地元住民の胸中
ガダイドの港に流れ込んでいる河川はいくつかあるのだが、そのうち水運に使用されているのは六本になる。
ベズデア連合の小舟はその六本の河川すべてに侵入し、ごく短期間のうちにかなり上流まである船着場をすべて制圧した。
無論、それらの河川には、その流域を縄張りとしていた水賊衆が存在していており、その中にはこうした侵犯行為に対して抵抗を試みた者も少なからず存在していたのだが、こうした抵抗は例外なくごく初期の段階で頓挫している。
それぞれの河川一本につき数百隻以上の船団を形成して移動するベズデア連合と、ごくローカルな辺地を専有して満足している水賊衆とでは、戦力差があまりにも大きかった。
そうした抵抗は蟻が巨人に喧嘩を売っているのも同然であり、巨人の側としては当然のように踏み潰し、蹂躙して先へと進むだけだった。
ベズデア連合の側は、相手が水賊衆であるか否かに関わりがなく、行く手を遮る者は例外なく制圧をしながら先へ先へと川を遡っていく。
そうした地元水賊衆にとって幸いなことに、ベズデア連合の方は行く先々の船着場を片っ端から占拠していくことを優先していて、水上の利権にはあまり興味を持っていないようだ。
抵抗をすれば制圧されたが、ベズデア連合の側から水賊衆その他、水上を使用する者たちに対する過度の干渉をすることはなかった。
そうした地元の勢力が、武力による抵抗ではなく意思の疎通を図ろうと接触してきた場合、ベズデア連合側はかなり柔軟に対応している。
そうした交渉の結果、ベズデア連合の側は水上の利権に対してはこれからも過度な干渉を控える方針であり、ただし、自分たちが水賊衆に対して通行料その他を支払うつもりはなく、さらにいえば船着場を自分たちの仲間以外の者が使用する通行料を徴収する予定である、という。
かなり一方的な通告であったが、むしろこれだけの大軍勢で攻め込んで来てその程度の横暴しか働くつもりがない、らしい。
侵略者としてみるとかなり、控えめな態度ともいえる。
どうもベズデア連合としては、そうした河川流域の住民から直接なんらかの利益を吸いあげることよりも、優先している目的があるらしかった。
ベズデア連合とほぼ同時期にガダイドの港に乗り込んできたグフナラマス公爵家勢のことと併せて考えると、説明されなくとも、こうした侵略者たちの構想はおぼろげに推察することが可能であったが。
つまり彼ら侵略者たちは、兵員や兵糧をさらに奥地へと送り込むための、確固たる足がかりを構築することを優先している。
そのようにしか、解釈が出来なかった。
これからさらに広い範囲で派手に暴れるつもりだから、この時点で水賊衆などの小勢力を相手にして無駄に消耗することを避けているのだろう。
彼ら侵略者たちの戦いはまだまだこれからが本番であり、これまでの動きもあくまで今後のことを考えた布石、露払いであるに過ぎない。
そうとしか、考えられなかった。
そうした推測は、周辺住民を戦々恐々とさせた。
自分たちの住処周辺が戦火に晒されることを望む者などいないわけで、しかしこの時点ではまだ侵略者たちは大人しく、比較的穏当な方針しか示していない。
ごく近い将来、こうした侵略者たちのおかげでかなり広い地域が紛争状態になることは誰もが予感していた。
しかし、その侵略者たちを排除出来るだけの実力を持つ者もいなかったので、今の時点では彼らが要求することをそのまま丸呑みに受け入れるしかない。
屈辱に思う者は多かったが、現実的に考えれば、そう対応をするしかなかった。
そうしたかなり奥にまで入り込んだベズデア連合の兵士たちはどうしていたかというと、実はそれなりに多忙であった。
船着場を占拠してその利権を丸ごと奪取したこと自体は横暴といえたが、それ以降、現地住民に対して理不尽な扱いをするということもない。
というか、その他の仕事が忙しすぎて、必要以上に現地住民と接触する機会も持てない、というのが正直なところだった。
この前後の占拠した船着場周辺の警戒にも相応の人数を割かねばならなかったし、それ以外にも周辺地域での情報収集や測量、ガダイドから自分たちが居る場所までの通信網の敷設などを並行して行っている。
この土地での情報収集も必要だったはずだが、こちらはそれほど急がない。
現地住民との交渉を多くして情報を収集するにしても、相応の信頼関係を築いてからの方が効率がよく、いずれはそうした作業が必要にあるにせよ、この時点では後回しにされている。
まだ、船着場を占拠したといっても、相場通りの利用料を徴収する程度のことしかしておらず、船着場を利用する水賊衆や地元住人から見れば、従来とあまり変わらない。
せいぜい、船着場の持ち主が変わった程度であり、地元住民たちは、
「それならなんで、遠いベズデア連合からこんなところにまで来たんだ?」
と首を捻るばかりだった。
船着場の利用料など、たかが知れた、些細な利権に過ぎず、遠いベズデア連合からこんなところまで遠征をして来るだけの価値はない。
そんなことをしても、到底割に合わないはずなのだ。
そんな地元住民の疑問をよそに、侵略者たちは勝手に動いていく。
まず、船着場のほとんどが、そのまますぐに改装をされはじめた。
船が着く場所を増やし、そこから奥へと向かう動線が整備され、さらには侵略者たちが起重機と呼ぶ鉄塔がいくつも据え付けられる。
そうした改装作業をする間にも、ガダイドから多くの荷物が荷揚げされるようになる。
大半は、居座ったベズデア兵士たちのための兵糧であったが、それ以外にも農具や工具、文具、書籍などの便利な物品なども次々に到着して、そのうちの一部は地元住民にも売りに出された。
河川を往来する荷物の量が飛躍的に増大したため、水上の利権から排除された水賊衆の仕事もかなり増えている。
侵略者たちだけでは到底捌ききれないほど、荷物の量が増えたから、であった。
なにしろガダイドを経由してそうした船着場に到着する荷物の量は、侵略者たちが来る以前の数倍にもなっている。
侵略者たちは、そうした荷物の運搬については積極的に地元の者を頼る方針らしかったので、水賊衆はもちろんのこと、陸地に荷揚げをした後の運搬にも大勢の人間が雇われて稼働することになった。
ガダイドの住人もそうだが、船着場周辺の者たちも、
「この膨大な資金はいったいどこから出ているのだ?」
と首を捻るばかりだった。
そうした荷物の運搬に必要となる賃金をざっと計算しただけでも、膨大な出費になる。
侵略者たちは、必要最低限にしかこちらの権益を侵そうとはせず、従ってこの時点ではたいしたあがりを得ていないはずであった。
「この森東地域の民は、今、困窮しているそうじゃないか」
少しして状況が落ち着いた頃、その頃には多少は親しむようになったベズデア連邦の兵士たちは、地元住民にそう説明をした。
「山地からの侵攻に怯え、政治的な混乱状態が生じている。
影響が大きい地域とそうではない地域があるようだが、いずれはこの混乱状態をどうにかして鎮める必要がある」
自分たちは、その鎮圧のために来た。
そうとでもいいそうな口調だった。
いや、そういった兵士たちにとっては、それが真実だったのだろう。
「われらベズデア連邦は、平民が蜂起して出来た国だ。
たとえ他国であろうとも、困窮する民を放置しておけるものか」
彼らは、少なくともその一部は、どうも本気でそう信じているようであった。
彼らベズデア連合の兵士たちは、善意により、この土地の安全を保安するためにわざわざこんなところまでやって来た、というわけである。
彼ら侵略者たちが森東地域と呼ぶ広大な土地、そのうちの北部の方はともかく、南部の土地は、その山地からの侵攻もさして影響を受けていない。
というか、これだけ広い土地の事情を遠い外国の者が大雑把な把握をして適当な印象だけで勝手に動くのは、現地の住人たちにしてみれば、
「余計なお世話だ」
と、いうしかなかったわけだが。
ともかくもその侵略者たちは、いきなりやって来て河川周辺の秩序を自分の都合により改変し、これ以降も長期に渡って居座って、今まで以上に勝手に動くつもりのようだった。
地元住民にしてみれば、迷惑としかいいようがなかった。
侵略者たちが来る以前も、それなりに問題はあったものの、相応にうまくやっていたのである。
少なくとも地元の人々は、そう自認をしていた。
こうした侵略者を快く思わない者がほとんどだったが、彼らはこの時点で侵略者たちに対抗できるほどの実力を備えていなかった。
これはもう歴然としていて、武力でも経済力でも、到底敵わない。
この森東地域の人々は、小勢力として分断されていて、侵略者たちに対抗できるほど大きな勢力というのが存在しなかったからだ。
しかし、ガダイドの港を経由してやって来た侵略者たちの詳細は、急速にもっと広い地域へと伝えられつつある。
そうした情報には、
「このまま放置しておけば、すべてをよそ者の勢力に乗っ取られるぞ」
という強い危機感が付随していた。
そしてそうした危機感は、人の口を経るごとに増幅されていく。
「そうした侵略者たちに対抗をするためには、森東地域内部の者同士で手を組んで、相応の規模を持つ集団を形成する必要があるのではないか」
そうした認識が、速やかに広がっていった。




