煩雑な下準備
「ああ、それはまた」
ハザマから相談をされたタマルは微妙な表情になった。
「そういう案が出るのは理解出来るのですが、功罪と利益不利益、両面があってなかなか難しいでしょうね。
実際にやるとなると」
「そう思うよなあ」
ハザマはため息混じりにそういった。
「やればそれなりにメリットもあるが、金や手間がかかりすぎる、というか」
「一番の問題は、その構想を実現するために必要な人材になりますかね」
タマルは指摘をする。
「全部こちらから出すとなると、公正性を疑われる結果になるでしょうし。
一定の割合であちら側の人間を入れないといけない。
そうなると、育てるのが……」
「面倒だし時間がかかる、だろうな」
ハザマは渋い顔で頷いた。
「まあ、公正な司法機関というのは、もともとコストが高い代物ではあるんだが」
「ここまで面倒なことをやっているのはうちくらいなもんですよ」
タマルは、また指摘をする。
「諍いを起こした当事者のいい分をすべて聴取した後に、事実関係を検証して公正な裁定をくだす。
これ、実際にやるとなるとかなり手間を取られます。
王国の場合ですと、証拠を集めたり検証する過程をすっ飛ばして、怪しい人を捕まえたらそのまま尋問しますけど」
「ほとんど拷問と変わらないような尋問な」
今度はハザマが指摘をする。
「そういう手は、やる側の権威が保証されていないと使えない手だ。
それに、そんな尋問で得られた証言がどこまで正当な傍証となるのか、疑わしい部分もある。
うちでは、その手は使いたくない」
その手のやり方とは、つまりは疑わしい人間、落ち度や立場的に弱い人間に責任を負わせて当面の平穏を保つための方便として機能することがある。
無論、現実には一番疑わしい人間が実際に罪状を背負っている場合も多いのだろうが、ハザマとしては自白を強要する文化をそのまま鵜呑みにしたくはなかった。
個人的な価値観として、あやふやな自白よりも物証など、誰の目から見ても否定のしようがない証拠に基づいて事実を判断するべきだと思っていたこともあったが、それ以外に、ハザマ領なり洞窟衆なりに関連したトラブルというのは、おおかたは出自と文化がまったく異なる人間同士の間で起こることが多く、それだけに判定に対して客観性が求められる傾向があったからだった。
洞窟衆側の裁定結果に不満を持つ者がいれば、ほとぼりが冷めたころに同じようなトラブルが場所を変えて再燃しかねない。
ハザマが裁定を求められるトラブルには、そういう性質を持つことが多く、自然と慎重に捜査を進め、誰の目から見ても動かすことが出来ない根拠がない限りは結論を出さない、実証主義的な態度に落ち着くことが多い。
タマルが指摘したように、こうした裁定方法は自然とコストが高くなるわけだが、そうした手間を省いてかえってしこりが残り、将来に禍根を残すよりはマシなのである。
ただハザマは、そうした方針を領外や洞窟衆関係者以外にまで拡大するつもりはまったくなかった。
そんなことをしても、洞窟衆側にはまったくメリットがないからである。
第一、自分の価値観を他人におしつけるのは、ハザマの性分ではない。
「ただでさえ、独立の準備で忙しいってのに」
ハザマはそうぼやいた。
「領外の面倒まで見ていられるかよ」
結局のところ、それがハザマの本音であった。
「とも、いっていられなくなって来たでしょうね」
タマルは、そうコメントする。
「マヌダルク姫から、そういう要請が出て来ているっていうことは。
それはつまり、現地の人間から洞窟衆が、それなりの実力を備えた第三者的な組織であると認知されはじめたということで」
現地、つまり森東地域の人間から見て、どの勢力にも過度に肩入れをしない。
同時に、裁定を行った結果を、地元に人間に承諾させ、それに反した行為があった場合はしかるべきペナルティを与えることも可能な組織。
この二つの条件を満たしていない限り、洞窟衆に対してこの手の裁定を求められることはない、はずなのであった。
つまりは、洞窟衆が現地でそれだけ権威として認められはじめている、ということでもある。
「面倒だよなあ、いろいろと」
ハザマは、そう続ける。
「こういう面倒が嫌だから、支配という形を取るのを避けていたってのに」
「直接支配ということになったら、この何倍もの仕事を求められますよ」
タマルはいった。
「現状でも、省力化にはかなり成功している方でしょう」
「つまり、そちらとしては反対はしないんだな?」
ハザマは、タマルに確認をした。
「財務部門としては」
「正直にいえば反対したい気持ちもあるんですが、必要性も理解出来ます」
タマルは、そう続ける。
「森東地域に進出することを決めた時点で、こうなることは決まっていたようなもので。
必要な人材育成に関わる費用などについては、どこかで工面するしかないでしょうね」
「その辺は、ルアと改めて相談するよ」
ハザマはいった。
「お前が反対してくれれば、結論を先延ばしに出来たのに」
「この問題に関していえば、先延ばしにする意味はありませんよ」
タマルは、そう指摘をする。
「その手の裁定機関を設けなければ、かえって人手を取られることになります。
将来的なことを考えると、早めに準備をはじめておいた方がいいでしょう」
「必要必須な投資ってわけか?」
「これまでの方針を変えず、森東地域への進出を続けるつもりなら」
ハザマが確認をすると、タマルは即座に頷く。
「現地勢力同士のいざこざを裁定するつもりがないのなら、そもそも進出する意味もなくなってしまうかと」
「理屈は理解出来るんだが」
ハザマはため息混じりにそういった。
「面倒なことをはじめちまったもんだな、おれたち」
「それこそ、今さらいってもどうしようもないですね」
タマルは、そう受ける。
「はじめてしまった以上、なにがしかの結論が出るまで続けるしかないかと」
「結論、か」
ハザマは、小さな声でそういった。
「どこかで破綻するか、それとも、森東地域全体が洞窟衆の色に染まるか」
「いずれは、そのどちらかになりますよ」
タマルはいう。
「こちらとしては、その場その場でやれることをやるだけですが」
結果は、時間が経てば自然と出てくる、というわけである。
面倒ということなら、森東地域と直接関わりがないように見える外交活動も、ハザマ領ははじめていた。
少し前まで、少なくとも政治向けのことに関しては、王国を経由して周辺地域と関わっていたわけだが、独立準備しているこの時点では独自の外交ルートを開拓する必要がある。
とはいえ、実際には直接間接になんらかの商取引を行っている行政府が多かったので、交渉を開始し、進めるのにはそんなに苦労することはなかった。
ただ、洞窟衆が取引をしている地域や国、集団は多岐に渡り、そのすべてに対して正式に国交を求めるとなるとかなりの手数が取られるため、実際には優先順位をつけ、順番に関係を結んでいくことになる。
こちらの作業にも、優秀な人材がかなり取られていた。
これまでなにがしかの商取引を継続的に行ってきた実績も手伝い、こうした国交や工作に関しても、揉める相手はほとんど出なかったのは幸いといえる。
金払いがよく、先進技術で造られた製品や書物など、他では入手不可能な製品を継続的に販売し続けているハザマ領は、多くの勢力にとって反目するよりは友好関係を結ぶ方がいいと判断されていて、その結果、この手の工作も円滑に進んでいた。
そうした交渉について、自然と地理的に近い勢力との交渉が優先されることが多くなるわけだが、ハザマたちはその中でも山地方面の諸部族と友好な関係を結ぶことを優先していた。
こうした諸部族は元から洞窟衆と友好な関係があり、各種の商取引以外に人材の供与なども活発に行っている。
供与、とはいうものの、実態は洞窟衆なり冒険者ギルドなりに若い人間を出して、各種の技術や組織運用のノウハウを学ばせている、というのが実際のところであったが、とにかくそうした、洞窟衆と取引実績がある諸部族は、これから独立する予定のハザマ領とも従来と変わらない関係を続けてくれることを承諾してくれることが多い。
そうする方が、そうした諸部族にとっても利益になるからである。
そうした外交活動の中、ハザマ領側は、
「森東地域への過度の干渉を控えてくれ」
と要望を伝えることも忘れなかった。
これ以上、山地側から森東地域へ人間が流入する事態は避けたかったからであり、さらにいえば、すでに森東地域へくだった勢力に対して、山地から各種の支援が行われることも避けたかった。
つまりは、これ以上に事態を複雑化せず、すでに山地から森東地域にくだった勢力を現地で孤立するように仕向けたかったわけである。
ハザマ領から出たこの意向の意味を、交渉した諸部族は正確に理解し、その上でほとんどの勢力が協力的な姿勢を見せた。
活動拠点を山地の外に置いた部族よりも、今のハザマ領と良好な関係を保つ方が、そうした勢力にとっても利益になるからだった。
こうした外交活動は、外からはっきりと結果が観測される性質のものではなく、その意味では地味な活動でもあったが、長期的な視野に立てばかなり重要な動きといえた。
ハザマ領は、最近になって山地から森東地域へおりた勢力に対して、積極的に敵対する。
周辺の勢力に対して、そう宣言したのも同然だったからである。




