方針決定の煩雑さ
「と、いわれてもねえ」
ハザマはトエスからあがってきた企画書にざっと目を通してから、そっと息をついた。
「具体的に、どれくらいの規模の動員を考えているんだろうな、これ」
この時点でトエスたちが考えている計画の詳細が、この企画書からはまったく伝わってこない。
これでは、予算や物資を割り振ることは出来なかった。
まあ、関係各所には、こういう意見が出ているよとは通達しておくか。
と、ハザマは考える。
その上で、もっと詳細な、より具体的な構想をトエスに提出して貰う必要がありそうだった。
用意するべき資金や物資の検討がつかないと、そもそも準備に着手することさえできない。
おそらく、現地のトエスたちはそのケトウス族とやらの被害地域について調査を開始しているはずであったが、敵の所在地や規模などの詳細が判明してくればこちらの対応も自然と固まって来ることになる。
今の時点では、ハザマとしては各所に連絡して今まで以上の負担と協力をお願いすることくらいしか出来そうになかった。
遠い場所への干渉というのは、なにかと小回りが利かないわな。
と、ハザマはそんな風に思う。
そちら方面に運び出す物資を増やすにしても、現地に到着するまでには早くても十日以上の時間が必要となる。
いや、それ以前に、森東地域の大半はまともな道すら整備されていない。
物流量が今まで以上に増えたら、どこかで荷物が滞り、極端に輸送効率が落ちる可能性すらあった。
現状では物資を送り出しても予定通りに目的地につくのかどうかは運任せ、という状態であり、これではある程度以上の大軍をまともに運用するのは難しい。
いろいろと面倒だよなあ、と、ハザマは考える。
人数を揃え、その大軍がなにひとつ不自由をすることなく動ける状況を作るのが一番なのだが、森東地域の場合、そうした下地を整えることこそがかなり困難なのである。
特にブビビラ村は、ハザマ領方面から進出した連中の中では最先端に位置する。
そこに近づけば近づくほど、流通経路の整備も行き届かなくなる傾向が存在した。
一応、そのブビビラ村まで通信は可能なのだが、まだまだ中継タグも薄く、いつ通信が途絶してもおかしくはない状況だった。
ハザマ領の周辺のように、通信「網」と呼べるほど濃密に中継タグが設置されているわけではなく、せいぜいか細い通信「線」がかろうじて繋がっているだけだったから、この中継タグのうちのいくつかが破損すれば通信は不能となる。
中継タグは自然な劣化以外にも、人為的な破損により簡単に使用不能にすることができた。
森東地域での洞窟衆の影響力はこの時点ではまださほど大きなものではなく、そもそも現地の人間は中継タグの機能や効能についてよく理解出来ていない。
こちらでのように、大事に放置してくれるとは限らないのだ。
未開の地、という表現は、ハザマにいわせれば差別的だから使いたくはないのだが、こちらで自明視されている社会通念がそのまま通用しない土地では、なにかとやりづらい。
ハザマは、このことを痛感する日々を送っている。
ハザマが安易な占領政策に乗り気でないのも、森東地域ではこちらの常識が通用しないということを度々認識させられているから、という理由が大きかった。
完全に支配をしてしまったら、抱え込んだ領民の面倒は丸ごと見る必要が出てくるわけで、ここまでなにもかもが違った土地の住民と意思の疎通を図り、その上でこちらのいう通りに動かそうとしたら、かなりのコストがかかる。
おそらく、占領をすることによって得られる利益よりも、風通しよくコミュニケーションをするために必要な経費の方が大きく、占領する地域を増やせば増やすほど赤字になることすら考えられた。
いや、きっとそうなるだろう。
だからハザマとしては、森東地域については過度に責任を負うような行為は出来るだけ慎み、洞窟衆と冒険者ギルドの支社を各地に設置した上で、地元勢力と相談をしながら公共事業を推進するくらいに活動を制限している。
流通経路の整備などの公共事業については、関係者全員の希望を確認した上で実現可能な範囲で実行に移している。
用地買収がネックになることがあったし、必要な予算が集めきらずに作業が滞っているところもあった。
大規模な統治機構が存在しないということは、この手の投資がひたすらしにくくなるんだな、とハザマは最近、実感している。
そうした社会資本の整備をすべて洞窟衆主導で行うことも考えたことがあるが、一時的にはともかく、長期的にはあまりよくないだろうということで、その手の計画にはなるべく地元勢力の意向を反映させていた。
洞窟衆へ依存することが広い範囲で慣例化していくと、これもまた直接広い地域を洞窟衆が占領するのと同じような結果になりやすい。
なにより、一時的ならばともかく、半永久的そんな広い範囲の面倒をずっと見続けるのは、洞窟衆としても負担が大き過ぎ、その割に得るところが少ないのだった。
公共事業をするのならば、自然と投下した資金が流動するような形にしなければ意味がない。
洞窟衆が寡占化するようでは、将来的には閉塞してしまうだろう。
資本的にも、政治的にも。
「面倒だよなあ」
また、ハザマは誰にともなくぼやく。
ハザマが元居た世界にあった戦略ゲームでは、周辺地域を制圧すればそれで万事巧くいく。
しかしこの世界は、そこまで単純には出来ていない。
一時的に武力で制圧したとしても、抱えた領民が不満を溜め込めば反乱や暴動などが起こるし、そうした動乱が頻繁に起これば、近隣の勢力から攻め込まれる。
現在洞窟衆が進めているような現地勢力との協調政策にしても、現地勢力の側がなんらかの不満を持った場合はやはり大きな混乱が起こるはずだった。
協調政策にせよ占領政策にせよ、新たな関係を築いた相手の関係を良好に保ち続けないと大変に面倒な事態になる、という点は変わらず、しかし協調政策は占領政策と比較すると洞窟衆が持つべき責任がより少なくて済む。
良好な関係を持続しようとすれば、きめの細かいケアを継続していかなければならないわけで。
「面倒臭い」
というハザマの実感は、決して根拠がないものではなかった。
もちろんハザマとしては、そんな複雑な問題を自分ひとりで抱え込むつもりなど、少しも持っていなかったが。
「ということで、この件について検討させておいて」
ハザマはそういってすぐそばで書類と格闘していたリンザの前に、トエスから送られた企画書を置く。
「こいつが実現可能なのかどうか。
この案を実現出来ない場合は、代わりになる対策案を作らせて。
実現が可能なようだったら、そのための準備を進めさせてくれ」
「これは」
その企画書をパラパラとめくり、ざっと内容を確認したリンザは感想を述べた。
「またお金がかかりますね」
「かかることはかかるが、そいつはまあ予想の範囲内だ」
ハザマは即答した。
「ここで問題になるのは、その投資が無駄にならないかどうかの見極めになるな。
そういう予測なら、おれよりもタマルあたりの方が確実に判断出来る」
「お金だけではなく、さらに大量の食糧を送る必要も出て来ますし」
リンザはそう続ける。
「それに、現地勢力との交渉も、もっと密にする必要が出て来ます。
一度、この件について皆さんに意見を求めておいた方がよろしいかと」
「じゃあ、その手配をしていおいて」
ハザマはいった。
「今はみんな忙しいから、すぐには集合できないとは思うけど」
「関係各所に了解を取る前に、予断で先走るよりはいいでしょう」
リンザはそういった。
「なにしろこれだけ大規模な事業ですから、会議は自然と多くなるかと」
「まあ、仕方がないわな」
ハザマはそういって頷いた。
「とにかく、その会議の手配をしておいてくれ。
後、トエスたちにも、くれぐれも先走って、勝手な判断で動かないように。
と、そう念をおしておいて」
「それはいいですけど」
リンザはいった。
「あの人たち、ちゃんと自制してくれますかね?」
「その点は大丈夫だろ」
ハザマは即答した。
「準備が十分ではないってことは弁えているはずだし、それにあのブビビラ村でもやることは山積みになっているはずだ。
そのケトウス族とやらの周辺事情を探るのにも時間がかかるはずだし、すぐに出撃するようなことはないと思う」
ヴァンクレスたちは、こといくさのこととなると徹底して現実的な判断力を示した。
今の時点で準備がまるで足りていないことは理解しているはずだったし、そうでなくとも、まずは仮想敵の詳細を把握すること、そのケトウス族の勢力圏に至るまで、途上に存在する諸勢力に大軍が通過することを承知させ、許可を求めることなど、面倒な処理が山積みしている。
そうした細かい準備をおざなりにすると、後でかなり不利な立場に置かれることは重々理解をしているはずであり、もしもブビビラ村に駐留している連中が動き出すとすれば、そうした細々とした前準備がすべて完了してからになるはずだと、ハザマは予測していた。
だから、そうした準備が終わる前に、こちらでも方針を決定し、意思を統一して前線を支えるための体制を整えておく必要があった。
「集合場所は、この領主官邸でいいですね?」
リンザが確認をする。
「お姫様たちは、ここのお風呂がお気に召しているようですし」
「どこでもいいんだが、この官邸でも問題はない」
ハザマはそう返した。
ここのところハザマは、バジルニアにある領主官邸とルシアニアにある森東問題対策本部との間を数日ごとに行ったり来たりして過ごしている。
ハザマは、ハザマ領領主としての仕事もそれなりにこなさねばならない立場にある。
ずっと、森東地域問題ばかりに専念出来る身分ではなかった。




