ケイシスタル姫の未来図
「今度は五つの港町を中心に、複数のグライダー発着場を建設する、と」
空戦研究班から回って来た書類にざっと目を通したケイシスタル・ワデルスラス姫はそっと眉間を揉んだ。
「なんだかどんどん大事になっていくが、これでいいんかのう?」
今回の発着場は、完全に軍事目的に特化したものだった。
軍事グライダーの演習は、陸地で行うには少々物騒に過ぎる。
そのため、比較的被害が少なくて済む、という理由により、海上に狙いがつけられた形だった。
幸いなことに、洞窟衆はすでに五つの港町を押さえており、その周辺に建築するのならば、特に苦情が来ることはない。
ただ、実際には、適切な用地をこれから押さえるのは、なかなか難しいようだったが。
「船や人の出入りが激しい場所だと、すでに様々な施設や建物が建っておるからの」
ケイシスタル姫は、そっと呟く。
それら、五つの港町は、従来の仕事に加えて最近では洞窟衆が関係する膨大な貨物も効率的に捌く場所になっていた。
当然、これから新たな施設を作ることが可能な、余分な用地など、すぐには見つかるはずもない。
それらの港町は、現状でもぎっしりと建物が密集している、過密都市になっているのだ。
「で、沖合にある小島とか、あるいは大型の浮き船を作ってその上に櫓を建てようということになるわけか」
計画書を眺めながら、ケイシスタル姫はそう独語する。
「以前から、そういう計画はあったのだがの」
グライダーによる空偵隊が発足した当時から、グライダーの、それ以上に本格的な軍事利用については検討されてはいたのだ。
空を飛ぶ。
それが単なる夢想ではなく、具体的な技術となって提示された以上、それをいくさに利用しようとする動きが出るのは避けられないことだった。
ただ、いずれはそういう動きが出るにせよ、それが本格化するのはもっと時間が経ってからのはずだった。
空偵隊が行方知れずになったことで、その予定がかなり前倒しになった形である。
とはいえ、グライダーが実用化した時点では、その具体的な軍事利用法など誰も真剣に考えておらず、
「将来的には、いくさにも使うようになるんだろうな」
と、誰もが、漠然とそうした予感をおぼえていただけだった。
そうした予感に具体的な形を与え、実現可能な構想にまで進めたのは、皮肉なことに空偵隊を攻撃した連中になる。
強襲用の飛竜といえば、これまでは対抗手段がない、恐怖の代名詞のような存在であったのだが。
「いつまでもその感覚のままでは、いかんのだろうな」
ケイシスタル姫は思う。
送られてきた計画書には、グライダーに搭乗した魔法兵による地上への攻撃、という構想が説明されていた。
グライダーという、人間を空中に浮かせる道具が出現した以上、いつかは出て来たアイデアだと思う。
しかし、一種の発想の転換がなければ、なかなか出てこない考えでもあった。
「だが、この方法が実際に可能ということになると」
小さくそういって、ケイシスタル姫は軽く眉根を寄せる。
「問題が、大きいの」
空中から地上への砲撃術式使用。
仮にそれが理論倒れではなく、実現可能だとすれば、明らかに攻撃をする側が有利になる。
というか、なりすぎる。
現状では、上空を警戒、敵の襲来を事前に察知する方法は限られているし、それに、実際に攻撃された場合、それを防ぐ手立てもほとんどない。
あまりにも、一方的なのだ。
おまけに。
「こんな攻撃方法が普通に使われるようになれば、従来の防衛線という概念がほとんど役立たずになる」
ケイシスタル姫はそう、結論づけた。
いくさの様相そのものが、大きく姿を変えてしまう。
こんな方法を考え出し、実現しようとする側もそれなりに苦労を背負うはずだったが、ケイシスタル姫としてはそれ以上に、
「こんな途方もない方法が敵味方にとって当たり前になった、その後」
のことが、気にかかってしまう。
この空からの攻撃、仮に、空襲とでも呼ぶことにしようか。
こうした戦術が一般的になれば、従来の城塞など、ひとたまりもない。
どんな堅牢な防御施設でも、空から高速で降ってくる質量や術式にはあらがう術がないはずだった。
少なくともケイシスタル姫は、そんな攻撃に対抗する手段を思いつかない。
実際には。
ケイシスタル姫は、その空襲について、具体的に想像してみようと試みる。
襲撃予定地点のほとんどは、軍事施設になる。
当然、術式を無効化する結界が張ってあることが、前提となるはずだ。
ゆえに、最初の砲撃は質量弾を用いる必要がある。
それほど重い物質である必要は、ない。
術式による加速と、それに落下する勢いとが相乗すれば、そこいらの石ころであっても、地上に激突する頃にはかなりの破壊力を発揮するはずだった。
そうして、集団で質量弾の雨を降らせた後、いよいよ本格的な術式攻撃が開始される。
砲撃術式は、元はといえば広大な海上での攻撃方法を実現するために開発されたものだった。
そのため、火弾を用いることが一般的になっている。
地上の設備をあらかた叩いた後に、悠然と、今度は火の雨が降り注ぐ。
その頃には、先の質量弾によって、結界も破壊されているはずなので、火弾の術式を消し止めることは出来ない。
そのまま、丸焼けになる。
「うむ」
ケイシスタル姫は、小さく唸った。
誰が考えても、だいたいはこんな具合になろう。
攻撃する側が一方的であり、これでは最早、戦いとは呼べない。
一方的に、防御側が殴られるだけだ。
対抗手段がない、ということも問題だと思ったが、それ以上に悪いのは。
「こんな方法が一般化すれば」
気に食わない勢力の領地内を、無差別かつ問答無用に焼き払うことも可能になる。
対抗する手段がない、というのは、そういうことなのだ。
これもまた、
「いくさとは、いえない」
と、ケイシスタル姫は思う。
少なくとも、ケイシスタル姫が知るいくさでは、ない。
そこには武勲や勇気の出番などあろうわけがなく、先制攻撃をする側が一方的に相手を叩ける、という冷徹な結果があるだけだ。
強襲用の飛竜に対抗するために、あの連中はとんでもない代物を作りつつあるのではないか。
おそらく。
と、ケイシスタル姫は推論を進める。
あのグライダーも、さほど時間も経たずにもっと広い範囲で作られ、使用されることになるだろう。
その実用性と有用性が、日々証明されつつあるからだ。
そうなると今度は、空襲のやり方もあちこちで真似されるようになる。
真似をしないでいる理由が、ひとつもないからだ。
そうなれば、そんな世の中は。
「互いに、徹底的に潰し合うだけの」
地獄にも等しい、修羅の巷と化すだけなのではないか。
ケイシスタル姫にいわせれば、あまり楽しくはない未来図ということになる。
ケイシスタル姫としては、自分の子や孫の世代に、そんな時代を残したくはなかった。
「ならば、歯止めとなるしかないか」
ため息をついた後、ケイシスタル姫はそう呟く。
幸いなことに、今のケイシスタル姫は治安維持軍の責任者として、相応の社会的地位があった。
そのケイシスタル姫が、この未来図を各地の有力者に伝え、そうならないように予防する方法を説いていけば、なんらかの規則を作ることも可能なのではないか。
いや、仮に不可能だったとしても、やるしかないのだ。
「どんどん面倒なことになっていくもんだの」
書簡の下書きを書きつけながら、ケイシスタル姫はそっと呟く。
誰かがなにかをやり出すと、それに反応して、あるいは反発をして、別の誰かがそれまでまったく予想していなかった、突拍子もないことをしはじめる。
その連鎖は増え続けていき、少しでも未来をよいものにしようとする者は、どんどん、飛躍的に忙しさを増していく。
「そうそうに」
この進歩を進めている大元、あのトカゲの男に、談判しておいた方がいいかの。
と、ケイシスタル姫は思う。
もう少し、手加減せい。
このままでは、こちらの身が保たんではないか。
さて、そう直談判をしたところで、あの男がどこまで素直に耳を傾けてくれることか。
はなはだ、心許なかった。




