侵略者のいい分
一方、市内を一通り巡回して抵抗してきた者に対応したヴァンクレスらは、商工会議所という場所を目指した。
あまり詳細なものこそ用意できなかったが、洞窟衆側もバネマの街路図は用意しており、事前にヴァンクレスら主要な現場指揮官に配布していた。
戦力を分散しない方がいいという判断により、ヴァンクレスは騎兵部隊の他に犬頭人や鰐頭人たちも引き連れていて、こうした強面の軍団が我が物顔で市内を練り歩いている形になる。
多くのバネマ市民たちは、この時点で洞窟衆側からの通達があったことさえ知らされておらず、この異形の軍団にあえて刃向かおうとする者はほとんどいなかった。
洞窟衆がこのバネマの代表として選んだ有力者たちは、どうやら洞窟衆の通達を本気で受け止めていなかったらしい。
完全ないたずらか、それとも、洞窟衆の実行能力を過小評価していたのか。
ともかく、一般民衆レベルでは、洞窟衆の提案する内容はまるで伝わっておらず、反抗心をたぎらせようにも、こんな事態がなぜ起こったのか理解ができないまま、なりゆきを見守っている者の方が多かった。
「気楽なやつらだ」
危機感がまるでないバネマ市民の様子を見て、ヴァンクレスはそんな風に思う。
この町の衛士だか傭兵だかが、ときおり散発的にヴァンクレスたちに攻撃を仕掛けてくることもあったが、それすらも組織的な、系統だった行動ではなく、どうやら現場の兵士が自分だけの判断だけで義務的に動いている風であり、無論、そうした気が抜けた攻撃は片端からヴァンクレスらに一蹴されていた。
(内容重複)
このバネマでは役所などよりもこの商工会議所の力が強く、実質的にこの町を牽引しているのは後者であると、洞窟衆は判断している。
その商工会議所を抑えれば、一応、バネマ側との交渉をまともに開始する準備が整う。
洞窟衆側は、そう判断していた。
戦いですらねえな。
と、騎乗のヴァンクレスは、そんな風に思う。
この町には、ろくな戦力がない。
一応、兵は配備されていたが、それはあくまで内部の治安を守るためのものであり、外部からの侵略を想定し、それを退けられるような働きは期待されていないようだ。
こんな小さな港町を、実力を行使してまで欲しいやつらがいなかったんだろうな。
などと、ヴァンクレスは思う。
商工会議所では、それまでとは違い流石に強硬な抵抗にあった。
このバネマを牛耳っている連中の根城でもあり、その商工会議所がほとんど抵抗らしい抵抗もしないままに洞窟衆を迎え入れたら、この町の有力者の面目が立たないのだろう。
城とか陣地とか、専門の軍事施設ほどには防御面での工夫は凝らされていなかったが、商工会議所の周辺建築物はそれなりに堅固な構造であり、本格的に籠城をされるとそれなりに手こずりそうな気配もあった。
ただ、それは一般的な基準でしかなく、ヴァンクレスは正門前に什器などを積んでバリケードを築いている様子を見ても特になにも思わず、そのまままっすぐに馬を進めて大槌を振りかざし、粉砕する。
一撃で粉砕できるほど、正門のバリケードは単純の構造をしていなかったが、重厚な正門の門扉はその一撃だけで半壊して、内部のバリケードを露わにする。
正門の内部に居た兵たちが慌てて弓矢などでヴァンクレスを狙撃しようとするが、その時には背後に控えていた犬頭人たちがバリケードを乗り越えて突入を開始していた。
武装した犬頭人たちに対抗可能な兵士など存在せず、そのまま突破され、バリケードの内部は蹂躙される。
そうした光景を意に介する様子もなく、ヴァンクレスは大槌を振るい続け、バリケードを粉砕していった。
鰐頭人たちもバリケードに殺到して、使われていた什器類などを適当に引き剥がしては、背後に投げつける。
「行くぞ!」
あっという間に遮蔽物としての機能を喪失したバリケードを騎乗のまま乗り越えて、ヴァンクレスは率いてきた兵に呼びかけた。
「中に居る偉そうな連中を、まとめて確保しろ!」
騎兵と異族とが一体となって、商工会議所の中に入っていった。
一足先に中に侵入していた犬頭人たちが、中の兵士たちを一掃していたのでヴァンクレスら、後続の兵士たちの仕事は少なかった。
そもそも、この商工会議所の中に詰めていた兵士たちもそんなに多くはなかったらしく、さらにいえば、その少ない兵士たちも徹底抗戦をする構えを見せず、犬頭人たちと接触した直後にそのまま投降する者がほとんどだった。
戦死者はほとんど存在せず、敵方に負傷者だけが増えている。
終わってみれば、そんな戦いだった。
バリケードを突破して内部に入ったヴァンクレスたちの仕事は、だから兵士たちへの対処ではなく、内部に居た有力者たちの身柄を確保することになる。
そうした有力者たちは商工会議所のあちこちに隠れていて、その一人一人を見つけ出すのはなかなか骨が折れる仕事だった。
淡々と作業を進めながら、
「締まらねえなりゆきだなあ」
と、ヴァンクレスは考える。
逃げ隠れする連中の首根っこを押さえるのは、ヴァンクレスが好む仕事ではない。
犬頭人が呼びかけても、怖がってまともに応じようとする有力者はほとんど存在せず、ヴァンクレス配下の騎兵部隊の人間が対応して、ようやく投降に応じる姿勢を見せる者がほとんどだった。
この町の人間も、異族のことを言葉の通じない怪物としか見なしておらず、その異族を引き連れて攻めてきたヴァンクレスたちは、理解を超えた存在にでも感じたのかも知れない。
「あ、あの」
そうしてようやく投降してきた連中の一人が、引き攣った笑いを浮かべつつ、ヴァンクレスに向かってそんなことをいった。
「われわれを、これからどうなさるおつもりですか?」
「どうもしねえよ」
ヴァンクレスは即答する。
「どうにかするつもりなら、さっさと殺している。
お前たちには、まだまだこの町を治めてもらわなければならないからな。
そういう細かいことに詳しいやつが後で来るはずだから、込み入ったことはそいつと相談してくれ」
やはりこの町の連中は、洞窟衆側が提出した勧告を丸ごと信用していなかったのではないか。
ヴァンクレスはそう思った。
とにかく、この町の人間との交渉は、ヴァンクレスの職分ではない。
わずかな抵抗勢力を一掃し、バネマの住人が洞窟衆側の人間と交渉を開始したのは、夜半になってからだった。
住人全般に洞窟衆側のいい分を通達し、落ち着いて貰うのに思いのほか時間を要した。
彼らの側から見れば、いきなり異族混じりの軍団が侵入して来たわけであり、多少混乱が生じるのも仕方がないのだが。
不要な暴動などが生じないように気を配りつつ要人の身柄を確保し、平行して、本来ならばする必要もない一般市民への事情説明までも行っていたわけであり、むしろたいした混乱もなく、この短時間でバネマを事実上制圧出来たのは、奇跡といってもよかった。
トエスは確保したこの町の要人たちを中央広場に引き出して、衆目の下に晒した。
「少し前、われわれ洞窟衆はこの町の商工会議所に向けて、傘下に加入しないかという勧誘をしました」
トエスは、よく通る声でそう告げた。
「しかし、この町の代表者たちは明確な回答を避け、その結果、今日のような強硬な手段に訴えることになったわけです。
われわれ洞窟衆が欲しいのは、このバネマの使用権であり、港の作業効率をあげて従来の業務と並行して、われわれの荷物も扱って欲しいと思っています。
そのためには大きな資本の投下やこの町の周辺地域の開発などもする必要があり、こうした事業はこのバネマの住人にとっても有益なものと信じています。
このバネマを傘下に組み入れるといっても、しかし一方的に搾取する気はまったくなく、それどころか結果的にはこのバネマにも多くの富をもたらすはずです。
しかしこの町の人たちは、われわれ洞窟衆の提案を無視しました」
トエスはここで一度言葉を切り、ゆっくりと周囲を見渡した。
「今回、仕方がなく実力行使に訴えたわけですが、それでもわれわれ洞窟衆は、被害が最小限になるように留意したつもりです。
商工会議所の皆様をはじめとして、この町の方々にお願いします。
今一度、われわれ洞窟衆との関係について、本気で検討をしていただけませんでしょうか?」




