バネマへの対処法
「バネマの方にも何人か、人は遣っているんですけど」
犬頭人に背負われて運ばれながら、トエスが騎乗のヴァンクレスにいった。
「ただ、通信網はまだアソコまで届いていないんで。
どうも詳しい状況がわからない状態なんすよね。
わかっているとは思いますが、くれぐれも油断はしないでください」
「今さらだなあ」
ヴァンクレスはそういって破顔した。
「出たとこ任せはいつものこった。
相手がどう出ようとも、全力で叩き潰すだけよ」
「うちからバネマに出した人たちは、情報収集とそれに職能ギルドに接触して交渉を開始することを重視していました」
トエスは説明を続けた。
「バネマもアゴウルと同じように、住人の中の有力者が集まって町を統治していて、でも、町の規模としてはアゴウルより小さいので、知り合い同士でなあなあに、前例に倣えってことを繰り返しているような有様で。
で、結論からいえば、洞窟衆の申し出も、いつまでもまともな回答を出来ずに今に至る、という感じです」
「洞窟衆のような団体から支配下に入れと申し出を受けるような前例は、まずねえだろうからな」
ヴァンクレスはバネマの対応を鼻で嗤った。
「そういう連中なら、実力差を見せつければかえって大人しくこちらのいう通りに動くだろう」
「そうだといいんですけどね」
トエスは、ヴァンクレスの言葉に素直に頷く。
「こちらも苦労しないで済みますし」
「つまりは、そのバネマって町では、住人同士の意見が合わなかったってことだろう?」
ヴァンクレスは、そういった。
「そういう町なら、少なくとも実戦の場で苦労するってことはないだろうぜ。
やつら、戦う理由を持っていないわけだからな」
そうなるだろうな。
と、トエスはヴァンクレスの言葉に内心で大きく頷いた。
中心力を持たない集団は、今回のように強力な外圧に晒された時、かなり脆い。
トエスはそんなことを考えながら、移動中の味方の様子をざっと見返す。
騎兵、犬頭人、鰐頭人。
先頭に居るのはこうした集団であったが、その後にアゴウルから続々と補給部隊が続いてる。
洞窟衆側は様々な事態を想定し、大抵のことには対応可能な状態でトエスたちを送り出していた。
油断をするわけではないのだが、この布陣で負ける場面を、トエスは想像出来なかった。
「見えてきたな」
休憩を取らずに半日も移動した後、ヴァンクレスがいった。
「あれがバネマ、で、いいんだろ?」
「方角的にも合っているはずですし」
トエスは、そう返答する。
「海に面した小さな港町だし、まず間違いはないかと」
今回、道案内を調達せずにここまで来ている。
この時点ではまだアゴウルで調達する人間を信用しきれなかった、ということもあるが、それ以上にアゴウルからの移動距離を考えても、そうそう迷うような道ではなかったのだ。
だいたいの方角と距離もわかっていたので、勢いに任せてここまで来てしまっている。
アゴウルが洞窟衆の手に落ちた。
そうした報せがバネマに着く前に、洞窟衆としてはバネマの攻略をはじめたかった。
そういう事情もあり、トエスたちは先を急いでいた。
バネマの住人に考える間を与えず、洞窟衆に対応するための余裕を与える前に戦端を開く。
その上で、こちらのペースでことを運ぶことが、今回の、トエスたち第一陣の目的にもなっている。
拙速上等であり、まずはバネマに軍勢を入れ、いいように引き回し、バネマを混乱させて立ち直る前に抵抗力を奪う。
そういう流れになるのが、理想的といえる。
「難しいことは、おれにはわからねえが」
ヴァンクレスはトエスに確認して来た。
「抵抗して来るやつだけを、片っ端から潰せばいいんだな?」
「そうなりますね」
トエスはいった。
「事実上バネマを統治している、ええと、あそこは商工会議所って名称でしたか。
そこを押さえる意味は、あまりないようです。
アゴウルほどには、強い権限や決定権を持っているわけでないようですから」
事前に通告を突きつけても、洞窟衆への対応を今まで決めかねているような連中なのである。
抵抗力を奪ってから洞窟衆から人を出して、直接行政全般を任せた方が、おそらくは手っ取り早い。
そのことに強く反対する勢力がバネマ内部から出てくるようなら、それはそれで利用しがいもある。
とにかく、洞窟衆にとって現行のバネマ上層部は、あまり利用価値がないものと判断されていた。
問答無用で軍事的な抵抗力を潰し、奪うこと。
今回のバネマでは、そのことだけを考えていればいい。
「なら、簡単だ」
ヴァンクレスはそういって笑った。
「町中をざっと駆け抜けて、こちらに攻撃してくる連中を片っ端から潰せばいいだけだからな」
実際、この男にとっては、それくらい単純な仕事の方がやりやすいのだろうな。
と、トエスは思う。
そんなことを考えているうちに、バネマの町並みは近づいてくる。
アゴウルと比較しても、町中の建物がより貧相で、一回り以上は小さい気がした。
町を囲うような防壁はなく、日中だというのに街道が閑散としているのは、物流面で水運に頼る割合が大きいからか。
その街道を見張る兵士たちが、ようやくトエスたち洞窟衆勢の姿を認めてあたふたと動き出したのが、遠目に確認出来た。
あの慌てよう。
と、トエスは思う。
こちらを油断させるための芝居でないのなら、やはりこの町は、洞窟衆の襲撃に対して、十分な備えをしていない。
事前にしてあった通告を、不可能だと切り捨て、なんの警戒もしていなかったのか。
それとも、こうした襲撃があるにしてもまだまだ先のことだと断じて、準備するのを怠っていたのか。
どちらにせよ、この状態はトエスたち洞窟衆にとって、好都合だった。
バネマの兵士たちは、混乱した様子を見せながらも弩を取り出し、隊列を組んでこちらに銃口を向けた。
ただ、人数が圧倒的に少ない。
十名を少し超える程度でしかなく、その程度の人数で弾幕を張っても、洞窟衆勢の突進を止めることは不可能なはずだ。
「野郎ども、いつもの通りだ!」
ヴァンクレスが大槌を振りかざして配下の騎兵たちに号令した。
「軽く蹴散らしてやれ!」
いいながら、馬の腹を軽く蹴って合図し、速度を早くする。
犬頭人と鰐頭人の前に騎兵たちが広がり、そのまま弩を構えたバネマ兵士に突撃した。
土煙をあげて騎兵部隊は直進し、そのままあっさりとバネマの町中に入っていく。
その前途を塞ごうとしたバネマの兵士たちは、地面に転がってうめき声をあげていた。
多分。
と、トエスは思う。
弩を一度斉射する、程度のことは出来たはずだ。
ただ、その後、次の弾丸を装填する前にヴァンクレスら騎兵部隊と接触し、そのまま軽く蹴散らされてしまったのだろう。
ヴァンクレスたち騎兵部隊は、そのほとんどが分厚い甲冑を纏った重装騎兵だった。
弩は、命中したとしてもたいしたダメージにはならなかった、らしい。
少なくとも、ヴァンクレスら騎兵部隊は脱落者を出さず、そのまま先へと進んでいる。
騎兵用の準備をしていなければ、こんなものだろうな。
と、トエスは思う。
歩兵と騎兵とが正面からまともにぶつかれば、結果はこんなもの、なのである。
「町中に入ったら、二手に分かれますよー!」
トエスは、大きな声で犬頭人と鰐頭人に指示を出す。
「町中かを移動して、抵抗する人がいたら遠慮なく反撃しちゃってください!」
バネマはそんなに大きな町ではない。
騎兵部隊が先行した後に、適当に二手に分かれた異族たちが抵抗勢力に対応していけば、そんなに時間を要することもなく無力化出来るはずだった。
それに。
と、トエスは思う。
少し遅れて、別働隊も動いているし。
「バネマの皆様、お騒がせしております!」
バネマの町中を練り歩きながら、トエスは繰り返し大きな声でそんな内容を伝えた。
「こちらは、洞窟衆という者です!
現在、バネマの町を制圧している途中ですが、抵抗しない人にはなにもしません!
わたしたち洞窟衆は、このバネマを豊かにする提案を持ってここまで来ています!」
侵略とか軍事的な制圧を現在進行形でやっている人間がこういうことをいってもな。
そう主張しているトエス自身、その図々しさは痛感している。
バネマ住人側の主権を侵害している、という点について、洞窟衆側は非難をされても仕方がない。
そういう、強引なやり方だった。
だからこそ、被害を最小限に収めたいという気持ちもあるのだが、それだって立派なエゴ、あくまで洞窟衆側の都合でしかないだろうしなあ。
「洞窟衆は交易を盛んにして、今まで以上にこのバネマの景気をよくすることをお約束します!
われわれ洞窟衆に意見をお持ちの方は、事態が落ち着いてから中央広場までお越しください!
そこで改めて説明をする場を設け、同時に皆さんからご意見を募らせていただく予定になっています!」
そうした説明をしていたのはトエス一人だけではなく、同じような内容を各部隊の広報要員が繰り返し怒鳴っているはずだった。
この町の統治者たちが当てにならない。
そう判断した上で、洞窟衆はこうした強引な手段に訴えているわけだが、だからこそ戦後処理には留意をしなければならない。
抵抗力を完全に奪いつつバネマ住人から不満が出るのを可能な限り回避する必要があり、だからこそ、初動段階での挙動には注意する必要があった。




