情報化への布石
そうした目に見える変化以外に、洞窟衆が進出した地域では従来とは大きく変化した点があった。
人が集まる場所に旅芸人が居着くようになり、内外の情報を面白おかしく聞かせるようになったのだ。
これはハザマ領内ではすでに定着した風俗であったが、それを森東地域でも広めた形になる。
もちろん、洞窟衆がそれなりの人員を手配して適切な場所に配置した、いわゆる仕込みであった。
目的はもちろん、森東地域の住民、それも不特定多数の人間に社会的な関心を持って貰うことになる。
洞窟衆が教育化を推進しているとはいえ、こうした地域の識字率はまだまだ低かった。
新聞、号外なども不定期に発行し、それなりに読まれてはいたが、不特定多数の大衆に対しての影響力はたかが知れている。
そうした大衆相手に漫談や寸劇などの形で娯楽として情報を与えることを、洞窟衆は積極的にセッティングして定着させようとしていた。
森の西側、つまり王国をはじめとする平地諸国の最新情報。
彼らが、なぜ森を貫通する街道を作ってまで森東地域にやって来ようとしているのか。
グフナラマス公爵とベズデア連合が共同して進めている進出事業の進展。
洞窟衆が森東地域へ進出を決めた動機など。
そうしたニュースを定期的に広め、地元住民の関心を煽った。
地元住民、といっても、洞窟衆が進出した地域に関していえば、各種事業の労働力として森東地域の外部からやって来た人間も、今では決して少なくはない。
実質的には、従来からの住人と出自も定かではない有象無象の集まりといえたが、そうした人々に対して社会情勢へ関心を持つように促し、そうした情勢の変化も一種の娯楽として受け止め消費するような習慣づけることを、洞窟衆が積極的に推進した。
という形になる。
無論、そうして洞窟衆が集めて各所に配置した旅芸人たちは、そうしたニュース以外の娯楽も提供しておひねりを稼いでいた。
ともかく、仕事や食事が行き渡るようになっても娯楽、気晴らしはそれなりに必要であり、旅芸人たちの誘致もそうした娯楽を提供するための施策の一環、という意味合いも強かった。
大勢の人間が集まるようになれば、実用的な事物以外の、無形の娯楽も必要になる。
ハザマはそう認識し、こうした芸人たちに関しても早くから積極的に人を集め、育成に努めていた。
これについては、実は洞窟衆内部からも批判の声が強かったのだが、ハザマはそうした反対の声を押し切って半ば強引に押し切って実現している。
「有限の資源や予算を使ってまですることか」
というのが、そうした反対勢力の意見だった。
そうした旅芸人たちは所詮浮草稼業、賤業であるという見方が強かった、いや、それを越えて一般的な常識となっていたからでもある。
「人間はなあ」
そうした反対に遭うたびに、ハザマはそう反駁した。
「パンだけあれば生きていけるもんじゃないんだよ。
衣食住を用意するのは最低限のこととして、ただそれだけではそこいらの野生動物と変わらないだろう。
知的な娯楽は必要だし、そうした娯楽を提供する連中の身分もしっかり保証してやる必要がある」
そうした旅芸人たちは、誰かに身元を保証されるということがほとんどない。
他の流民たちと同様に、うしろ盾がまるでない、庇護されない人間として扱われていた。
この世界での認識としては、だが。
そうした風潮に関しても、ハザマは歯止めをかけたいと思っている。
洞窟衆側が用意するニュースを広める活動を最低限してくれれば、あとは自分自身の芸で身を立て、好きに稼いでくれればいい。
と、そういうスタンスだった。
また、普通に働くよりは、そうした娯楽に強い関心を持つ人間は一定数存在するはずであり、そうした人々に活躍する場を与えておくことにも、ハザマは意義を感じている。
実用一点張りの社会というのは、かなり窮屈になるのではないか?
というのが、ハザマの感覚だった。
今ではそれなりの権力者であると、内外から認められているハザマが、そうしたそれまで無用の存在とされていた旅芸人たちの育成を積極的に推進する様子を見せておけば、長い目で見ればなにがしかの影響が出てくるのではないか。
とも、思っていた。
それに、ハザマが内心で大きな目標としているのは、この世界の情報化であった。
通信網や流通網の整備も、その目的を遂げるための一環でしかない。
これは、森東地域への進出を決める前から定めていた目的であり、ただ、この森東地域の進出によって、進行状況が加速している、という側面は間違いなく存在している。
そうしたガワ、通信網なり流通網なりが整備されただけでは、ハザマにいわせればまだまだ不十分なのだ。
そうしたハードウェアを整えるだけでは十分ではなく、そうしたハードウェアを経由して往来する情報の発信源も、今のうちからそれとなく整備しておく必要がある。
人間は生きている限り娯楽や気晴らしを求めるし、そうした部分を無視して社会制度を整えても、根本の部分で大きな歪みを抱えるだけだ。
音楽なり物語なり、社会的な時事ニュース以外の情報が各地から発信され、それが求められるような状況こそが、ハザマの想定する自然な状態、ということになる。
ただ、識字率さえかなり低いこの世界では、一足飛びにそんな状態に持っていくことはかなり難しく、現状では少しずつ段階を踏んでそういう方向に持っていくよう、環境を整えていくことくらいしか出来なかったが。
ともあれ、そうした旅芸人たちも、
「不特定多数の人間に対して洞窟衆が伝えたい情報を告知する」
という機能は十分に果たすようになっていた。
そのため、当初はそうした旅芸人の育成に反対していた者たちも、今では静観し、様子見を決め込む程度には沈静化している。
しばらくすると、そうした旅芸人たちは各地で大幅な絵を広げて解説するようになっていた。
ハンググライダー偵察隊が空から俯瞰した光景を絵に描き、それを整理して鳥瞰図にした絵画になる。
洞窟衆が進出した地域の、たとえば各街道整備の進捗状況などが一目でわかる絵だった。
旅芸人たちが派遣された場所のほとんどは、そうした街道の整備事業に関わる人間が大勢居るような場所だったので、そうした絵は公開されるたびに強い関心を持って迎えられた。
自分の仕事の様子を、客観的に確認してみたい。
そういう要求は、割合普遍的なのである。
さらにいえば、こうした鳥瞰図を見る機会は、この世界の人々にはほとんどなかった。
「こんなにいっぱい、道を造っているのか」
「あれだけ苦労しても、これくらいしか道が伸びていないのか」
そうした絵自体が珍しい、ということも大きかった。
が、それ以外に、こうした鳥瞰図を見ることによって、洞窟衆が主体となって進めている開発事業のスケールと、それに自分たち末端の労働者が果たした役割などを、改めて認識することになった。
「南の港と北の山地を結ぶ街道が、こう、何本も完成して」
「それと平行して、西の森を通る街道が、こっちに合流してくる」
「さらにこの先、こうした道は東へ東へと伸びていく予定で」
彼ら、末端の労働者たちは、読み書きさえおぼつかない者がほとんどを占めていた。
しかし、そうした者たちにとっても、自分たちの仕事がこの先、なにかこの土地の様相を大きく変える事業となる。
いや、現状でも、すでに周辺の土地を大きく変えている。
視覚化された鳥瞰図を突きつけられることで、ほとんど直感的にそうした認識を得た者が多かった。
「こういう道が完成すりゃ、これ、かなり違ってくるんじゃないか?」
「今までよりも簡単に、短い期間で行き来が出来るようになるわけだろ?」
「商人だけではなく、人も簡単に動くようになるだろうな」
「一カ所の土地にいつまでもしがみつくのは、難しくならんだろうか?」
「穀物の値はまだまだあがるっていってたからな。
それこそ、やりようだろう」
「よほど性根を据えてかからんと、農地経営は難しくなるな」
「簡単になるのではないのか?」
「穀物の値があがれば、他の物価や賃金もあがる。
どの仕事の割がいいのか、働く側は選り好みをするようになる」
「洞窟衆の連中が居る限り、どんな仕事をしても飢えるってことはなさそうだがな」
「ただ、そうなると」
「ああ。
こちらに元から居た連中、特にその中でも偉いやつらの力量や器量が、今後は問われることになるな」
「下手をすると、ある日を境にして、村人がひとり残らずどっかに逃げ出している。
そんなことにもなりかねんぞ、今後は」




