山道の激突
敵兵が投擲した布袋が裂け、中身の黒い粉末が空中に舞う。
あっ、と思ったときには、それらに引火して、盛大な爆発が起こった。
音。
そして、爆風。
肌を焼くほど熱せられた大気が押し寄せてくる。
スセリセスは吹き飛ばされないよう、ヴァンクレスの腰に回した腕に力を込めた。
「くそっ!」
ヴァンクレスが悪態をついて馬首をめぐらせる。
「帰るぞ!」
一見して猪突猛進ばかりしているようにみえて、ヴァンクレスは引き際や戦いの機微を本能的にわきまえている。
単騎だけで味方からかなり距離を置いて突出していることは確かであるし、この場に踏みとどまるべき積極的な理由もない。
実は、踏みとどまってヴァンクレスに応戦している連中とは別に、まっさきにこの場から逃げ出した者の中にいた軍師のバツキヤがいて、このいくさに残った諸部族をまとめているかなめであるこの女性を始末すれば山岳民連合は瓦解するのだが……そうした事情までは、ヴァンクレスの知るところではなかった。
「……小僧。
最後に一発、デカいのをぶちかましたれ!」
スセリセスは途中まで唱えていた呪文を早口に完遂させる。周囲の熱せられた空気を払うための、風を操る魔法だった呪文に、あわてて威力を増す呪文をつけ加えて。
ヴァンクレスたちが乗る馬を包囲していた人々を暴風が吹き飛ばした隙に、人馬は全速力で逃げ去った。
バボタタス橋から侵攻してきた王国軍は現在、動きを止めて橋の前後に防御陣地を構築しはじめたところだった。山岳民軍とは、距離を置いて睨み合いになっている。投石機の射程範囲に入りたくないので、どうしても消極的な動きしか選択できない状態だった。
「ありったけの投擲爆弾を持ってきてください。この場で使い切っても構いません」
バツキヤが、指示を飛ばす。
「あとのことはあとで考えます。
最近では遅れがちですが、補給路が途絶えているわけでもありません」
確かに敵軍によって補給線が分断されているわけではない。ただ、以前のように家畜が使役できなくなったので、物資の搬送が滞っているだけだ。
待ち続けさえすれば、食料もその他の物資も、そのうちにここに届けられるはずだった。
どのみちこの場を切り抜けないと、先はないのだった。
やるべきことを決定したら、場数を踏んでいる山岳民連合の兵士たちの動きは早かった。
続々と投石機があるはずの山道へと人が流れていく。
幸い、この山道の入り口は投石機の射程範囲に含まれていないようで、攻撃を受けた形跡がない。
「山道へ少し入ったところから、敵の迎撃がはじまるようです。
十分警戒して……なんだったら、早めに周囲の爆破をはじめてください」
バツキヤの声が響く。
当然のことながら、これまでに失敗した山道攻略の記録をバツキヤは暗記していた。
山岳民の兵士たちは、次々と投擲爆弾を森の中に放り込み、爆発させながら慎重に前進した。
森の中から不意に降り注ぐ大量の矢の洗礼をわざわざ受けたがる者がいるはずもない。
多くの投擲爆弾はどこかの木の幹や枝に引っかかり、森の比較的浅い場所で爆発した。周囲の木々をすべてなぎ倒すほどの爆発力はなかったが、それでも爆風が細い枝や若い木を倒し、落ち葉砂埃などを周囲に巻きあげ、視界を悪くしていく。
異変に驚いた動物たちが鳴き声をあげながらどこかへと逃げ去っていく気配がする。
散発的に森の中から矢が射かけられてきたが、矢が飛んできた方向に携帯用連弩による斉射が行われて沈黙した。携帯用連弩とは本来据え置き型である連弩を無理矢理持ち運べるようにしたものだが、お世辞にも小型化に成功したとはいえず、体格の優れた者にしか扱えない代物になってしまった。
その代わり、威力の方は据え置き型に遜色はなく、ごう短時間のうちに二十本の矢を撃ち尽く、目標の殲滅には威力を発揮した。
投擲爆弾を放り投げては体を伏せて爆風をやり過ごし、合間に来る攻撃を連弩で沈黙させながら、山岳民連合の兵士たちは進む。
もともと場数を踏んできた者が多く、やるべきとが決まってさえいればスムーズな連携を行えるのだった。
「……やつらが来た、か……」
心話通信を受けたファンタルが呟く。
『やつら、爆弾で森を吹き飛ばしながら進んでます!
応戦しようにも、すぐに何倍もの矢で応射されて……』
「ああ、爆破音はここまで聞こえている。
少数の観測班のみを残して引き上げて来い。応戦しようとは考えるな。無駄だ」
『しかし……』
「やつらも死にものぐるいだ。
対応を誤っても被害を大きくするだけだぞ。
そこで無駄死にするよりも、本隊に合流して援護に回れ」
『……はっ』
「来ましたか?」
地図に目を落としながら、ムヒライヒ・アルマヌニアがファンタルに問いかけた。
「騎兵隊に突撃命令を」
顔をあげもせず、ムヒライヒはそう命じる。
いずれ、山岳民どもがこちらの投石機を破壊しに来ることは予想の範囲内にあった。迎撃の準備も、当然整っている。
「突撃命令だ! 突撃命令が出たぞ!」
「騎兵隊並びに歩兵隊、準備を急げ!」
「一気に切り崩して片をつけるぞ!」
「今度のやつらはたっぷりと爆薬を持っているらしい! 気をつけろ!」
怒号が飛び交い、やがて馬蹄の音が鳴り響く。
そして、重装歩兵隊の重たい足音が続く。
「今、本隊が出発した」
ファンタルは心話通信で森の中にいる者たちに告げた。
「本隊が敵兵と接触する前後に援護射撃を。
散発的な抵抗よりもよほど効果的だ。
爆弾からは、とにかく距離を取れ」
「便利なものですな。
その、通信というのは」
ムヒライヒがファンタルに声をかけてくる。
「なにより、その即応性が羨ましい」
今の時点では、洞窟衆が使用する心話通信の基本原理は外部に漏れていなかった。
「なんらかの魔法を使用していることは想像がつきますが、いったい、どのような原理のものなのですか?」
その心話通信は、投石機の着弾地点を確認する際などにも大きく貢献している。
ムヒライヒほどの人物であれば、その利便性に気づかないわけがない。
「それは……企業秘密というやつだ」
「きぎょー……秘密。
さて、それは……耳慣れない言葉ですが」
「ハザマがいうには、部外者には教えてはならんということだそうだ」
「……なるほど。
しばらくは洞窟衆のみが使用できる状態にしておきたいのですね」
ムヒライヒはしたり顔で頷いている。
「遠く離れた地でも複雑な通話ができるとすれば、それだけの価値は十分にあります
」
広い戦場でも確実に部下に指令を届ける方法は、ムヒライヒも切実に欲しいと思う。ムヒライヒだけのことではなく、この時代の指揮官なら誰でも喉から手がでるほどに欲しがることだろう。
「その企業秘密によると……どうやら、両軍が接触したようだ」
「いけいけーっ!」
「蹴散らせっ!」
ときにヴァンクレスのような例外はあるものの、基本的に王国内で自由に馬に乗れるのは身分的にはかなり上の部類になる。馬自体がそれなりの動産である上、維持費もそれなりにかかり、普段から乗り慣れることが可能な身の上ともなると、ほとんどそれなりの有閑階級に限定されるからだ。
この日、騎兵として山岳民に対して突撃を敢行した騎兵たちも、そのほとんどが貴族の称号を持つ家の出であった。
先頭の何名かが山岳民に投擲された手斧をまともに受けて落馬したが、それでも騎兵たちの勢いは衰えない。
すでにこれまでの推移により、多くの将兵を殺したり殺されたりしている。
この山道でも、渡川作戦直後から激しい戦闘が何度となく繰り返されていた。騎兵たちもこれまでに散っていった仲間の怨みを呑んでこの場に来ているのだ。
山岳民たちも連弩や投擲爆弾などで応戦したが、何十、何百という数の騎兵にはあまり効果はなかった。
多少、数を削ったとしても突撃の勢いが緩むことなく、容赦なく蹂躙されていく。
怒号と悲鳴、爆音が幾重にも重なり、乱戦となった。
王国軍の騎兵の合間を縫うようにして、森の中から矢が降りかかる。洞窟衆とその指導を受けた伏兵による攻撃だった。
山岳民側も座視して攻撃を受けていたわけではなく、遠い間合いでは連弩や弓、手斧などを使い、近距離では勇敢にも騎兵に飛びかかって直接攻撃をかけた。
特に「騎兵殺し」の異名を取るドワーフ隊の働きは凄まじく、長柄の得物を自在に振り回して突進してくる騎馬の足を両断することも珍しくはなかったという。彼ら、ドワーフ隊の働きにより、騎兵による突撃はかなり勢いを減じられることとなった。
そのドワーフ隊以上に効果を現したのが、山岳民側の兵数であった。
道幅が狭いことを理由に馬こそ連れていなかったが、この狭い戦場に何万という人数を投入している。
以前、バツキヤは名目上の主君と同道してこの同じ山道で戦ったことがあったが、今回の兵数は軽くあのときの数倍以上はいる計算となる。
投石機による大打撃を受けた直後とあって王国軍ヘ対する怒りも大きく、戦略的に見ても、ここで負ければもうあとがないという覚悟もあり、山岳民側の戦意は高かった。
騎兵と歩兵が激突している間にも投擲爆弾を森の中へ放り投げつけ、森の中にいる射者たちへの牽制をし続けた。
結果、王国軍側の騎兵はかなりの山岳民兵士を葬ったものの、そのかわりに自らの命をその場で散らすことになった。
王国軍騎兵がほとんど山岳民兵の海に呑まれたとき……王国軍歩兵隊が、山岳民兵士たちの前に姿を現した。
「投げろ!
投げろ!」
「放てぇっ!」
何十という投擲爆弾が王国軍歩兵隊にむかって飛んでいき、同時に、何百という矢が両軍から放たれる。
騎兵とは違い、歩兵の移動速度では爆弾の上をすぐに通過するという真似は不可能であった。
また、投げ返そうとして前に出れば、文字通り矢面に立つことになり、そのまま矢や連弩の餌食となる。
「進め! 進め! 進め!」
怒鳴りながら、山岳民兵士たちは前進を続けた。みな、戦いの雰囲気に呑まれ、殺気立っている。
「進め! 進め! 進め!」
「踏みとどまれ!」
そう指示を出したのは、ドルバル・バスコス。
アルマヌニア公配下の貴族であった。
以前、この同じ山道でムヒラヒ・アルマヌニアの留守を預かる形で防衛戦を指揮していた者である。
その前からそれなりに従軍経験を詰んでいたのだが、あの防衛戦以来、「ドルバルの粘り強さ」がどうも過剰に評価されるようになった。
確かに、敵の大軍を退けた功績は功績として……だからといって、再度また同じような場面に投入するのは、如何なものか? ……と、当人としてはかなり不満に思っている。
あのときもつらい戦いであったが、今回のつらさは、そのときの比ではない。
敵の数と本気さが、まるで違っている。
「ドルバル卿!
貴公はここを死守せよ!」
すぐうしろで、胴間声がした。
「前のときは参加できなかったからな!
今度は、働いてみせる!
いくぞ! 者ども!」
兜をかぶっているため声がくぐもっていたが、ブシャラヒム・アルマヌニアの声だった。
そのブシャラヒムの声に、「おう!」と応じる何十もの声。
大きく分厚い盾と金属製の装甲で全身を包んだ、つまり、それだけの武装を整えることができる貴族の子弟からなる重装歩兵部隊だった。
重装歩兵部隊は、雨のように降りかかる矢をものともせず、盾を大きく前に出して猛然と進んでいく。
「重装隊に続け!」
ドルバルは、新たな指示を出した。
「援護射撃を緩めるな!
爆弾は投げ返せ! それが無理なら、森の中に投げ込め!」
森の中に放り込まれた場合、爆風はかなり軽減されるということにドルバルは気づいていた。木々の幹や枝が、爆風を遮るのだろう。
森の中には洞窟衆をはじめとした弓兵たちがいるはずだったが、今ではかなり慎重に動いているはずだ。
こちらの意図を察して動いてくれることを期待することにしよう。
「……うおぉぉぉぉぉぉっ!」
ブシャラヒム・アルマヌニアは怒声をあげて持っていたメイスを振るった。
一度振るごとに、山岳民兵数名の頭や腕が粉砕される。
体格に優れ、膂力に恵まれたブシャラヒムはこうした近接戦闘を好んだ。遮二無二に得物を振り回していれば、なにも考えずとも敵が勝手に壊れてくれるからだ。
理知的な雰囲気のある次男のムヒライヒとは違い、この三男のブシャラヒムは複雑なことを考えることを苦手としていた。
それになにより、ブシャラヒムは以前、この山道で行われた小競り合いに、自分の判断ミスで参戦できなかったという引け目を感じている。
その他にも、せっかく希望して同道したルシアナ討伐の際、目立った活躍ができなかったという鬱憤もあったのだが……動機としてみると、こちらの方がより個人的であり、他人にとってはどうでもいい心情であった。
「……うおぉぉぉぉぉぉっ!」
とにかく、ブシャラヒムは張り切って、自分の前に血の海を作っていた。




