街道の法
そんな理由で、新生したばかりの独立国立法院に属する者たちは、ハザマの過大な要求に悩まされている最中であった。
この立法院とは、少し前ならせいぜい「立法研究部門」程度に呼ばれていた機関になるのだが、今後の独立国家としての体裁を考え、「立法院」という少し仰々しい名称をつけられている。
実態は、帝国並びに王国周辺から招集した法律関係の有識者三十余名で構成されたこぢんまりとした団体でしかなく、しかしこの三十余名は、ハザマの要求する内容を無理のない、実現可能な条文に落とし込むために日夜頭を振り絞っていた。
小勢力ながらも、ハザマ領が新しい独立国家として生まれ変わるための背骨を作る、重要な機関である。
無茶ぶりに近いハザマの要求を満たしながら、現実的に施行可能な内容にまとめるのは至難の技といえたが、この時点では大きな失態も犯さずにどうにか無難な働きをしていた。
そもそも、ハザマの要求する事項はなにかと目新しく、そうした条件を満たしつつ現実的に適用しても問題が起きない法体系を整備することはかなりの困難を伴う。
それに加えて、現在のハザマ領内のみならず、ハザマが直接統治しているわけでもない森東地域内部でまで実効性のある法律を作ることは、かなり難しかった。
そこまで望むのならば、いっそのこと、勢いに任せて森東地域に侵攻して、直接支配下においてしまえばいいのに。
などと公然と口にする関係者が少なくはなかった。
ただこの直接統治方式は、ハザマ自身が強く認識していたように、人的資金的なリソースがまるで足りていないので、仮に試したとしてもほぼどこかで破綻する。
少しでも政治向きの知識を持つ者ならば、そう予測していた。
なにしろ森東地域は広大であり、洞窟衆がその森東地域に投入できる資源にも限りがある。
法律関係の研究者たちは、ほとんど自分の専門分野でしか適切な判断が出来なかったため、こうした錯誤をしていた形になる。
実際のところは、ハザマの方がどちらかというと地に着いた、現実的なプランを提示して実行している形であった。
それはともかく、直接統治しているわけでもない、なんの権限も持たない土地に居住する人間に対して、実効性のある法を根付かせるためにはどうすればいいのか。
立法院の研究者たちは議論を尽くした。
なんの権限も持たない以上、完全にこちらが提示させた法を遵守させることは不可能である。
その点では、すぐに意見が一致した。
「なんの強制力も持たない法を、どうしたら遵守させることが出来るのか?」
というのが、次の論点になる。
「どうせ、あの広大な土地のすべてを従わせることは出来んのだ」
ほとんどの者が、そうした認識を共有していた。
「妥協して、そうした法、こちらが提示した法を遵守するべき領域を、森東地域の中に作るくらいが現実的ではないのか?」
この提案は、ハザマたち洞窟衆側が、現在整備造営中である森東地域内の街道について、一種の公共空間的な性質を持たせようと運動していることを前提としていた。
こうした街道は各地の有力者から土地を借り受け、その上に造営されていたわけだが、その権利関係は複雑に交錯しており、提案者である洞窟衆がうまく誘導していかないと、これから先、長く保持していくことは困難な状況になっている。
土地や資金を提供したそれぞれの勢力に対して、貢献度に応じて見返りを与えることは前提としても、それ以外の維持費の負担などについてもこれから細かい部分を煮詰めていくような段階だ。
あまりにも多くの勢力の利権が絡み合っているため、そうした勢力各自の要求をそのまま聞こうとしていたら、いつまで経ってもそうした街道をまともに運用することが出来ず、現状では提案をした洞窟衆が先導して方針を示して、協力勢力に承諾をして貰っている形だった。
それだけ複雑に利権が入り組んでいるわけだから、どこかに優先権を渡すよりはそうした街道全域を一種の、
「公共圏」
であると設定し、そこから生じる利権もリスクもすべて協力勢力全員で分散して負担する。
そういう線で、合意を得ようと協議を重ねている最中になる。
この新しく発生した公共圏の内部ならば、現在検討を重ねている最中の法体系を通用させることが可能なのではないか?
なにしろ、こうした街道はすべて、洞窟衆側が企画、計画を担当して関係者各位を口説いて施工に移った領域なのである。
また、そうした街道は面積こそ限られたものであったが、洞窟衆が進出した地域のほぼ全域に張り巡らせていた。
無論、この時点では施工中の街道がほとんどであり、完成して稼働している部分はほとんどない状態であったが、この街道の内部だけを法の影響圏に置くことは、現実的な着地点にも思えた。
また、ハザマはその街道を一種の自治権と見なし、独自の軍事力を持たせるために関係各勢力に働きかけている最中でもある。
この構想が広く認められれば、森東地域の内部に深く浸透した、しかしどこの勢力にも属さない独立勢力が出現するわけで、その内部であれば新生独立国家の法を適用することも可能なのではないか。
さらにいえば、それほど森東地域内部に浸透した街道で、一度そうした法体系が適用をされれば、その街道周辺に対しても相応の影響力を持つことが期待出来た。
洞窟衆が主導して造営する街道が延びれば延びるほど、その影響力は増すはずであり、うまくいけば直接支配によらず目新しい法体系を広めるためのいいモデルケースにもなり得る。
ハザマが立ちあげた立法院の者たちは、そう考えた。
「おれとしては、これでいいと思うけど」
立法院が提出した草案に目を通しながら、ハザマはそうコメントする。
「というか、実現可能な線でいえば、これしか手がないだろうと思うけど。
でも、この条件を森東地域の連中に呑ませるのは、ちょっと骨かもなあ」
「そうした外部勢力との交渉については、立法院の管轄ではございませんので」
草案を領主室に持参してきた立法院の代表が、そういってハザマはに恭しく頭をさげる。
「立法院としては、一番実現しやすい構想を出すばかりでございます」
こちらでは出来るだけ努力をしたのだが、後のことは別の人間の働きに期待する。
つまりは、そういうわけだった。
「整備中の街道を独立勢力として認知させる路線は、もう決まったようなもんだからな」
ハザマは、苦笑いを浮かべつつ、そういってその草稿に認可印を捺した。
「どの道、その街道に対して、運用法を整備する必要は出てくるわけで。
持って行きようによっては、案外すんなりと納得してくれるかも知れないな、こいつも」
立法院は、これまでのところ、ハザマの無茶ぶりによく応じている。
そのことはハザマも理解していたので、それ以上に追求することはなかった。
後はマヌダルク・ニョルトト姫率いる外交部門の働きに期待するしかない。
仮に失敗してたとしても、その時はまた別の手を考えればいいだけのことだ、と、ハザマは考えていた。
これまでハザマは、洞窟衆の運営に対してきちんと計画を立ててその通りに進んできたわけではなかった。
それどころか、内外で必ず、なにかしらの想定外の出来事が起こり、その場その場で対応しながらここまでやって来たのである。
一度や二度の失敗を恐れるような殊勝さをハザマは持ち合わせておらず、事前に余計な心配をするよりは、まずは手を出して試してみる、失敗してももともと、くらいの気分が強かった。
街道の件については、現在進行形でその外交部門が意見を調整中でもあり、この場でハザマが無駄に気を揉むよりは、そうした交渉事の専門家たちの手に委ねる方がなにかと現実的なのである。
「どちらかというとこれは、これからの交渉に際していい材料になりますね」
その草稿の写しをその外交部門へ送りつけると、すぐにマヌダルク姫が領主室にやって来てハザマにそう告げた。
「こちらがこれくらい緻密に未来を考えていると、そう明示出来る方が、相手側を説得しやすくなります」
「そうですか」
ハザマはその場で頷いた。
「それではどうか、よろしくお願いします」
大まかな方針を提示して、それで問題がなければそのまま現場に丸投げする、というのが、昔から一貫しているハザマの基本方針であった。
「この法を街道内で守らせる、のはいいのですが」
しかしマヌダルク姫は、そう続けた。
「そのためにも、街道内部の治安を守るための実戦力を、早めに欲しいところですね」
「それについては、ガダナクル連邦に馬を送るように手配をしているところです」
ハザマは、そう告げた。
「第一陣は、もう現地を発っているはずですが。
ただ、あそこから森東地域までの旅程はかなり長くなりますから、実際に到着するのはもう少し先になるでしょう」
「街道が、ぼちぼち完成し出す頃にその第一陣が到着することになりますね」
マヌダルク姫は、そういって頷いた。
「その馬は、軍馬ばかりですか?」
「軍馬も含まれているはずですが、ほとんどが荷馬だと聞いています」
ハザマはいった。
「軍馬は、あちらでも貴重ですのでなかなか手放してくれません。
それに、現状では荷馬の方がなにかと使いでがあるでしょう」




