リンザの葛藤
ハザマは、自分の目的を達成するために犠牲になるものに対して、割合に冷淡な傾向がある。
洞窟衆という組織に対してもその傾向は当てはまり、なんらかの目的を達成するのと引き換えにして洞窟衆という組織が崩壊しても、ハザマ自身はあまり惜しむことはないのではないか。
ハザマの洞窟衆に対する感情は、「執着」とか「愛着」でなどではなく、「現状で便利だから使っている」という、あくまで実用本位なものであるように、リンザには思えるのだ。
無論、ここまで巨大になった組織を本格的に解体するとなると、今度はその弊害の方が大きくなる。
だから、この時点では有効に活用する方に関心が向いているわけだが、ハザマの洞窟衆に対する感情はあくまで、実利的実用的な方向性にあるのではないか。
その証拠に、今では巨大な利権を伴う冒険者ギルドなども、将来的にはもっと巨大で堅実な運用をしてくれると期待される帝国に売り渡すことを、ハザマは前提にしていた。
その判断に迷いや躊躇がまったくない。
ということ自体が、ハザマの異常さを物語ってもいたが、本人はどうもその辺の自覚はかなり薄いらしかった。
金銭欲とか名誉欲とか、他の人間が執着する要素に対して総じて冷淡で、感情を動かされることがない。
というのは、明らかにハザマの性格に組み込まれた、不可分の要素であるように、リンザには感じられる。
人間としてはかなりいびつな傾向であるかも知れないが、そうしたある種の達観が冷静な判断力の源泉になっている部分もあった。
巨大組織の首領、その資質としては明らかな利点になっている部分もあり、一概に否定的に扱うべき傾向でもないわけだが。
ハザマの個人的な傾向はそれとして、リンザとしては、洞窟衆もろともハザマに切り捨てられる懸念は常に抱き、警戒もしていた。
形式上、婚約者になった今でもそれは変わらず、むしろ普段から何事につけ執着が薄いハザマの様子を間近に見ているからこそ、ハザマがそうした社会的な関係性をいつでもあっさりと放棄し、自分も洞窟衆も引っくるめて切り捨ててどこかに姿をくらます可能性は常にあると、リンザは心の中で断定している。
今までのところはどうにか義理とか義務感、それに洞窟衆自体がそれなりに使い勝手のいい組織に育ったことで首領としての役割を果たしているが、ハザマ自身がその役割を望んだことはこれまでに一度もないのではないか。
リンザが知る限り、ハザマ自身は金や名誉など、いわゆる俗っぽい欲望にはかなり淡泊に見えた。
というより、バジルがそばにいる限り、ハザマひとりだけならどこででも生活できるという前提があり、だからこそそうした事柄にもガツガツしないでいられる、余裕があるということなのだろうが。
洞窟衆に関しても、当初からハザマは自分が首領として名乗り出たわけではなく、周囲から乞われてしぶしぶ面倒な役割を引き受けた、という側面が強い。
いやいややっている割に、洞窟衆は結果として急成長し、周囲の勢力に対しても大きな影響力を与える存在にまでなっていて、つまりこれは、ハザマの判断力が意外に的確であるということになる。
ハザマ本人は、洞窟衆にはどうにか組織として成長して貰い、自分の存在がなくても存続に影響がないところまで持っていきたいのが本音であるようだったが、なまじハザマの判断力が的確であるためにかえってあてにされることが多く、結果としてその逆にハザマ個人に対して依存する傾向が強まっていた。
そうした判断力というのは、どうやらハザマが元居たという別天地で見聞して来た事物によるところが多いようであったが、そうした別天地の知識を駆使出来る存在は、現状ではハザマひとりしか存在しない。
バジルの存在を抜きにしても、ハザマという個性は洞窟衆の中では不可欠な要素になっており、その結果、ハザマ個人の志望を無視する形で引き留めている、という現状になってしまう。
ハザマにとっては不本意な状況になるはずだったが、リンザとしては、洞窟衆の立場として微妙な判断が要求される局面が多いことを知っているため、少しでも長くハザマに洞窟衆首領を務めて欲しい。
と、そう願っている。
ハザマとしても、不本意に感じている部分は多々あるようだが、現状の自分の立場について、それでも仕方がないと諦めている側面があり、リンザたちはそのハザマの諦観につけ込んで引き留めているような形だ。
だが。
ハザマが想定しているような、自力で各種の高度な判断力を発揮し、洞窟衆を牽引していくような人材を育てるためには、最低でも年単位の歳月を必要とするはずである。
ある程度専門的な各部門を統括する人材はそれなりに居るのだが、それらの上で俯瞰的に状況を見据えた上で、包括的な判断が出来る人間というのは、そんなにすぐには育たない。
ハザマもそのことは重々弁えているからこそ、現状に甘んじているわけで、リンザたち洞窟衆の面々はその諦観につけ込んでいる、という見方も可能だった。
リンザはそのことを自覚していたし、負い目も感じている。
そうしたハザマやリンザの思惑とは関係なく、各種の事態は否応なく進展していく。
ハザマ領は完全独立に向けて制度その他の改革を推進していたし、森東地域には膨大な資金と資源がつぎ込まれて、かなり強引に経済基盤の強化が図られている。
洞窟衆が手がけて来た各種の製造業も、これらの要因により発生した需要を受けてフル操業で増産を続けている状態だった。
洞窟衆関連は全般に景気がよくなる流れであったが、そのために表面化して来た問題もいくつか存在する。
特に製造業関連では、需要に生産が完全に追いついていない状態が長く続いていた。
生産拠点を各地に分散して作る、などの施策によりこうした流れに対応していたわけだが、設備は資金を投じればどうにか増やせても、その中で働く人間、それも特定の仕事に熟練した人間はすぐには育たない。
そうした現場に雇った人間を誘導することまでは出来たが、そうした人員もすぐに仕事に慣れるわけではなく、全体としてみると生産効率が落ち、製品の質自体が低下する業種も少なからず存在した。
とはいえ、洞窟衆関連の製品は元から品質が高過ぎたくらいなので、それが多少落ちたといっても外部の同業者たちが手がけた製品と比較するとまだまだ十分な、商品としての競争力を持ってはいたのだが。
そうした新規に入って来た人員の教育のため、熟練した職人の手が取られて一時的に生産効率と製品の質が低下する現象が、製造業全般で観測された。
ただ、効率は落ちたとはいえ、生産現場も増えていたので、市場に出回っている製品の数自体はむしろ以前よりは増えている。
いくつかの業種では、こうした後継者の育成に慣れつつあり、もう少し時間が経てば自然と解消されるだろうということで、関係者の意見は一致していた。
この生産拠点についてさらに言及すると、森東地域で各種の工房を増やす流れが一般化してきている。
固定的な雇用を作った上で外部に輸出するための製品を作らないと森東地域も身動きが取れないわけで、特に洞窟衆が形式的に占拠した五つの港町近辺は、急ごしらえの各種工房が林立してそれなりの賑わいを見せていた。
森東地域内部と、それに輸出を視野に入れた製造業を強化した結果になる。
もちろんこれも、洞窟衆が主導して行ったものだった。
水路の便がいいこれら港町の周辺に生産の現場を構えることは、なにかと都合がよかった。
魔力札の普及により、以前よりもずっと手軽に高温の炉を扱えるようになったことなども、こうした工業化に拍車をかける役割を果たしている。
金属加工にはこうした高温炉が必要不可欠であり、従来は膨大な燃料を必要としたわけだが、ハザマが持ち帰った魔力を貯蔵する術式により、この問題がかなり緩和された。
人が多い場所ほど魔力を集めやすく、この港町に限らず、大勢の集中的に投入することが多い洞窟衆が手がける事業は、そうした魔力を集めるのに最適の条件も持っていた。
数万から十万人以上の労働力をまとめて扱う洞窟衆であれば、膨大な魔力を集めることも容易になる、という利点がある。
そのため、こうした港町周辺の工房は、鍛造や鋳造などの金属加工を手がけるものの比率が多かった。
前述のように、設備さえ整えればすぐにでも良質な製品が出来るというわけでもなかったが、そのための芽は蒔かれたといっていい。
それに、洞窟衆による森東地域への干渉が今まで以上に本格化すれば、各種の需要は今まで以上に膨らむはずだった。




