とある冒険者ギルド内の日常風景
「こうして改めて見てみると、広すぎるんですよねえ」
とある冒険者ギルドの支部で、出来あがったばかりの地形図を見た職員がぼやいた。
「ここ」
「今さらだな」
別の職員が応じる。
「街道を、どうにか着工するまでこぎ着けられた地域を一とする。
空偵隊が空から見て、どうにか概略を把握出来た土地は、その面積にしておよそ五倍ほどになる。
そんなに広い地域から、行方知れずになった数名の人間を、限られた手掛かりだけで探し出して来い、いう方が無理なんだ」
「行方知れずになった人たちが行きそうな地域は、もう少し絞られるんですけどね。
いずれにせよ、ごく少数の、それも有志の人間が自分勝手な了見で行き当たりばったりに探しても、よほど幸運じゃなければ生存者と接触するところまで行かないはずですよ」
「かといって、現地の人間にコネもなにもない土地に、いきなり大規模な捜索隊を組織して乗り込ませるのも、現実的とはいえんし」
「間違いなく火種になりますよ、それ」
「数名の旅人が当てもなく人捜しをして歩くのと、組織だった集団が他人の土地にずかずか入り込んであれこれ詮索して歩くのとでは、まるで印象が違って来ますからね」
「成功報酬のみ確約したクエスト扱いにした上で、後は着手するやつのやる気と実力に賭ける、という方法は、それなりに現実的ではあるんだよな」
「現実的ではあるけど、成功する確率は限りなく低い」
「でも、現状では、それくらいの手しか打てない」
「街道や通信網の拡張を早める動きもあるようだが」
「そっちは、実際に成果が出るかで時間がかかるでしょう」
「その手の工事は、やると決めてから実際に動き出すまで、準備に費やす時間がどうしても必要となるから」
「それもまあ、仕方がないな。
予算、資材、人手。
そのどれも、必要だからといって、すぐに手配して用意出来る代物じゃない」
「うちの、というより洞窟衆は、その手の手配は得意でかなり迅速に動ける方なんだが」
「そこいらの王侯貴族よりは、その手の動きはよっぽど早いわな」
「それでも、時間はかかる。
そうした手配の問題だけではなく、そうした工事をするためには、土地の使用権を巡って交渉する工程が必要となるからだ」
「捜索活動をしている冒険者って、今、どれくらいいるんですか?」
「ギルドが把握しているのは、十五組ほどだな。
単独、つまり一人から数名の集団まで、内実は様々だ。
どこまで当てになるのかも、まったく未知数」
「ギルドが把握しているっていうことは、その人たちが捜索活動に入ると、わざわざギルドまで宣言しに来たんですか?」
「そういう者も居ることは居たが、ほとんどは捜索に必要な情報をギルドから貰うために顔を出した感じだ。
クエストの告知をする際、希望者には行方知れずになった者の情報など、必要と思える支援をすることを約束している」
「それくらいの支援がなければ、探しようもないか」
「そうとも限らんぞ」
「え?」
「ギルドが把握している者は、十五組ほどでしかない。
しかし、実働している冒険者は、その数倍にもなるという噂もある」
「でも、捜索対象についてなにも知らない人たちが、どうやって捜索するっていうんですか?」
「ここいらでは、風変わりな魔法が発達していてな」
「そういう噂は、よく耳にしますね」
「占いとか、人捜しの魔法に自信があるやつも、それなりに存在するらしい。
それと、西方に有力者にコネがあって、気軽にその手の問い合わせが出来る人間とかだな」
「捜索する方法も、千差万別か。
いや、どんな方法に頼ろうとも、実際に探し人を見つけてこっちまで連れて来てくれれば、文句はないんですが」
「この件について、ギルドとしては完全に手詰まりだ。
後は実働している登録冒険者たちの働きに期待をかけるしかない」
「おれたちはおれたちで、他にも仕事はいくらでもありますからね」
「この件はこの件で重要なんだけど、他の案件も大事だからなあ」
「というか、仕事多過ぎ、増え過ぎ」
「職員の求人もかけているし、新人はどんどん入れている」
「にしたって、入ってからすぐに使えるわけじゃないでしょ!
仕事をおぼえるのにもそれなりに場数を踏む必要があるわけで!」
「つまりは、時間がかかる」
「うちのギルド、定型的な仕事ばかりじゃないからねえ」
「決まり切った処理を淡々と繰り返す事務員も、それなりに大事なんだけどね」
「その事務員も、足りない。
これから各種工事が増えていくことを考えると、さらに足りなくなる」
「人を増やすための努力はしている。
今の時点では、それで勘弁してくれ」
「同じようなやり取り、今頃森東地域中のギルド支部でやっているんだろうなあ」
「そうした、決まり切った事務仕事だけではなくて、うちの場合、型にはまらない仕事もそれなりに多いから……」
「それをうまく処理出来る人間も、まだまだ増やしていく必要があるわけか」
「実際には難しいよ。
特殊なクエストとか、その手のクエストに食いついてくる登録冒険者たちって、どちらも一筋縄ではいかないから」
「あの!」
職員たちが雑談をしてみる場に、慌てた様子の職員が新たに入ってくる。
「たった今、かなり特殊なクエストの発注を出しに来た方がいらっしゃって!」
「ほら来た」
「で、今度は、誰がどんなクエストを出しに来たんだよ?」
それまで雑談に興じていた職員たちは、興ざめしたような、どこかしらけた表情で駆け込んできた職員に問いただす。
「その様子では、どうせ今回も、ろくでもない内容なんだろうが」
「ろくでもないかどうかについては、なんともいえません。
物の見方にもよるでしょうから」
駆け込んできた職員は、表情を引き締めていった。
「ただ、なにもかもが異例のクエストであるということは、断言が出来ます」
「もったいつけずに、さっさと内容を説明しろよ」
「クエストを発注した方の名は、バイラド・ゴロジオ様。
他ならぬ、ゴロジオ王国の王様ご自身です」
職員がその名を出した途端、その場に居合わせた全員の表情が凍りついた。
「クエストの内容は、空偵隊を追撃した下手人の特定と討伐。
というより、ゴロジオ王自らその賊を討伐してやるから、冒険者ギルドにはそのために必要な手配一切を任せる。
と、そうおっしゃっています」
「いや、任せるっていったって」
凍りついていた職員の一人が、どこか脱力した表情で呟いた。
「その下手人をどうやって捜して、どこに居るのか突き止める。
その方法を、こっちだって模索している最中だっていうのに」
「まあ、無理ですよね。
というより、無茶ですよね」
報せを持ち込んできた職員は、そういって大きく何度も頷いた。
「実行不可能な内容として、クエストの受付をお断りしますか?」
「いや、待て」
ある職員が、そういいながら立ちあがった。
「無茶な内容だとは思うが、考えようによっては渡りに船ではないか。
今回の下手人は、飛竜の一種か同等の能力を持つ存在であると仮定されている。
そんな存在に正面から対抗出来る、いいや、対抗しようとするやつは、あの王様くらいしかいないかも知れん」
「今回の場合、能力よりも適性の方が問題になるかと思いますが」
「ただ、このクエストを実行するにあたっては、下手人の正体を突き止めるだけでも、かなり入念な準備を必要とする。
ついさっき、似たようなことをはなしていたところだ」
「人手も時間もかかる。
ということは、それだけ金も必要となる」
「かなり大規模なクエストになるな。
あの王様がいくら金持ちでも、このクエストにかかる費えすべてをまかなえるとは思えん」
「あの、そのことについて、ですが」
報せを持って来た職員が、おずおずと片手をあげて伝えた。
「当のゴロジオ国王様から提案がありましてね。
初期段階においてかかる費用については、ゴロジオ国王様自らが私財を投じる。
当然、それだけではまるで不足するはずであるから、森東地域内にある全冒険者ギルドの支部に、布告を出せとの仰せで」
「どんな内容の布告だよ?」
「この目的のために使われる金子、そのすべてを寄付でまかなえるものと、ゴロジオ国王は見ています」
その職員は答えた。
「なにせ今回の下手人は、この森東地域の平和をいたずらに乱す悪漢であるから、だそうで。
その悪漢を討伐するための費用さえ、地元住人が出そうとしないのであれば。
そんなやつらは、そのまま見捨ててしまえ!
とのことでして……」
森東地域全域、といっても、物理的にはすでに冒険者ギルドの支部が設置されている地域内に、自然と限定されてしまうわけだが。
それでも、それだけ広い領域すべてから制限なく広く寄付を募り、その金子によって活動費をまかなう。
かの人物らしからぬ、どこか筋が通った提案、であるように思えた。




