新手の刺客たち
「……あれが、ルシアナを倒した野郎、ねえ。
こんな野営地で肩にトカゲを乗せているやつなんてそうそういやしないだろうから、見間違えようもないわけだが……」
ロック鳥が倒されたばかり直後の王国軍野営地で、そう呟く男がいた。
「どうにも、抜けた顔をしているな。とても強敵には見えない。
っと。
それで油断しちまったら、またそぞろ、マニュルたちの二の舞か。
に、しても……ロック鳥の動きを止めたとき、あの男がいたのはあの辺だから……うーん。
ずいぶんと、有効範囲が広い能力だな。
はは。
こりゃ、マニュルでなくても手こずるか」
ぶつくさとひとりごとをいったあと、その男の姿はなんの前触れもなくかき消えた。
『いいか、投擲爆弾を持つ者、それも投げる寸前のやつを狙って狙撃しろ』
ガグラダ族のモトラスはかつての同胞にむかって弓を引いている。夫のアジャスのそれと比較しても遜色がない、立派な強弓だった。ついこの前までの味方を今、敵としてみていることにも、特に矛盾や葛藤を感じていなかった。
『そして、一回矢を放つごとに素早く移動しろ。
やつらは矢が放たれた場所を狙って矢を放ってくる』
なにしろ、こちらには……森の守護者たるエルフの、それも名だたる戦士であるファンタルさまがついているのだ。
迷うべき理由がない。
モトラスは矢を放ち、その矢が命中したのかどうか確かめる前に身を翻して全速力で駆けだしている。
ファンタルの忠言は、やはり正鵠を射ていた。
ついさっきまでトモラスがいた空間に、何十という矢が突き刺さる。
少し遠くで、おそらくは敵軍の中で、爆発音が聞こえてきた。
本当なら森の中で炸裂するはずだった爆弾が、よりにもよって敵が密集している中で爆発したのだ。その被害は、推して然るべきであろう。
モトラスだけではなく、モトラスの夫のアジャスやその他のガグラダ族も、今頃同じように「敵軍中の投擲爆弾を持つ者」を狙撃をしているはずだった。
森ごと爆破しながら前進する……という山岳民側の作戦は、当初こそ対応が遅れてそれなりの被害を出したものだが、種が割れてみればどうとでも対処が可能な代物だった。
森の中で炸裂した爆弾は、音や爆風こそ派手なものの、木々が邪魔をして思ったほどの威力を発揮していないようだった。なにしろこの森はあまり人の手が入っておらず、原生林近い。樹齢が高い木々が多く、そうした長い年月を経てきた木々は容易なことでは折れなかった。
また、次々と爆弾が投下されたため、直前の爆弾によって起こった火が爆風によってすぐに吹き消されるという事態が続出した。
ときおりくすぶる火種がないわけでもなかったが、特に延焼する様子もなくすぐに消えてしまったようだ。基本的に生木は燃えにくい。大規模な山火事が発生するためには、それなりの火勢が必要なのだ。
そして、山岳民側の新しいやり口をしったファンタルは、即座に対応策を伝えた。
矢の腕に自信があるガクラダ族がまずその策に乗り、それから洞窟衆や一部傭兵たちも別個に動いているらしい。
こうして、山岳民軍の内部で、自軍の爆弾が暴発する事例が急に増えることになった。
狭い山道では、敵味方が入り交じっての乱戦が続いていた。
中でも目立つのは、全身を血に染めてて盾とメイスを振りかざす、ブシャラヒム・エルマヌニアである。大柄な体躯であることもあり、ブシャラヒムの姿は王国軍の中でもひときわ人目にたった。メイスを一振りするごとに着実に複数の敵兵を沈めていくブシャラヒムの姿を、王国軍兵士は心強いものとして認識しているようだった。
全身を金属鎧で覆ったブシャラヒムら、重装歩兵隊は、その装備の重さゆえ、長時間の作戦行動には耐えられないものされていたのだが、ブシャラヒムはもう一時間以上もメイスを振るって敵兵を沈黙させ続けている。
異常な体力といえた。
ブシャラヒムが一人奮戦している中、他の重装歩兵たちは交替をしながら任務にあたっていた。
今回の防衛戦は、このいくさ全体の今後を左右するかも知れない……と、出立する直前にムヒライヒ・アルマヌニアに告げられているのだ。
投石機の脅威が取り除かれれば、山岳民どもはにわかに勢いづくだろう、ともいわれている。
ともあれ、重要なのはこの山道をふさぎ、敵兵を一人たりとも通過させないことだった。
そのためにはブシャラヒムのように常時いきりたつ必要もなく、適度に休憩を挟みながら、できるだけ長い時間、持ちこたえることが肝心であった。なにしろ今回の敵兵の数は、今までに例がないくらいの大軍だ。
無理をせず、一人でも多くの敵兵を葬り去ることが、この場にいる王国軍兵士たち全員の使命だった。
その重装歩兵の頭上を越えて、次々と矢が、山なりの弾道で射かけられていた。
重装歩兵ほどには装備に恵まれない、比較的軽輩の歩兵たちの仕業だ。
敵軍が密集している以上、その一人一人を狙う必要はなく、とにかく段幕を張っていばそれなりの損害を与えることができた。仮に命中しなかったとしても、敵の勢いを削ぐ程度の効果はあるはずだった。
「……ふん」
その様子を関知して、詰まらなそうに鼻を鳴らした男がいた。
「押されているじゃあないか。
……バツキヤらしくもない。
とはいえ……この状況じゃあ、仕方がないか」
呟くと、男は、軽く眉根を寄せた。
「もう一人のお嬢さんは、っと……なんだ。
あんな離れたところにいやがる」
『おい! マニュル!
この大変なときに、お前、そんなところでなにサボっていやがる!』
「その声は……バクビェル!」
草地にうずくまっていたマニュルは、跳ね起きた。
「こっちに来てたの?」
『おうよ。今ついたところでな。
というか、中央がな。
ルシアナ没後の連合体制を憂慮して、こっちのいくさを早めに片づけることに決定した。
それで急遽派遣されてきたのが、おれたちってわけよ』
「おれ……たち?
他にもまだいるの?」
『おいおい。
おれの能力は戦闘向きでもないし、こんな短時間でここまで来れるもんでもないってことはお前も知っているだろう?
聞いて驚け!
マイマスにハダット、ベスメルにオデオツ、極めつけは、戦闘伝令師のトグオガ!
ルシアナの子らの中でも極めつけの戦闘狂どもが勢ぞろいだ!』
「そ……それは、そうそうたる面子だねえ」
マニュルは、呆然と呟いた。
「でも……どうしてバツキヤではなくて、こっちに先に声をかけてきたの?」
『ああ、それなんだがな、マニュル……』
バクビェルの声が、一段低くなった。
『……トグオガの野郎に、放り出された。
そっちのチュシャを使って、おれたちをバツキヤのところまで送ってもらえないか?』
「やーやー、お待たせお待たせ……って、なんか一人増えてるし。
おお、そこにいるのはロック鳥を失ったばかりで傷心中のマニュルちゃんじゃないか!」
戦闘伝令師のトグオガは、痩せた長身、若い男だった。
そのトグオガが、マニュルの頭に手を乗せてぐりぐりと乱暴に髪の毛を乱す。
「やめてよ!
そんなことをしている場合じゃないし!
それよりトグオガ! あんた、みんなを放り出してどこにいってたの!」
「ああ、ちょっくら、あのルシアナを倒したのがどんなやつなのか、見物にいってきた。
お陰様で、あの野郎がロック鳥をずばっーとやっつける様子も、つぶさに観察できたぜ」
「……それって!」
マニュルが、大声をあげようとする。
「まあ待て、お子さま。
なあ、マニュルよ。
お前さん、おおかたバツキヤの注意を無視して勝手な真似をした始末があのざまなんだろうが……まずは敵の様子をしっかりと把握しないことには、対策のたてようもないだろ?
お前さんは、まあよくやった方だと思うよ。なんだかんだいって、敵軍を手痛い目に遭わせた。
だけどまあ、あのトカゲ野郎は、経験の浅いマニュルちゃんの手には余る。
あいつは経験豊富なおれたちにまかせて、マニュルちゃんたちはその他の雑兵どもを相手にしてな。
んで、バクビェルさんよ。
バツキヤちゃんの居場所は把握してんの?」
「ああ、している」
千里眼のバクビェルは頷いた。
「……そこだ」
「おお、来た来た!
相変わらず、あんたの能力はとっても便利だなあ!
遠見と映像伝達の合わせ技とは!
おれたち伝令師は、見知らぬ場所へは移動できないからな!
それじゃあ、みんな、手を繋いでくれ!
みんなでバツキヤちゃんのところへ!」
「……それで、皆さんでこちらへ」
いきなり現れた数名のルシアナの子らを見て、バツキヤは軽くため息をついた。
「援軍は、大変にありがたいのですが……ご存じの通り、こちらは取り込んでおりまして……」
「まあまあ、バツキヤちゃん。
そんなに眉間に皺を寄せてないの。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
笑顔を浮かべたトグオガが、軽い調子でそういってくる。
「あ、おれ、これから中央のお偉いさんをこっちに運んでこなけりゃならないから、ちょっくら席を外すけど、他のやつらはバツキヤちゃんの好きにつかっていいからさ」
いいおえると同時に、トグオガの姿は見えなくなった。
「……相変わらず、忙しない方ですね」
バツキヤは、またため息をついた。
「性格はともかく、あれで腕の方は確かなのだがな」
千里眼のバクビェルは生真面目な顔で頷いた。
「やつはともかく、バツキヤよ。
お前の知略とおれの情報伝達能力、それに、他のやつらの能力を組み合わせれば、一気に戦略の幅が広がるはずだ。
おれたちのことは、好きに使え。
一度くらいは、全力で戦ってみろ」
「……全力で、ですか?」
「ああ、そうだ。
バツキヤよ。お前はどうも、遠慮しがちな性格をしているからな。そのおかげで自分の能力を十全に使い切っていない傾向がある。
そうした後輩の手助けをしてやるのも、おれたち年長者の役目だ」
バクビェルの言葉に、他のルシアナの子らも頷いている。
「まあ、おれは、血が見れればどうでもいいっすけどね」
「んふ。んふふふふっ。
マニュルちゃん、バツキヤちゃん……。
んふふふふふっ」
「で、どいつから潰せばいい?」
「……」
「では……ハダットさんにオデオツさん。
この山道の先にある敵兵を倒しながら、その先にあるはずの投石機を破壊してください。
余裕があるようでしたら、その先にある砦まで壊してくれても構いません」
「わかった。
敵兵と投石機と砦を潰す」
そう答えたのは、豪腕のオデオツ。
がっしりとした体格の男だった。
「そうかそうか。
まずは手近なところから血祭りにあげてこようなあ」
そう応じたのは、軽佻のハダット。
オデオツとは対照的な、痩せこけた小男だった。
「そんで、バツキヤちゃん。
血祭りにあげる連中がいる方向は?」
「あちらになります」
バツキヤは、山道の先をまっすぐに指さす。
「くれぐれも、味方に手出しはしないように……」
「わかっているさぁ!
ほい!」
軽佻のハダットはひらりと身を翻すと豪腕のオデオツの肩に乗った。
いくら体格差があるとはいっても、男一人を肩に乗せればそれなりの負担がありそうなものだが……オデオツは苦にする様子もなく、それどころか跳ぶような軽い足取りで走り出した。
「ねえ、バツキヤちゃん。
こういってはなんだけど、あの二人、あんまりおつむがよろしくないから、おねーさん、すっごく心配。
もう一人か二人、監督役でつけていった方がよくはないかしら?」
「戦力を必要としている戦場は、他にもありますので」
バツキヤは、冷然といい放つ。
「マイマスとベルメスさんは、彼らとは反対側にむかって目につく限りの王国軍兵士たちを片づけてください。
味方の軍勢も呼応するはずですが、その人たちを巻き込まないように」
「んふふふふ。
いわれなくとも、破壊のベルメスとその護衛、瞬火のマイマスの組み合わせは無敵よ!
必ずや、バツキヤちゃんが望む戦果を挙げてみせるわっ!」




