敵対者の利用法
「どうも、うちの空偵隊の計画内容が漏れているようなんだよね」
マヌダルク姫が執務室を出た後、ハザマは通信でオットル・オラを呼び出す。
「この広い空の下、偶然、襲撃者に襲われるってことはないわけでさ。
エンカウントするにしても、事前にどこをどういうコースで飛ぶのか、知っていないとどうにもならない」
『内部に敵側の間者が入り込んでいるということでしょうな』
オットル・オラの反応は的確だった。
『空偵隊に限らず、森東地域の組織は急造のものばかりですから、よほど怪しい者でもない限り、内部に潜伏することは難しくはないでしょう』
「それをいったら、洞窟衆関連のほとんどの組織はそんなもんなんだけどね」
ハザマはそういい切った。
「こっちの情報が漏れるのは、まあいいんだ。
そうなる可能性を見越して、放置している部分もあるわけだし」
『はあ』
オットル・オラは戸惑ったような息をついた。
『それでは、なにをすればよろしいのでしょうか?』
「情報が漏れるのはいいにしても、それを誰がどういう経路で、誰に伝えているのかは把握しておきたい」
ハザマはいった。
「泳がせて、敵側の本体に近づくんだ」
『そういう細工でしたら、うちの領分でしょうな』
オットル・オラは力強い口調でそういった。
『すぐに必要な人数を集めて手配します』
「急いでくれた方がこちらとしてもありがたいけど、そんなにすぐ、必要な人数が集まるもんなの?」
ハザマは確認した。
「そちら、慢性的に人手不足だと聞いているけど」
『だからですよ』
オットル・オラはいった。
『今回の相手は、おそらくは詳しい背景などはなにも知らされず、空偵隊内部の動向を知らせる引き換えに金品を受け取っているものと予測されます。
うちの組織形態ですと、変に慣れた者が潜伏するよりは、普通に現場で働いている者を買収する方がずっと早いはずですから』
「なるほど」
とりあえず、ハザマは相槌を打っておいた。
「その素人の動向を見張り、尻尾を掴む仕事になるわけか」
オットル・オラは諜報部門の責任者であり、この手の判断能力は確かなはずだ。
少なくとも、ハザマ自身の素人判断よりは、ずっと確実なはずなのだ。
『まだ仕事に手慣れてない連中の実習の場としては、それなりに相応しい舞台であるかと思います』
オットル・オラはいった。
『空偵隊の拠点、すべてを探らせますか?』
「そうするのが理想的だが、人手とかが足りない場合は、西側の拠点を優先して探らせてくれ」
ハザマは即答する。
「どうも敵さんは、おれたちがこれ以上西進することを面白く思っていない様子だ」
『状況から見て、そう考えるのが、妥当でしょうな』
オットル・オラはいった。
『あるいは、攪乱として、われらにそう信じ込ませるが目的であるかも知れませんが。
西側の拠点を重点的に、しかし可能な限りすべて拠点を探らせてみます』
「そうして貰えるとありがたい」
そんなやり取りの後、ハザマはオットル・オラとの通信を切った。
「さて、と」
通信を切った後、ハザマは執務室の椅子に体重を預け、傍らに控えていたリンザにいった。
「聞いての通りだ。
この後、おれたちはなにをやるべきだと思う?」
「グライダーを襲撃した者を撃退するための、具体的な方法を考えます」
リンザは即答する。
「そして、それを確実に実行可能な部隊を急遽仕立てます」
「正解」
ハザマは小さく頷いた。
「敵に関する情報を集める手配をした後は、実戦部隊をでっちあげなけりゃならん。
その敵がなにを目的としているのか、そいつがわからないことには交渉のしようもないわけだが、その交渉がこじれたり交渉する余地がなかったりした場合、結局ものをいうのは暴力だ。
空偵隊を襲撃した者の正体は、今の時点では不明だが、状況から見るとある種の飛竜である可能性が高い。
その竜であることを前提にして、確実に位置を把握して追跡し、殲滅できる即応部隊を組織させてくれ」
「そういうのは簡単ですけどね」
リンザはため息混じりにいった。
「実際にやるのは、かなり難しいですよ、それ。
さっきご自身でもいっていたじゃないですか。
この広い空の下では」
「敵の現在地や飛行ルートを把握し、接敵するだけでも難しい」
ハザマは、また大きく頷く。
「難しいことはわかっている。
だからこそ、今のうちから確実にその仕事をこなせる方法を、研究させておくんだよ。
冒険者ギルド、それも森東地域だけでなく、ギルドの全支部に伝えて緊急クエストを発注しておいてくれ。
飛竜を見つけたり、堕としたりする具体的な方法、アイデアだけでも、実用性がある方法を提出したやつには賞金を出そう」
「……それだけ大々的に動くとなると、こちらが対策に乗り出したことがその敵側にも自然と伝わると思いますが」
リンザは、そう指摘をする。
「かえって、相手を刺激することにはなりませんかね?」
「せいぜい刺激してやるさ」
ハザマはいった。
「こっちは本気でお前らの相手をしてやるぞと、そう触れ回ってやればいい。
それでなんらかの反応が得られたら、それだけでも相手がどういうつもりなのか予測を立てる根拠になる。
ああ、それとな」
「まだなにかあるんですか?」
リンザは反射的に訊き返していた。
「嫌な予感しかしませんが」
「空偵隊のグライダーが立て続けに追撃された、らしい。
そういうニュースを大々的に伝えた上で、この非道を訴えて、謎の襲撃者に関する情報を持って来た者には賞金を出すという触れも出しておいてくれ。
森東地域全域で、だ」
「はあ!」
リンザは声を大きくする。
「そんなことをしたら、下手したら、暴発しかねませんよ!
今の彼ら、森東地域の人たちにとって、街道開発の拡大こそが正義になっているんですから!」
「そう。
その、開発計画を遅らせる不届き者がどこかにいるぞと、大声で触れ回るんだ」
ハザマは平然といい放った。
「そうすりゃやつら、地元の連中は、沽券にかけても草の根かき分けて下手人を捜し出してくれる。
あちらの事情に疎いおれたちが下手に動くよりは、よっぽど確実に仕事を遂行してくれるはずだ。
ええと、それから、だな」
「今度はなんですか?」
「まだ帰還していない空偵隊員について。
本人を連れてきたり、それが無理でもその所在などについて、情報を持って来た者にも賞金を与えるように手配をしておいてくれ」
「それは、なんというか、当然ですね。
というか、それこそ、真っ先にやるべきです」
「順番はそっちの裁量に任せるさ。
なんにせよ、最終的にはそのすべてを成功させなけりゃならんわけでな」
ハザマはいった。
「ましてや、今回空察隊の連中が襲われたのは、おれたちがまだ進出してもいない地域だ。
自前で無理のない救出作戦をしようにも、現地の状況すらろくにわからん。
だったら冒険者ギルド経由でクエストとして発注しちまった方が、まだしも成功率は高いはずだ」
そうしたクエストをわざわざ受けようとする連中は、つまりは該当地域の事情に通じていると、そういう自信を持った連中であるはずだった。
こうした時、冒険者ギルドというなんでもありな組織形態は、実に頼りになる。
「とことん、巻き込むつもりですね」
リンザはハザマに確認した。
「森東地域の人たちを」
「巻き込むというか、連中こそが当事者だろう」
ハザマは即答する。
「空察隊の連中も、そのほとんどは現地採用された人間なはずだ。
それに、今まで森東地域の連中の足並みが揃いきれないのには、大きな理由があってだな」
「なんですか?
それ」
「連中には、な。
これまで、共通の敵が存在しなかった」
ハザマは、きっぱりとした口調でいった。
「烏合の衆をいきなり結束させるために、一番効果がある方法は、誰もが認める敵対者を用意することなんだ。
今回、まあ困難といえば困難なんだけど、その分、おれたちが一番欲しかった敵対者が、向こうから飛び込んできてくれた。
そういう側面もある。
肝心の敵の正体や思惑が、今の時点ではまだ不明なんで、確かなことはいえないが。
流れによっては、おれたちにとって理想的な展開になるかも知れない」
「空察隊を妨害した人たちを、森東地域の人々を結束させるための犠牲者にでっちあげるつもりですか」
げんなりとした表情で、リンザは嘆いた。
「なんというか、よく、そういう方向にばかり頭が回りますね」
感心したのではない。
リンザは、心底呆れていた。




