労使の問題
森東地域における洞窟衆関係の組織は、短期間のうちに急速に膨れあがった。
かなりの無理をしていることは承知した上での運用であり、当然のごとく、少しすると続々と歪みともいえる現象が頻発するようになる。
代表的なものをいくつかあげると、各種の工程を管理する役職のものが賃金として支払われる金銭の一部を私的に着服したり、洞窟衆並びに冒険者ギルドでは厳禁されている長時間労働を強制して工期を短縮し、強引に自身の評価をあげようとしたり、といった、中間管理職を担当する人材の不正が横行するようになった。
そうした管理職もほとんど現地で採用、あるいは育成した人材が占める割合が多くなっていく傾向があったため、森東地域に進出するまではどうにか保てていた洞窟衆なりの規範が徐々に綻んできた形になる。
無論、こうした規則は明文化され、厳重に禁止されていた。
その規則を犯してでも、なんらかの利益を得ようとする者が立て続けに発生し、そしてすぐにその犯行が明るみに出た形だ。
洞窟衆や冒険者ギルドは、基本的にその構成員をあまり信用していない。
相互に監視をして少しでも不審な行動を見かけた場合はすぐにしかるべき筋に報告をする。
組織全体でそういう構造を最初から採用しているので、この手の不正を完全に隠蔽することは難しい。
通信網もそのために普段から解放され、関係者間の連絡は緊密であり、かなり些細な事柄まで筒抜けになっているような状態であった。
そんな状況下でもそうした不正を試みることが後を絶たないのは、結局は、
「自分ならばうまく出来る」
的な、根拠のない自信を抱く者が一定数、存在するからだろう。
特に森東地域で現地採用された人員は、もともと能力的に平均よりも秀でた部分を持つ者が多く、さらにいえば洞窟衆関係の組織をどこか甘く見る傾向があった。
「見つけ次第、丁寧に対処するしかないだろうな」
この件について、ハザマはそうした方針を示した。
「罪状の内容を公示した上で、一生かかってでも組織に与えた損害を賠償させる。
今後の歯止めにするためにも、甘い処分をすることは絶対に避けろ」
つまりは、罪を犯した人間に奴隷契約を結ぶことを納得させ、その上で飼い殺しにして酷使する、ということである。
この手の犯罪をあえて犯す人間は、自分の手腕を過大に評価する傾向があり、被害額も自然と大きくなる傾向があった。
つまりはほとんどの場合、予想される罪人の生涯賃金よりも多額の損害を洞窟衆に与えていることが多い。
その手の犯罪が発覚した場合、捕まった罪人は一生、洞窟衆のためにただ働きをすることになることが予想された。
何度か実際にそうした犯罪が明るみになり、首謀者と共犯者全員が捕らえられ、相応の処罰を受けたことが公示されても、不思議なことにこの手の犯罪が減少することはなかった。
ハザマとしては、
「そういうもんなんだろうな」
と割り切った上で、粛々と対処をし続けるしかない。
洞窟衆は別に聖人君子の集団ではないのだが、これだけ雑多な人間が集まった組織になると、規則を犯した者には相応の処罰をくださないと、今後、最悪の場合はまともに組織を運営することが出来なくなってくる。
上層部の判断が甘いと見なされた場合、次から次へと同じような不正が横行するようになることが予想された。
そうなっては遅いので、そうした不正に対しては一件一件の内情を精査した上で、厳正な処分をするしかない。
そうした罪人を拘束して働かせたとしても、洞窟衆側が被った損害を完全に埋め合わせるほどの利潤が得られる例はほとんどないのだが、それでもろくな処罰もくださず、野放しにするよりはマシなのである。
正直なことをいえば、ハザマもそんなことに余計な人手を割きたくないという気持ちが強かったが、こればかりは避けられなかった。
ある程度以上の規模を持つ組織を運用していく上での、不可避なコストと割り切るしかない。
発覚した不正行為に厳粛に対処するのと並行して、ハザマは監査機構を補強し、改めて今まで以上にその手の不正を防止する構造を作るようにと指示を出している。
ただこれについては、指示を出したからといってすぐに的確な、効果のある機構が構築されるわけではなく、ある程度長い期間をかけ、試行錯誤を繰り返して実効性のある方法を模索していくしかないだろうと、そうも予測していた。
なんにせよ、組織自体がここまで急速に巨大化した以上、あちこちに問題が起こるのは仕方がない面もあり、ハザマを筆頭とする上層部としては、そうした表面化した問題を虱潰しに対策するしかなかった。
面倒といえばこれほど面倒なこともないのだが、大勢の人間が参加する組織としては、避けられない作業でもある。
そうして発生した諸々の問題に対して、ハザマが直接対処することはなかった。
ハザマはハザマで多忙であったので、そうして頻発する問題をいちいち自身の手で判断するような余裕もなかったためである。
そうした際に、どのように処断するかは事前に明文化された法として明記されていたし、訴えがあり次第調査し、しかるべき証拠を揃える機関も、この頃にはそれなりに機能するようになっていた。
森東地域への進出以前にも、洞窟衆内部ではそれなりに不正行為が発生しており、それに対処する専門の部署が必要だったためである。
もっとも、短期間の上に組織的に肥大した森東地域でほどには、不正の温床にはなっていなかったが。
ただそれも程度の問題であり、大勢の人間が集まって動いている以上、なんらかの意図的な犯罪は発生するし、それに対処する組織も必要とされるのだった。
ことに洞窟衆は、当初からハザマが直々に、
「労働時間の短縮」
と大きな目標として掲げている。
より具体的なことをいえば、時間にして一日の三分の一を労働にあて、やむを得ずそれ以上に働かせる場合には割り増しの賃金を支払うこと。
夜間や早朝など、日中以外の時間に働かせる場合もこの例に漏れず、さらに賃金の割り増しとその前後に十分な休養を取らせること。
などを盛り込んだ内容だった。
こうした労働者を保護する内容を為政者の側がわざわざ公示した例はこれまでにほとんどなく、洞窟衆の先進性として揚げられることが多い。
特に人足や人夫と呼ばれていた単純肉体労働者は使い捨ての賤業とされ、寝る時間以外のほとんどを強制労働にあてられることがほとんどだった。
従来、そうした人員は、
「いくらでも補充が可能な、消耗用の人材」
として扱われるのが、ごく普通の認識だったのである。
これまで、洞窟衆は奴隷商人などから奴隷を買いあげることもままあったわけだが、そうした洞窟衆の所有物になった人員に関しても、こうした基準は適用された。
洞窟衆に買われた奴隷たちは、十分な休養と食事、報酬が与えられ、数年も働けば自分自身を買い戻して平民に戻れる機会を等しく与えられていた。
一般的には、外部の日雇い人足よりも、洞窟衆で奴隷をしている方が待遇としてはよほどよかったと、そういわれている。
ハザマは改めて人権という概念を広めようとしたり、外部に奴隷解放を訴えたりすることはなかった。
人間が奴隷として売買されている現状がある以上、それで利益を得ている人間が存在し、社会もそれを必要としている現実がある。
そうである以上、きれい事をいくら並べても、奴隷の存在によって利益を得ている人々の心に響くことはないだろう。
と、そのように判断したからだ。
すでに固定的に存在する概念や観念を否定し、解体する代わりに、ハザマは洞窟衆という巨大な組織を使って、関係する労働者や奴隷の待遇をよくすることで、事実上の人権を確保して見せた、ともいえる。
洞窟衆自体が十分な利益をあげているからこそ可能な力業であったが、内部の人員に対する待遇をよくしていった結果、優秀な人材が集まりやすい環境を構築することに成功した。
ただ、こうしたハザマの意図も洞窟衆の内部全般に理解されているともいいがたく、そうした待遇に関連した諸々に対して、
「過剰な経費の無駄遣いだ」
と判断している者も少なくなかった。
特にハザマ領から遠くて監視の目が行き届かない場所、つまり森東地域で労使関係の不正が横行するようになったのは、自然な成り行きであるともいえる。
そうした土地では、ハザマ領内部での成功例を実地に見る機会がなかった者も、相応に重たい責任を負わされていた。
文章として渡された規律がどのような精神で定められたものなのか、深く考えることもなく、それまで自分が見聞してきた範囲内で評価をする者が頻発した結果である、ともいえる。
人間の価値観を変えるのは、一石一鳥にはいかないのであった。
ハザマとしては、そうした背景についても十分に理解した上で、
「面倒だが気長に対処していくしかない」
と、そう割り切ることにしている。
これまで、洞窟衆の成長が早すぎた弊害でもある。
そう思って、目の前の問題に対処していくしかなかった。




