港町の攻略会議
「んー」
バジルニアから回ってきた指示書にざっと目を通してから、トエスがいった。
「なんか、先に港をいくつか押さえて欲しいってさ」
「補給路の確保を優先する形か」
ネレンティアス皇女は、そう応じる。
「面白みはないが、堅実な方針ではあるな」
「港か」
ヴァンクレスが訊ねる。
「ここから攻めるとなると、どういう経路になるんだ?」
「一度ゴドワに兵を集めて、そこから水路経由で移動」
地形図を開いて確認しながら、トエスがいった。
「それが一番早いと思う」
「目的地の状態とかは?」
スセリセスが確認をする。
「今の戦力でも落とせそうですか?」
「十分じゃないかなあ」
トエスはいった。
「ここの資料によると、海側から攻め込まれることを想定した備えはあるようだけど、内陸から攻め込まれることは想定していない場所が多いようだし。
それに、港自体の規模も小さいから、割とあっさりと片付くと思う」
「規模が小さい、か」
ネレンティアス皇女が呟く。
「それでは、今後のことを考えると少々心許ないな」
「だから、数を確保して対処する、っていうことだとは思うけど」
トエスはいう。
「最初からあんまり大きな港に手を出して、長期戦に持ち込まれるのも考えものだし。
まずは、確実に落とせる場所から確保、って考えているんじゃないかな」
「多少細くても、海側からの動線があるのとないのとでは、扱える物流の量も違って来ますからね」
スセリセスはそういって頷く。
「まず無理のないところからはじめよう、っていう考え方はいいと思います」
「しかし、水路か」
ヴァンクレスは軽く顔をしかめた。
「兵を移送中に襲われたら、たまったもんじゃないな」
船に乗った状態では、ヴァンクレスら騎兵部隊の強みを活かすことは不可能といえた。
「その辺も、問題ないでしょう」
トエスは、軽い口調で受け合う。
「道中の輸送は懇意にしている水賊衆に任せるだけだし、ゴドワから下流の水域はだいたい鰐頭人が押さえているし」
「その言葉を信じるとすると」
ネレンティアス皇女はいった。
「後は、具体的な攻略案を固めるだけだな。
バジルニアの方からは、なにか指示があるのか?」
「いや、全然」
トエスは即答する。
「いつも通りというか、例によって丸投げっす」
「大将は細かいことまで口を挟まないからな」
ヴァンクレスは頷いた。
「果たす目的だけ指定して、方法はこちらに任せる。
それくらいの裁量を与えられた方が、こっちとしても動きやすい」
「とはいえ、こちらもこんなところで躓きたくはないからな」
ネレンティアス皇女はそういった。
「まだまだ先は長いはずだし、無駄に兵力を損耗することも出来れば避けたい。
買収や調略が可能な相手であれば、それで済ませておきたいところだ」
「それは、どうかなあ?」
トエスは首を傾げた。
「相手の事情をあまり細かく把握しているわけでもないので、成功するかどうか、実際にやってみないとなんともいえないっす」
「港町なら、おれたちの噂くらい届いているだろう」
ヴァンクレスはいった。
「洞窟衆について聞いているやつらなら、交渉次第では抵抗なしでこちらに転ぶかも知れないぞ」
内陸部の都市より、湾岸部の都市の方が遠い場所の事情に通じている傾向があった。
陸路よりも船便の方が、より遠い場所まで迅速に到達するし、それに、海商が多く集まるような場所では、自然とそうした遠い場所の情報にも敏感になる。
敏感にならないと、商売に差し支えることが多いからだ。
「では、そのバジルニアから指定された港町には、まずは交渉役を派遣する」
スセリセスが周囲を見渡してからそういった。
「そういうことで、いいですね?」
「同時に、その攻略対象となる港の内情も出来るだけ調査、把握しておく」
ネレンティアス皇女は、そうつけ加える。
「交渉役を出すのと並行して、出兵の準備も進めておく」
「ある程度頭数を揃えるんなら、ゴドワで準備をした方がいいだろうね」
トエスはそういって頷いた。
「あんまり練度とかを期待されても困るけど、人数だけならそれなりに集められると思う」
「戦い慣れているのはそれなりに居るからなあ」
ヴァンクレスはのんびりとした声でそういった。
「一番キツい場所はどうせおれたちがこなすんだし、後は控えとして突っ立ってりゃ十分だろう」
「純粋な控えはないにしても、矢面に立つだけが能ではないからな」
ネレンティアス皇女はいった。
「戦場まで出て、兵站を維持する者は、必ず必要となる。
早くから集めておく方がいいだろう」
「直接戦わなくても、戦場まで出てくれる人を集めるのは時間がかかるでしょうしね」
トエスは頷きながらそういった。
「もちろん、給金の方もそれなりに弾むわけですが」
「今のうちから多めに集めておいた方が確実だろう」
ネレンティアス皇女は断言した。
「港町の攻略が終わってからも、当面、その手の仕事が減ることはなさそうだしな」
「了解っす」
トエスはそういって、紙片になにやら書き込んだ。
「お金、足りそうですか?」
スセリセスが、トエスに確認をする。
「割と大きな金額を預かっているんで、よほど派手にやらない限り足りなくなる心配はないっす」
トエスは即答する。
「ただ、いくさの方がいつまで続くのか予想がつかないので、無駄遣いは控えるように心がけますけど」
「なら、どんどん蕩尽するべきだな」
ネレンティアス皇女はいった。
「どのみち、港を確保すればそちらの交易や関税からも経常的に利潤を得ることになる。
それに、賃金をこちらで落とせば、それだけ人も集めやすくなる」
「交渉役になってくれそうな人にあてはあるんですか?」
スセリセスが問いを発した。
「その手の仕事は増えていますからね」
これにも、トエスは即答する。
「冒険者ギルドにいえば、適切な人材を紹介して貰えるはずです。
その手の人材は、ハザマ領から継続的にこちらに来てますから」
「しっかりとした護衛もつけろよ」
ヴァンクレスがいった。
「腹いせに殺されるかも知れねえし、それに、あんまり貧相な使節を仕立てると、こちらが舐められる」
「その手の仕事も、最近では慣れているはずなんで」
トエスはいった。
「まあ、冒険者ギルドに任せておけば巧く手配してくれるでしょう。
交渉役よりもむしろ、情報収集役の方が心配なくらいですが」
「その手の人材は、重要な割には育てるのが難しいからな」
ネレンティアス皇女はそういって頷く。
「町の人口と埠頭の規模、一日に扱える荷物の量などさえわかれば、どの程度の港であるのかは大方把握は出来る。
が、そうした通知では推し量れることが出来ない内情というものもあるからな」
「想定外の事情で、足元を掬われたくありませんしね」
スセリセスもその言葉に頷いた。
「出来れば兵を出す前に、ある程度は調べておきたいところですが」
「地元の、ある程度事情に通じている人間も集める予定ではいますが」
トエスはいった。
「ただ、ゴドワからは距離があるのと、そんなに都合がいい人がうまい具合に集められるか。
これは、実際にやってみないことにはなんともいえません」
「今回は、そこまで懸念せずともどうにかなろう」
ネレンティアス皇女はそういった。
「この程度の規模の港町が、それほどだいそれた内情を孕んでいると思えん。
ただ、その以降のことまで考えると……」
「偵察や斥候を行う要員は、もっと厚くしておく必要がある、と」
トエスが、その後を引き取る。
「オラ組の人たちも、今の段階で手が足りてない状態ですしね。
バジルニアにも、この手の懸念は伝えているんですけど」
「なら、対策はそれなりに考えているだろうよ」
ヴァンクレスはそういった。
「大将なら、その手の悪だくみに遺漏はないだろうからな」
「長期的な展望については、バジルニアの連中に任せて」
ネレンティアス皇女はいった。
「われらは、その港町をさっさと支配下に治めることを優先するべきだな。
出兵の準備には、どれほどかかりそうだ?」
「一番小さな港町を落とす程度の人数だったら、五日もあれば準備は整うと思います」
トエスは即答する。
「さっきもいったように、あくまで頭数を揃えるだけなら、ってことですが」
「上等だろ」
ヴァンクレスはいった。
「がーっといって、さっさと占領しちまえばいい。
今この場にいる連中だけでも、その程度のことは簡単に出来る」
「細かいこと考えるよりも、行動に移した方が手っ取り早いってことはあるんすけどね」
トエスはいった。
「小さい港町でも、短期間のうちに制圧してしまえば、周囲の港町も説得しやすくなるだろうし」
「説得というか、実質威圧ですけどね」
スセリセスは指摘した。
「ただ、今この場に集まっている人たちに対抗可能な勢力が、そうそう居るとも思えません。
小細工は抜きにして、この場は勢いに乗って攻め続けるのも方法だとは思います」
「巧遅よりも拙速、というわけか」
ネレンティアス皇女はそういって頷いた。
「そちらの方が、洞窟衆らしくはあるか」




