ハザマの真意
『その件については、別におれが進めているわけではないしなあ』
案の定、急遽通信で呼び出したハザマの反応は、芳しいものではなかった。
『懸念していることは理解出来るし、同意もしますが。
ここまで来たらむしろ、おれなんかの意向とは関係なく事態は進行すると思いますが』
「そいつは、態度として無責任過ぎるんじゃないか?」
ケイシスタル姫は、内心のいらだちを押し殺して抗議をする。
「あのグライダーとかいう凧を広めたのは、お主であろうが」
『そりゃ、確かにそうなんですけどね』
ハザマは煮え切らない返答の仕方をする。
『逆にいうと、おれがしたのはただそれだけってことでもあるんで。
その空襲の方法とか考案したのも実行しようとしているのも、おれではないですし、そのおれはそうした一連行動について、なにか口を挟めるよう立場にはありません。
個人的な意見をいうのならば、ケイシスタル姫様が主張するような懸念はごもっともであるとは思うんですが』
「お主では、止められぬと申すか?」
ケイシスタル姫はもう一度確認した。
「真摯に説得をすれば、多少は耳を傾けてくれるのではないか?」
『耳を傾け、検討くらいはしてくれるかも知れませんね』
ハザマはあっさりと認めた。
『でも、彼らがやってくれるのは、そこまで止まりです。
このまま放置しておけば、味方の被害が広がるばかりなのですから、現実的に考えればなんらかの対処するしかない。
彼らの立場からいえば、そういうことになるのでしょう』
「他人事のような口ぶりを」
ケイシスタル姫は吐き出すような口調でいった。
「元はといえばお主がはじめたことであろう。
森東地域への進出も、空を飛ぶことも!」
『そのこと自体を否定する気はありませんが』
ハザマは、その口調とは対照的に、淡々とした調子で返す。
『そのどちらにせよ、いいや、それ以外のことにせよ、おれがやったのはせいぜい最初のきっかけを作ることくらいです。
その後は、この世界の人たちが勝手に動いている。
最近では、こちらの方がそうした動きに振り回されている感が大きい』
無責任ないい振りだ、と、それを聞いたケイシスタル姫は思ってしまう。
「もしもお主がおらなんだら、王国周辺はよほど平穏だったことだろうな」
そして、柄にもなくそんな皮肉を吐いてしまった。
『そうでしょうねえ』
これについても、ハザマはまったく否定も反発もすることはなかった。
『今でもルシアナは健在で、毎年のように部族連合との武力衝突が繰り返されていたことでしょう。
そうした状態を平穏といいきってもいいのかどうか、少し悩むところですが。
現状よりは大きな変化が起きにくかった、ということは確かでしょうね』
そう指摘をされて、ケイシスタル姫は返答に詰まる。
部族連合と、王国を筆頭にした平地諸国との武力衝突がいつまでも続く。
ケイシスタル姫にしてみれば、それが常態であったから、そうした状況を特に過酷だと思わなかった。
しかし、客観的に見れば、今のこの状況よりは、はるかに粗暴なのである。
なにしろ、一回武力衝突が起これば数万から数十万単位の戦死者が発生し、しかも、その前後で状況にさして変化があるわけでもない。
多少の有利不利はあるにせよ、一回や二回の衝突で大きな変化が起こせなかったからこそ、そんな何十年以上もだらだらと武力衝突を繰り返していたのだ。
そうした、ハザマの出現以前と現在とを比較すると、今の状況の方が遙かに穏当で意味がある。
ハザマと洞窟衆が関与したいくさは大小様々に存在し、そのどれもが多くの戦死者を出していたが、少なくともそうしたいくさのほとんどはなんらかの結末に至っていた。
ガンガジル動乱にせよスデスラス王国の騒乱にせよ、そうしたいくさの前後では関係諸国の様相や体制が大きく変化していた。
そうした変化についての、長い目で見た功罪とかは、まだ出せるような時期には至っていない。
と、ケイシスタル姫は考える。
そうした変化が起こってから、まださほど時間が経っておらず、まだ冷静に振り返るような時期には至っていないからだ。
ただ、そうした洞窟衆が直接間接に起こした変化は、ともかくも前向きなものだとはいえた。
どうしたら、以前より、今よりはよりよい状態を作り出せるのか。
変化を起こした側の者たちは、少なくとも、真剣にそう考え、行動していた。
そういう観点から見れば、そうした、洞窟衆が関与したいくさにおいて発生した戦死者、犠牲についても、決して無駄とはいいきれない部分があった。
さらにいえば、現在、森東地域で進行中の事態にしても、洞窟衆側はことさらに武力を押し立てているわけではなく、その逆に、経済的な支援などをして、比較的穏やかな方針を前面に押し出している。
今回の空偵部隊の件にしても、実力行使に訴えてきたのはあくまで敵の側であり、アズラウストを筆頭とする仲間たちは、そうした敵の動きに反応しているだけに過ぎない。
実効性のある対応方法が、空の上から砲撃術式で地上を掃討する、という過激なものだったのが問題ではあったが。
空中での戦闘について経験や実績がまるでないこの時点では、具体的な方法論がなかなか思いつけないのも仕方がない側面はあるのだ。
「ただ、あの空襲計画はやり過ぎじゃ!」
そこまで考慮した上で、ケイシスタル姫はなおも苦言を呈した。
「あれは戦いですらない!
一方的な虐殺にしかならん!
あんな方法で一時的に勝利を得ても、後々何世代にも渡る遺恨を残すだけだぞ!」
『ごもっとも』
ケイシスタル姫のこの意見についても、ハザマはあっさりと同意した。
『過剰な報復行為が常態化すれば、行き着く先は、復讐の連鎖だ。
長い目で見ても、いいことにはならない。
もしも止めさせることが出来るのなら、今のうちから止めさせた方がいい』
「お主では、それが出来んというのか?」
ケイシスタル姫は、即座に訊き返す。
「そう思うのなら、なぜ自分で動かん?」
その口調に、予想外に切実な響きを感じ取ったからだ。
『おれは所詮、よそ者の異邦人ですからね』
ハザマは即答する。
『この世界の命運は、この世界の人たちに任せるしかありません。
今回の空襲計画も、思いつき、計画を実行に移しているのはここの世界の人たちです。
当事者であるそうした人たちがよかれと判断して行動していることを、おれなんかの一存で止めていいわけがありません』
「看過した結果、悲惨な事態になるとわかっていてもか?」
ケイシスタル姫は厳しい声を出した。
「お主が全力を尽くせば、少なくとも最悪の事態は回避できるのではないか?」
『それについては、実際にやってみなければなんともいえませんが』
ハザマはいった。
『ただ、この世界の主役はあなた方です。
あなた方の問題は、あなた方自身の手で解決するべきだとは思いますね』
この件については、ハザマという特異な個性をあてにするな。
遠回しに、そう宣言されたようなものだ。
「お主は、森東地域が新たな紛争地帯と化すことをよしとするのか?」
ケイシスタル姫は、硬い声で問いただす。
「こじれ方次第では、何世代にも渡る因縁にもなりかねんぞ」
『仮にそういう結果になったとしても、それもあなた方の選択の帰結です』
ハザマは、冷静な声でそう指摘する。
『おれに泣きつくよりも、今まさに誤った選択をしでかそうとしている人たちを説得する方が手っ取り早いのでは?
とにかく、おれは、あなたや彼らの保護者でもなんでもありません。
彼らの行動や選択について、おれにどうにかして貰おうとするのは筋違いだと思います』
屁理屈を並べて、やり過ごそう。
そういう、その場しのぎをしているような口調ではなかった。
どうやらハザマは、かなり本気でそう考えているらしい。




