問題点の表面化
「下準備をどれだけ周到にやるかって問題なんだよなあ」
ハザマは、誰にともなくそう呟く。
「きちんと準備すればするほど、将来的な不安は軽くなる。
それは確かなんだが」
そこまでいって、残りの言葉を呑み込む。
コストが、かかる。
必要となる費用も人手も、ちゃんとしたことをやろうとすればするほど、膨大に必要となるわけで。
「完璧にやろうとすればするほど、際限のない、それこそ天文学的な金額が必要になる」
ハザマは、小さく呟く。
「特に今回の、森東地域という広大な土地に対する干渉となると」
予算など、いくらあっても足りない。
今のところどうにかなっているように見えるのは、進出する地域を洞窟衆の側が自主的に限定していること、それに、外部勢力からの投資額が膨れあがり、結果として洞窟衆側の負担が少なく済んでいること、それに、森東地域に投資した分のほとんどは現地で消費され、なんだかんだでいつかは洞窟衆側が回収するサイクルが構築されつつあること、などの要因による。
特に最後の、現地への投資分についていえば、人件費の比率が多い。
つまり、賃金として支払われているから、それを貰った人間が洞窟衆で売っている商品なりサービスなりを購入すればそのまま回収される形となる。
全額が戻ってくる、というわけではないが、外部勢力からの投資分も含めて洞窟衆がかなりの部分を回収している形であり、決して割の悪い投資というわけでもなかった。
これまで洞窟衆が進出してきた地域に関しては、経済的な循環関係が無理なく構築されている、という形になる。
「ただ、これ以上に広い地域に進出するとなあ」
ハザマは、小さく呟く。
これまで巧くいっている状態を、そのまま保持可能かどうか、かなり怪しくなってくる。
これから進出する地域での抵抗がどれほどあるのか、不確定要素が多すぎて予測がつかない。
それ以外に、洞窟衆なり冒険者ギルドなりの組織が、その性質を保ったままどこまで拡張出来るものか、これも予測不能だとハザマは思っている。
有能な者、あるいは仕事の成果をあげた者に相応の報酬を支払う、という能力主義は合理的で、それなりに汎用性はあるはずだ、とハザマも思っていた。
しかし、地縁血縁などのしがらみで社会的な地位が決まっていた森東地域の気質とは、相性が悪い部分もある。
現に、現地での有力者やその縁者が、冒険者ギルドや洞窟衆関連の組織で適切な地位に就けないと、逆恨み的な反感を抱いて各種の嫌がらせをしてくるような事例がハザマのところまであがって来ており、その手の報告は増加する一方だった。
洞窟衆側としては、出身や出自に関わらず、その能力や仕事で出した結果のみを見て待遇を決めているだけであり、その意味ではかなり公正なはずだったが、森東地域のような別の論理で動いてきた社会の中で、突然まったく別の論理で動く組織が出てくると、現地の人間の中には混乱し、不当に扱われていると感じる者が少なからず出てくるようなのだ。
人間は、感情の動物だからな、と、ハザマは思う。
洞窟衆側の論理や合理性だけを基準としてこうした不満を黙殺するのが、一番面倒がない処置であるとは、ハザマも思っている。
別に、洞窟衆関連の組織内でよい待遇を保証されることだけが、出世の道というわけでない。
洞窟衆のやり方に不満があるのならば、それこそ洞窟衆などとは関わりを持たず、森東地域内部に以前から存在した、氏族なり血縁社会の中で辣腕を振るって利益を出せばいいだけのことではないか。
そうは思うのだが。
実際には、洞窟衆が進出してきた地域の中で一番羽振りがいい組織は、洞窟衆関連の組織なのである。
その洞窟衆関連の組織からスポイルされると、その人間の将来はかなり限定される。
そういう現実が、現に存在していた。
今のところ、公然と洞窟衆に対して反旗を翻したりする組織が現地で現れていないのは、つまりは洞窟衆に対抗できるだけの権勢を誇る組織が現地には存在せず、反抗するよりはすり寄っていた方が多くの利益を受けられるからでもある。
表面的な部分だけを見れば、洞窟衆の進出について、現地の人間は比較的穏やかに受け止めているようにも思える。
しかし実情は、もう少し複雑だろうな。
と、ハザマは推測する。
新参者である洞窟衆が、わが物顔でいろいろなことを差配するのを面白く思わない。
そんな連中は、表面化していないだけで相当数存在するはずなのだ。
それ以外に、山地から来た連中に追い出される形で、それまで居住していた土地から一族郎党引き連れて逃げてきた連中が、そのまま丸ごと冒険者ギルドから仕事を請け負っているパターンも増えていた。
こうした連中は、人数が必要とされる街道整備などの土木現場に投入されることが多いようだ。
その手の土木作業は農作業と共通する部分が多いし、今は稼働している現場も多く、作業要員がいくらいても足りないくらいなので、それ自体はいい傾向だと思う。
こうした、それまで住んでいた土地を追われた人間は、どこでも持て余され、新しい揉め事を作る要因にもなりかねないのだが、洞窟衆が存在することによって、移動中もこれといったトラブルにもならず、すんなりと通過しているようだった。
そうした大人数の人間に仕事をあてがうだけの受け皿として、洞窟衆のことが広く認知されており、そのおかげで移動中も、
「洞窟衆を頼りに行く」
と説明すれば、とりあえず大きな諍いにはならない。
定着して自分たちの土地を奪おうとする勢力には、誰もが大きな警戒心を抱くものだが、確とした目的地があり、ただ通過していく者とはあえて争うべき理由がなかった、といったところだろう。
不特定多数の労働者を吸収する、という洞窟衆の性質と、それに洞窟衆の存在自体が周知されたことにより、玉突き上に発生したかも知れない土地の争奪戦が防止された、ということになるのかも知れなかった。
それ自体は結構なことといえたが、そうしていくつかの氏族を丸ごと抱え込んだ結果、現地の洞窟衆は内部に地元住民の派閥を丸ごと抱え込むようになった。
無論、そうした最近になって取り込んだ人員に大きな権限が与えられるわけもないのだが、そうして洞窟衆内部に取り込んだ氏族同士が、なにごとかにつけて同じように取り込んだ氏族と張り合うような事例も、増えているという。
仕事内容で張り合う、つまり、健全な競争原理が働いているのならば、これもまた結構なことといえる。
その氏族同士の見栄の張り合いの裁定を、洞窟衆なり冒険者ギルドに求めてこない限りは。
どうも彼ら地元住民の一部は、洞窟衆なり冒険者ギルドのことを、穏当な方法で森東地域を平定しようとする、支配者として理解しているようだった。
その傘下に入ることを承知した以上、配下の同士の諍いを鎮めるのも、洞窟衆側の責任であると、かなり自然に思い込んでいるらしい。
ハザマとしてはそうした垂直型の支配構造を森東地域に構築するつもりはさらさらないのだが、現地の人間の認識はそれなりに自然なものでもあり、同時に、結果として洞窟衆が目指している方向性をよく見抜いてもいる。
一概に否定することも出来ず、現地の管理者たちは扱いにかなり困っている、ということだった。
「雇用者と被雇用者。
ただそれだけの、単純な関係だとは思えないのかなあ」
などと、ハザマはぼやく。
いろいろと意見を聞いた結果、森東地域の人間のみならず、
「洞窟衆の禄を食む以上、洞窟衆にも支配者としての責務を期待する」
といった思考は、この世界ではそれなりに普遍性のあるものであるらしい。
ハザマが提示する、身分とかの要素を出来るだけ廃したフラットな社会像というのは、どうもこの世界の人間にはなかなかそのままに飲み込めないようだった。
知識や知能というより認識の問題、つまり、それまで知っていた社会像と、ハザマが提示しようとしている社会像とが乖離し過ぎているため、うまく想像出来ない。
というのが、実際のところだろう。
山地でも平地諸国でも、あるいは森東地域でも、実態としては支配する者とされる者とが明確に分かれている、ある種の階級社会なのである。
そこに、身分という要素を丸っと無視した組織を出現させた、洞窟衆側の方がどちらかというと異質であり、例外的な存在ではあるのだ。
その例外的な存在の基準に合わせてすべてを判断しようとすると、それはそれで齟齬が大きくなり過ぎる場合が多々あり、ある程度は現地住民の感覚に合わせて調整をして扱う必要が出てくる。
そして、そうした微妙な判断を下すことができる人員は、この時点では極めて限られていた。
そもそも、洞窟衆内部でさえ、身分差が関係しない人事評価に対して違和感を持たない人間は、まだまだ少ないくらいだった。
ただ、ある程度の家柄の出身者は、基本的には相応の教養を持ち、結果として管理職をあてがわれる傾向が大きかったため、洞窟衆内部でも自然とそれ以外の社会の序列がそのまま反映される事例が多く、現実にはそんなに困ったことにはなっていない。
出身や家柄に関わらず、責任の重い仕事を任される人間もそれなりに存在したが、そうした者の場合は誰が見ても優秀な人間があることがほとんどであり、やっかみの対象になることはあってもその待遇を不自然であると思う者はいなかった。
つまり、洞窟衆という組織は、特別に理念をうたうことはなかったものの、これまでにも実質的に身分制度を解体するように働きかけていたわけで、これまではそれでもうまく回っていたのだが、森東地域の人員を多く取り込んだ場所では、それがだんだんと怪しくなりつつある。
洞窟衆特有の性質とそれ以外の場所での常識が乖離している、という、それまであまり重要視されていなかった事実が露呈しつつあった。
だからこそ。
と、ハザマは思う。
誰の目から見ても公正なルール、というのは、絶対に必要なんだがな。




