けておこう』
「そっちの方は頼みます」
そういって、ハザマは洞窟衆にあてがわれた場所へと帰っていく。
途中、王国軍の関係者に何度も声をかけられた。
さっき駝鳥もどきをやっつけたとき、意外に多くの人々に目撃されていたらしい。
王国軍内でハザマは、これまで胡散臭い目つきで見られることが多かったのだが、今度は素直に憧憬と喜色をたたえた目つきで声をかけられるようになった。
実際にハザマの能力や働きを目の当たりにして、印象が変わったということなのだろうが……その変わり身の速さが馬鹿馬鹿しくも思える。
「……こんなところにいましたか」
洞窟衆の天幕に帰る途上で、投擲用の槍を抱えたリンザと合流した。
「走るのが速すぎて、追いつけませんでした」
「駝鳥もどきはおれが片づけた。
動きだけを止めてあとは他のやつらに任せてもよかったんだが、なにしろデカい相手だし、万一のことがあるからな。
ちゃっちゃとおれ自身の手でとどめを刺した」
「とかいっても、どうせ動けない相手を据物斬りにしただけでなんでしょ?」
「いや……違うとはいわないけどさ。
なんか言葉に刺がないか、お前」
「……そうでしょうか?」
「そうだろ。
絶対おれに含むところがあるだろ、お前」
そんなことをいいあいながら、二人は帰路を急ぐ。
「……なんだ、それは?
血塗れになった……鳥?」
「焼き鳥ー」
「こんがりー」
「炭火焼きー」
「それ、食べるのか。お前ら。
なんか、恨めしそうな顔して血塗れの女の顔が白目を剥いているけど……」
水妖使いたちは、マニュルが「ハーピー」と呼んでいた怪鳥の死体を集めていた。
人間とほぼ同じ大きさの猛禽類の体に、小さな女性の顔がついた化性である。
ただでさえ異形であるのに、その上、水妖たちの能力によって体内をズタズタにされ、体の穴という穴からだらだらと出血し続けている状態だった。
「はいはい。
ちゃんと血抜きをして内蔵を取って、羽根を毟ってからね」
トエスが、その三人に調理法を指導しているようだった。
「……ブレないねえ。
お前も」
「火を通せばたいていのお肉は食べられますよ。
むしろ、殺しておきながら食べない方が、よほど不作法です。
肉に毒があるとかだったらはなしは別ですが」
「筋は通っているような気がするが……おれは、その肉はいらねーからな」
「そうですか?
これ、結構おいしそうなんですけど。
でも、もっと大きな鳥も仕留めて来たばかりですものね。
あっちの方は、今、余った人が総出で解体作業に入っているようですが……」
「あの駝鳥もどきも食うのかよ!」
「肉が堅そうなので、煮込みにでもいれてじっくりと火を通すようです。
ちょうど大勢の援軍が到着しているので、輜重関係の人たちも助かるとかいっていましたけど……」
「……あー。はいはい。
もう、好きにしてくれ」
「……ふう」
ようやく会議室として使用している部屋に入ると、ハザマは軽いため息をついた。
「お疲れさまです」
すかさず、クリフが香草茶を出してくれる。
「思ったよりも早く片づきましたね」
「なんか、な。
あんまりあっさりしすぎているんで、裏になにかあるんじゃないかと勘ぐっているところだが……」
ハザマはクリフが出してきた香草茶のカップを手に取った。
「これ、この間、ブラズニアのお姫様が来たときのやつだろう?」
「ええ。
侍女の方に、葉を分けていただきました」
気が利くというか、なんというか。
「石田三成じゃないんだから、三杯も茶を出さないでくれよ。
おれはそんなに飲みきれない」
「イシ、ダミ……なん、ですか?」
「いいや。
こっちのはなし。
しかしまあ、本当に、こんだけでおれの出番が終わってくれれば、万々歳なんだけどな……」
重装歩兵が左右に割れる。
するとそこに、巨大なバリスタが姿を現した。
「撃て!」
ドルバルの声が響く。
左右のバリスタから太矢が二本、物凄い勢いで発射された。
連射はできないのだが、これで十分であった。
山岳民側は、恐怖するよりも驚き、一時動きを停止していた。
バリスタから発射された太矢は密集していた敵兵の血肉を引き裂きながら何十メートルも進んだ。
本来、城壁に穴を穿つことを想定した兵器である。
柔らかい人体にむけ、至近距離で発射されれたらひとたまりもない。
王国軍の歩兵が、怒号をあげながら新たに発生した二本の亀裂に殺到する。
その声に反応して山岳民側が動きはじめたが、勢いづいた王国側に対抗できず、後退をしはじめた。
「……来た早々、不景気なことだ。
見ろや、オデオツの旦那。
退却までいかないが、味方の腰が引き気味だぜ」
「問題ない。
まずはあのバリスタを潰せば、味方の士気も盛り返すだろう」
「ま……そうなんですけどね」
吐き捨てるようにそういうと、軽佻のハダットは豪腕のオデオツの肩から飛び降りた。
「それじゃあまあ、いつものように、敵味方にルシアナの子ら、ここにありってところを見せつけてきましょうか」
そういうと、ハダットの体はふわりと浮きあがり、そのまま山岳民連合の兵士たちの間にはいって紛れてしまった。
「では……ふむ。
そうだな。
まず、あの大男から潰すか」
オデオツはひときわ目立つ大柄な重装歩兵の姿に目をつけ、味方の兵士たちを無理にかき分けてそちらへとむかう。
「……はぁ、はぁ……」
ブシャラヒム・アルマヌニアは全身に汗をかきながらも、いまだ前線の一角に陣取ってメイスを振るい続けていた。
重装歩兵用の装備はほとんど隙間がないように重ねられた板金で構成されている。
その重量を支えるだけでもかなりの疲労を強いられるような代物で、さらにいえば通気性もないに等しかった。
長時間、着用したままで活動できるようにはできていないのだ。
その証拠に、ブシャラヒム以外の重装歩兵たちは交替で休憩を取り、後方に移動してから装備を解いて休憩していた。
ブシャラヒムが前線に立ち続けてからもう二時間以上が経過している。
その間、休むことなく戦闘行為を継続しているわけで、これは、ブシャラヒムが人並み以上の体格だけではなく、体力をも持っていることも証明したことになる。
王国軍広しといえども、現在のブシャラヒムと同じ真似ができる兵士は、数えるほどしかいないだろう。
こと、肉体を使用した白兵戦において、ブシャラヒムは王国軍屈指の兵士であると断言することができた。
長時間、前線に張りついて敵を葬り続けるブシャラヒムの巨体は、この場にいた王国軍兵士たちの精神を高揚させる一因にもなっていた。
そのブシャラヒムの前に、一人の敵兵が、姿を現した。
しかし、その男は本当に「兵」なのだろうか。
粗末な服を着ているだけで、武器なりそうなものはいっさい持っていない。
なにより、妙に冷静なそぶりがブシャラヒムの警戒心を刺激した。
その男は、背が低い割には厚みのある、がっしりとした体つきをしている。分厚い手のひらで山岳民の兵士たちをかき分けて、まっすぐにブシャラヒムのとこにまでむかってきていた。
不審に思いつつも、ブシャラヒムはメイスを振るい続ける。
大勢の敵を目前にして、たった一人の不審者だけに気を取られるわけにもいかなかったのだ。
そしてついに、その男がブシャラヒムに接触してきた。
「悪いが、あんたを潰させて貰う」
その男はブシャラヒムが振りかざしたメイスを難なく右の掌で受け止め、左手でブシャラヒムの兜を鷲掴みにした。
驚いたことに……ブシャラヒムの兜にその男の指がかかった途端、頑丈なはずの兜が異音を発して壊れはじめた。
ブシャラヒムは息を呑んだ。
分厚い金属性の兜が、まるで紙でできているかのようにあっさりと握りつぶされるとは……悪夢でも、みている気分になった。
しかもその兜の中には、ブシャラヒム自身の頭が入っているのである。
「……貴様!」
乾いた音を立ててその兜が握りつぶされるのと、ブシャラヒムが叫ぶんだの同時だった。
咄嗟に、ブシャラヒムは大きく背をそらし、その男の指からおのれの頭部を逃がすことに成功した。
「何者だ!」
「豪腕のオデオツ」
その男は、ブシャラヒムの甲冑に手をかけながら、静かに名乗った。
「栄えあるルシアナの子らの、一員」
そして、ブシャラヒムの甲冑の凹凸に指をかけ、片手だけで無造作に、甲冑ごとブシャラヒムの巨体を空高く放りあげた。




