ガダナクル連邦の状況
マヌダルク姫との通信を終えた後、ハザマはガダナクル連邦から寄せられた最近の報告書をまとめて持ってくるようにリンザに伝えた。
こうした報告書類は、バジルニアに届いた時点ですぐに目を通しているはずであったが、その時は別に、不自然とは思えなかった。
ただ漠然と、
「随分と小競り合いが多いんだな」
とは思ったが。
だがこれも、山地の状況、つまり部族連合という寄合所帯が緩やかに解体しつつある現状を考えれば、別に不自然には思えない。
リンザがすぐに持って来た報告書の束を時系列順にざっと目を通し、ようやくハザマは、
「そうした前提があるにせよ、ちょっと慢性的に戦いすぎではないのか?」
と思うようになった。
改めて見渡してみると、規模の大小に違いはあれど、ガダナクル連邦の山地に接した地域ではほとんど休むことなく紛争が継続していることになる。
各種の物資を洞窟衆が潤沢に供給していることと、それに、ガダナクル連邦側の人員は、一貫して戦意が旺盛であることからこうした状態が持続出来ているわけだが、これだけ激しい戦闘が継続していれば、普通ならば、戦意が減衰して国土全体が疲弊していているはずであった。
相手をとっかえひっかえして継続しているそうした大小の紛争も、おおむねはガダナクル連邦側の勝利に終わっているので、報告書の文面からはさほど悲惨さは感じなかったわけだが。
「異常といえば、異常だわな」
この状況は。
と、報告書をざっと再確認したハザマは小声で呟く。
ガダナクル連邦は、現在の体制に移ってからまだ日が浅い政体でもある。
こうした不自然な戦闘行為を継続可能なのも、その「ガダナクル連邦」という巨大な母体があってこそ、なのだろう。
そのガダナクル連邦は、内部に抱えている巨大な荒野の緑化計画など、生産力の増大が図られている時期でもあった。
元はといえばガンガジル王国の侵攻に抵抗するための寄合所帯と出発したこの政体は、洞窟衆の支援もあって巨大な成長市場に育ちつつある。
そうした生産力に支えられ、さらには、近隣から集まってきた戦闘自体を生業とする、職業軍人という階級までもが生まれつつあるように、ハザマには思えた。
一カ所に定住して恒常的に、特定の土地を守る。
そんな軍人は、従来の、戦場を求めて各地を渡り歩く傭兵とはまた違った性格を帯びるはずだ。
と、ハザマは想像した。
誰に仕えるわけでもなく、身分や家柄のためにもなく、あくまで仕事として戦争を日常的にこなす。
そんな人種が、ガダナクル連邦の山地沿いに、出現しているらしい。
そうした書類からは、そんな事実を読み取ることが出来た。
この世界においては、かなり局所的な、特殊な条件下でのみ、発生可能な職種といえる。
ともかく、今、ガダナクル連邦の山地沿いを防衛しているのは、そうした戦闘のプロフェッショナルたちのようだった。
「強いんだろうな」
と、ハザマは推測する。
特定に地域に特化して、ほぼ継続的に戦闘を継続し続ける集団。
ノウハウの蓄積と継承が、なされないわけがない。
彼らにとって、仲間の実力向上は死活問題でもある。
内部の人員は適当に入れ替わっていても、集団として戦闘能力は、場数を踏めば踏むほど向上していくはずであった。
それはそれで結構なことだが。
「がだ、これは」
ハザマは、そうも思う。
戦いが、いくらなんでも長引きすぎている。
これまではうまくいっていたのかも知れないが、いつか、なにかのきっかけで、すべてが崩壊しないとも限らない。
いや、このまま放置しておけば、いずれそうなるのも時間の問題だろう。
「というわけで、ガダナクル連邦の事情について、なにか気がついたことはありませんか?」
ハザマは、直接ガダナクル連邦に問い合わせる前に、まずはルアに連絡してみた。
現在、ガダナクル連邦に駐在する洞窟衆関連の組織は、バツキヤが仕切っている。
そして、そのバツキヤのことを一番よく知っていそうな人間は、このルアだった。
ルアとバツキヤは、洞窟衆に取り込まれる以前、ルシアナの配下であったという共通の経歴がある。
そしてルアはバツキヤよりかなり年長であり、それだけにルアのこともよく把握しているはずであった。
『ガダナクル連邦、ですか』
ルアは、慎重な口調で応じた。
『今のところは、うまくいっているようですね。
以前から、それとなく気にかけてはいるのですが』
「やっぱ不安がある?」
ハザマは、そう水を向ける。
『不安というか』
ルアは、そこで少しいいよどんだ。
『あの子、バツキヤは、自分で思い込んでいるほどには優秀な子ではありませんから』
「よくやってくれていると思うけどな」
ハザマは、反射的にそう返していた。
「客観的に見ても。
いきなりあんな難しい土地の采配を任されて、これまで大きな間違いを起こさずにこなしてくれている」
『それは事実ですし、決まり切った事柄を淡々とこなすことにかけては実に優秀な子でもあるのですが』
ルアは、そう説明した。
『なにしろ、完璧な記憶能力を持っている子ですから、対処法が最初からわかっていることに関しては優秀です。
法律関係とか、前例に従ってさえいれば大過なく処理できる分野については。
ですがそれ以外の、その場その場での判断力が求められるような場では……』
「ああ、なるほど」
ハザマは、一人で頷く。
「突発的に発生するトラブルなんかには弱い、と。
そうなると、組織の運営とかはいいけど、戦地での陣頭指揮なんかには向かないな」
『とっさの判断力が要求されることには、向かないはずです』
ルアは、そう断言した。
『なにしろあの年齢ですから、経験による蓄積はほとんどないはずですし』
「知識の豊富さで勝負する、秀才タイプということか」
ハザマは、小さく呟いた。
「それでよく、今までガダナクル連邦が保っていたな」
『実際に戦線を支えていた人々が、たまたま優秀だったのではないかと』
ルアは、推測を述べた。
『そしてあの子は、必要な補給などはするものの、慢性的に戦闘行為が継続することの怖さを、まだ実感出来ていないのかも知れません』
「今までもうまくいっていたんだから、これからもうまくいくだろう、と」
ハザマは、その推測に同意する。
「いや、知識や情報を重視するやつなら、そうした経験則も重視しがちなんだろうな」
だとすれば。
「ルア」
ハザマはいった。
「お前さん、山地にコネというか仲良くしている部族とかも多いだろう」
『そういうのは全部、ニョルトト公爵家配下の外交組に顔つなぎをして、引継ぎを済ませています』
ルアは即答した。
『なんでも自分でやる必要もないし、分業ってそういうものでございましょう』
「あともう一つ」
ハザマは、続けて訊ねる。
「今、ガダナクル連邦に出来る支援ってなんだと思う?」
『単純に、物資や人員を送りこむだけでは効果が薄いと思います』
この問いについても、ルアは即答する。
『ガダナクル連邦は遠いですから、到着するまでにかなりの日数を要しますから。
それに、物資はともかく人的な支援については、以前から優秀な人員を優先的に回していますので、これ以上に優遇することは出来かねます』
「優先的に、ね」
ハザマはその言葉を繰り返す。
「贔屓じゃないのか、それ?」
『依怙贔屓ですが、それがなにか?』
ルアは動じなかった。
『ガダナクル連邦が重要な生産拠点に育ちつつあるのは事実ですし、あそこが使い物にならなくなったら、最悪、洞窟衆全体の存亡にも関わります。
多少の私情はあるにせよ、優先的に支援をするのは当然だと思いますが』
「そりゃ、そうか」
ハザマは、あっさりと流した。
「実際、あそこが山地か流れ込んできた有象無象に荒らされるのは、とても困るしな」
ルアは、自分の職務の権限内で可能な支援をしているだけに過ぎない。
越権行為ではなかったし、バツキヤ個人への依怙贔屓ではあっても、洞窟衆全体の利益についても考えた上での贔屓だった。
ハザマとしても、強く咎めるべき理由がない。
「それはそれとして」
ハザマは、そう続ける。
「他になにか、こちらで出来ることはないか?」
『継続的に、兵員を送り込むことくらいですかね』
この問いについても、ルアは即座に応じた。
『経験は浅くとも戦意は旺盛で、なにより、補充が可能な兵員が望ましいかと』
「ってことは、そういう兵員の供給元に、心当たりがあるんだろうな」
ハザマは確認をする。
「返答の早さから察するに、この質問も先回りして考えてたんだろう?」
『スデスラス王国内で、洞窟衆の人間が兵員の教練を行っている者がいます』
ルアは説明した。
『アポリッテア王女の身辺を護衛する女性兵士を育成する。
そういう名目になっていますが、実質的には王女直属の私兵を作るためです』
「イリーナと男爵夫人が、その仕事に当たっていたはずだな」
ハザマはいった。
「そっちから引っ張ってくるってか?」
『教練中の兵士たちに、実戦を経験させるとか。
名目はいくらでもつけらるでしょう』
ルアは、そう続ける。
『アポリッテア王女にしても、こちらの要求を無碍に出来るほど薄情だとも思いませんし』
「スデスラス王国の了承は、どうにか取れるだろうな」
ハザマも、その言葉に頷く。
「そもそも、あの女王が今の立場にあるのも、洞窟衆の支援がなかったら難しかったはずだし。
いいだろう。
そちらの交渉はすぐにでもはじめてみる」




