凡庸無才の支配者
森東地域、それの中でも洞窟衆が進出を果たした地域はこの前後、ある種の熱気に包まれていた。
「熱気」を通り越して、「熱狂」といった方がより正確だろうか。
街道や通信網が整備されていくにつれて、そうしたインフラが恒常的にもたらす事物が広く認知された。
さらには、洞窟衆は大小の先進的な道具なども持ち込んで販売していて、それらは日常的に発生する仕事の効率を大きく改善していた。
無論、そうした恩恵を受けるためには支払うべきものを支払う必要があり、特に街道や通信網など、大規模な事業に手を着けるのには莫大な資金が必要になるわけだが、森東地域の既存勢力は競うようにしてそうした投資を引き受けるようになっており、それによって各種事情の開発速度はさらに加速していく。
小規模な勢力がひしめいている土地柄であるが故に、どこかの勢力が手を出したらそれに乗り遅れまいと周囲の勢力も投資を決意する、という競争原理が働いたことは否定できない。
合理的な判断、というよりは、地域社会における見栄の張り合い、といった意味合いも強く、つまりは自分たちが周囲から取り残されないために、必死で金をかき集め洞窟衆に担保を預けて得た資金をそうした開発に投資し合った。
文字通り、競うようにして。
そうした動きが顕在化して、次々と開発資金が集まり、集まった資金は開発事業の現場で働いている人々の賃金として広範囲にばら撒かれる。
そんな資本的な循環が、誰の目にも明らかなほど勢いづいていた。
最初に洞窟衆が進出した地域、これは、山地に近い、森東地域でも北側のごく一部分を占める狭い場所に過ぎないのだが、そうした地域は早くから街道の整備が進んでおり、その街道を往来する人々が落とす金で潤っている。
街道の整備などの土木工事にも膨大な人手を必要としたが、物流の現場でもそうした事業に負けず劣らず大勢の人間の手が必要となる。
馬は、高額であることに加えて飼料を消費する、つまりは維持費もそれなりにかかる。
第一、必要になったからといって、いきなり増やすことは出来なかった。
現状では、身体能力を向上させる魔法をかけた人間が列をなして荷を運ぶ方が安上がりで済む。
出来たばかりの街道上に、そうした荷運び人足たちが列を作って小走りに駆けていく姿は、街道が使用可能となった地域では日常的な風景になっていた。
それだけ大勢の人間が恒常的に移動するようになると、食糧その他の消耗品も必要となるわけで、それらの売買によって街道沿いの地域は多いに潤っていた。
街道そのものから得られる交通量だけではなく、そうした波及効果も望める事実が広く認知されるようになると、
「投資した分くらいはすぐに取り戻せる」
という楽観的な空気が支配的になり、こうした空気も開発投資を加熱させる一因となった。
実際には、多少消費が活発になったとしても、そうした消費財を常に一定量確保し、無事に売りさばくためには、流通を押さえた上で適正な価格設定で売りさばき、しかも荷を余らせないという一種の商才が必要になる。
つまりは、
「誰が手がけても必ず儲かる」
という性質のものでもないわけだが、とりあえず売る物さえ確保できれば飛ぶように売れることは確かで、こうした要素も加わり、こうした地域の投機熱はさらに加速していく。
「ま、一種のバブルだよなあ」
報告書に目を通したハザマが、ぽつりと感想をもたらした。
「それまで、地域だけで閉じた経済体制しか知らなかったから、この手の資本主義的な流れに免疫がないんだろう」
資本主義的、というより、そうした地域では洞窟衆が進出するまでは、貨幣経済自体が未成熟な状態にあった。
貨幣はそれなりに流通していたが、そうした貨幣を発行して信用を裏付けている有力者は近隣に存在せず、つまりは経済の流れという物をほとんどの住民があまり理解していない。
そんなところに、いきなり洞窟衆が進出して、結果として地元住民たちの眠っていた欲望に火をつけた。
構図としては、そんな形になる。
洞窟衆が大勢の人間に影響を与え、その価値観を根底から揺るがす。
あるいは、破壊していく。
そうした流れは別にこれがはじめてというわけではない。
ハザマとしては、ある程度は予想した上で、自覚的にそうなるように誘導している部分も多分にあった。
そのため、心を痛めるということもない。
この流れ自体も、ハザマにいわせれば想定内のこと、でしかなかった。
「問題は」
このバブルがどれくらい長続きするのか?
あるいは、過熱した時期を過ぎたあたりで、なにを残せるのか?
現在進行中のバブルよりも、そうした将来の要素の方に、ハザマは興味を引かれている。
容易に、予想がつかないからだった。
「不確定要素が多いしな」
と、ハザマは呟く。
面白い、意外な才覚を持つ人間が頭角を現してくれることをハザマは期待しているのだが、そうした結果がハザマの元に届くようになるまでは、まだ少し時間がかかりそうだった。
大勢の人間がひしめきあい、それまで出会うことがなかった価値観が衝突する。
そんな環境は、どうにか整った。
さらに、大きな戦争が起こらない期間がある程度続けば、なんらかの文化や技術は勝手に醸成されていくものだと、ハザマは信じている。
人間という生物は、当面飢える心配がなくなれば、あとは勝手に頭なり手なりを動かして、なにかしらを創造していく性質がある、と。
ハザマは結局、特定個人の突出した才覚よりは、不特定多数の人間がいつの間にか生み出している、自然発生的な進歩の方を信頼する傾向がある。
少数の天才や鬼才を探したり育てたりするよりも、より多くの凡庸な人間に最低限の知識をつけさせて、後は個々人の資質と知識欲に任せて放置しておく方が確実だと、本気で思っていた。
結局、世の中全体を動かすのは、突出した個人ではなく、凡人の集団の方なのである。
洞窟衆にできることも、結局は、そうした進歩が置きやすい環境を作るまで、くらいだと割り切ってもいた。
通信や出版、人材育成にも力を入れてはいたが、洞窟衆が手がけるそうした事業は、基本的に実用本位であり、いかに短期間で仕事を任せられる人間を作るか、という一点にのみ特化している。
底辺層を底上げすることを重視して、それ以上の込み入った研究をする専門家などについては、あまり力を入れて育成しようとしていなかった。
他の事業に資金その他のリソースを費やしていて、そこまで高度な内容にまで手を広げている余裕はない、というのも、一面の事実であったが。
とにかく、ハザマは、ハザマ領なり森東地域なりで、仕事をしてさえいれば食うには困らない環境を構築し、一定期間以上そうした状態を維持すれば、進歩なんかは勝手にはじまるものと思っていた。
最低限の余裕がなければ、知的好奇心を追求することなど出来るわけがない。
領主であり洞窟衆の首領でもあるハザマは、一応、この世界を支配する側の人間ということになる。
そちら側の人間ができることは、結局はそうした、変化や進歩が生まれやすい環境を構築し、維持するところまでなのではないか?
あるいはそれに、ある程度頭角を現して来た人間を見つけ、保護と育成に努める、というパトロンとしての役割を加えてもいい。
突出した才能というのは、どこに現れるのか事前に予想出来るものではないからなあ。
と、ハザマは思う。
大勢の人間が安心して暮らせるようにするのが、そうした支配者側の最大の目的だろう。
戦争や外交、あるいは、経済の発展も、為政者側から見ればあくまで手段であり、目的ではない。
いや、それら自体が、目的化してはならない。
と、ハザマは考えている。
「面倒だよなあ、いろいろと」
口に出して、ハザマは呟く。
様々な経緯があって、ハザマは現在の地位に就いているわけだが、ハザマ自身がこの地位を望んだことはない。
さらに正直にいえば、ハザマは為政者なり支配者なりの才覚を持っていないと、そう確信もしている。
ただ、他の世界での知識を持っている。
それと、それに異邦人であるが故に一歩引いてこの世界のあれこれを見、判断することが出来る、という客観性を持っていた。
この世界の為政者たちとハザマとを隔てる違いがあるとすれば、この二点くらいなものだろう。
この二点を除けば、ハザマ自身は、この世界での為政者なり知識人なりに勝っている要素はない。
少なくとも自己評価としては、ハザマはそこまで特異な突出した知性や才能を持っているわけではないのである。
そんな凡庸な人間に過ぎないハザマが、今ではこれだけ大きな影響力を持つに至っていた。
成り行きというか、ほとんど偶然の積み重ねによってこういうことになってしまったわけだが、それでもこうなってしまった以上、この場所で最善を尽くすしかない。
でも、それは。
「ひたすら、面倒だ」
と、ハザマは、また呟く。
凡庸な人間でしかないハザマにとっては、荷が勝ちすぎる地位でもあった。




