洞窟衆の噂
「ベズデア連合の連中が、なんだってこんなところにまで出張っているんだ?」
「よくわからないが、グフナラマス公爵家の艦隊がガダイドの港町を占領しつつあるらしい」
「あっちも混乱しているようだが、縄張りを荒らされた水賊衆もかなり困っているようだ」
「この混乱が落ち着くまでは、この周辺の水運はしばらく使い物にならんな」
ガダイドの港町よりもその周辺にある河川流域の人々の方が、ある意味では混乱が大きかった。
ガダイドの混乱は政治的な、いきなり不安定になった将来に対する不安であり、河川流域の人々の不安はもっと直接的な、生活物資の流通が滞ることに対する不安になる。
前者よりも後者の方がより生活に根ざしていおり、不安の性質としてはより差し迫った物であった。
「やつら、居座るつもりか?」
「でなければ、遠い外国からこんな場所までわざわざ大群を率いてやって来るかよ」
これだけの大群を動員して遠い外国まで遠征をしてくる。
そのために必要な物資とか資金を想像すれば、相手の本気さも自然と推し量ることが出来た。
その負担は決して軽い物ではなく、だとすれば少なくとも、その元を取るまで占領をし続けるはず。
そう考えるのが、妥当だ。
より現実的に考えれば、撤退をするにしても相応の予算を必要とするわけで、一度ここまで来てしまったら、よほどのことがない限りは撤退することはないだろう。
「しかし、よりにもよってベズデア連合か」
「二十年だか三十年前の革命で大活躍した将軍様が綱紀粛正をして、こちらに攻め込んで来たらしい」
「ここ最近、いい噂を聞かなかった国だからな」
ベズデア連合が成立した時の革命については、かなり遠くまで伝わっていた。
実際に成功をして政権を転覆させた革命が、それだけ珍しかったからだ。
ベズデア連合がここ最近、国内が荒れていたようだったがどうにかして体制を刷新し、持ち直そうとしているところらしい。
昔の革命と最近の綱紀粛正、その両方において重要な役割を果たしているガンディード将軍の存在は、それなりに広い範囲に認知されていた。
「その将軍様は、かなりの戦巧者だというな」
「革命が成功したのも、ベズデアが今のような強国になったのも、だいたいはその将軍が勝ち続けていたからだってことだ」
そんなベズデア連合が、なんだって遠路はるばるこんなところにまで出張ってくるのか。
地元住民たちの率直な感想としては、「傍迷惑」の一言でしかなかった。
「今のところ、ベズデアは船着場を下流から順番に占領しているようだが」
「流通を押さえてから、順番に他のところにも侵攻していくんだろうよ」
「ベズデアだけが単独でここまで来ても、そんなに怖くはないんだがな」
「ガダイドに来ているとかいうグフナラマス公爵家の艦隊が、ベズデア連合と手を組んでいるとなると、かなり困ったことになるな」
「どちらが主体かわからないが、その両者が手を組んでいるとなると、補給が途切れることも考えにくい。
一度定着したら、やつらの天下をひっくり返すのはかなり難しいだろう」
「かといって、今すぐにやつらに抵抗して追い出せるほど、威勢のいいやつらはこのあたりにはいないし」
「最近、ゴドワとかブビビラに来たとかいうおかしな連中は、かなり景気がよさそうだが」
「洞窟衆だとか冒険者ギルドだとか名乗っている連中だろ?」
「あいつらも森の西から来たよそ者だって聞いているぜ」
「同じよそ者でも、ガダイドに来た連中とはかなり毛色が違うらしいがな」
「聞いた限りでは、商売とか人集めしかしてない」
「人集め?
なんだそりゃ」
「知らないのか。
連中、どういうつもりかわからんが、なにかというと道を整備したがる」
「金ばら蒔いてわざわざよその土地の道を作るのか?」
「それ以外に、通信?
とかいう物に使う術札をあちこちに設置しているらしい」
「なんだそりゃ」
「なんでも、遠く離れた場所同士で会話が出来るようになる術式らしい。
ただ、それを使うためには、事前に専用の術札を一定間隔で設置しなけりゃならないみたいだが」
「便利だが、不便な代物だな」
「まったくだ。
ともかく連中は行く先々で人を雇って派手に金をばら蒔いているんで、最近ではどこへいっても歓迎されているらしいな」
「そうか?
おれは、その洞窟衆のヴァンクレスっておっかないやつの噂を聞いたが」
「どこからともなく現れては強いやつと戦って去って行くととかいう、魔物みたいな男のことか」
「そう、それ。
大きな黒馬に乗った大男で、こいつとやり合って勝てた者はこれまでいないと聞いた」
「そんな強いやつを抱えているんなら、今頃はここいらもその洞窟衆とやらに平定されているだろうに」
「いや、そいつは別に戦ってもなにも要求することなく、仲間を通過させる許可だけを求めてまたすぐに去って行くとか」
「なんだそりゃ。
無欲というか、なにを考えているのかまるでわからんな」
「不気味といえば、不気味だな」
「そういや、タットリット川の流域を占拠している鰐頭人を後押しているのも、その洞窟衆とやらではなかったか?」
「ああ、あの!」
人間以外の異族を対等の存在として認めて扱い、あまつさえ継続的な支援をしようとするヒト族の集団は、この時点で洞窟衆以外に存在しない。
それだけに珍しく、この鰐頭人関連の噂についてもかなり広い範囲にまで広まっていた。
「ブビビラに来た洞窟衆のやつらが、大勢の犬頭人を引き連れているとかいう噂もあるな」
「話半分で割り引いて考えても、ともかくその洞窟衆というやつらが普通ではない連中であることは確かなようだな」
「もっとはっきりいえば、なにを考えて動いているのかまるで予想がつかんな」
「その洞窟衆が来た土地は、急速に豊かになる。
やつらがなにを考えているのかはわからんが、今のところ、そのことだけは確実だと聞く」
森東地域でも海岸線にほど近いこのあたりにまで、まだ洞窟衆は到達していなかった。
しかし、洞窟衆を取り巻く情報はどれも奇妙なものであったので、実際に接する機会がない場所にまで洞窟衆の噂が先行して届いていた。
「洞窟衆が来ると豊かになる、か」
ある男はいった。
「そいつが本当だとすれば、ガダイドにやって来たやつらを追い払ってくれ、とまではいわない。
早いところここまで来て、おこぼれに預かりたいもんだぜ」
「違いない」
集まった人々は、その男の言葉に同意して笑い飛ばす。
北の方は、山地からやって来た勢力に侵されつつあるという。
その上今度は、ガダイドの港にまで侵略者がやってきているのだ。
ある程度の不安は誰もが抱いていたし、その場に居る全員が、無理にでも笑わなければ精神の均衡が保てないような心境だった。
この時点で噂ばかりが先行しているその洞窟衆が、本当に豊かさだけをもたらす存在であるかどうかは、この時点では誰にも明言できなかったわけだが。
「信用出来るのか、その洞窟衆ってやつは?」
「よそ者だというが、今のところは悪い噂は聞かないな」
「道を作り、大勢の人間を雇い、武力も持っている。
そんだけ何でも出来て、なんでここいらを平定してしまわないんだか」
「あんまり広い場所を支配下に治めても、管理しきれないとかいっていたな」
「大勢の人間を雇って使っているっていうじゃないか?
それでもまだ人手が足りないってのか?」
「数ではなく、質だろうよ。
その大勢の人間を使うのにも、それなりの素養が要るだろうし」
「……そういうことか。
分を知っているってのはいいが、頭がいいのか悪いのかよくわからん連中だな」
「平定するつもりがないのなら、道なんかいくら作っても金をそのまま捨てるようなもんだろうに」
「連中が道を作っているのは、あくまで自分のためらしいぞ。
その証拠に、道が出来た場所では毎日、ひっきりなしに大量の荷物のやり取りがあるそうだ」
「大量の?」
「地元の人間よりも、その道を通って荷物を運んでいる人間の方がよほど多いくらい、大量の荷物らしい」
「毎日、それか!
そんなに大量の荷物を、一体なにに使おうってんだ?」
「自分たちで使う分と、それに、周囲の人間に売る分だとよ。
食糧が一番多いが、それ以外にも野良仕事や大工道具、紙や筆記具など。
売れる物ならなんでも持ち込んで売っているし、質もいいらしい」
「連中、商人なのか?
だったら、自腹を切って道を整えるのもそれなりに合点がいくんだが」
「長期的に、大量に商売を継続していくつもりでなければ、長い道を整えても赤字になるばかりだろうよ。
そう考えると、その洞窟衆って連中の方が、ガダイドに来た連中よりもよほど怖くて不気味だな」
「なにを考えて動いているのか、わかるようでわからんからな。
薄気味が悪い」
「国や貴族の連中とはまた別の理由で動いていることはわかるんだがな。
それだけの権勢を持っていても少しも高圧的な態度に訴えることがないってのが、また不気味ではあるんだよな」
「異族だの通信だの、その洞窟衆のやることはわからないことだらけだ。
たとえこれまでに無害な存在であったとしても、それだけで全幅の信頼を寄せたいとは思えないな」
「おれたちにはよく理解出来ない理由で、これまでの方針をころっと変えるかも知れないしな」




