光の場所
そう問われて、バイラド・ゴロジオは二の句が継げなかった。
「知らん!」
となれば、相応に可愛げがあったのだが、実際には傲然と胸を張って、こういってのけた。
「そんな細々としたことは、お前らが考えろ!」
その場に居合わせた人々の反応は、様々だった。
ひっそりと、あるいはこれ見よがしにため息をつく者。
引き攣った表情で苦笑いを浮かべる者。
ゆっくりと首を左右に振る者。
いずれにせよ、バイラド・ゴロジオという闖入者の出現を歓迎する様子ではない。
「予想された通りの回答ではありますね」
そのバイラド・ゴロジオと相対していたアズラウスト・ブラズニア公爵は平然とした態度を崩さずにそういった。
「ゴロジオ国王様。
あなたは古い特権階級の嫌な要素を煮詰めたようなお方です」
「ほう」
バイラド・ゴロジオは口元を歪める。
「この王に、意見するというのか?」
「王といっても、他国の王様ですからね」
そういって、アズラウストは肩を竦める。
「それに、わがブラズニア公爵家も他国に対して独立を宣言しております。
いってみれば、一国を統べる統治者同士。
立場としては対等といっていいでしょう」
アズラウストがバイラド・ゴロジオに対してへりくだる必要はない、というわけであった。
「貴公、確か、ブラズニア公爵家の嫡男であったな」
バイラド・ゴロジオは神妙な表情で確認して来た。
「あの公爵家領が、独立してやっていけるものなのか?」
「おかげさまで、ゴロジオ王国よりは羽振りがいいようです」
アズラウストは平静な態度で応じる。
「それにこのぼくも、今では無事に公爵号を引き継いでおります」
「つまりは、貴公がこのおれの命令を聞かねばならぬ理由はないと」
バイラド・ゴロジオは、頷きながら、そういった。
「そういうわけか?
まあ、筋は通っているな。
ならば、仕方がない。
それで、話題を戻すが、先ほど出したおれの要求をここで満たすことは出来ぬのか?」
「満たすことが可能かどうか、検討を重ねている段階です」
アズラウストは答えた。
「すぐに成否をお返しすることは出来ません。
なにしろ、はじめて尽くしの事例になりますから」
「不明なことが多い。
いや、多過ぎる、というわけか」
バイラド・ゴロジオはそういって、また深く頷いた。
「そのような次第であれば、これもまた仕方がない。
ここは、空を飛ぶ敵に対抗する手段を模索するための集まりである。
その点には、間違いないのだな?」
「間違いありません」
アズラウストは即答する。
「模索、というより、それよりももっと前の段階の、具体的な方法の研究をようやく開始したような段階ですが」
「ここに、このおれの居場所はあるか?」
「すぐには、ご用意できませんが、いずれは陛下のお力も必要となる時期が来ることでしょう」
「ならば、その時期とやらが来たらおれを呼べ」
そのような問答の後、バイラド・ゴロジオはそういって踵を返した。
「細かい下準備は、お前らに任せる」
「大人しく引きさがってくれましたね」
バイラド・ゴロジオが去った後、アズラウストにそう声をかけて来た者がいた。
「一事はどうなるかと思いましたが」
「あの方は、尊大な性格をしていますが、道理を説明しさえすれば理解はしてくれますよ」
アズラウストは、その者にそう答える。
「ただ、目下の者の言葉にはあまり真剣に耳を傾けない、という傾向はありますが」
よくも悪くも、王族という階級社会の頂点に近い位置で生まれ育ち、その枠組みから外れた思考が出来ない人物である。
アズラウストは、バイラド・ゴロジオの人物像について、そう解釈していた。
バイラド・ゴロジオは特別に英明なわけでも愚昧なわけでもなく、単純に頭が硬い、硬直した思想の持ち主であると。
仮にかの人物があの加護を持って生まれなかったら、案外平凡な、王族として可もなく不可もない、灰色の人生を歩んでいたのかも知れなかった。
一種の選民思想と、それを裏付ける加護の存在とが、バイラド・ゴロジオという人物の精神を結果として大きく歪めた。
と、アズラウストはそう分析していた。
身分を盾にして他者を威圧するのを自明としている人物であるから、自分と同等の地位を持つ人間の意見は傾聴する。
思想は大きく歪んでいるものの、思考能力が特別に劣るわけではないから、順を追って説明すれば理解してくれる。
アズラウストはそう予測し、実践しただけに過ぎない。
それに、あの手の身分を絶対的な基準と思っている人間は、実のところ、王族や貴族の中では、決して珍しいわけでもない。
何代も続くような名家に生まれ育つと、自然とそうした価値観が染みついてしまうようだ。
アズラウスト自身は、自分で魔法兵団を組織し、階級を問わず優秀な人材を求めて来た経験から、個人の能力や品性が階級に左右されないことを学んでいる。
そのため、特権階級にありがちな旧弊からはかなり逃れることが出来ていた。
ああいう人種も、これからはどんどん少なくなっていくのでしょうね。
と、アズラウストは、そんな風に予想している。
洞窟衆の影響力は、大きくなる一方だった。
それはつまり、身分や階級を問わず、能力自体で個人の優劣を判断される場所は、広がる一方である、ということを意味する。
こうした風潮にうまく馴染めない特権階級の人間は、早晩力を失い、その存在理由を問われるようなことになるのではないか。
政治的な武力革命を伴わずとも、そうした形で王族や貴族の威光が力を失う未来は、来てもおかしくはないような気がした。
そんな時代になったら、あのバイラド・ゴロジオのような身分を笠に着た人種は、どのように振る舞うのだろうか?
空中戦闘研究班に集められた者たちは、多士済々といっていい。
それぞれの専門分野で先端的な能力を持つ、一線級の人物が集まっていた。
生まれ持った身分と加護以外に取り柄がない、バイラド・ゴロジオのような人種とは対照的な人種の集まりである、といってもいい。
先天的な資質ではなく、後天的に学んだ事柄によってなんらかのエキスパートになった。
そんな者たちの、集まりだった。
アズラウスト自身のように、中にはたまたま高貴な家柄に生まれた者も紛れてはいたが、それはあくまでたまたまそうなっただけのことであり、そうした人物がこの場に招聘されたのはその身分を理由にしているわけではない。
むしろ、そうした身分や専門分野の垣根を越えて、活発かつ自由に意見を交わすような雰囲気が、この研究会では支配的だった。
洞窟衆や冒険者ギルドの影響圏における光の部分、いわゆる能力主義的な価値観が、いい意味で発露した場であるともいえる。
「なんにしても、相手の正体がわからんと具体的な対策も立てようがないわな」
王国魔法使い界の重鎮、ハメラダス師は葉巻を吹かしながら、そんな風にうそぶく。
「探りはしきりに入れているようだが、まだこれといった確証は得られていないか」
「こちらの進出圏から遠く離れた場所で起こった襲撃事件ですからね」
アズラウストは、そういって肩を竦める。
「こちらの進出圏内で起こった出来事ならば、グライダーの残骸などからある程度の推測は可能なのですが」
「相手の正体やらなんか、そんな詮索は、そういうのが得意なやつらに任せておけばいいさ」
誰にも仕えていない、という意味で独立している魔法使いであるゼスチャラが、そんな風にいう。
「トカゲ野郎どもの中には、そういうのが得意なやつらも居るんだろう?
こっちはこっちで、勝手に出来ることをやってりゃいい」
「不得手なことにまで手を伸ばしても、得るところは少ない。
そういうわけですか」
アズラウストはそういって頷いた。
「合理的な判断だと思います」
「空中での戦闘、いわゆる空中戦について、ハザマにも訊ねてみたが、芳しい返答はなかった」
エルフのトスラタトテが発言をする。
「なにか、隠したい事情があるのか。
それとも、ハザマ自身が詳しい内容を知らないのか。
いずれにせよ、ハザマが来た場所での空中戦について、教えては貰えそうにない」
「説明しても、ここではあまり参考にならないと判断したのかも知れませんね」
アズラウストは、そう応じる。
「あの方があえて口を閉ざしていらっしゃるのならば、なにか相応の理由があるのでしょう。
それ以上に深追いしても徒労になるかと」




