山地の状況
「そのような次第でして」
ケイシスタル姫との通信を終えたハザマは、そのまますぐにアズラウストを呼び出してさっきまで対話していた内容をざっと説明する。
「そのうちそちらにも、まったく同じ用件で連絡がいくと思います」
ハザマとしてはケイシスタル姫とアズラウスト、治安維持軍とブラズニア公爵家、そのどちらかの勢力に肩入れをするつもりはない。
だが、この両者が意見を交換し、場合によっては対立することもあり得るこの状況下では、その流れを加速しておく方がいい。
『彼女のいい分も一理ある。
そのことは、理解出来るのですがね』
アズラウストの言葉には、珍しく語勢が伴っていなかった。
『その、空襲、ですか?
あの新手の攻撃方法に対抗手段がないこと、それに、あまりにも一方的な成果を生じることは、すでに立案時から指摘されていましたし。
ただ、われわれが思いつくくらいですから、放っておいてもいずれ誰かが思いついて実行します』
「その誰かに先鞭をつけられるよりは、自分たちでやって、先行してノウハウを蓄積しておきたいってことですか」
ハザマは、ため息混じりに応じる。
「おおむね、こちらの予想通りの返答ですが、その理屈があのお姫さまに通用しますかね?」
『せいぜい、頑張って説得してみますよ』
アズラウストは即答する。
『こちらとしても、その一方的な虐殺を常套手段になるくらい頻繁に使用するつもりはありません。
むしろ、公開演習などを行って武威を示し、敵側の戦意を挫くくらいで済めばいいとさえ思っています』
「ああ」
ハザマは、小声でうめいた。
「圧倒的に強大な攻撃方法を所有する。
そのことを仮想敵に見せつけて萎縮させることを狙っているわけですか」
だろうなあ、と、ハザマは内心で思う。
アズラウストもアホではない。
少なくとも、政治的軍事的な方面に関しては、それなりにまともな判断力を持っている。
今回の空襲のような、圧倒的かつ一方的な攻撃方法を常用すればどんな事態が待ち受けているのか、ケイシスタル姫に指摘されるまでもなく想像出来ているはずだった。
「おれの居た場所では、そうした効果は抑止力と呼ばれていました」
ハザマは、そう付け加える。
『抑止力、ですか』
アズラウストは、耳慣れないその単語を反復する。
『適切な表現だと思います。
その抑止力も、相手の正体や状況が確認出来ていない今の状況では、その意味がかなり減衰するわけですが』
「こちらを攻撃しはじめた連中については、今、うちが総力をあげて特定しようとしています」
ハザマは即答する。
「ただ、相手の本体がかなり遠くに居ることと、間にいくつもの勢力圏を挟んでいることから、そちらの作業はあまり捗っていないようですが」
『遠い外国の、それも表には出てこないような中枢部分の機密事項を探ろうというのですから、すぐには成果は出ないでしょう』
アズラウストは、そう指摘する。
『うちの部下に同じことを命じても、やはり相応に時間がかかると思います』
「今回の件は、前例がないことばかりですからねえ」
ハザマはぼやいた。
「相手の正体、特に、なにを狙ってこちらを攻撃してくるのか、その意図がわかればまだしも対策のしようもあるのですが」
『ただでさえ、森東地域の状況は混沌としています』
アズラウストはいった。
『あれほど多くの勢力が存在する地域で、特定の敵対勢力をあぶり出そうとするのは難しいでしょうね。
なんにせよ、焦らないことです』
捜索範囲が、めちゃ広い。
その上、容疑者候補もめちゃ多い。
空偵隊襲撃事件の犯人を特定する作業が思うように進捗しないのは、そうした物量的な問題がネックになっているようだった。
空偵隊の拠点に出入りをしていた者で、情報を横流ししている者を特定してその動きを監視する。
その上で、そうした内部情報がどこに流れているのかを把握する、という工程まではだいたいうまく探れるようなのだが、その先になると手詰まりになる。
この手の内偵を担当するオラ組からの報告書には、そう記されていた。
どうやら敵側も相応に頭を使っているらしく、そうした情報収集の際にも何段階か仲介人をおいて、そうした集めたい情報が最終的にどこに送られているのか、すぐにはわからないようにしている、ようだった。
周到というか回りくどいというか、慎重で用心深い。
そうした敵側の対応について、オラ組はそう評価している。
人手と時間をかけて、さらに上流まで、情報の流れを追っていくしかないだろう。
オラ組の報告書は、現時点での結論として、そう記されている。
「まあ、こっちはこんなもんだろうな」
ハザマは、小さく呟く。
調査活動は引き続き続行をして貰うが、ハザマにせよ、こちら方面の成果にはあまり大きな期待はしていなかった。
「というわけでして」
ハザマは、マヌダルク・ニョルトト姫を通信で呼び出して、そういった。
「急かすようで申し訳ありませんが、そちらの進捗状況を確認させていただきたく」
『なかなか逼迫した状況になってきたと。
そういうことですね?』
マヌダルク姫は、そう確認をしてくる。
『ケイシスタル姫は、昔から正義感が強い方でしたから。
あの方ならば、そう反応することも納得が出来ます』
「治安維持軍の方はともかくとして」
ハザマは、そういって先を促す。
「どうですか?
外交筋から、うちの空偵隊にちょっかい出して来た連中をあぶり出すとか、出来そうですか?」
『正直に申しまして、すぐに特定することは、難しいですね』
マヌダルク姫はいった。
『なにしろ相手は、自分の犯行を隠そうとしているわけですから。
宣戦布告もなしにこうした攻撃を敢行しているのには、それなりの理由があるはずです』
「ああ」
ハザマは、小さく頷く。
「戦果を周囲に誇示しない。
この世界での戦争では、かなり異例のことでしょうね」
武威。
アズラウストもこの言葉を使っていたが、この世界において、そうした、相手を萎縮させる効果は、ともすれば実際の攻撃自体より大きな意味を持つ。
他の勢力を攻撃しておいて、自分がやったと名乗り出ていないこと自体が、かなり異例であるといってもいい。
攻撃者は、なぜ、名乗り出ていないのか。
これもまた、この時点では大きな疑問点となっている。
『状況的に見て、そうした攻撃が可能な勢力。
あるいは、航空戦力はなくても、空偵隊を攻撃する動機を持った勢力などは、かなり絞ることが出来るのですが』
マヌダルク姫は説明する。
『そうした候補者のどれも、今ひとつ説得力を欠いています。
動機を持つ勢力は手段を欠いていますし、手段を持つ勢力には動機がない。
攻撃者の側が名乗り出てこない限りは、具体的にどこと特定することは不可能ですね』
「森東地域はともかく、山地も勢力の数が多いからなあ」
ハザマは弱音を吐いた。
「とはいっても、洞窟衆の勢力圏から遠い場所に居る連中がほとんどだし、今回の件に限り、大部分は無視していいはずだけど」
『それがどうも、そうもいっていられなくなって来ているようでして』
マヌダルク姫は、珍しく心配そうな口調になる。
『山地は山地で、外から観測する以上に混乱した状況にあるようです。
部族連合から多くの部族が脱退し、その規模と影響力は往事の、一年前の半分以下にまで落ち込んでいます』
「そこまで進んでいるのか」
ハザマは、眉根を寄せた。
「いや、あちらが、内紛が活発になって、ブロック化が進んでいるとは、以前から聞いていたんですが」
『もはや部族連合には、山地での情勢を落ち着かせるほどの影響力は期待できそうにありません』
マヌダルク姫はいった。
『そのおかげで、各部族の動きを追うのにも、なかなかの苦労を強いられているような次第です』
情報を集めようにも、以前に使えた外交ルートが途絶していることが多く、かなり難儀しているようだった。
山地は山地で、かなり面倒な状況になっているのだな。
と、ハザマは、そう思う。
「こっちも十分に複雑なことになっているわけですが」
『ええ』
ハザマの言葉を、途中でマヌダルク姫が引き取った。
『こちらと同じように山地に接している、ガダナクル連邦。
あちらの状況についても、念のため、改めて確認しておく方がよろしいかと』




