敵中の悪魔
王国軍本隊の戦力を削減することは獣繰りのマニュルに任せることにした。
マニュルの実力は本物であったが、そうであるがためにかえって自分の力量を過信する傾向もあり、性格面での不安定さをバツキヤは警戒してもいる。だが、こちらも戦力に余裕がないことであるし、当面はそのマニュルを信頼してやらせてみることにしよう、と、バツキヤは判断する。
結局、「あれもこれも」では、なにも決まらないし実行にも移せない。今は、打てる手をすべて打って少しでも状況を自軍に有利な方向に引き寄せるべき時期なのだから。
バツキヤは今動かせる戦力を集合させ、その全軍を持って山道へむかい、アルマヌニア公軍の投石機を破壊することを当面の目標に定めた。
「あの山道は、今や一種の要害と化しています」
「周辺の森がまるごと、やつらの庭になっちまっている」
「あの山道を行こうとすると、左右から山ほど矢が降ってくるんだ」
集まってきた各部族の族長たちは口々にいくつかの懸念材料を提示して、バツキヤに翻意を促す。
「われわれには十分な量の火薬があります」
バツキヤは、冷静に指摘する。
「山道の森を爆破しながら進めば、敵の攻撃を必要以上に警戒する理由もなくなると思いますが」
「……それは……」
ある部族長は、しばらく絶句した。
「森を焼き尽くしながら進む、ということか?」
「そうしてはいけない理由が、なにかありますか?」
「下手をすれば、山火事になるぞ!」
「首尾よくそうなれば、いい火攻めになりますね。
結構なことです。
そのまま何日か延焼してくれれば、すくなくともアルマヌニア公軍の動きはかなり制限されることになります。
これ以上、投石機の脅威に晒されることもないでしょう」
部族長たちは、顔を見合わせた。
「あんた……あの馬鹿王子の影に隠れて今まで目立たなかったが……」
「まだ若いのに、とんでもないタマだなあ」
呆れたような関心したような、微妙なニュアンスを含んで、バツキヤについてそんな評言が飛び交う。
「これでも一応、うちの若様から兵権を預かっていますので」
バツキヤは、平然とした態度を崩さないように気をつけながら、冷静に指摘する。
「それに、ここで手柄をたてれば……すでに逃げだした部族の人たちに対して、これからしばらく大きな顔をできますよ。
幸い、主力部隊への牽制はしばらくわたしの友人が引き受けることを承知してくださいました。
われらが総力を持って山道に攻め込めば、まだまだ逆転の目はあります」
「おお」
「……ふむ」
部族長たちは意味ありげにお互い顔を見合わせ、目配せをしあう。
「嬢ちゃんや」
部族長のうち、長老格であるホイズル族のヤパッタが、バツキヤに問いただしてくる。
「このいくさは……そこまでする価値があるもんなんじゃろうか?」
「そこまで……というのが、具体的に何を意味するのかよくわかりませんが……」
バツキヤは、言葉を選びながら回答する。
「……今回のいくさは、これまでの国境紛争とは違った要素がいくつかあります。
一番大きいのは、皆様もすでにご存じの通り、いくさの最中に大魔女ルシアナが倒されたこと。
これにより、少し大袈裟ないいかたをすれば、山岳民連合は従来とは別の在り方を強要されていくことでしょう。
ここでわれらが破れれば、これから続くであろう山岳民連合没落時代のきっかけを担った者として、長く語り継がれるようになるかも知れません」
「そうなれば……汚名もよいところだな」
グガン族のタヤバヤが口を挟む。
「ところで、その……山岳民連合は、そんなにヤバい縁にいるのかね?」
ここで、バツキヤはこれまでに考えてきた持論を手短に披露する。
族長たちは真剣な顔をしてバツキヤのはなしに聞き入っていた。
「……という理由で、わたしは今後、山岳民連合がかなりの窮地に立たされるものと予想しています。
そのことをどこまで信じるのかはあなた方の判断にお任せしますが……それでもここでわれらが破れ、王国側に領土を分割するなどの前例を作ってしまったら、他の国境を接する諸外国も山岳民連合恐れるに足らずと牙を剥いて襲いかかってくることでしょう。
それを避けるためにも、多少大袈裟な手段に頼ってでもここで反抗しておかなければなりません」
「……どうも、この軍師さんは、正直すぎて困るな」
オブオヌというクリヒク族の族長は、苦笑いを浮かべながらそういった。
「ただの一言、子孫のために死ねとでもいってくれれば、逍遙として敵兵を葬りに行くものを」
「ここで死んで貰ってはこまります」
慌てて、バツキヤは制止する。
「皆さんには生き延びて、このいくさで起こったことを広く伝えて貰わねばなりません」
バツキヤの慌てた様子に、族長たちは破顔して笑い声をあげた。
「すまんな、軍師殿。
このオブオヌという男は、いつも笑ったような顔をしている癖に、いつも血に飢えているんだ。
なんだかんだと戦うための口実をいつも探しているような男なのさ」
タヤバヤがオブオヌの肩を叩きながら、そういった。
「こいつのいうことをいちいち真に受けていたら身が保たないぞ」
「そうなのですか?」
バツキヤは、二、三度瞬きをした。
「了解しました。
そのように記憶しておきます」
バツキヤの生真面目な対応に、族長たちがまた笑った。
「それでは、軍師殿。
われらはいったいになにをすればいいのか、具体的な指示をくだされ」
長老格のヤパッタがそういったのを機に、その場に全員が真剣な顔つきになって、バツキヤの次の言葉を待った。
「……任せて!
と啖呵を切って出てきたものの……」
バツキヤと族長たちが作戦会議を開いている頃、獣繰りのマニュルはまだ出発もしていなかった。
「実際には、どうするかなあ。
あたし、難しいことを考えるのは苦手だしぃ……。
作戦くらい、バツキヤに考えて貰えばよかったかなあ……」
マニュルが使役する獣の中に、「チュシャ猫」と呼んでいるモノがいる。実際には獣でも猫でもないのかも知れないが、外見的にはなんとなく猫に似ている。
このチュシャ猫がある能力を持っているため、マニュルはどこであろうとも一瞬で移動することができた。この能力は、一見して伝令師たちが使う転移魔法に似ているようだが、実際には微妙に違った原理で動いているのだという。
以前、バツキヤに詳しく説明されたような気もするが、マニュルにはまるで理解できない内容だったので詳細はおぼえてはいないのだが。
とにかく……マニュルはこのチュシャ猫のおかげで、移動に際して時間を割く必要がない。
つまり、よほどのことがない限り焦るということがない。
「……敵の司令部を直接潰すことはバツキヤに止められちゃったし、今からこっち側に出てきた敵兵を潰しても、いつ空から敵の攻撃が降ってくるのかわからない状況じゃあ、かえって無駄という気もするし……。
やはり、いきなり敵陣のただ中に殴りこんで、派手に暴れてやるかぁっ!」
もともと細かい段取りを苦手とするマニュルは、それでも精一杯考えた末、そう結論する。
「偵察にハチドリ……は、全部あのトカゲ男に取られてたんだった。
んー……じゃあ!
ハーピーでいいや! 羽が生えていて空が飛べるんなら、偵察だってできるでしょう!
チュシャ!
パーピーたちをむこう岸の敵陣上空へ!
それから……えーと、ね……。
もう面倒だから、いきなりロック鳥もむこうに出しちゃえ!
適当に敵軍が乱れたら、どさぐさに紛れてあたしもむこうに行くしっ!」
大変にアバウトな性格をしたマニュルは、自分自身にいいきかせるように、大声でそう宣言した。
マニュルが姿を消した直後、
「……敵兵はどこだー!」
とか叫びながら疾走する黒い人馬が通りかかった。
いわずと知れた、ヴァンクレスとスセリセスが乗る馬であった。
「ヴァンクレスさん!
一騎だけ、こんな敵地に突出しちゃって、大丈夫なんですか!」
ヴァンクレスの背中にしがみつきながら、スセリセスが叫ぶ。
「いつまでも敵の姿が見えないのが悪い!」
ヴァンクレスはというと、答えになっていない答えを返す。
「それでヤバそうなことになったら……まあ、そんときはそんときのこったっ!」
そういってヴァンクレスは、声をたてて笑った。
「とかいっているうちに……見つけたぜ。それっぽいのをよ。
小僧! 呪文を唱えはじめろ!」
スセリセスはなにもいわずに、呪文の詠唱を開始する。魔法の威力が高ければ高いほど、詠唱する呪文は長くなりがちであった。敵地の中にいる今、優先順位を誤れば自分たちの命が危うくなる。
躊躇する間も、疑問に思う余裕もなかった。
ヴァンクレスはまっしぐらに遠くに目視した敵影へと馬を走らせる。
ヴァンクレスたちがむかう先には……バツキヤと詳細を打ち合わせる族長たちの姿があった。
「……なってこった!」
「こんなところに!」
「悪魔だ! 黒い悪魔が来るぞ!」
「逃げるな!
今から逃げても間に合わん!」
「全力で迎撃しろ!」
周囲を警護していた兵たちが、にわかに騒がしくなった。
「……敵襲、ですか?」
誰にともなく、バツキヤが確認してくる。
「ああ。
おれたちは、黒い悪魔って呼んでいる。
黒くてデカい馬に乗った破落戸だ」
「なに、あんたがたは、わしらドワーフ隊が命にかえても守る!」
「あいつ一騎のために、仲間が何人もやられているんだ!」
「さあ行こうぜ、野郎どもっ!
敵討ちのいい機会だ!」
怒鳴りあいながら、急いで隊列を整えはじめる兵たち。
「敵は……その、たった一騎なのですか?」
だとすれば……その陣容は、あまりにも大袈裟すぎるのではないだろうか?
と、バツキヤは疑問を口にする。
なにしろ、隊列を組みはじめた兵たちは、少なく見積もっても百名以上、いる。
「たった一騎でも、なにしろ悪魔のようなやつだからなっ!」
「気をつけろ!
昨日は、背に魔法使いを乗せていたというぞっ!」
「ますます質が悪くなるな!
弓隊!
遠慮なく矢をぶち込め!
相手は、殺しても死なないようなやつだっ!」
「お偉いさん方は早く逃げ……じゃなかった!
速やかに移動してくんな!」
「さあ、こちらへ」
タヤッパに手を引かれながら、バツキヤはその場から遠ざかった。
「……わははははは!」
雨のように降り注ぐ矢にむかい、馬を走らせながらヴァンクレスは笑った。
「今日はやつらも、ずいぶんとやる気じゃねーかっ!」
このようなとき、ヴァンクレスという男は、実に楽しそうに笑う。
その背にしがみついているスセリセスは、呪文の詠唱をしながら舌を噛まないように気をつけるのでいっぱいいっぱいだった。
馬は相変わらず速く、いくらもしないうちにヴァンクレスとスセリセスを敵の間近へと運ぶ。
そこから先は、例によってヴァンクレスの独壇場だった。
距離を詰め、そばを駆け抜け様に大槌を薙いで、大勢の人をいっぺんに倒していく。
まったく速度を緩めず、何人の人に当たろうが大槌を握る手指が緩むこともない。
驚異的な膂力といえた。
ヴァンクレスとヴァンクレスが乗る馬は、まるで一体化した生物であるかのように呼吸を合わせて動き続ける。
「……わははははは!」
ヴァンクレスが大鎚を振るうたびに、あたりに血肉が飛ぶ。
「小僧!
用意はいいか!」
スセリセスは、「力ある言葉」解き放った。昨日と同じ手順だ。
しかし、結果は……。
「……おいおい!」
ヴァンクレスはそういって、大声で笑った。
「今日は、お前も大盤振る舞いかよっ!」
炎と暴風が、スセリセスの周囲に巻き起こり、外へむけて走っていく。
昨日とまるで同じ手順に踏んだのにも関わらず、その威力は何割も増しているように思えた。
もちろん、スセリセスはこんな事態を想定してはいなかった。
ただの一晩で、同じ魔法使いの魔法の威力が激増する、などちうことは、通常ならば絶対に起こらない。
そのあり得ないことが、今、スセリセスの目前で展開して多くの敵兵を焼き、切り刻んでいた。
これは……これも……。
と、慄然としながら、スセリセスは思う。
……すべて、ヴァンクレスの影響なのだろうか?




